★ プロポーズ百万回 ★
〜犬がきました 13〜




「神獣ぅ? なんかエラそうな名前だよな」
「俺もそう思う」
「わたくしも」
「おれさまも」
 大きな大きな黒い獣の横に座るのはコーギーとブルテリアだ。コーギーは大変几帳面な様子で畏まり、丁寧な口調で喋るのだがブルテリアはいけない。なんとも不遜な様子でぷいと顔をそむけるのだがそれが逆に愛嬌になっていると、きっとブルテリア自身は気付いていないのだ。
「神あらざる、ってことは神じゃねえ、ってこったろ? じゃあ神獣なんておかしいだろうが」
「へえ」
 黒い獣が頭をあげた。
「面白ェことを言う」
「おっしゃる」
「言いやがる」
「…そのちいせェわんこ二匹は、なんつーか畜生可愛いな! お前の後ついてお喋りしやがってよォ!」
「おう、褒められたぞ。良かったな、青いの、赤いの」
「褒められた?」
「褒められた!」
 小さい犬が転げ回るようにくるくると走り回る。お互いの尻尾を追いかけて走るちいさい影を見ながら、
「だから、神じゃねえ獣なんだろ。お前のそのあくどいツラとか、エラそうな喋り方とかだったら、せいぜい魔獣だ、魔獣!」
「魔獣」
「まじゅう?」
「まじゅう!」
 そりゃいいな、と獣が笑い、小型犬二匹がつられるようにして尻尾をぶんぶん振り回した―――。






「結婚してください!!」

 変な夢を見たと思ったらこれだ。
 ちゃりんこ(お隣のジョニー&ヨサクコンビの所持物ではあるが、最近はなぜだかサンジが鍵を握っている始末である)をまたいだ状態のままサンジは白昼堂々…というか商店街のど真ん中でこともあろうにプロポーズした男をまじまじ見詰めた。
「…ついに九十九回目だ!」
 魚屋の親父が興奮したようにしこを踏み、
「いよっ! 待ってましたァ!」
 パン屋のおじちゃんおばちゃんがやんやと手を叩く。
 九十度に頭を下げたまま、微動だにしないプロポーズした男のその頭には、麦わら帽子なんかがおさまってる。
 まだ寒い二月。もうすぐ三月に変わろうって頃だが、麦わら帽子の時期にはちょいと早過ぎる。
(…まさかルフィ?)
 ラフなシャツにパンツ、足に履いたサンダルなんて恰好してる奴は、サンジの知り合いだったらルフィくらいしか思い付かない。よもや、まさか、と自転車を手で押し進めて近づいてみると―――麦わらの間から赤い髪がチラっとみえた。
「船長さん」
 まろやかな声にサンジのレディセンサーが、がつん! と反応した。おっとりとした口調なのに歯切れがいい。麦わら帽子を無視して、彼の前に立ち困ったように佇む女性―――年齢24歳前後。黒髪に長い睫毛。
(美人だ―――ッ!)
「ごめんなさい。私には二人の息子がいますし」
(子持ち!?)
 がぼん、と顎が外れたサンジをよそに、なぜだか盛りあがっているほかの野次馬である。
「マキノさん、そろそろ折れてやったらどうだい?」
「船長さんだって承知の上だろうし」
 そっと黒い睫毛を伏せて、憂いを帯びた様子で、美女…マキノは微笑み、頭をさげた。
「本当にごめんなさい」
「…船長さんが九十九回目の撃沈だぞー」
「誰か浮き輪投げてやれ、沈没しちまう」
「涙の海で溺死だなあ」
 申し訳なさそうに会釈をして立ち去る優しげな美人の後ろ姿を見送りながら、声もなく泣きじゃくっている『船長』さんをふったマキノさん…よもや彼女こそがサンジの友人、エース・ルフィ兄弟の義母だったなんて…しかも24歳じゃなくって34歳だったなんて…―――そのときのサンジには知る由もなかったことである。

