★ TWO DOGS!?。 ★
〜犬がきました 07 後編〜


 サンジにとっての衝撃は、第一に「なぜ、狼を飼っていることがわかったのか」だ。
 だいたい初対面の人間に「狼の匂いがする」と言われることすら、想像を絶するもので…確かにゾロは狼犬だ。犬の血が混ざったハイブリッドだが、かなり狼の血が色濃く残っているだろうことは手足や体格を見るだけでも違う。
 嗅覚の鋭い人間や、あるいは動物の匂いに敏感なタイプは、
「もしかしてペット飼ってる?」
 ぐらいのことは訊くかもしれない。

 だいたい犬猫を飼っていれば否応なしに毛が衣服にいつのまにかついている。それがペットと暮らす人間にとっては普通だし、犬猫アレルギーの人間は飼い主に近づいただけでクシャミを放つタイプもいる。もしかしたら動物嫌いやアレルギーを持っているタイプが一番、動物の匂いに敏感なのかもしれないが―――。
 素敵な美少女であるビビちゃんとの出会いが吹き飛ぶくらいの衝撃を受けて、サンジはとにかくパニックに陥っていた。
 脱兎の如く大学を抜け出して、近くの公園に辿り付いた途端思い出したように手が、携帯を探っていた。
(狼の匂いだって?)
 よくわかっていないのだと思う。おそらく、サンジ自身一体なにがどうなっているのか―――どう、したいのか、理解していない。
(ちょっとまったヤングメン)
 自分にストップをかけて、冷静になれ、と促す。
 だいたいにして、飼い犬に振り回されていた数日間を思い出すだけで…ああ、クールでかっちょいいおれは何処へ!と悲鳴をあげたくなるほどだ。いっそのことこのクソマリモをキャメルクラッチでギブさせてやろうか、なんて思うくらいなのに、またも問題勃発は…そう、よく考えてみればゾロのせいである。決してサンジのせいではない。
(クールに、クールに)
 そう自分に言い聞かせて、サンジは懐をまさぐった。友人連中から巻き上げた煙草がつまった赤いマルボロの箱の中身は、どれも種類が違う。大好きな煙草の銘柄を自分で選べないのは悲しいが、これもまた一種のスリルを味わえるのだ。
 まるでおみくじか、ガムのつまったガチャポンでどの色が出てくるか、なにが当たるかを楽しみにするときみたいだ。フィルタを見ないようにして、最初の煙を肺に吸い込んで充分吹かし、吐いたところでサンジは素っ頓狂な声をあげた。
「な、なんだこれ。"しんせい"じゃねェかよ…! こんなん吸ってるのはどこのどいつだ?」
 古くてキツい味が肺一杯に満たされたところで、やっとパニクってた頭が静かになる。
 ドロップの中ではっか味を引き当てた気分だ。あれと、青林檎だったかは外見での見分けがつかなくて、子供の頃良く騙された―――けれど、刺激的な感覚に目が覚める。
(ビビちゃんと俺は初対面だ)
 つまり、あのコーザとかいう野郎とも初対面だ。
 ウソップとナミさんの知り合いであるというビビ(とコーザ)だから、サンジやルフィの話しを訊いていてもおかしくはない。
 けれど、その青年は確かに自分に対して言ったのだ。
「あんた、ヘンな匂いがするな」
 犬を飼っています、な話しを聞いていたにしては妙な感想である。
 それにナミも直前に、思い出したように「そういえばゾロに似ている」だのこぼしていた。事前にサンジやゾロ、そして犬だの狼だのを話していたとは思えない口ぶりだった。
 つまり、ビビもコーザも、サンジが飼っている「狼犬」のことは知らないということになる。
「―――焦り過ぎたか?」
 つい先ほど、興奮状態でゾロに迷惑電話のようなものをしてしまった。普段から面倒くさそうな緑マリモはロクな返事をかえさなかったものの、このままほうっておくと公害になると考えてか…公害ってなんだァ!失礼な、飛び蹴りしてやらァ!…とにかく、此処で待っていろと言っていた。
「で、ででででもっ。おれ様のピンチには必ずかけつけるのが忠犬ってもんだ!」
 ゾロが聞いたらひたすら嫌がりそうな勝手なことを考えて、サンジはにんまりとした。
「おれは悪くねェ。なんかあったとしたら、絶対、ゾロの野郎に決まってる!」
「―――俺が何だって?」
「だからゾロが―――うぉぉぉ!」
「ぐおっ」
 思わず吃驚して回し蹴りを放ってしまった。
 サンジの唐突の攻撃を咄嗟に避けたものの、見事にこめかみに踵がヒットしてしまったらしいゾロは頭を抱えてその場に蹲り、さすがにヤバかったか、とサンジはいまさら青褪めてみる。
「おっつー。だ、だ、大丈夫?」
「てンめェェェ!!」
 温厚というより怒るのも面倒くさがるモノグサなゾロが、神経を一本切らした目で見上げてくる。
「なにかあったかと走ってくりゃァ、挨拶もなしに回し蹴りがてめェの流儀かァ!」
「うるせえ! おれァご主人様だっ! これくらい些末な出来事じゃねえか、懐が狭いんだよ、アホ! …あとてめえ、ヒマだからって時代劇ばっか見るのはやめろ、伝染ってるぞ口調!」
「お主とか言わないだけまだいいじゃねえか! だいたい、サムライやブシは心意気が違うんだ!」
「あーッ! どぅわー!」
 折角冷静になったはずのボルテージがぐんぐんあがっていく。
 サンジは先ほどの「クールにクールに」という暗示をすっかりそっちのけ、ゾロの胸倉掴んで睨みを効かす。
「ていうか、てめェに物申したいことがあるっ!」
 絶対、おまえのほうが時代劇に毒されている、そんなゾロの表情も無視してサンジは喚いた。

