★ Doggys Love Song。 ★ 〜犬がきました 05 前編〜 |
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「でなっ! ロロがすげえ可愛いんだ! でかいけど! おれを咥えて引きずってくれたんだ! すっげえ面白かった!」 アホだアホだと思っていたが、此処までアホだといっそ気持ちがいい。 エースはニカッと笑ってやって、キングオブアホな実弟の頭を撫でてやった。 「そうか、そうか。可愛い犬に逢えてよかったなあ」 俺が知らない間にそんなことが〜と呑気に味噌汁をすする兄の顔を見て、途端に不満そうにルフィが眉根を寄せる。 「エースは見てねえからわかんねェんだ!」 するとエースの足元を赤毛の猫がついと通り過ぎた。弟が大学に入りたてのころ拾った仔猫は、もう随分大きくなってふらりといなくなっては何日も戻らなかったり、かといって家でえんえん寝こけていることもある飄々としたやつで、首の根っこを軽く撫でてやると目を閉じて気持ち良さそうにした。久々に帰ってきた主人を、どうやら忘れていなかったようである。 犬にくらべて薄情といわれる猫だが、どうしてなかなか可愛い。ルフィも良くパーカーのフードに仔猫を突っ込んではナイショで大学に持ちこんでいた。仔猫はミィとも鳴かずにおとなしくついていっていた。 いいコンビだとは思うのだが、なにせルフィは性質がどちらかというと犬だ。ついでにいくつになっても子供っぽいところが抜けないので、元気良く遊んでくれる犬にも憧れを抱いているようである。 「クル。お前もなんか文句言ってやれよ」 お前を拾ったルフィは、猫より犬がいいとかいってるぜ〜とわざとおどけて猫を抱っこすると、 「あっ! ちがうぞ、クルはちゃんと大好きだ! 汚ェぞ、エース!」 「お兄ちゃん、だろ。なあ、クルもそう思うよなあ」 別にどっちでもいいといわんばかりに、猫は実に鷹揚とした態度でエースの鼻っ柱に猫パンチを食らわせた。 *** エースが帰ってきたらしい。それを聞いてサンジは「またたかられるんじゃねえか…」と戦々恐々とした。 ポートガス・D・エースという男は、ルフィの兄で、そりゃもうあの弟の兄とは考えられないほど人が出来ている。弟が硝子を割れば耳を引っ張って連れてきて謝り、食堂で延々ツケを重ねる弟の後始末をつけるべく、きちんと払いをしているのもエースだ。 とにかく、時として周囲の同情を集めるほどルフィは手がかかる。まるで台風のような弟が通る道にはいろいろと問題が発生し(しないことのほうが少ない)ひょこっと顔を出したエースがきちんと腰を折って謝罪し、いつも弟が御迷惑をと歩いて回るのが何ともいいオニイチャンなのだ。 しかし同じくらい、本当にとりとめのない男で、内定まで貰っていた会社を蹴り、しかもその後出奔した挙句卒業式にひょっこり帰って来て留年した。理由を聞いてもまたわけのわからない返答で、 「アラスカ行ってたんだよ、一度行きてェと思って。死ぬかと思ったけどな。うははは!」 変人の兄は奇人なのだ。性格も文句のつけようがなく、人当たりも良く、物怖じせず、頭も切れ、腕っ節も立ち、友人知人からの信頼も厚い。なのに、やっぱり変なのである。 最近姿を見ないと思ったら、何だか知らないがアルバイトをしているらしい。叔母と弟と猫の三人と一匹暮らしであるD兄弟の収入源は目下、叔母の経営する小さなカフェと長男のバイトによるので、エースがバイトを辞めることはない。増やすのなら何度も見たのだが。 ルフィのツケを払ったりするのがいつのまにかエースの仕事で、払ったあとで、 「しまった。俺のメシ代がねえよ」 と今度は自分をツケにしてもらおうと身を乗り出すから、思わずサンジがメシを奢ってしまった。 「おまえ、いい奴だよなあ〜!」 心底嬉しそうに笑うから、あまり男にはモテないはずの(やっかみがられるタイプの)サンジもきょとんとしてしまい、苦笑して何だか仲良くなってしまっている。 「でもあんにゃろう笑顔でたかりやがるからな」 エースの財布の中身は変動値なのである。