 つまり、イタズラ小僧がそのまま大きくなったみたいな、あの自由奔放な兄弟の保護者とは露知らず、サンジは恋に落ちた。
 まあいつもの病気である―――ゾロに言わせてもらえば。
「マキノさんっ! ああ、あなたが未亡人でも子持ちでもかまわねえっ、漆黒の瞳、滑るような黒髪、透き通るような白い肌に僅かに染まった薄紅の頬…ッ!」
(こいつはキンパツで青い目してるがすきとおるよおな白い肌に、ピンク色の頬してやがる)
 それを指摘すると紅潮した頬がますます血の気をおびえてまるで沸騰したみたいになるから、あえて言わない。御主人の意を汲むのも忠犬のつとめである。
「マキノさん、好きだぁ〜〜〜〜〜〜っ」
「お前は」
 さすがに呆れて…犬の姿をしたゾロは溜息をついた。あからさまに溜息をつく犬など珍しいかもしれない。
 とにかく運命の出会いを(一方的に見ただけだろ)したというサンジにゾロは言う。
「ナミにもたしぎにもビビにも同じこと言うんだな」
「同じじゃねえ! 心のこもったひとりひとりへの、ただひとつだけの愛の囁きだっ!」
 っと、振りかえって真面目な顔で逆ギレしてみせたくせに、ゾロがちょっと小首を傾げただけでへにょっと眉毛が垂れ下がる。それを見てわんこは、わんこらしからぬ様子で面白そうに丸い双眸を輝かせた。
「おれは?」
「…ぐぎっ」
「おれにもお前はアイノササヤキするよなあ」
「そ、そん、そんな、そ」
「好きだあ、とか、お前だけだ、とか」
 ちょこんとお座りした様子は、おりこうさんと頭を撫でたくなるくらいかわいらしく畏まっているのに、発する声は低い男の声―――聞き慣れた、あの無愛想な緑頭が発する声なのだ。
 まあ、この姿になったとたんかぁいらしい声で喋られてもまた途方にくれるだろうけど。
「ゾロ、好きだぁ〜! は、しねえのか?」
「ぎゃああっ! やめろ、てめえコラ!」
 真っ赤になってぶんぶん頭を振るのは、奴の中で理性と欲望とが死闘を繰り広げているからである。
 ひとつ、理性―――そんな、人間にも変わるクソ野郎なわんこの声に惑わされてなるもんか!
 ひとつ、欲望―――ああ、でも、なんて可愛いんだ。畜生、低い男の声でも姿はべりぷりてぃ、まいすいーと!

「なあ、おれと」
 犬だ。犬、犬。忘れちゃなりません。相手は犬ですよ。マイ・ドッグですよ。
「『マキノさん』だったら」
 なんだそれタラシな声か。お前は人間だったらタラシなのか。犬版だったらタラシドッグか。それともジゴロドッグか!