「てめえ、浮気してねーだろーなっ!!!!!」

「…はッ!?」
 浮気という言葉は悪い言葉。
 レディを悲しませる単語の一つだ、てめえは絶対にするな、したら殺す。
 そんなことを言いながら、酔っ払ったサンジは子犬のゾロにたいして役に立ちそうもない雑学用語を教えていった。その愕然とした表情から、意味は理解しているらしい。
(ていうか浮気って…)
 浮気は、ねえだろ!
「…間違えた!」
 サンジもテンションがあがっていたせいか、思わず口走っていた言葉が妙だった。
「てててていうか! 別にご主人様がいるとかねーだろうなァ!!」
 もし「ああ、いるけど?」なんてアッサリ頷いたら噛み付いてやる。本気でサンジは考えた。
「…いるわけねェだろ…」
 やや途方にくれた感で見つめてくるゾロは、現状をまったく理解していないようだ。
「じゃあ、てめえの正体バラしてるのは何人いるんだ?!」
 なんだか知らないが、込みあがってきたものがあってサンジは頭を沸騰させた。
 とにかく、まくし立てないと駄目になりそうだったのである。
「お前が犬だってことバレたら、絶対保健所か研究室に決まってる!
 手術されてバラされてUMAだ! 宇宙怪獣だ! 未知の生物現るとかいってどっかの頭ワルそうな科学者に解剖されて…超常現象の大騒ぎで世界中が大混乱でおれの前にはマイクが何本も突き出されて素敵なんだけど化粧が濃いおねえさまに「今のお気持ちは?」とか聞かれるんだ! どうしてくれる〜っ」
「………」
 ゾロはぽかんとしていた。その間抜け面がむかついて、相手が抵抗しないのをいいことにサンジはゾロの腹を何度も蹴った。蹴ると、ちょっぴり目許が涙で滲んだ。

