★ マイリトルウルフ。 ★ 〜犬がきました 03〜 |
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「ギャアッ」 思わずばたんと、今開けたばかりの扉を閉めてしまい、 サンジは後ろから不審の視線を浴びせ掛けられ戦々恐々とする。 「あ、あ、あのですねえ」 (俺のバカ…) 青ざめてももう遅い。 サンジは半泣きになりながら、親しい彼らを振りかえることとなった。 *** 「サンジ、犬見せてくれ!」 ルフィのドアップを食らって、サンジはその顎を思わず相手のおでこにぶつけかける。 「っだあ! なんなんだ、てめえは!」 唐突なのはルフィの特性といえるが、それでもまるで噛み付かんばかりの勢いで迫られればさしものクールで不敵を誇るサンジだって思わず相手の頭をすぱこーんと、叩いてしまうというもの。 「いってえ!サンジィ!」 「あー。悪ィ、悪ィ。条件反射だ」 自分とさして年も変わらないというのに、ルフィはいつまでたっても子供っぽい。 むうと唇を尖らせて抗議してくるから、頭をぽすぽす撫でてやるとまた御機嫌になるから不思議だ。 (ん。動物の躾に似てる) サンジはアニマルマニアなので、野性的なルフィは嫌いじゃない。 人懐こい猫かなにかを前にしているみたいな気分なので、男とイチャこくなんて死んでも御免だと豪語するサンジもこうして鷹揚に構えていられるわけだ。 「よしよし。で、何で突然“犬”なんだよ?」 「サンジんち、犬いるんだろ? 俺見てえ!」 ルフィの家にも猫がいる。彼が入学したての頃、図書館裏でピイピイ泣いてた赤毛の猫だ。 昔からなにかにつけて猫を飼っている家らしいが、なぜか犬を飼う機会に恵まれない。 「おれ、でっけえ犬とかも大好きなんだけどなー」 そう言ったルフィに思わず同情してしまうのが、サンジの、サンジたる所以だ。 「そうだよな! 猫も可愛いけど、犬もいいよなあ!」 普段は澄ましたような冷えた双眸も、動物の話となると雪解けのように柔らかくなってしまう。 「ようし、仕方ねえ。野郎を自宅に招待するなんざごめんだと思ってたが…まあ、いいや。見にこいよ」 自他とも認める女好き…かつ、動物好きのサンジ。 前者は飽きれ返るほど有名なサンジの肩書きだが、後者の一面を知るものは少ない。 (サンジ、いっつもこうして笑えばいいのになあ) スカしてるだの、女ったらしな金持ちの道楽息子だの…サンジの実家が有名レストランだからだろう…不名誉な噂を一部で立てられている彼をまじまじ見つめて、でもルフィは思うのだ。 こんな無邪気な笑顔を見れば、本当に人好きのするいいやつだと印象が変わるのに。 確かに女の子がとても好きらしい。口説くこととエスコートすることに情熱を注いでいる姿はルフィも面白いなあと思うほどだ。けれどタラシというのは違う気がする。 なぜなら彼はときにクールに、ときに剽軽に相手を楽しませることだけに全力投球し、 「サンジくんって面白いひとね」 で終ってしまうことも、少なくないからだ。 道楽息子というのも間違っている。学食の230円の蕎麦でさえ高いと唸り、毎朝早起きして弁当まで作ってしまう苦学生だ。今時珍しいほどの! だからルフィはサンジが大好きだ。 年上で、別に接点があるわけでもなかった。それでも先輩と呼ばずに呼び捨てする馴れ馴れしいルフィのことを嫌がるふうでもない。結局なにくれと面倒を見てくれている彼が大好きなのだ。 「なあ、サンジ。犬見せてくれ!」 そうしてまとわりつくルフィを笑い、サンジは目許をやさしくして頷いた。 「確かにウチのはクソでかくなる種だろうな。でもまだチビだから、さすがにてめえを乗せてノシノシ歩き回れるかどうか」 でもサンジの犬は…ゾロ、という可愛くも憎らしい愛犬は、サンジがリードをつけようとしたら酷く嫌がって逃げ回り、しかもそのお陰でサンジは部屋中を引きずりまわされることになった。 (あんにゃろう) さすがに背に乗せて歩くことは無理だが、あの小さな身体でサンジを引きずるくらいのバカ力があるのだ。そのうち本当に首根っこをひょいと噛まれてノシノシ持ち歩かれちゃったらどうしよう、ぐらいの感じはある。 「散歩ぐらい一人で出来る」 というのが彼の言い分であり、また、 「ただでさえ首輪がついてるだけでいやなんだ。そんな散歩紐なんかで引きずられるのはかなわねえ!」 「バカ、リードをつけるのは飼い主の義務なんだよ! 義務!」 「どうせギンに見つかったらヤバイってんで、一緒に散歩するとしたら夜中にしかいかねえじゃねえか! 誰もそんな紐気にしねえよ!」 「てめえがカワイイ雌犬とか見つけて飛び出してったらどうするんだ、ボケ!」 「ふざけんな、てめえと一緒にすんじゃねえ!」 ああ、今ならまだ懐かしくも微笑ましくも…は思えないけれど、取っ組み合いをした記憶が甦りサンジはため息をつく。 「へえー。サンジんちの犬か!俺も見たいな!」 ひょいと鼻を…もとい、顔を出した馴染みの顔に向けて、サンジはあえて厭そうな素振りをする。 「あァ? 長っ鼻ァ、彼女とのデートをおっぽり出してくるとしたら、俺がカヤさんを横から攫うぞコラ」 「ばっ! ふ、ふざけんじゃねえっ!」 真っ赤になる純情ドレッドヘアに対し、サンジは酷く友情に厚い笑顔で言った。 「バカだな、ウソップ。親友のお前の彼女だ、大事にするに決まってンだろ?」 「ていうか奪うな!お前はっ!」 「あら、楽しそうね?」 「おっ。ナミ!」 ルフィの麦わら帽子がぴょこんと跳ね、サンジは素早く顔をあげてにっこりした。 「ああ!ナミさんっ! 今日の貴女も魅力的だ! まるで太陽の輝きを誇るあなたのその黄金色の」 「長口上はいいから、何の話をしてたか教えて?」 「はいっ! ナミさん! うちのバカ犬の話でしてェ!」 でれでれと相好を崩すサンジを見て、ナミはくすりと笑みを零した。 しかしそこで割りこむのが空気を読まない男、ルフィである。 「なあなあ、ナミもサンジんちの犬みたいよな!?」 「だあ、俺が話してるところを!」 力強く言い切ったルフィをビックリしたように見つめ、ナミはそうねえと視線をさまよわせ、 「見てみたいわ」 「よーし、よく誘ったルフィー!」 ばしばしと麦わらを叩きながら、それでもサンジはふと思う。 自分が誘った時は十中八九…とまではいかないものの、まあ高い確率で「また今度」とフラれてしまうのに、ルフィが誘うとナミは半分の確率で、頷く。 (俺のシタゴコロがバレてるんじゃあ!) わんちゃんカワイイわね!なんて、ゾロを使って好感度&親密度アップ! なあんてことを一瞬、考えなかったわけじゃない。 (それともやっぱりこの二人…) 最悪のケースはやっぱり、付き合っている、だろうか。 またもウソップが憐れみを帯びた目でサンジを見つめてくるものだから、サンジはナミに笑顔を向けたまま見えないところでウソップの足を思いきり踏みつけた。 「今日、俺のガールフレンドとついでにダチつれてくるからよ!」 いつもの慌ただしい朝模様、見送りの際にいつもとちょっとだけ違うことは、サンジがお見送りのためにとことこ後ろをついてきたゾロに振りかえって、にっこり笑ったことだった。 「お前に逢いたいって言うから」 (なるほど) ゾロは内心頷く。 (通りで昨日の晩、必死になって片付けてると思った) ごちゃごちゃした衣服だの空き缶だの、ついでにエロ本だのを隠すサンジに尻尾を踏まれたのは真新しい記憶である。 「がう」 わかった、という風に小さく吼えると、サンジは途端に頬を緩ませてにっこりする。 「ちゃーんと、いい子で相手してくれよな?」 わしわしと耳の下を撫でられると気持ちが良い。本当はもっと撫でろと催促したくなるが、いつもギリギリで飛び出していくサンジを遅刻させるわけにもいかない。鼻で押しやるようにして行ってこいと促すと、サンジのほうが寂しそうな顔をするから不思議だ。 (俺ァ他の人間とペットの関係を余り知らねえが) どうもテレビや、近所の犬猫を見て思うのは普通は飼われてるほうが、主人に気に入られようと、あるいは本当に懐いていて寂しがるのに―――サンジは逆だ。まるで自分が寂しいと言わんばかりの顔をする。 でも、ゾロはそんな飼い主の顔は嫌いではないと思う。 (いい子に、か) 仕方ねえ、アホのように撫でられて抱きしめられてもここはぐっと耐えてやるかと思う。 (これも修行だ) 生後4ヶ月半にして子犬ゾロ、悟りを開きつつあった。 と。 恐らくこの時点では飼い主も、そしてその愛犬も互いのことをまあ尊重して、考えていたわけである。 サンジはやっぱり自慢の飼い犬を紹介したかったし、ゾロは飼い主の学友が見れるとあってどんなやつらか多少の興味はあった。 以前弁当を届けにサンジの大学まで足を運んだことはあったが、騒がしいし物凄い匂いはするしで二度と行く気がしなかった。もしあのとき遭遇したやかましい女達が来たら尻尾を巻いて逃げ出すだろうが(撤退も戦略である)あの、サンジと対等に付き合える連中がいるとなると話は違う。 どんな奇特な人間か、ということになるわけだ。 しかし双方の見解で一つ、忘れていた…重要なことがあったのである。 ゾロは犬だ。 しかし、 人間になれる、犬なのである。 「よッ。おかえり」 と、 軽〜く片手をあげて言われて、思わずサンジは扉を…そう、閉めてしまったのである。 (しィィィまった〜!!) 後悔しても後の祭とは言うものの、しかしこれは…大きいミス、である。 (犬モードになっとけって言っとくんだったァ!) 「どうしたの?」 笑顔でナミに問われて、蒼白のままサンジは首をふるふると横に振った。 彼女は微笑んでいるものの、なにか隠し事をしたらただじゃおかないと言わんばかりの凄みを利かせているのである。ルフィなどサンジが慌てて閉めなければそのまま首を突っ込んで飛びこんでいきかねなかったのだ! 「んなッ、んなんでもないですよ〜う!」 引っくり返った声で、半ば泣きそうにもなりつつサンジは、 「今更ながらにこの小汚い部屋に美しい貴女を招いたことを悔やんだりもしつつですねえ!ああ、そんなナミさんの可憐なおみ足をこぉんな足の踏み場もない僕の家のために汚すことは僕の貴女に対する思いが許さないというかァ!」 「サンジくん」 御託をヌカす暇があるの?とでもいいたげな顔でナミは容赦なく言った。 「とっとと入れなさい」 「…は、い」 ぷるぷるしながらサンジが返事をすると、 「いぬいぬわんこ―――!!」 奇妙な言葉を叫びつつ、ルフィが扉へと突進した。 (お終いだ) 「あれ?わんこぉ?」 ルフィはパチクリとして、自分の抱き付いたモノを見つめた。 「なんだ、お前」 突然飛び付いてきたそれをまじまじ見つめて、それでも動じないあたりがふてぶてしい。 顔色を白黒させるサンジをよそに、ルフィは興味しんしんに、目の前の男を見つめてにへらと笑った。 「おまえ、ゾロかッ!?」 「ああ、そうだ」 (マジ終った) サンジは内心で血の涙を流しつつ、遠くに聞こえる会話を聞いていた。 終った、なにもかも! 「すげェ、ホント! オオカミだな、お前!」 「…ていうか、てめェは誰だ?」 「俺か!? 俺はルフィだっ!」 宇宙人の会話だなぁとおもいつつ、サンジはおそるおそる身じろぎした。 その隣で小さく微笑したナミをみて、またも恐れるように震える。 「―――サンジくん?」 「―――…ひゃい」 引っくり返った声で返事をしたサンジに、ナミはにっこりする。 「オオカミみたいなやつと暮らしてる…… ねェ?」 「あ、あううう」 ウソップはすでに中立の立場をとったらしく、サンジの縋るような視線も見ず、また部屋のなかにいた男を観察するでもなく、明後日の方向を見ている。 「すっげェ、髪の色!」 一方でルフィのはしゃいだ声だけが響く。 元々子供のように無邪気なやつで、お兄ちゃん子なせいか年上のサンジもようく懐かれた。 