「―――どっちが好きだ?」

 みタラシだんこ。
 かわいい。食っちまいたいくらいかわいい。

「お、まえが、一番、すっ」
 きだ、の声がンギャアアアに変わった。すでに奇声、つまりサンジの理性は欲望に負け完全にノックアウトされて…しまった、とゾロが慌てて身を翻すより先に、飼い主は愛犬めがけて飛び掛っていた。
「わ、オイ! …コラ、クソ飼い主! ご主人様、しっかりしろ、うわっ、舐めるな、噛むな、オイ毛が口ん中入ってもしらね…腹毛は引っ張るんじゃねえ! 尻尾掴むなっ、ああ、からかって悪かった―――…ギブしてんだろうが!」
 犬狂いモードに切り替わってしまったサンジを現実に引き戻すのは大変な苦労である。
 迂闊だった―――ゾロは首を絞められ半分意識モウロウとなりながら思った。ちょっとからかってやろうなんて、思ったのが運の尽きである―――サンジは…ゾロの飼い主兼同居人=相棒な彼は病的なまでの犬好きである。
 従って、犬の姿で、たとえ喋るわんこでしかも声が野太い野郎のものだったとしても、挑発してしまえば奴の本能が黙っちゃいない。可愛い、可愛い、食べちゃいたい。食欲にも似た欲求と衝動は、いつだってこいぬだった頃からゾロを恐怖のずんどこ、間違い、どん底に陥れてきたのだから―――!
「きゃひん、くぅん」
 思わず人としての「声」ではなく、犬としての声帯が震えた。人間の時だと喉の振動と舌を使って音を発する、それが声になるわけだが犬でお喋りをしようとすると、まるでスイッチが切り替わったみたいに勝手に声が口から出る。別に舌を動かしているわけでもないのだがはっきり発音できるあたりが自分でも不思議だ。
 しかし人間の声で怒鳴りつけてもなだめても、ヒートアップしたサンジの耳には届いてはくれない。
(このままだとやられる)
 ゾロは野生ではない。飼い犬である。だがしかしここで、なんというか、自然界の掟のような、つまりは命の危険というものを覚えて慌てて前肢をぱたぱたさせた。
「おれのっ、ゾロッ」
 ハートマークを飛ばしながら素っ頓狂なくらいの声でサンジが言う。
「おまえが世界で、いっちばん、いっちばん、かわいいぃいいいいいいい〜っ!」
 男は引き際が肝心だ。
 いくら面白いからってやってはいけないことがある。
 ゾロは沈痛な面持ちで反省した。反省の意味をこめて尻尾がよわよわしく畳を擦る。
 女好きは、いつもの病気だ。好みの「れでえ」とやらに出くわすとすぐにスコーンと「はあと」をもっていかれるらしい。
 だが彼にはそれ以上にお医者様でも草津の湯でも、ナミさんの鉄拳でも治りはしない重度の病が根付いていて。
「っかわいいぃいいいぃいいぃ〜っ!」
 まあ、これ、である。



「俺と結婚してくださいっ!!」
「またかよ…」
「オイオイ、何事だァ?」
 ウソップがベニヤ板を慌てて持ち直しながらサンジを見て首を傾げる。
「通算100回目を奇しくも見ちまったぜ…」

 商店街はゾロ(人間)、とロロノア(犬)両方のテリトリーである。
 人間モードでは酒屋のアルバイトとして精を出しているゾロだが、トラック横転事故以来商店街のおっちゃんおばちゃんに大人気なわけで、方々に顔が利くようになってしまった。さて一方でロロノアわんこもサンジがいない間に勝手におうちのドアを開けてとっととお散歩してたりしていたので、すっかりアイドル状態だ。
 本日の場合は「ゾロ」が大工の親分にたいそう気に入られていたことがよかったといえる。来月卒業する先輩たちに送るモニュメント制作とやらをウソップ率いる手先が器用部隊がやるらしいが、学生なんて好き勝手なことにお金を使う人間が殆どで(死活問題が関わっているサンジや倹約の鬼のナミや、お金持ちのお嬢様ビビは除くとして)それ以外に使うお金なんて持ち合わせてなかったりする。…のが、サンジの周りの人間である。
「情けねえなあ! 卵ワンパック88円に必死の形相で走ることから人間は一円の有り難味を思い知るんだぜっ!」
 とまあ、貧乏苦学生の彼の言い分は別として、なんとか経費をおさえたい―――よくわからないモニュメントにお別れ会(このネーミングも小学生並のセンスだ)セッティング費用、食事代呑み代、それに飾り付け? 花の手配ィ? 派手なことだけは好きな大学そのもののどんちゃん騒ぎの下準備はすべて後輩のお仕事である。
 お別れ会はどうやら恒例行事らしい。太陽の塔を真似たものや、棺桶の中に入った、人形の…ふりをした白塗りの後輩が、センパイが近づいた瞬間「トマトジュースゥゥゥゥ!」と叫び途端蓋がしまる、というトリッキーなもの、ぷち宝塚を演じた年には逆に先輩たちが後輩に「おかえし」として15分で車を解体ショーとか…モニュメントの域を通り越した派手なアトラクションの数々。
 まあつまり、お祭り騒ぎだ。派手な学園祭が別れの時期にもやってくる。
 馴染みの大工さんはサンジの顔を(ゾロの連れ、として)覚えていてくれた。大工さんのツテで快く廃材や余った木材のきれっぱしなんかを譲っていただいたわけだが、さすがに本職のひとが扱うもので上等なものばかりである。ホームセンターで買うよりよっぽど安上がりだ。
 そんな商店街の帰り道、またサンジは例のプロポーズを目撃するはめになった。

