★ カーミングシグナル、ストレートシグナル。 ★
〜犬がきました 08 前編〜

 目を開けた。耳を澄まして、ピンと、立てる。
(何だ?)
 違和感にゾロは―――犬の姿である「ロロ」は、人間で言う顔を顰める仕草であたりを見回し、違和感に気づいた。
「んごー」
 能天気な寝息を立てて、ゾロの首根っこに絡み付く二本の腕。…サンジである。
 この男が一生に一度、あるかないかの怪我と病気を二つ抱えこんで、ぐしぐし鼻を鳴らすものだから仕方なしに添い寝してやったら、どうやら癖づいてしまったらしい。
 秋も半ば、半そではすっかりダンボールに収納されて押入の下にしまわれ、逆にそれまで封印されていた長袖が引っ張り出されている。
 つい最近まで暑かったように思えるのに、ゾロの耳にはいつの間にか蝉の鳴き声から鈴虫やコオロギの鳴き声が聞こえるようになっていた。夏の頃は鬱陶しくて仕方がなかった自分の長めの体毛も、冬の時期が近づくにつれて便利なものだな、と思う。
 ゾロは生まれて初めて訪れる冬の匂いを感じ取って、鼻をひくひくと動かした。
「…ン〜」
 相変らずバイト三昧の生活を送るサンジだが、ぶっ倒れるようなことはなくなった。もぞもぞとゾロの体を引き寄せ、暖かな腹の毛に気づいてだらしなく頬を擦りつける。
(…全く)
 いつも不思議に思うのだが、人間は腹を触られて不快感を覚えないのだろうか?
 確かに気を許した人間に腹部を触らせると、ゾロとしても気分がいい。生まれてこれまでに、子犬として親しくなった人間はどれもふこふこの、見るからに気持ちよさそうなゾロの腹毛に目をつけて、おそるおそる触れようと手を伸ばしてくるのだ。
「…あったけぇー」
 もぞもぞしていたサンジは、ついにゾロを抱えこむようにしてふにゃふにゃと微笑った。まだ寝ぼけているようである。
(…!?)
 ゾロは吃驚して、のたのたと前足を動かした。
 違和感、である。目覚めたときに感じた違和感がまだ残っていたのか、奇妙な感覚に珍しく、不動の子犬は慌てふためいた。
「……ぞろぉ?」
 ようやく覚醒したらしいサンジが顔をあげ、自分の腕の中で蠢く愛犬を見つめた。
「くぅん」
「ん。寒ィなぁ」
 日中はさほどでもないものの、朝晩はとくに冷えこむようになってきた。
 厚手の毛布代わりになっているゾロは、後ろ頭をサンジに撫でられ大人しくしていたが、ごしごし毛並みを撫でられているうちに、またも妙な違和感を感じて慌てて布団から抜け出した。
「おい、ゾロ?」
「―――なんでもねえ」
 咄嗟に子犬のまま返事をしようとして、それでは意味が通じないことに気づき、人間になって応える。

 ゾロは子犬のときのように、微かに鼻を動かし、くんと匂いを嗅いだ。
 別に変わり映えのない、秋深まる匂い。古い木造のアパートの匂い、それからサンジの匂い。
(………なんだ?)
 ゾロは首を傾げて、深刻な様子で顔をしかめた。


***


「で、聞きたいことがあるのよね」
 可愛らしく首を傾げるナミに、メロリンラブ度全開なサンジは、両目からハートマークを垂れ流しつつ
「ンなんでしょう! ナミすわぁん!」
 と勢い良く体をくねらせた。
「気になってたのよね」
 そういいながら、ナミは可愛らしい唇でかぷりと黄色い生地に噛みつく。
 手作りクレープは非常に好評で、とくにナミとビビの絶大な支持を得た。
 磨くと宝石みたいにきらきらする葡萄や、パインアップル、キウイ。これらはまとめてサラダボウルに放り込んでフルーツポンチになるのだ。
 水気を多く含んだものはクレープには向いていないように思える。だが、バナナに次いで人気のあるイチゴもほぼ水分の果実だというのにクレープの端から水分が零れても文句の声があがらないのは、イチゴという果実の人気度が比例しているせいと、クレープの生地やクリームに非常にマッチするからだとサンジは推測する。
 また、口を開けば肉、肉とうるさく、甘いものだけでは物足らないルフィにはレタスの上に味付けした豚肉いためをさっと乗せて、そのうえから葱と七味をかけたのも用意する。これをクレープに巻いてくれてやると、食欲魔人は嬉しそうにかぶりつくのだ。
 小汚く狭苦しい自室に彼女達を招待するのは多少心苦しいものの、やっぱり嬉しさで顔がにやける。しかも今は狭い部屋を更に暑苦しく、野郎臭くさせるゾロがいないため、質素な部屋が彼女達のオーラで華やいだかのようにも思えるのだ。
「サンジ、これうめえ〜!」
 オマケさえいなければ完璧だった、と思うのだけれど。