ゾロもおっかない顔のわりに大らかに構えているせいか、あるいは単にルフィがとんでもなく頓着がないせいか…もうすっかり懐いてしまっているのだ。 背中に寄りかかって自分を観察するルフィに対し、ゾロは面倒臭そうながらも相手をしている。 ゾロは生後4ヶ月半強の子犬だ。人間年齢に換算してもまだルフィより年下かもしれないというのに、その姿には余裕さえ感じられて、一人サンジだけ焦っているのがおかしいほど。 (“人間”だと…まあ、若く見積もって19、20歳ぐらい……俺とタメぐらいにしか見えねえもんなあ) 「そいつの友人なんだろう? 俺は同居人のゾロだ」 一人硬直しているサンジをのぞいた人間達に涼やかな視線を投げて、ゾロは微かに会釈する。 「まあ、よろしく頼む。―――ところで、誤解してるみてェだが、犬は散歩中だぞ」 「はッ!?!」 素っ頓狂な声をあげてしまったのはサンジ当人。 「犬を見にきたんじゃねえのか?」 微かに目配せされて、サンジは慌てて頷いた。 (そうだろうよ)と言わんばかりに琥珀の目を細められて、サンジはようやくこの“人間”の姿のゾロが、主人に協力しようとしているらしいことを理解したのである。 「散歩中って…なんだ、お前がオオカミじゃねえのか?」 不思議そうにルフィが首を傾げるものだからまたもサンジの背筋に冷や汗が流れ落ちる。 「俺が狼に見えるか」 ふと低く笑ったゾロは、 「でもサンジくんの子犬の名前は、『ゾロ』だって聞いてるのよねえ」 オレンジ色の髪の少女の…ナミの言葉にひとつ頷いて、 「犬のほうは『ロロ』だ。…『ロロノア』。それで間違えたんじゃねえのか?」 「ゾロとロロって…サンジィ、お前!」やっと緊張のとけたらしいウソップが肩をすくめる。 「なにも同居人と似たような名前をわんこにつけるなよ〜!」 (いや、ていうか) サンジは心臓をばくばくさせながら、唖然としてゾロを見つめる。 (―――なんつー言い訳を) 咄嗟の機転とはいえ、実に生意気なやつである。人間のゾロときたら! (…でもロロノアって?) 眉をひそめた時である。 「でも犬見たかったなー」 「悪いな、俺の知り合いがどうしても見たいってんで、そっちに預けちまったんだ。 まさか客人がくるとは思ってなかった」 今ごろそいつと散歩でもしてるんじゃねえかな、などしたり顔で言うものだから、 「あー。ごめんね、ナミさん! あとついでにゴムと鼻。 俺がうっかり連絡をしてなかったばっかりに!」 「そうね、ちょっとビックリしちゃったわ」 ナミは笑った。 「でも今度はロロくんにも逢いたいわ。サンジくんが可愛くて可愛くてしょうがないって顔する、ロロくんにね」 「……お、俺そんな顔してますか」 「してるわよ」 「してるな」 「すげえしてる!」 友人達にことごとく言われて、サンジは引き攣った顔をする。 ゾロは素知らぬ顔をしているが、それでも片頬が震えているから…きっと笑っているんだろう。 「でもサンジに同居人がいたなんて知らなかったなあ」 感慨ぶかげなウソップの言葉にまたも焦る羽目になる。 「あ!?気にするな、利害の一致ってやつだ!!」 「でも本当に、あなた狼みたいね」 「そうか?」 きっと尻尾があったらゆっくり揺れていることだろう。そんな穏やかな表情でゾロがいるものだから、 (なんだ) サンジはほうっと溜息をついた。 (―――焦って損したかも) 「ねえ、堅苦しいのはキライなの。ゾロって呼ぶから、あんたもナミって呼んでよ」 「ああ、わかった」 「な、なにィ!?」 俺だって敬愛の念が強くて(あと恐れ多くて)呼び捨てにできないというのに!というサンジの叫びは全員に黙殺されるのである。 「よーし! ワンちゃんには逢えなかったけど、久しぶりに面白いものをみたわ!」 (何がですか、ナミさーん!) 絶叫するのはサンジばかりなのだ。 「あんたお酒強そうね。ようし、今日はゾロとの素晴らしい出会いを記念して飲むわよう!」 「ぎゃあ、ナミィ! 落ち付け!」 