★ 3.25 ★ | ||
「雨降りそう!駅前っ!ビデオ屋ンとこ!早く来いッ!」 突然の電話を取ってみれば、用件のみの簡潔な怒鳴り声が一瞬ゾロの鼓膜をたたき、次の瞬間がちゃんと切られた。 「…あァ?」 再度確かめるように受話器に耳をあてるものの、無情なツーツーという音しかしない。 「…ったく、しょうがねえなあ」 どうせまた天気予報も見ないで飛び出した結果、余計な荷物を抱えて立ち往生しているのだろう。 くん、と鼻をひくつかせれば微かに湿った匂いが空気に混じり始めている。人間の姿の時も、犬ほどではないが鼻が利くらしい。ぺろりと舌を出して空気を舐めとって、ふむ、とゾロは腕を組んだ。 「四、五分ってとこだな」 確かにゾロはサンジの犬だが、しかしこうも扱き使われると溜息も出る。 「ゾロ、煙草買ってきて!」 「ゾロ、茶ァ淹れろ!」 「ゾロ、お風呂沸かしといて!」 「ゾロ、ていうか俺と遊べ!」 「ぞ、ゾロ…酔った。気持ち悪い。どうにかしやがれ!」 その度にゾロは閉口し、横柄だったり突然御機嫌がよくなったり、甘えてきたりする主人が良くわからなくなる。 しかし文句を垂れると問答無用の回し蹴り(あるいは飛び蹴り)が襲い掛かってくるので、とても良い子犬なゾロは静かに低い声で頷くのだ。 「ハイハイ、ご主人様」 昨今の口癖になりつつあるそれを、面倒くさそうな表情で受話器に向かって言ったゾロは、玄関に立てかけてあった安物のビニールの傘を一本手にとり、アパートを出てから犬へと変わる。 こうしないと残念な事にゾロは―――そう、極度の方向音痴だから駅につくのでさえ死ぬほど時間がかかってしまうのだ。 (ちょっと不便だよな。人間の時もこう、感覚が巧く使えりゃいいんだが) 傘を咥えてとことこと歩いていく子犬の姿はそれはもう微笑ましいもので、よく商店街なんかですれ違う主婦などがゾロに手を振ってくる。 尻尾を振ってお愛想良く済ませたゾロが駅のロータリーを回るころには雨がしとしとと降り始めていて――― 「遅ェよ!タコ!濡れただろうが!」 苛々とサンジはあしぶみしながらあっというまに濡れていくコンクリートの道路を睨んでいて、ゾロが服を引っ張るとサンジは吼えかけて、「あっ」という顔をした。 てっきりゾロが人間姿で来ると思っていたのだろう。アニマルフェチは犬姿のときに良く発動するものだから、人間の時だと容赦がない。 子犬の姿でちょこんとお座りをして、傘を咥えて上目遣いに「待った?」という感じで小首を傾げて見せれば「うぉうおうぉ!」とかよくわからない奇声を主人が発し始める。 荷物を持ったまま悶えられても困るので、ゾロはそっとあたりに気を配り、人間へと変わった。 「あー。悪ィ悪ィ」 途端にサンジの揺るんだ顔は引き締まり、文句を垂れるように唇を尖らせた。 「…悪びれてねえしな…。てかなんで傘一本しか持ってこねえんだよ!こんだけ荷物があるんだぞ!?」 確かに足元にはスーパーのロゴの入ったビニール袋だの、小さなダンボールだのが重なっている。 この細腕で良くもまあ持ってこれたものだと感心するぐらい、サンジは全体的に華奢だ。 そういうと怒るから、彼の前では「すれんだー」といわなければならないのだが。 「じゃあやむまで待てばいいじゃねえか」 「このアホ犬が…」 毒づくのはサンジのクセみたいなものだ。喧嘩腰なのはサンジの気性。多分ゾロがオスだから…訂正、男だから、素直になることができないのだろう。 意地っ張りな主人を眺めてゾロは目で笑い、傘を開いて傾けた。雨脚は強くなってきている。 「入らねえと濡れるぞ?」 「…。…。しっかたねえなあっ!」 男と相合傘なんて冗談じゃねえ。そんなことをサンジは言い、そっぽを向く。 逆にゾロは不思議になって首を傾げた。 「“あいあいがさ”ってなんだ?」 「うっ! て。て、てめえにゃ知る必要のねえ単語だっ! いますぐ忘れろ!」 「そうか」 「そうだ!」 「ふーん」 「な、なんだよ…引っ付くんじゃねえよ」 「ていうか、濡れる」 サンジの肩が濡れているのを見てゾロがややサンジのほうに傘を傾けると、 「アホか!てめえが濡れっちまうだろうが!」 押し返されてゾロは思わず変な顔になった。 「別に俺ァ濡れたって平気だぞ? 元々、犬になって帰るつもりだったし」 あんに濡れて帰る気だったと言われて、サンジは血相を変えた。 「ば、バカかてめえ! 風邪引いたらどうするんだ!」 「―――は? 引かねえし」 「根拠があるかボケ! てめえはまだ病気とかに免疫ねえんだから、駄目だったら駄目だっ!」 涙ぐましい飼い犬を思う飼い主の心、犬は知らずという感じで、ゾロはしきりに不思議そうにする。 「寒い夜中に煙草買いに行かせたり、酔って公園に座りこむてめえをこんこん説得して結局おぶって帰ったりさせて、今更何を」 「ギャー! 今のは俺の記憶にねえぞ! ないです! データが見当たりません!」 「…何のことだよ」 サンジは耳を塞いで「あー あー」と変な発声練習をしている。 「…やまねえなあ」 ゾロが空を仰ぐと逆にサンジはうつむいて、 「だな」 なんでもないふりをして頷く。 「なあ、今日のメシなんだ?」 ゾロが顔をあげたまま訊ねると、隣の男は微かに笑ってみせた。 「ちらし寿司」 「それうまいのか?」 「誰に聞いてやがンだ、このアホ犬!」 げしいと、くるぶしを容赦なく蹴られた犬はむっとして振りかえり、真っ赤になってる主人の耳たぶを見て、小さく笑った。 |
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■ラブラブです。ハイハイよかったねって感じです(遠くを見つめつつ) ■いやもう…ナチュラルにイチャついてるこの子らを見ると薄ら寒いものも感じつつ(拒絶反応か…)でもワタクシ、ゾロは「犬」だと思ってるので(人間として見てあげて!!)まだセーフティドライブ。(ちょっと動揺気味) ■オエビに描いたこれまた薄ら寒い絵からの閑話でした。 ■ゾロは(犬んときの)自分の魅力を自覚・操作しつつあります…。きゃひん…。 02/05/31 |
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