 とにかく、ナミとビビ、二人の美女(となんだか一緒についてきてしまったおまけのルフィ)に囲まれて気分は風船、ヘリウムガスを大量に吸い込んでアヒルヴォイスになっちゃう程度には浮かれているのだ。
 御機嫌のあまり口笛を吹きかけたサンジのアヒル口を楽しそうに眺めて、ナミは頬杖ついて先ほどの続きを言う。
「ねえ、どうしてロロの御飯がないの?」
「…はいッ! …へっ!?」
 その言葉に反応したのはルフィだった。
 一心不乱にチョコソースと生クリームをべったり頬につけるようにして齧り付いていたのに、お気に入りのわんこの名前に即座に反応し、クレープの残骸を飛ばすようにして叫ぶ。
「サンジ―――ッ!」
「わわ、なんだ、てめッ!」
「ロロ捨てたのか! 捨てたのか―――ッ!」
 思いきり体を揺さぶられて、気短なサンジはすぐさま反撃に出た。思いきりルフィの足を踏みつけてやったのだが、痛覚が鈍いのか、それともこれくらいの攻撃は効かないのか、けろりとした目をしているものの、表情は真剣にして必死だった。
「捨てるくらいなら俺にくれよ!」
「誰がおれのゾロをくれてやるかボケ―――ッ!」
 思わずアグレッシブに否定すると軽くルフィの体が宙に浮き、部屋の隅にぼすんと落下した。
「おれのゾロ?」
「いやだなあ! ナミさん、ロロですよ。ははは似てるからね! 似てるから!!」
 半ば躁状態で笑い飛ばすと、いやあね、聞き間違えちゃったわとナミがうっとりするような笑みを浮かべて見せる。
「で、あの…」
「餌よ」
 厳かに彼女は言った。
「玄関に散歩紐があるのはいいとしても、何故かしら。ここのアパートって確かペットが禁止で、内緒でロロのこと飼ってるのよね? …ああ、責めてるんじゃないの。勘違いしないでね、ただ、こっそり飼ってるのはいいとして、どうして中に餌だとか、ロロの御飯皿だとか…ケージ…はまあいいとして、見当たらないのかしら、と思って」
 それに、ゾロに逢うと必ずロロに逢えないのよ、変ね?…そうナミのオレンジの唇が笑う。
(まづい)
 咄嗟に動揺を悟られないようにニッコリするのが精一杯で、
(まづい。さすがナミさん、観察眼が物凄過ぎて僕は貴女にメロリンラブです!)
 なんて考えている場合でもなく。

 確かに、最初の最初の頃。
 夏の初めの頃にゾロ(彼女たちの認識はロロ)と出会って、まだ彼のもう一つの正体すら知らなかったころはドッグ・フードを買ってもいた。
 そのあとは、どうせだったら同じものを食べたほうが効率がいい、ということで、人間の姿で飯を食わせている。ドッグ・フードでは限界のあったバリエーションも広がり、サンジの腕の本領発揮というところか、ゾロも好んで「人間の飯」を食べたものだ。
 ところが弊害も起こった。サンジのお陰でずいぶんと舌の肥えた子犬になってしまったゾロは、ドッグフードの匂いを嗅いだだけで、しかめっ面になるのである。
 仕方がないのでストックしてあった大型犬用のでかいペットフードは、近くに住むグレイトハウンドにプレゼントしてしまった。
 最近では水を飲むのでさえ、しっかりと人間モードになってコップをつかい、水道の蛇口を捻る子犬である。勿論、餌皿も水入れも不用になり、とっととしまっていた―――まさか、これが仇になろうとは!
「あ、ああああああの……そ、そうそう! ドッグ・フードは手作りなんですよ! おれの!」
「へえ、さすがね、サンジくん!」
 感心したようにナミが頷く。勢いあまってサンジもこくこくと首を動かして、にへら〜っと情け無く笑った。
「きちんと栄養配分されてるとはいえ、おれが作ったほうがバリエーションも多いし、満遍なく栄養を取らせる自信がありますから、市販のものは買ってないんですよ、ははははは!」