貧乏生活を送るサンジより安定せず…そこそこの収入があるはずなのに…平然と中身20円とかで大学にのこのこ現れては腹をすかせてぐうぐう鳴らしている。まったくもってタチが悪い。 「おまえ、ほんといい奴だよな〜!」 本当にあの笑顔ほどクセモノのものはない。 エースは本当に世渡りが上手い。ふら〜っと食堂に現れてコテンと倒れられるとさすがに知り合いが「どうした、エース!」と走り寄る。腹減ったと物悲しそうに言われると「じゃあ50円カンパ」と誰かが空の湯飲みを差し出して、周りにいた連中がひょいひょいと5円から100円、中には五百円というリッチなものまでが慈悲を差し出して、エースはうわあと嬉しそうに笑う。 「うわあ、すげえ。ありがとうな〜!」 何回も奢ってもらって、上手い具合に収入を得たエースが「じゃあ、俺が奢るわ」と飲み会を開く。本当はなんだかんだで周りの連中が奢った額が多いのだが、いざというときの気風の良さと人柄に友人たちは「仕方ねえな」と手を出してしまうのである。 悲しいかな、サンジも例外ではない。 貧乏で明日のメシをも鬼の形相で綿密に考えるのに、エースが転がってるのを見るとなけなしの金をはたいてあんぱんを買ってやっている。餓えている生き物に悉く弱いらしい、新たな自分の一面を発見して「あー。俺の弱点はアニマルとレディだけじゃなかったのね」と遠い眼をしてしまうサンジなのだった。 久しぶりに対面したエースはフランスパンを、隣にいる弟のルフィは食パン一斤丸ごと齧り付いていた。 (なんつー兄弟だよ) 思わずバックオーライしそうになったサンジを見て、兄弟はぱああと顔を輝かせる。 『サンジ!』 「…ユニゾンはやめろよ…」 「久しぶりだなー」 むしゃむしゃパンに齧り付いて片手をあげるエースは眠たそうだ。 (あ、寝るな) と思ったらガクンと首が突然こける。 「ああ、また寝ちまった」 慣れた様子でルフィはエースの脇腹に拳を叩き付け、んぐはっとエースは目覚める。 「えーっと、で。なんだっけ?」 「久しぶりっててめえがいったっきりだ、アホ!」 年上とわかっていても、食事中に突然爆睡するクセのある男を怒鳴らずにはいられないのは、決してサンジのせいではあるまい。 「そうそう。犬は元気か?」 「…繋がらねえ会話だな…おい…」 「ルフィが、ロロがどうした、ロロがなんたらってすげえうるさいんでなあ」 脱力したサンジにほがらかに笑いかけて、エースが目を細めると「ロロ」の言葉にサンジはピクリと反応した。 「可愛い、面白い、オオカミを連呼されるとどんなんだか気になってよ」 「そっ―――っりゃあ!」 プチン、と一本線の切れたサンジは眩いばかりのアホ面で、 「おれのロロだから可愛いに決まってんだろ!!!」 丁度そこを通りかかったウソップは、久しぶりに見るルフィの兄と嬉々とした(あるいは鬼気とした)様子で「おれのロロ」について熱く語り出しているサンジの様子をまじまじ見つめて、 (類友ッ!) 内心失礼なツッコミをこれでもかといれていた。 *** 最近、ゾロは"けいたい"というものをサンジに買ってもらった。 家での電話回線を引く金も余裕もないので、アパートの共同回線…ギンの部屋にあるやつだ…それを使って連絡しあっていたが、どうにも不便でしかたない。それ以外ではサンジの"けいたい"…つまり携帯電話を連絡用に使う、といった感じだった。もっともそれではサンジが大学から公衆電話でかける一方的なもので、面倒だからもう一個てめえ用に買っちゃる、と、態度尊大な主人はのたもうたのである。 「履歴書かけって言われたら困るような境遇のてめえだけど、バイトをとってくれるとこも見つかったし…費用ぐらい自分で払えるだろ?」 当初バイトをしていることがバレたとき、俺の断りもなしにと散々当り散らしていたのがウソのような手のひらの返しっぷりに、ゾロは沈黙するしかない。 たしかにゾロは戸籍が…人間として必要なものがない。だって生まれたときは(多分恐らく)狼犬だった。