 といっても、今まで気づかなかったんだけれども。

 ゾロ、という存在自体ナチュラルに受けとめてしまったサンジだったが、よくよく思えば世間的には変わっているのかもしれない。
 …もしかしたら、異常とか言われてしまうかもしれない。
 知らないものは珍しがられるか、怯えられるか、だ。歓迎される理由もないし、その確率は低い。
(おれァ、結構ノンキだったんだな…)
 こんな根本的なことに気づかないだなんて。
 犬の姿のゾロが、アパート管理人のギンに見つかるよりよっぽど大事だというのに。
 サンジだって、ゾロが人間になったときは「有り得ない物事」として切り捨てて、さっさと「自分のゾロ」を…可愛い子犬を探しにいこうとしたのだ。
 百歩譲って、サンジが人並みより少しばかり図太いとして、だ。
 世間一般の目にこの男の正体がバラされたら―――と思い当たって、ぞっとした。
(怪物狼男だってよ。人狼だろうが、なんだろうが。同じ人間でも犬でもないんだ)
(罵られたり、怯えられたり?)
(見世物にされるのか?)
(おれの、ゾロが!)

 こんなに、胸がぎゅうぎゅう痛くてむかっ腹が立って、そんでもってちょっとばかり涙腺が緩みそうなのに。主人のピンチだというのに、バカ犬はアホ面さげたままきょとんとしている。

「なんで俺が他の奴の前で犬になってやらなきゃならねえんだよ」
 だいたいよく考えてみろ、とサンジは手を引っ張られてふにゃふにゃになりそうな顔を必死で引き締めて、腹の立つ男に対しメンチをきった。
「俺は犬になったり人間になったりすっから、斬られて捨てられたんだぞ?」
 淡々とゾロは言い、あまりに衝撃的な言葉にサンジは凍り付く。
「あー。多分、だけどな。あんまりチビだったから、覚えてねえ。ただ、ムチャクチャ言われたのは覚えてる。まあ、当たり前だろうな」
 公園の木陰、ベンチに引っ張ってきたゾロはよいしょとサンジの肩を押して座らせ、自分もその隣に座った。
「俺は普通とは違う。人間の基本的な常識を「ふつう」ってするなら、俺は異常ってやつなんだろう。
 ああ、それとも化け物ってやつか?
 そう思わない、おまえが変なんだ」
 非常に失礼なことを言われて文句を垂れようとしたが、今口を開くと、ぐぴってなる。
 一生懸命唇を噛んでいないと、絶対情け無い声が漏れる。
(ナイスガイな俺の面子にかけて、ぜってェ泣いたりしねえッ!)
 妙なプライドに意地を張って、ぐぐぐ、と唇を噛んで物凄い顔をしてるサンジを飽きれたような目でみやり、
「おまえの説明はすごく頭が悪いものだったが、何を心配してたかは分った。
 多分、俺の匂いがおまえに沁み付いてたんだろうなあ」
「匂いってなんりゃあ!?」
 嗚咽を堪えた喉で叫んだものだから、かなり素っ頓狂なツッコミになってしまった。
(あ、ヤバイ)
 ひくっ、と喉がなると続けざまに肩がぴくぴく震え出す。
(連鎖反応ってやつだな〜って冷静に考えてるひまがあるか!)
 片頬を引き攣らせながらぴくっ、ぴくっと痙攣する主人にビビってかゾロは、えーと、と頬を掻いた。
「俺の匂いは普通の犬と違うから、それでわかったんじゃねェかなって…」
「ナチュラルに匂い嗅いで犬と狼の分別つく奴が何処にいるっつーんだボケ!」
「…俺?」
「んギャ―――ッ!」
 心配して、心配して、心配してムカついて損した!