 彼女たちの通う大学からサンジの家は比較的近い。
 狭くて不便なこの部屋も、どうやら友人達には非常に居心地のよい場所であるらしく、よく顔を出し、遊びにくることが多かった。なにせサンジは驚くほどの料理上手で、下手な店に入って食べるより余程満足できるのである。そして、どうやら大学内に(サンジの知らないうちに!)密かなファンクラブが出来ているらしい……発足はあの麗しのミス・バレンタインだと聞く……子犬のロロにも逢えたりするのである。
 ナミもそうだが、特にルフィがひどく子犬のロロに逢いたがった。最初に会ったときに、文句ひとつ言わずにルフィと遊んでやったロロに好感を抱いたらしい。それに、犬を飼うのが夢だったと聞く。
 しかし、普段は子犬のロロもいつまでも子犬であるとは限らない。なにせ人間になれるのだ。
 人間として会うときは「ゾロ」である。全くの別物だが、ゾロであるときは勿論ロロ…子犬にはなれない。
 この不可思議な点を疑問に思われないよう気をつけるべく、サンジは苦心して、結局外でルフィと子犬を逢わせることにした。アパートは本当はペット禁止だから、騒いだらバレるだのなんだの言い訳をつけて。
 その結果、大学前―――もしくは密かに大学内に招き入れて、ルフィ達と子犬は感動の対面を果たすのである。

 ファンクラブの存在をサンジが知ったときは、余りのショックに心停止するかと思った。
 まさか自分より先に、ということだとか、おれのゾロが、だとか、いろんなことがぐるぐるしているうちに、ミス・バレンタインは恥ずかしげに頬を染め、
「またワンちゃんを撫でてもいいかしら?」
 なんて嬉しそうに聞いてきたものである。