「なによ! いい潰し相手…じゃないわ。折角知り合った記念に呑もうって言ってるだけじゃないの」 ナミは恐るべき底なしの酒豪である。 彼女を口説こうと共にコンパを、あるいはナンパをで酔い潰そうとした挑戦者は星の数ほどいるが、勝者は一人もいない。無論、サンジも例外ではない。 しかしアルコールの幸福感を味わえるのは、自分がしたたか酔えるからか、あるいは打ち解けた仲間がいてこその話。ナミの場合は残念ながら、そこまで彼女に付き合える相手といったらルフィの兄のエースぐらいなもので、しかしエースも多忙の身。なかなかそこまで付き合えない。 「呑む?」 不思議そうに首を傾げるゾロに、ルフィが頬を紅潮させて叫ぶ。 「宴会だーッ!」 (なんてこった!!) ま、そんな感じなので、ある。 *** ゾロは酒を呑んだことがない。 まだ幼犬の、ほんの小さな頃に呑んだとすれば別だが―――まさか生まれたての子犬にアルコールを摂取させるほどではなかったろうと推測すると、つまり、これが初めての飲酒になるわけだ。 半ば引きずられるようにして、一番途方にくれた顔でいたのはゾロの主人だ。それでも、舌の肥えたサンジが見付けたという居酒屋で結局宴会は始まり、途端に大騒ぎになってしまった。 「お、おい、ゾロッ」 ナミにすすめられたその酒をごくりごくりと飲んでいたら、酷く頬を赤らめた様子でサンジが袖を引っ張ってきた。 「―――お前、大丈夫かよ!?」 「おまえこそ、すげえ顔赤いぞ」 耳たぶも、首筋まで赤くなっているのをまじまじ見つめると、サンジは怒ったように眉根を寄せた。 「…うるせえな。俺はすぐアルコールが顔にでちまうタイプなんだよっ!」 弱いわけじゃねえ、顔に出るだけだ! そう豪語してサンジはふいと横を向く。 しかしそれでも酒ばかり腹にいれるとすぐに回って気持ち悪くなるからと、したたか酔ったウソップに絡まれながらもサンジはなにくれとゾロの世話をやいた。 芋の煮っ転がし、大根の甘煮、金平ごぼう、蓮根の包み揚げ、海藻サラダ、餅のベーコン巻き…どれも知っているはずの料理。サンジがいつも少ない材料から多彩な料理を披露する、その一部に確かに今、ここで出されている品があるのだけど。 (ん。やっぱり家で食ったほうが旨ェ) 決して味が悪いわけではない。ただ、サンジの料理に慣れすぎてしまったゾロの舌はなかなかどうして飼い主同様に舌が利くようになってしまったというわけだ。 彩り豊かな家庭料理を見て、ここで俄然力を見せたのはルフィである。ゾロも黙々食べていたが、圧倒的な早さで大半を平らげたのは決してでかい図体とは言い難いルフィだった。 しかし酒は旨かった、とゾロは思う。 もしかしたら相性がいいのかもしれない。 「イケる口ね!」とウソップを叩きのめしたナミが僅かに頬を紅潮させてにっこりすると、ゾロもそうなのかもしれないと思った。 ナミはなかなかどうして裏がありそうだと思ったら、本当にそうで、サンジなど手玉に取られてしまいそうだと思うのがゾロの印象。人間の美醜に関しては、あまりゾロはどう区別をつけていいかわからないものがあるが…一目を引く姿をした女だと思う。 また、ウソップは長い鼻とドレッドヘアが非常に個性的だ。愉快な顔をしているくせになかなか秀才で何度か「飛び級」をしたこともあると聞いたが、これは少しよくわからない。だがサンジやナミにおちょくられているあたり少しぬけたところと、純なところがあるのだろう。 ルフィはひどくゾロに懐いてきて、無条件に好かれてゾロも悪い気はしなかった。 「ゾロ、また遊ぼうな!遊ぼうな!」 最後までそう言っていただけあって、本当に気に入られてしまったのだろうか。 「今度は明け方まで付き合ってもらうわよ!」 ぐったりとしたウソップの襟首を掴まえて、本当は色っぽいはずの言葉を挑戦的に吐いたナミはそれでも少し酔ったらしく何度も高い声で笑っていた。 ルフィがタクシーを全身を使って呼びとめて、連中は嵐のように去っていく。 