それがいつのまにか人間の姿にもなれるようになってたのである。 普通に犬オンリーで過ごせば問題ないのだろうけど、ペット禁止のアパートでの暮らしの不都合性と、なんだかんだで人間モードのゾロをもコキ使う主人がいる。 『タッタッタ タララ〜ラララ〜ジャァ〜ン♪』 何だか妙に空しいような電子音が響いた。「あんにゃろ」 好きにしていい、費用はお前もち、とくれたはずの携帯なのに、いつのまにかメール着信音が変わっている。しかも勝手に"だうんろーど"したとみた。 多分この音はルフィが持ちこんだ古い機種のTVゲームの、しかもゲームオーバーの音だ。良くはわからないのだが、ようは「負ける時の」音楽ということだ。それがちょっと、ゾロには悔しい。 「なんだってんだよ…」 これから俺ァ"バイト"だぞ? と不思議そうにゾロが液晶を覗きこむと、 『まれにみるバカの兄が今夜家にくる。エロ本と高い酒はかくしとけ!あと犬モードで対処すべし。駅についたらワンコする。 from あなたのSanji』 サンジの携帯には自動署名機能がついている。もっぱら女の子に対しマメにメールを打っているので、署名がアホい。しかもあなたの、と、Sanji、の間にハートマークが踊っていて更にアホい。 ちなみにワンコとはゾロ…犬のことではなく、ワンコールのことらしいことも最近学んだ。ナミはワンコールを「ワン切り」というがサンジは「ワンコ」という。やっぱりアニマルマニアだからだろうか? 主人のアホさを確認しても、むなしいだけなのでとりあえずメールを睨んで考える。 まれにみるバカ、は最近のサンジの口癖で、ルフィの呼び名のことだ。 「へえ。ルフィに兄貴なんていたのか」 あの無茶苦茶なガキっぽい男の兄。考えただけでも、一筋縄ではいかなそうである。 「…ま。いいか」 言われた通りに高い酒をよいしょと隠して、俺って本当に忠義深い名犬だよなあとかゾロは良くわからないことを考えた。 *** 朝パンに齧り付いていた男は、それだけでは足りなかったらしくまたこてんと倒れて救助されていた。しかもなぜだかみんな、エースをサンジのもとに連れてくるのである。 文句を言おうとすると、決まって相手は驚いたような顔をして、 「え。だって、サンジはエースの保護者だろ?」 (なんなんじゃい) 仏頂面でデカイ荷物を受け取って、非常に不機嫌なオーラを垂れ流していると、 「まあ、サンジくんったら怖い顔」 「ははは! おっかねえ〜!」 「んナミさんっ! あとついでにクソゴム」 かつてルフィのほっぺを抓ったとき、思いの他良く伸びた。のでゴム人間と命名してやったら、ルフィは何故か喜んでいた。「うわーい!俺、ゴム人間なんだ〜!」とか叫ばれた日には、「あ、そ、そう。よかったね」と言ってやるしかない。 この始末の悪い兄弟には惨敗気味なサンジだが、それでもレディを前に礼儀を忘れることはないのだ。 「ああっ。お座りになられますか? どうぞどうぞ」 図々しくもサンジの隣に座ろうとしたルフィを蹴飛ばして、 「てめえはエースの隣だ、ボケ! さあ、レディ。こちらへどうぞ」 優雅にエスコート。サンジはいつだってレディの味方なのである。 食堂は狭くもなければ広くもない。特に味がよく、安いものがあるわけでもないごく普通の場所だ。ただドリンクだけはコンビニや外の自販機で買うより安値で手に入る。ただ、暑い時期になっても暖かい飲み物のほうが多いだとか―――あるいは逆が多いので、生徒たちが過去業者に嘆願書を提出したことがあるとかないとかの伝説があるが、ことの真相は定かではない。 いまだにワンテンポ遅れてやっと冷たいものと暖かいものの比率が変わることから、おそらくは過去の生徒達の願いはかなわなかったのだろう。 「サンジ、今日の昼飯なんだっ!?」 「何でてめえに説明しなきゃなんねーんだよ…。山菜おこわと、鱈子と葱の厚焼き玉子、温野菜の胡麻味噌サラダ、蓮根の赤梅酢漬け、ひじきの煮物! 言っとくが、てめえの分はねえ!」 「んまそ―――!」 後半部分は完全に聞いてない様子で、ルフィが暴れる。 「おい、待て。