 とにかく気を使っていたはずが、こうもあっさりボロが出そうになるとうろたえてしまいそうになる。それが更に行動を怪しく見せるのだが、サンジは気づいていない。
「ロロなら、普段は親戚んちに預けてあるぞ」
「あら、お帰り。ゾロ」
「ゾロ―――ッ!」
 かじりつくようにルフィがジャンプして、ゾロは平然と、犬年齢で考えても年上のルフィをあやすように頭を叩く。
「ただいま。ルフィも来てたのか。―――そっちは……」
「あ、はじめまして! ネフェルタリ・ビビです」
 ポニー・テールを揺らすように、お辞儀をしたビビに、ゾロも会釈を返した。
「よろしく。ゾロだ」
 聴覚の発達した子犬はアパートの前まで平然と犬の姿で歩いてきて、ナミとサンジの会話を聞いていたらしい。人の気配がないことをいいことに、恐らく部屋の前まで犬の姿で歩いてきたようである。
 こと、わんこのことに関しては恐ろしいほどの鋭さを発揮するサンジは、ゾロをじぃっと見つめ「見付かったらどうするんだ!」と牽制するように見つめた。
(…あれ?)
 突然、ゾロは視線をそらした。たとえ疚しいことがあろうとも、決してサンジの視線をそらさない、なんとも豪気な獣であるはずの彼が、居心地悪そうに視線を避けたのである。
「ゾロさんは、もしかしてサムライなのかしら」
 ぽわわんとしたビビの言葉に、サンジが我に返る。
「…へっ? ビビちゃ……」
「Mr.ブシドーですね!」
 なぜだか突然はしゃいだ風にビビは手を打ち、言葉も出せずにうろたえているサンジに、ナミはクレープに噛み付きながら平然と云った。
「ビビは帰国子女の、時代劇マニアなの」
 確かに、今のゾロは厚地織りの濃紺色の作務衣に、下駄である。作務衣というと夏の定番めいたイメージをサンジは受けるのだが、ゾロにしてみれば「力仕事をやるにはこれくらいが丁度良い」そうで、しばらく気に入って身に着けていたものだ。
 しかも野性的な面立ちや、年のころに似合わない風格は確かに「サムライ」っぽいかもしれない。もっともサンジに言わせりゃ野武士ではあるが。
「へえ〜 そ、そりゃあ……ってビビちゃ―――ん! そいつ、そいつは駄目ですよ! そんな目つきも柄もクソ悪ィ野郎なんかに近づいたら!」
「ン…の野郎」
 いくら主人の男卑女尊思考にいやいやながらも慣れてきたとはいえ、カチンとこないわけではない。青筋を立てたゾロをしっしと追い払うようにして、
「そんなサムライなんて上等なもんじゃないですって。ホント」
 大きな瞳を輝かせて、たいそう興味深げにゾロを見つめるビビに何だか慌ててしまう。
 ビビは、可愛い。
 ナミともまた違った魅力で、まだ幼さの残る顔立ちは何度か逢ったことのある、ウソップの彼女―――カヤを彷彿とさせる。従姉妹だけはある、と頷けるほど二人とも清潔感のある、楚々とした美人なのだ。
 ゾロは半分犬だ。しかも、まだ一歳にもなってない子犬である。
 とはいえ、通常の成長した小型犬なんぞ前足でぺいっと投げてしまえそうなほど、ぐんぐん大きくなってきているし、顔つきも大人びてきた。時折人間モードのとき子犬の仕草を感じてときめいちゃったりもするのだが、逆に犬モードのときに、人間の雰囲気を感じてドキっとしたりする。
 ビビに見つめられて、恥らうことを知らない男はまじまじビビを見つめ返す。
(やっぱ、可愛い…とか、思ったりすんのかなぁ)
 ぼんやり考えると、ちくちくしたものがこめかみを穿った。
(あ、あの犬美人じゃねえか!とか、思ったり、さ…。そういや、こいつに美醜をどう感じるかなんざ聞いたこたねえな)
 ビビがはにかんだように笑うと、ゾロも目許を柔らかくし、何食ってんだ、と皿を眺める。匂いを嗅ぐような仕草も子犬そのままで、ほっとして和んでしまう―――のが、いつものサンジなのに。
 なぜか、ちくちくが止まらない。
(ぞ、ゾロのやつがビビちゃんの感心を引くからいけねえんだっ! だいだい、ビビちゃんにはコーザっつー彼氏が―――あっ)
 そういえば、その『ビビちゃんの彼氏』に狼の匂いがするなどといわれたのだった。
 うっかりというより、すっかり忘れていた。しかしゾロと同族の疑いのあるコーザは、今回は不参加だ。御令嬢のボディガードを蹴ってまで、やらなければならないことがあるとルフィとナミ、そしてサンジに頼んで彼女を置いていった。電話一本で迎えに来るという彼の存在は、過保護めいてもいるがビビの立場を思えば当たり前なのかもしれない。
 ナミがとにかく口達者…もとい弁の立つ女性であるのと同じくらい、ルフィも腕っ節が立つ。トラブルメーカーの威力を遺憾なく発揮して見せれば、何かあったときの護衛としても非常に役に立つ男なのだ。
 そのルフィは機嫌をよくしてゾロにじゃれついていく。
「ゾロ、親戚のうちに預けてるってなんだ?」
「犬一匹、留守番させてたらバレるかもしれねえだろ。俺もこいつも、昼間は此処にいねえからな」
「そうか。ロロすげえいいやつなのにな。うるさくしたり、冷蔵庫漁ったりしねえだろ?」
「お前と違ってな、ルフィ」
「ははは! なんで知ってんだ、ゾロ!」
「本当なのかよ。しょうがねェやつだな…あんまエースに迷惑かけるんじゃねえぞ」
「おう! エースにもマキノにも迷惑かけねえ!」
 鼻息荒く頷いたルフィに、ゾロは首を傾げた。
「マキノ?」
「おれのおばさんだ。でもおばさんっていうよりマキノはマキノだ。
 サンジとまた違って、飯がうまいんだ!」
 おれの自慢の家族だとルフィは胸を張る。対照的に、さぞかしそのマキノという女性も苦労をしているのだろうと周囲は推測した。
 サンジの内心の心配…そりゃあ、あんな図体のでかい、可愛くもない野郎のことではなく、あくまで子犬モードのゾロをだけれども…心中複雑にしている御主人をよそに、片手にルフィをじゃれつかせ、残ったクレープに噛み付いて硬直するゾロである。きっと、中身は甘ったるいチョコ・ソースとホイップクリームたっぷりのバナナクレープだ。
 ルフィが齧り付いているそれからレタスや肉がはみ出ていたから、それをみて油断していたに違いなく、しっかりと甘いそれを噛んでしまい噛むに噛めず険しい顔で動きを止めている。
(能天気な野郎だ)
 仕方なく噛みはじめたゾロの横で、ビビが感心したように、
「サムライもクレープを食べるんですね」
 と力強く頷いている。
「おい、あー。ゾロ。お前もなんか飲むか」
 口の中で舌をもごもごと動かして、甘さを嚥下したいらしいしかめっ面を見て、急に気が緩んだ。不安定な気持ちをどうしようもないと思う。だけれどやっぱりこの暴走しかねない気持ちは、動物に対する純粋な愛情―――家族愛、だと、サンジは思うのだ。
(ガキを育ててるパパの気分だ)
 ふてぶてしくて初々しい、外見の成長した「大人ぶった子ども」。それが、ゾロだと、
 ―――半ば無理矢理思っているのはわかるのだけど。
(いいじゃねえか、ゾロはゾロなんだから)
 そう思うと少しラクになる。
 やっとぎこちない頬が自然に笑顔を作って、サンジはまた、動きを止めた。
「ん」
 飲み物に反応したゾロが顔をあげ、ぺろりと下唇を舐めた。犬のときに口周りをぺろりとするあの、仕草だ。