面白い連中だった。 「うー…」 ガードレールにしがみつくようにしてぐったりしているサンジを見下ろして、ゾロはふうと小さく溜息をついた。なにが、「顔に出るだけ」だ。 「なるほど、人間が酔うとこういった状態になるわけだ」 (ちょっとみっともなくて、無防備すぎるな) 危ない主人を持ったものだ。これでゾロがいなかったら一人でアパートへ戻ってこれたのだろうか。 でろでろに酔っ払った主人を担いで、ゾロはゆっくりと薄ぐらい電灯がともるだけの、夜道を歩いて行く。 静かだ。虫の鳴き声と、微かな雲の流れる匂いしかしない。 「お前、弱ェんだったら呑むなよ」 「う、るせえ」 「だいたい、なんで俺が担がなきゃなんねえんだ」 「じゃあ、おれをここにおいてけ! てめえのせわにゃ、なら…なららいぞう!」 そう。プラス、不毛な会話だけが響く。 「うあ〜っ」 荷物のように担いで持ち歩いたのがいけなかったのか、頭に血が上ったらしいサンジが暴れたお陰で一旦、彼を地べたに座らせなければならなかった。 「おい、大丈夫か?」 ゾロはちっとも平気だというのに、サンジは酷く具合が悪そうで。 (―――どうすりゃ、いいんだ?) 困ってしまい、しゃがんで見つめるとサンジがふと、笑う。 「なんだよ、心配してくれてんのか…?」 いーこ、いーこ。 呂律が回ってない口で言われて、ふにゃふにゃの手で頭を撫でられてゾロのほうが笑ってしまう。 「クソゾロ、笑ってンな。おれぁ気持ちわるいんだ。おんぶしてけ」 両手を差し出されて命令されて、 「ハイハイ。ご主人様」 仕方なくおぶってやる。気持ち悪いだの吐くだの厭なことをいいながらも、妙に上機嫌になってサンジはゾロの背中で言うのだ。 「なー。ロロノアってなんだよー」 「ああ」 咄嗟に「犬」のゾロを仕立て上げた時に使った名前。 (覚えてたのか) ゾロは頷き、低くいった。 「おれのもう一つの名前。以前の主人は、確か俺をそう呼んでいた」 「……」 ゾロのその、決して記憶に古くはないその過去は少しだけ、そう、ほんの少しだけサンジとゾロを寂しくさせる。特にサンジはゾロの胸の傷をひどく気にしているから、だから。 「…ロロノアって呼んだほうが、いいか?」 小さな声が耳元で聞こえて、ゾロは笑い飛ばした。 「いいや。ゾロでいい」 ゾロがいい。 サンジがゾロと、呼んだ瞬間。 ああ、俺はゾロだと―――思ったのだから。 「じゃあ。」 サンジも笑った。 「お前はロロノア・ゾロだな」 「繋げただけじゃねえか」 「語呂がいいだろうが。…今度連中を連れてくるときは、犬モードで頼むぜ」 「『ロロモード』でな」 「はははっ」 (面白かったな) 子犬な青年はサンジに見えないのをいいことに、ひどく満足そうに目を細めた。 (―――人間も悪くねえよ) そんなこと、本当はとっくのとうに思っていたことだけど。 「お前はおれの自慢のゾロだ」 ぎゅうと後ろから首を絞められるほどに抱き付かれて、ゾロは顔をしかめる。 まあ、過保護な…世話の焼ける主人ではあるものの、 二人の同居はなかなかうまくいっていたりする。 |
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■犬03です。思いの他長くなってしまった…(ガーン) ■途中恥ずかしさで死にそうになったりもしたのですが、二人とも天然じゃないとウチの場合ラブと呼ばれるものは生まれる可能性はゼロに等しい?とか思って愕然。 ■以前はロロノアと呼ばれていたそうですよ、わんこ! ■犬、犬といってますがオオカミの血のほうが濃い目です。 ■ルフィは野性の勘でゾロの正体を見破ったと見ました。 ■犬は時々書くとすげえ楽しいです。 ■いえ決して大阪に行けなかったハライセじゃないんです。じゃないんです。 02/05/27 |
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