てめえこりゃあ俺のメシだぞ! あー。わかったわかった。柚子と黒砂糖のマフィンが七つと水羊羹の南瓜2、抹茶2、小豆が3、作っといた。食堂のおばちゃんに冷蔵庫借りてっから、貰ってこい。本当はナミさんのためだけにおつくりしたはずなのによ!」 「いつもありがと、サンジくん」 「いいえ〜! 貴女のためなら毎日でもっ!」 サンジはいつもおやつを七人分作る。完全優先のナミの分をひとつ、ひとつじゃたりないルフィのために二つ、あとはウソップと、サンジと、それに冷蔵庫の隅を貸してくれる食堂のおばちゃんの分で、もうひとつは予備。 時々こうやってエースが混じるからだ。 「相変らず律儀だなあ。だから俺はサンジが好きなんだよ」 「男に好きだなんて言われても嬉しくねえよ!」 「はははっ! 照れるなよ〜」 自分の分があることを知って、エースが嬉しそうに目を細めてそんなことを言うものだから、けっと愛想悪い表情を作ってしまうサンジである。 「ほい、材料費。おれとルフィの分で三百円」 「珍しいな、金持ってるエースなんて…」 抹茶を受け取ったウソップが、その水羊羹に舌鼓を打ちながら顔をあげて大げさに驚いて見せる。 「まあ、エースは文無しか大金持ってるかの両極端だものね」 南瓜を食べていたナミが笑うと、マフィンのほうを食べていたエースが、 「ははは、ナミちゃんさすが」 「ふんも〜っ!」 最後の奇声はルフィだ。口にマフィンをほおばったまま羊羹も食おうとして、ハムスターのように頬を膨らませている。どうやら美味いと絶賛しているらしいが、人語にもなっていないのでサンジは適当に頷いた。 「で、今日うちに来るのはエースとルフィでいいのか?」 携帯をケツポケットにしまいながらサンジが顎をしゃくると、ウソップが「あ、俺も行く」と顔をあげる。 「お前ンちがアパートじゃなかったらロロのために俺がアーティスティックな犬小屋を作ってやるんだけどなァ」 「どうせてめェのことだから、板で作った小屋に中は茣蓙でも敷いて屋根は瓦で、金色のシャチホコとか無駄につけるんだよな?」 「………」 「黙るなよ!」 無言で麦茶を啜り始めたウソップの後頭部をどついてから、鼻息荒くサンジは肩を揺らして…途端態度一転、だらしなく相好を崩しながらナミに向き直る。 「ナミさん! 何もない僕の汚い家ですが貴女が来て下さればみすぼらしい部屋も光のマジック! イルミネーションを灯しながら…」 「あ。ダメ。今日はバイトあるのよね」 「そうですか…」 話しの途中であっさりとサンジの期待を一刀両断したナミは、 「ン? ナミちゃん、今はなんのバイトしてるんだ?」 というエースの言葉ににっこり笑った。 「可愛い制服を来てお酒やお料理を運ぶバイトよ?」 「ンな! んナミさんっ! か、かわ、可愛い制服ってまさか…!」 ぶるぶる震えだしたサンジを面白そうにエースが眺め、ルフィが不思議そうに首を傾げ、ウソップが額を押さえる。 ナミは実に魅惑的な笑顔と共にまた魅力的な胸をそらした。 「あら、サンジくんったら。まさかナースとかセーラー服とか想像したんじゃあないでしょうね?」 そのあと鼻血吹いて卒倒したサンジを、男三人が介抱するはめになったのは…ゾロには言えない主人の失態であった。 *** 「ロロノアさん、これ」 「ン?」 ビール瓶の詰まったケースをまるごと五箱持ち上げてひょいひょい移動する姿はさすがに奇異に見える。最初は酒屋の…今はゾロにとってバイト先の娘であるたしぎも、眼鏡の奥の黒目がちな瞳を丸くして驚いていたが、しばらくすれば超人的なゾロの馬鹿力にも慣れたようである。 「お疲れ様です。それを外に出しておいてくださったら、もう充分ですから」 にっこり笑うたしぎにゾロも頷いて、彼女の手の中にある一升瓶をまじまじ見つめた。 「で、こりゃあなんだ?」 「父が、是非ロロノアさんに呑んでもらいなさいって」 はにかむように笑ったたしぎに、悪いな、と言いながらもゾロは遠慮をせずに手を伸ばす。 最近酒が好きになった。 物凄く好きになった。 