***


 まるで小怪獣である。
 アホのように暴れまくるサンジは、きっと周囲のことなどまるで気にしていないのだろう。
(子供がいる時間帯じゃなくてよかった)
 ゾロはこっそりそう思った。さすがにサンジが通っている近辺で妙な噂が広がったら、さしものこの男も大学に居辛くなることだろう。
(そういうことはちっとも考えねェんだなあ)
 しみじみ、そう思う。何処か必ず抜けたところがあるのだ。ゾロのことを散々バカ犬だの、アホだの言うくせに、そういう自分はどうなんだと言ってやりたいが―――。
(困った)
 こいつは、涙をぐぴぐひ言いながら堪えているひよこ頭は、どうやら相当ゾロのことを心配していたようなのである。
「おい、落ち付け」
 下唇を噛み締めて物凄い形相でゾロを睨んでいた双眸が、今はぎゅっとつぶったままだ。
 青筋が浮いているあたり我慢も限界なのだろうが…ゾロは何だか脱力する思いで、ぽんぽんとサンジの頭を撫でた。
「俺が言いたかったのは―――お前に狼の匂いがするって言った奴。
 そいつも、俺と同じなんじゃねェか?」
「へあ?」
 間抜けな顔だ。こんなアホ面さげていては、だらしなく「ナミさんとお付き合い〜」とかいう野望も無理なんじゃないか、と客観的にゾロは思う。
「えーと。だから、そいつも犬…かどうかはしらねえが、人間になったり動物になったりできるんじゃねえか?」
 サンジは一瞬、ゾロをアホでも見るような目つきで見つめた。本当に失礼な男だと思うが、これが自分の主人であるということもあって更に頭が痛くなる。
「そんなんが何匹も居たらキモイじゃねえか!」
「おまえ、喧嘩売ってんのか」
「あー、いやいや。そんなつもりでは。ギブギブギブギブ」
 思わず喉元を締め上げると、パンパンと手足を打ってサンジがギブアップしてくる。

「…ていうか」
 とてもさり気なく、しかし重要とも思われるワードにサンジは首を捻った。
「―――やっぱ、その…仲間とかいるのか?」
「いや、知らねェけど」
「じゃァ、なんで」
「勘だ」
(すっごい勘ですなァ…)
「おい、遠い目すんな」
 ぺっちぺちと頬を叩かれて、サンジは我に返る。
「同族とか、仲間だとか。知らねェけど、いるかもしれねえだろ? 実際、俺という実例がある」
「お前…」
 やや呆けたように自分を見つめて、サンジは上から下までまじまじとゾロを観察し、
「―――色々学習したなあ。実例とか難しい言葉使えんのな?」
「…お前が俺にわかるわけもねえ、"れぽーと"だの"しけんべんきょう"だの一緒に覚えさせようとするからだ!」
「あー? そうだっけか?」
 悪ィ、悪ィと能天気に笑うサンジを見て、ゾロは溜息をついた。
 基本的にサンジはゾロより開けっ広げで、なおかつ能天気だ。
 ただ上手い具合に本心を隠すことだけ得意になってしまったため、周りからは誤解されやすく、一部の人間たちには好かれ、理解される。
(参ったな)
 ゾロの本質である狼犬と人間、両方の側面と対峙してふんぞり返って、向き合った男は、実は凄い奴なんじゃないかと思う。
 …いや、凄い奴なのだろう。
「…ああ、でも。―――てめェだけじゃ、ねえのかもしれねえなあ」
 しばし瞬きを繰り返し、忙しくなく顎を撫でていた指が止まり、サンジは気づいたようにいう。
「……ってことは! てめえにゃ仲間がいるってことか!」
「いや、だから。そうかもしれねェって言っただけで…」
「よかったなァ、ゾロ!」
(―――は?)
 がくがくと肩を揺さぶられて、頬には勢い余ったサンジの唾が飛ぶ。
「っだ、なにすんだ、てめェ!」
「仲間がいるんじゃねえか!」
 動物の性質が同時に存在するせいか、舐められようが唾を飛ばされようが、ゾロにとって怒るポイントはそこではない。ただあんまり揺さぶられると、本能的に腹が立つ。
 怒って吼えるように怒鳴ったものの、素っ頓狂なサンジの声に次の瞬間ゾロは言葉を失った。
「―――あ?」
「よかったなあ!」
 心底、まるで自分のことのようにサンジが笑っている。
 無邪気に、実際の年齢より少し幼いくらいに、にこにこしているサンジの笑い方は、ゾロが犬モードのときに無防備に見せるそれに似ていて、吃驚した。
「おまえ、一人じゃなかったな! 良かったな!」