「あれ、マキノさんじゃねーか!」
「な、に…ウソップ! てめえあの黒髪の楚々としたオネエサマと知り合いか! 電光石火で紹介しろ!」
「鼻息荒ェよお前ッ!
 …いやあ、紹介してもいいんだけどよ、俺よりもっと―――」
「いーから紹介しろ! ついでにあの女性白昼堂々結婚申し込まれてお困りみてぇだからカッコヨク助けるぞコラ!」
「さん、サンジっ、わ…わかった、ぐぐ、絞めるなー! ひとを絞めるな、あ。鼻もげる、鼻もげる、ハナっモゲラッ!」

 首を絞めるのをやめたと思ったら目の前にあった鼻を掴んで引っ張りあげた。なんという凶暴な男だろう。
 ああ、せめてここにゾロがいれば。いや、ロロでもいいな。ゾロなら同居人の奇行に慣れっこだから、首根っこ掴んで世話ァかけたな、なんて頭をぺこりと下げる潔さを持っているし、ロロなら飼い主の奇行の標的でもあるわけで、呆れたような困ったような顔で手をパクっと甘噛みなんかすれば、たちまちサンジなんて骨抜きになる。
 いつの間にか馴染んでしまっていたけれど、よくよく考えればサンジの同居人であるゾロも、サンジに溺愛されまくりの愛犬ロロノアも、ちょっと不思議な存在ではある。なんだかサンジがゾロの手綱を引いてるように見えて、逆にも見えたりするのだから。

「てめェ! クラ! マキノさんは嫌がってるじゃねえか頭真っ赤っかのひげ親父!」
「さ、サンジ〜!」
 いつのまにか思考の波に流されながらそのまま意識を失いかけていたウソップをよそに、時すでに遅し。
 目を丸くして口元を押さえるマキノと、マキノの前で頭を下げていた赤髪男はひょいと顔をあげた。
「あら、ウソップくん」
「お前だって頭まっきんきんじゃねえかー。しっかし面白い。テンコウの匂いがしやがる」

 途端、サンジはあろうことかマキノ―――ではなく赤髪の、船長と呼ばれていた男の腕を掴んで走り出した。えっ、なに、おれ、拉致られてるの〜? とか言いながらマキノに手を振るのを忘れない男と、電光石火の勢いでそれを引きずって去って言ったサンジの後ろ姿をぽかんと見詰め、ウソップは開いた口がふさがらないまま呆然としていた。


「シャンクスだ」
 にかっと笑うと人懐こくなる。飄々とした男に既視感を覚えるのは―――ああ、そうだ。ルフィに似ているのだ。あるいは、エース。あの兄弟に似通った部分を感じるのである。
「…テンコウを知ってるのか」
「神獣天狗だろう?」
 それがどうかしたのか、とでもいいたげなシャンクスの様子に―――サンジは思わずテーブルにつっぷした。
 慌てて駆け込んだ喫茶店で、男二人が神妙なツラを付き合せているのも絵面的にどうかとも思ったのだが、それは致し方がないことだろう。サンジとてまさかお救いするはずのマキノさんの手を取る…はずが、なんでか掴んだのは野郎の太い腕だった。どう考えてもおかしいのはわかっている。
「なんでテンコウを知ってる? それに、なんでマキノさんにプロポーズなんかしてやがるんだ。フラれてんのわかってんだから諦めろ!」
「お前さんの質問は、なんていうか無茶苦茶だなあ」
 だはははは、と勢い良く笑って、シャンクスはそうだな、と頭を掻いた。
「天狗を知ってるのは、おれが天狗の知り合いだからだ。マキノさんに結婚を申し込んでんのは、マキノさんに惚れてるからだ」
 そんで、とシャンクスは何故だか楽しげに笑う。
「マキノさんが断るのは、おれが人間じゃねえからだ」


「まずい」
 普段顔色ひとつ変えないコーザが血の気を失った姿を見て、ビビは信頼する彼の横顔を見詰め、すぐさま立ちあがった。
「なにがあったの?」
「シャンクスが動いた」
 コートを手にとり、部屋から出ようとする彼をとっさに先回りして、ドアの前でビビは…忠実な彼を真っ直ぐ見詰める。