それもこれもきっかけは、サンジの友人たちと初めて会った際の飲み会だったのだが―――そこでゾロは生まれてはじめて、アルコールという飲料があることを知った。 ゾロはサンジの作ってくれる飯が好きだ。コツがあるのか米を炊くときふっくらした美味しいご飯になる。それをおにぎりにして貰っておかずをつつきながら頬張るとき「人間になれてよかった」とかしみじみ思う。犬だの狼だのでは味わえない至福だからだ。 どうにもゾロは米が好きらしく、煎餅もあればあるだけ食うのでよくサンジに怒られる。 日本酒、という酒も米から造られるアルコールらしい。辛いものから仄かに甘いもの。喉ごしがすっきりしたものから味わい深いもの。すっかり奥深いその酒に魅力を感じてしまい、しかも女だてらに酒豪のナミが面白がっていろいろ呑ませるものだから子犬は飲兵衛になってしまった。 「酒はとても美味い。なかでも『日本酒』は合う」としっかりインプットされたらしいゾロの中では、日本酒をくれるひとはいいやつだ。とってもいいやつだ。 偶然この酒屋でアルバイトをすることになったが、酒屋という場所が人間の世界にあってよかったなあ、なんて思うあたりもうすでにアルコール中毒初期症状が出ているのかもしれない。 「貰っていいのかよ? 見たところ高そうだが」 「お父さんと長い付き合いの卸売り屋さんから頂いたものなんです。頂き物だけれど、お父さんは入院中はお酒は駄目ですし、わたしも…その、御恥ずかしいんですけど、全然呑めないので。 美味しく呑んでいただけるひとに貰われたほうが、お酒もきっと喜ぶんじゃないかと思いまして」 酒屋の娘なのに、たしぎは酒が飲めないらしい。 何だか心底気の毒になってしまい、ゾロはわかった、じゃあ有り難く、と頷く。 (あいつ、喜ぶかな) あまりアルコールに強いわけではないくせに、自分に対抗意識を燃やしてかよく挑んでは撃沈しているサンジの顔を思い浮かべて、ゾロは苦笑する。 そういえば客人も来るといっていた。高い酒は隠しておけと言われたが、これは自分が貰ったものだし別に振る舞っても構わないだろう。 実際、ルフィの兄とやらに逢うのも楽しみだ。問答無用でじゃれついてくるルフィは、ゾロよりよっぽどケモノに近いものがある。動物くさいのだ。だから、妙な親近感も湧くのだけど―――ひょっとしたら彼の兄とやらも同じようなのだろうか? 「―――まァ。悪いもんでもねえよな…」 絶望を刻まれた痕のように。 時折緩く、胸の傷痕は滲み、引き攣る。そういえばペットショップの時は痛み止めの薬を飲むのを嫌い、随分我慢をした。 「我慢なんかすんな」 てめェはうちの子になったんだからよ! と、酔っ払ってゴキゲンなサンジが笑う。 「おまえはあ、俺のゾロなの! だからあ、おれには甘えていーのっ!」 へにゃ、と顔をぐしゃぐしゃにしているサンジのそのだらしない顔は、きっとゾロだけが見れるのだろう。動物が好きで好きでたまらない、といった、とてもじゃないが女の子には見せられないマニアの恍惚とした目と、子供みたいな無邪気な顔。 笑うとくるんとした眉毛が垂れて目じりが緩んで、ゾロは随分自分より小さな仔猫を相手にしているような気分になる。 (そんなこと言うと殺されっから、言わねェけど) コキ使われたり、文句垂れられたかと思えば態度いっぺんニコニコと相好を崩してじゃれついてくる。最初は変わった人間だと思ったものだが、元々大らかなんだか無神経なんだかのゾロは主人の多面性にも慣れてきた。 (―――まあ、主人の喜ぶ顔を見てェっつーのは) 連れ添う動物としての純粋な本能かもしれないのだけど。 それでも、やっぱり、あのアホ面でふにゃふにゃと笑われると気分が良くなる。 最近は犬モードと人間モードの差が随分無くなってきて(本人が気づいているかどうかはわからないが)犬の姿のときのように、人型のゾロにも寄りかかってきたり、ぐりぐりと金髪を押し付けて「いいこ、いいこ」するみたいにしたり。 アニマル好きだが、女好きでもある彼が「野郎なんかとイチャついてたまるか!」と葛藤し、悶々としていた最初の頃が嘘のようだ。 (俺も随分感化されちまった) ニンゲンに触れられるだなんて。警戒心を剥いて相手をにらみつけて、威嚇して。そうでもしなければゾロは死んでいた。 サンジに拾われなければ、きっと、死んでいたのだ。人間の優しい匂いを知らないままで。 少し機嫌よくなってゾロは下駄を鳴らして(サンジが一番はじめにゾロに買ってくれた履物である。それまではビーチサンダルでしのいでいたため普通の靴を履くと窮屈で仕方なくなってしまったのだ)商店街通りを歩く。すっかり馴染みになってしまったその道の蜘蛛の巣の張った錆びた電灯も、右の通りと左の通りで時間が全然違う時計も、ゾロの姿を見つけて笑って手を振る人間たちも、比較的ゾロは好きだった。 二度目の人間と一緒の暮らしを、ゾロは、気に入っていたのである。 「ただいま!」 サンジのひよこ頭がおそるおそる中を覗くのを見て、ゾロは内心笑いを堪えて澄ましたように喉を鳴らした。 以前に初めてサンジの友人たちに逢ったとき、とんでもない失敗をやらかしてしまったので今回はちゃんと「犬モード」である。 「ロロ〜!! 逢いたかったぞ〜っ!」 弾丸のように突っ込んできたのはルフィだ。全身で再会を喜ばれて子犬も悪い気はしない。きちんと挨拶が出来ることを示す為、ゾロはルフィの手に頬を擦らせ、そのてのひらを小さく舐めた。 「うぉ! ちょっと見ない間にまたでっかくなったなあ〜」 次に入ってきたのもまた、ゾロの顔見知りだった。犬のときのゾロのために、と、オモチャをたくさん作って持ってきてくれた器用な男、ウソップ。達観した子犬であったゾロはオモチャにはあまり興味を示さなかったのだけど――― 一緒に遊んで欲しがる金髪が一人いるので、コミュニケートの道具として立派に役立っている。 「お邪魔します」 きちんと頭をさげて、靴も揃えて家にあがった人間をゾロは初めて見た。 礼儀正しい男はテンガロンハットを脱いで、ゾロに目をやり、にい〜っと人懐こく笑った。 「よッ! はじめまして!」 「ゾ………こほん。ロロ、エースだ」 サンジが紹介するのに対し、これがルフィの兄かとゾロは不思議な思いで彼を見た。 まとわりつく気配も、匂いも、そう血の共通を感じさせるようにとても似ていて、それが無条件に好感を抱かせる。ゾロは割合、ルフィのことを気に入っているのだ。気に入っているやつと同じような匂いがすれば自然にエースという男も気になる。 それにしても、ここまで礼儀正しいといっそ面白いものだ。 「お前がロロノアか? 俺はエースだ。そこのルフィの兄貴な。いつも弟が世話になって」 犬にまで丁寧に頭をさげるエースに、いやいや、とゾロも思わずつられそうになる。 「ルフィのことだ。お前さんの餌ですらヨダレたらしながら奪おうとするだろうし、それに随分うちの愚弟に懐かれてるみてえだし―――けど、悪いやつじゃあねえんだ。ちょっとばかりかなりアホなだけで、これからもかまってやってくれよな?」 「え、エース…そんな犬相手にマジにいっても…」 さすがにウソップが引き攣った顔で軽くツッコミをいれ、ゾロはエースの顔をまじまじ見た。 「ほら、ルフィ。これからも遊んでくださいって言っとけ」 「そうだなっ! ロロ! これからも俺と遊んでくださいっ!」 わかってるのかわかっていないのか、兄の言う通りぴょこんと頭をさげたルフィを見て、犬でなかったら噴出していただろうゾロは、 「わん」 とタイミング良く答えたことで、ルフィの愛情いっぱいの抱擁と、エースの笑顔をいただくことになった。 ルフィやウソップにこれでもかというほど遊んでいただいて、子犬が目を回しかけた頃…ストップの声をかけたのはサンジではなく、エースだった。 「おいおい、ロロが疲れてるぞ。体力バカなお前と遊んでちゃあ、いっくらやんちゃな子犬でも限界がくるみてえだな。こら、ルフィ」 「いやだ〜! ロロと遊ぶんだ〜っ!」 がっしりしがみついてくるルフィを困ったように見つめ、ゾロは鼻をくんくん鳴らすと、どうやらただ黙って鷹揚に見守っていたのではないらしいサンジがすっくと立ち上がり、 「てめえいい加減に…ッ!」 (やべェッ!) 主人の尋常でない目の輝きに、ゾロは咄嗟に身をかがめてルフィの腕から脱出する。 「俺のロロにべたべたすんじゃねえっ!」 小気味よいほどの音をたてて、ルフィの頭に踵落としが落ちた。 「いてェ〜〜〜〜〜〜!」 「あっち行けこの猿! アホ! ゴム! 俺のロロに触るなっ!」 今度はサンジの両腕にがっちりホールドされてしまい、ゾロはげんなりと尻尾を垂れた。 アニマルマニアは末期症状なのだ。自分の可愛くて可愛くて(?)たまらない子犬が一人占めされていたらただでさえ短い堪忍袋がぷっつんいってしまったらしい。 「これは俺のだ、アホ! クソゴム!」 自分を抱きかかえたまま必死にルフィに威嚇するサンジを見て、ゾロははふうと耳も垂らした。 その様子を見たエースが、途端面白そうに声を立てて笑う。 「はははははッ! ロロも苦労してんなァ?」 「何がだ、エース! てめえ、自分んちの弟ぐらいちゃんと面倒みとけっ!」 「しょうがねえだろ。お前ンちの子犬は可愛いんだから」 「………〜〜〜〜っッ!!! ……。……だよな!?」 続けて文句を連射しようとした唇が途端、エースの一言でぷるぷると震え、言葉を殺し、でれえと情け無いつらに早変わりする。 「俺のロロ、可愛いだろ〜っ!?」 (…ああ、気の毒に) これが始まるとサンジのマシンガントークは止まらない。彼に料理の説明と、女の子の感想と、動物のことに関して聞くのはある種のタブーだ。 すでにルフィはサンジが作っていたパスタに目を引かれていて、ウソップはウソップでごそごそと荷物をあさり出している。 一時間半後、エースが悪かった、と頭をさげて謝るまでサンジの愛犬絶賛は続いた。 「ども」 子犬を親戚んちに預けてくる、そう席を立ったサンジとの打ち合わせ通り、ゾロは部屋を出た途端人間の姿になり、きっかり五分後部屋に戻った。 コンビニで15分ばかり時間をつぶしているはずのサンジより、先に入ったゾロはバイト帰りということになっている。 「ゾロ〜!」 ぶんぶん嬉しそうにルフィは両手をふる。子犬のときと変わらない熱烈歓迎っぷりに、ゾロは苦笑して「来てたのか」とさり気なく言った。 「どーも、初めまして! お邪魔してます。あんたがサンジの同居人さんかい?」 笑顔でエースに言われて、ゾロも微笑んだ。 「ああ。ゾロだ。よろしく」 今度こそ礼儀正しく挨拶を返せて、ゾロは満足した。 「いま丁度入れ替わりで、サンジがロロを預けにいっちまったんだよ〜」 「ホントは、このアパート犬が飼えねえからな。管理人が家賃をとりにきたり用があってくるときはゴマカシがきかねえから、預けることにしてる」 残念そうにフライドポテトを齧るルフィに、ゾロはしゃあしゃあと説明した。 当初人間のゾロを見て「おまえがオオカミか!?」とのたまったルフィも、さすがにゾロと子犬のロロが同一人物だとは思い至らないらしい。(到られても困るが) 「ああ、そうだ。これ貰ってきたんだ。呑むか?」 たしぎから貰った一升瓶を指差し、客人たちを見ると、酒が呑めないわけでもないルフィとウソップが「おお〜」と頷き、あのザルのナミにも張るほどの大酒豪であるらしいエースが、にまあ〜っと心底楽しげに笑ったのを見て、ゾロも遠慮なく封を切ることにした。 つづく! |
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◎相変らず一部の方に楽しみにしていただいているらしいパラレル犬です。 ◎あんまり長いんで前後編にしました。 ◎ちなみに後編がらぶらぶ編です。ちょっと居た堪れない気持ちでいっぱいです。 ◎やっぱらぶらぶ難しい…。(挫折感) 02/08/16 |
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3.25 | 04 | 05b(後編) |
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