(ぱ―――パパが、ガキに)
 心臓が痛くなるくらい。
(―――こんな反応するかよぉ〜)

 慌てて顔をそらし、急ぎ早にコーヒーをマグに注ぐ。すると、ゾロは残念そうに、
「なんだ、酒じゃねえのか」
「昼間っから飲む気か、てめェ!」
 緊張と動揺を回し蹴りで隠すと、クレープをきちんと食べ終ったビビは、自分やナミに対する態度から豹変したサンジの様子にしばし、大きな瞳を見開いて驚く。
「あぁっ、す、すいません、ビビちゃ〜ん! 驚かせちゃいましたぁ?」
「少し…でも、サンジさんも楽しい方ですね!」
 ビビは非常に好意的にサンジとゾロに接してくる。
 彼女の愛らしい笑顔につられて、サンジも笑って、
「そうですかあ〜?」
 なんてにやにやしたときだった。

「…ビビ」
「はい?」
 ゾロは不思議そうに首を傾げた。
「おまえ、何かイイ匂いがするな」
「―――えっ…そ、そうですか?」
 ぱあっと、頬が赤くなる姿も愛らしい良家のお嬢様は、首を傾げてゾロを見つめる。
「なんか…甘い―――」
 ゾロの顔がビビに釣られるように、近づいていく。
 ナミも驚いて一瞬手を止め、
「いやだ、ゾロって、ビビみたいな子がタイプなの?!」
 とでもいいたげに目を輝かせた。
 ゾロは好みのタイプだとか―――女の子の話だとか、したことがない。…するはずもなかった。
(だって、あいつ、犬じゃん。半分)

 どうやら物凄い勘違いをしていたのは、サンジのほうだったらしい。

 結局、ゾロはゾロだと言いながら、サンジは大事な家族であるはずの「ゾロ」を認識していなかったのだ。
 多分、本性というか、本質は子犬で―――6ヶ月、7ヶ月になろうかという子犬、で。
 狼人間、じゃなくって、人間狼、という感覚。まだ子犬だからとか、そんな風な勝手な感覚。

「あーッ! ほんとだ、いい匂いすんな!」
 はつらつと空気を割ったのはルフィである。
「ナミもビビもクレープの甘い匂いすんぞ」
「……やだ、なんだ、そういう意味ィ?」
 あからさまに期待していたらしいナミは検討違いの結果に残念そうに肩を竦めて、
「なにか含みがあると思っちゃったじゃない。ねえ、ビビ?」
「え、ええっ。そ、そんな、ナミさん」
 素直なビビは顔を赤らめる。
「ったく、獣な発言ですいません。ほんっと、気ィ使えねえやつで!」
 へらへら笑いながら、サンジは頭の中で鳴り続ける音と必死に闘っていた。
 あれだ、バケツをかぶって大声だしたときのような、あるいはお寺の鐘に潜って一発ごーんとやられたように、わんわんと頭でうるさい音がする。
 わんわんだなんて、シャレにもならない。
 いっそ泣き出してしまわないのが不思議なくらいに、サンジはアホのように笑った。

 ゾロが、険しい顔で考えこむように押し黙ったのにも、気づかずに。



◎いっそ吹っ切れてしまおうか、そんな思いで後編に続きます。
◎あ、それと!「じゃれ合い」程度がお好みの方はそっと見なかったふりをしてあげてくだされい!

02/11/10
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