「コーザ」

 あなたは大事なことを肝心なところで、何ひとつ言ってくれないわ。
 語らずとも強い視線がそう物語っている。主人の瞳の力に、困ったようにコーザは少し眉を寄せる。
「ビビ。お前に言うと少し、厄介なことに巻き込まれるかもしれない」
「トト!」
 今度は「犬」の名前で呼ばれた…参った。この少女の、年若い彼女の貫禄ときたら―――コーザは主人の迫力に押され、しぶしぶ頷く。
「俺がお前に付くように、他の血にも付く…いや、憑く獣がいる」
「ええ。あなたたちは私の一族とずっと、長い事共存してくれた。私の一族はあなたたちを愛したし、あなたたちも私たちを大切に護ってくれた。ネフェルタリはそれを一度として忘れたことはないわ」
「そうだ。通常ならその一族―――同じ血に連なるものに、獣は憑く。だがたまに歯車が狂う獣もいる」


「狂うってのはおかしいか、獣が選ぶことだからな」
 ずずーっとストローでパフェの底の部分を啜っている男が、ゾロの同類とは思えない。
 ホイップがくるくると薔薇のように搾られたパフェが目の前に置かれたとき、ぱあっと嬉しそうに顔を輝かせたシャンクスは、ためらいもなく説明をはじめた。
「獣はひとに従わない。いや、普通の動物って意味の獣なら…犬は人に従うけどな。おれたちはそういう獣じゃねえ。喩えるなら一番近い人間の言葉が『獣』なんだ。昔、人間がおれたちの姿を見て、おれたちの力を見てその上に『神』をつけて崇めるようにもなった。おう、おれたちは別に人間を作ったわけじゃねえぜ、ただたま〜に人間を手伝うのよ。その手伝った行為が、向こうにとっちゃ神の慈悲や加護にもとらえられたんだろうなァ。
 獣は憑かないと生きてくことができん。というか自我が保てねえ。煙みたいに霧散して、自分を必要とする血が現れるまで空気といっしょくたになって昏々と眠りつづける。だから、獣は人間の血に助けられてるんだがよ、なんでだか一度コイツだ! と思った奴に憑けば、その子孫にしか憑くことができねえ。勿論獣同士の血なら、かわりに憑くことだって出来るが、約束されたもんじゃねえ。約束できる相手を契約者という。
 おれの契約者はマキノさんだ」
「え」
「おれはマキノさんの一族に憑いてた『猫』だ。はははは」
 何がおかしいのか喉をそらして笑い、すいませんパフェおかわり! と店主に手を振る。
「猫、と名乗る限りおれは普通の生き物の猫としての制約に縛られる。つまり寿命が与えられるわけだ。自分が契約を交わす人間が生まれると同じ頃か、先に生まれ、契約者が死ぬとおれも死ぬ。次の契約者に相応しい一族の血縁が生まれるとまた仔猫として生まれるわけだぁな。
 生後一年は普通の猫みてえなもんでよ、契約者の血族に育ててもらって満一歳を迎えると今までの記憶ってのが、どばーっと頭ン中に送られてくるわけだ。そうすっと獣として完全に覚醒して、改めて契約を結ぶことができる。
 お前さんとこの犬は、まだ、犬のままだ。犬が天狗になるにはきっかり一年かかる。そろそろだなァ。
 …っと、話しがすっかり反れちまった。最初に戻すとするか。でも、だいたい分かったろう。
 あんたの犬は、言わばはぐれた獣だ。本当に憑く血から外れちまった犬だ。
 それを快く思わない連中がいる。平たく言えばお前の犬は、元の飼い主のとこに戻されそうになるわけだ…っと、まてまて! オイ、ええと、サンジ…ッ!」
 立ちあがって飛び出していきかねないサンジの手首を掴んで、シャンクスは宥めるように言う。
「いやだ」
「落ち着け」
「いやだ。あいつが他ンとこ行くなんて、信じねえ。
 ―――ぞ…ゾロは、おれのこと主人だっていった。お前がいいって…だから、そんなの」
「わかってる。お前はちゃんと、天狗の…ゾロの主人だ。安心しろ」
「うるせえ、確かめてくる」
 うろたえながら立ちあがるサンジに、ひょいと肩を竦め、『猫』を名乗ったシャンクスは頷いた。
「関係ねえことかもしれねえがな、サンジー!」
 二杯目のパフェを頬張りながらサンジの背中に投げかけられた言葉。
「血の因果は絶つことが出来るんだぜ。契約者と獣がそう望めば!
 ―――ちなみにおれの夢は今因果を解いてヨメさんを貰うことだ! …って聞いてねえなアイツは」
 仕方がないことだと猫は座り直すことにした。ゾロが生まれなおしてそろそろ一年が過ぎる。あれが記憶を取り戻してどうなるかなど、想像もつかないことだ―――あのひとの子が怯えても無理はない。
 血族であり、猫を憑かせてきたマキノですら、シャンクスの望みに畏れを隠さない。彼女が畏れるのはシャンクスではない。それ以前の問題だということも猫は知っている。
「おれァエースとルフィの親父になれる自信があんのになあ」
 なんせエースやルフィが豆つぶみたいだったころから知っている。赤ん坊だというのをいいことに勝手に人間の姿になっておしめだって替えたのだ。エースあたりはそろそろ、自分の家の猫と時折遊びにくる放蕩船乗りが同一人物であることに気付いているかもしれないが、バレたときゃあバレたときだとシャンクスは考える。
 だからこそ他の神獣に睨まれるのだろう。率先して今までの連なりを破ろうとするシャンクスに、猫が失われることに、そしていずれ獣がなくなることを怖れて。
 鷹は頭が固い。虎は意外と冷静だが、良い顔はしないだろう。狐は笑うかもしれない。しようがないひと、と。