「……」

 何故、だろう。
 サンジはにこにこする。まるで自分のことのように…それ以上に、あっけらかんと、容赦なく笑う。
 それがとても気持ち良さそうで、嬉しそうで、仲間だの同族だの気にもとめなかった―――考えたところで、ただそのような存在が居てもいなくても、ゾロがゾロであることはかわりがないものだし、困ったことがない限りは追求する必要もない、とあっけなく思うだけだった。
 いや、そうではない。
 サンジが倒れて自分の奇妙な…奇妙としか言えない能力に気づいたとき。
 確実にサンジの呼吸が楽になり、自分の『なにか』が彼に影響を与えたと気づいたとき。
(俺は何者だ)
 得体の知れない存在と自分を認識し、眉を顰めた。
 知るのが恐ろしいのではない。知りたいと、初めて思った。
 サンジと一緒に暮らしてきて、のんびり、くだらなくて、面白い日常を過ごしてきて、初めて…恐らくは、自分という存在に、

 慄然と、した。

 それなのに、この男は。正当かつ純粋な"人間"であるサンジは、犬だの人間だの、誰だろうと関係なく、ただ「ゾロ」という存在のためにこうして声を立ててはしゃぎ、笑うのだ。
 あっけなく、笑うのだ。

「…ゾロ?」
 嬉しくねえのか、と不思議そうに首を傾げる主人を見て、変な奴だと思う。
「お前は」
 冷静沈着で大人びている外見とは裏腹に、とんでもなく無鉄砲なところがあって、やることなすこといつも飼い犬の度肝を抜いて、頭がキレるところを見せたかと思えば妙なところで抜けていて、本当に予測がつかない。
「本当に変な人間だ」
 思わず破顔すると、何とも面妖な顔つきでサンジはゾロを見つめた。
「―――ぞ、ゾロが、満面の笑顔…」
「相当失礼な奴にかわりはねェな」
「うるせェッ! …てめえみてえな変な犬で…えーと人間に言われたくねェ」
 変な飼い主に変な犬で…同居人。
 ある意味バランスがとれているのかもしれない。
「…おい、ゾロ?」
 さすがに不審がってかサンジが顔を覗きこんで来る。
「―――お前、ホント」

 多分、嬉しくないのか? と問われれば、迷わずに嬉しいと応える。
 そう、この感情を―――人間は、
 嬉しい、というのだと。

「…面白くてかなわねえ」
「―――へあ」
 真面目な顔で間抜けな声をあげるサンジを面白いと思う。
 犬式の、と言えばいいのか。礼儀や挨拶にかなった行為は尻尾を振ったり、頬や鼻っぱしらを舐めて親愛を表現するのだけど、今は尻尾がないし、第一舐めたりするとサンジは素っ頓狂な奇声を発して逃げて行くのが、これまでの経験による、見解だった。
 学習能力の高い子犬としては、また容赦なく蹴られるのは御免こうむる。
「…おい、何か変か」
 だから、こうして。
 ぎゅっとばかり、両手を回して抱きしめてみたのだけど。
「―――人間の『嬉しい』はこうやって表現すんじゃねえのか? おい、御主人」
 耳と耳をくっつけるようにして、そのまま少し顔をよせて呟けば、日に焼けない体質のサンジの白い首…彼はそれを多少気にしていて、適度に日に焼けるタイプのゾロを見ては唇を尖らせる…そして、耳。ウソップの筆が、大きなスケッチブックから筆を洗うバケツに移動するときの、水に浸かった瞬間、筆についていた絵の具がぱあっと散るみたいに―――サンジの首筋が仄かに紅潮する。
「口で…言えば、い、いいだろ」
「いや、多分『すげェ嬉しい』んだ。言うだけじゃたりねえ」
「―――っ…だからって、おまえ…ちょっと―――ズレすぎ〜ッ!」
 ギャワー! っと物凄い形相で顔を押さえてしゃがみ、落ち着け落ち着くんだ落ち着き給え、おれ! と呪文のように繰り返す。
 最初は飽きれたものだけど、見慣れてみれば面白いことこの上ない。