 こっそりと窓から覗く枝分かれした角と、揺れるピンク色を見つけて、シャンクスは盛大に笑い転げた。


 思いきり階段を蹴り上げて、その音に思わずギンが顔を出す。隣の漫才コンビも仰天したように、サンジのアニキ! なにかあったんですかい、と声をかけてくるのもかまわず自分の部屋の前に立ち、っばーん! とでかい音を立てて玄関の扉をあけた。
「てめえはおれのもんだ!!」
 ぱかん、と口を開いているゾロと後ろのテレビから流れる必殺仕事人…再び乱暴にドアを閉めて、戸惑ったようにギンがサンジさん〜? と話しかけてくるのもかまわず、玄関先で怒鳴り散らす。
「おま…お前は、おれのだよな!?」
「おう」
 ためらいもなく頷くゾロに近づいて、サンジは震える指でゾロの頭をなでた。
 人間の姿だ。子犬の姿で喋ることもできるけれど、こうして同じ目線で話せることをサンジは誇りに思っている。
「もうどこにも行かねえよな」
「ここは俺のうちじゃねえのか」
「そうだ、おれとお前のうちだ」
 緑頭をそっと指で摘んで、また、サンジは胸の中に膨れ上がった恐怖を必死で押し殺した。
(だめだ)
(だめだ…こいつだけはやれねえ)
(でも言えない)

「そうだ、間違ってた」

 そう言われるのが我慢ならない。

「お前は俺の主人じゃねえ」

(絶対に、ゆるさねえ)
 どうやったら、ゾロを。
 サンジに繋ぎとめておけるのか必死になって考えた。がんがんと後ろでドアが叩かれる。うるさい。


 
 ギンが、と口を開いたゾロの胸倉を掴んで、思いきり引き寄せた。やり方なんて知らない、スマートにはいかない。みっともない。だけれども、繋ぎとめておけるなら何だってする。
 だってサンジは、ゾロのご主人様だから。
 噛み付くようなぶつけるような口付けに飼い犬の動きが止まる。なにがあったんだ、サンジさん、と心配する管理人の声が遠くのほうで響いて、泣きそうな顔でゾロを見た瞬間、喉に熱い衝撃が走った。咬まれた。

 どうなってしまうかもわからないまま、サンジはゾロの発情を促す。




◎フジワラシナさん お誕生日おめでとうございます。オンリー当日なのに。愛のせいか。
◎褒めろコラ。(私信ですいません)

04/09/26
▽・ェ・▽

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