 飼い犬と同じ種類の…同族が見付かったかもしれない、それを喜ぶのではなくて、
 サンジはゾロの可能性を喜んだ。
 だから、ゾロは、サンジが―――ゾロを『ゾロ』としてしか認識していない単純さと純粋さが嬉しい。
「ははは、お前、変な面」
「て…ッ! てめぇが変なこと言うからだ、ボケ! ハゲ! メレンゲ!」
「うるせえ、マユゲ」
「…やるか、コルァ!」
(こいつは俺を畏れたりしねェんだろう)
 真っ当に、真正面から堂々と、怒ったり笑ったりするのだ。

「おい、俺は決めたぞ」
「…何がだ、マリモ!」
 真っ赤になって膝を蹴っていた飼い主は、じりじりとしゃがんだまま後ろに下がって警戒する。
 ゾロはひょいとしゃがんで、朗々といった。
「てめぇにする」
「―――何が?」
「いや、とにかく。多分、てめぇなんだと思うから」
「要領を得ないんですが…」
 赤らんだ顔をやや青褪めさせ、また赤くさせ、ひっきりなしに忙しそうに表情を変えるサンジを見て、ゾロはにやりと笑った。
「仕方ねェだろ。俺にもいまいち理解しきれねェ。犬の部分で言えば本能とか、直感みてえなもんがそう言ってる。だから、今はとりあえず頷いとけ」

 あっけに取られたように、口をぽかんと開けるさまが、また少し間抜けでゾロは笑った。



***

 少女が本をめくる横で、黒い犬が鼻を鳴らす。
「…」
 微かに舌打ちする思いで、コーザは目を開けた。
「コーザ?」
 ビビが彼を見下ろし、不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの、何かあった?」
 コーザは人間の姿に戻った。
 
「―――少しな」

 幸い、周りには人影はない。
 いつでも「切り替え」が出来るコーザだし、五感は人間を圧倒している。何も知らない連中に姿を見られるような失態はないつもりだ。
「もう、コーザ!」
 怒ったようにビビが頬を膨らませる。
「あなた、いつも大事なことは自分の胸にしまって、明かさないんだから!
 だめよ、ちゃんと話して!」
 水色の髪の幼馴染を見つめ、コーザはその頑固さを知っているものだから溜息をついた。
 幼い頃から―――否、ずっとずっと昔から知っている娘だ。その気丈さも頑固さも気に入ってるし、信頼している。
 彼女が赤ん坊の時、自分はまだよちよち歩きの「子犬」だったのだ。それでも先に生まれたものとして、彼女を守ることを自然に自覚していった。
 ある意味、彼女がコーザの主人とも言える。
「少し、厄介なことになりそうだ」
 淡々とコーザは話し、懐から携帯電話を取り出す。
「厄介なことって?」
 薄くコーザは笑い、首を振った。
「厄介なことさ。―――『鷹』に連絡を取らないと」

 さてもまずいことになった、とコーザはやれやれと肩を落とした。


◎お待たせしました犬七話(後)です。
◎もうタイトルからして丸わかりな展開でごめんなさい。単純でごめんなさい。お酒の名前でごめんなさい。にっちもさっちもどうにもブルドッグ、ワオ!(古い…)
◎そしてゾロなんか暴走してるんですが穴があったら入りたいです。

◎次回はもうちょっとほのぼのするつもりです。A兄アゲインぽく。ビビも活躍っぽく。

◎そして発○期っぽく…。

02/10/18
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