★ 正しい主人のしつけ方。 ★ 〜犬がきました 10a〜 |
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疑いもしなかったよ。 ずっと…いっしょだと―――思ってた。 ◆ ◆ ◆ つるぎとかたなは「狛犬」と呼ばれることが多い。 名称は勝手に人間達がつけたものをそのまま利用することが多い。考えるのが面倒だからだ。 そもそもそんな大雑把な考え方を持つようになった原因は、恐らくはアバウト過ぎる主の側に左右対象で付いていたからだろうと二匹は判断する。 本当はもっと立派な名前を持っていたのだけれど、主は適当に「かたな」だの「赤いの」だの呼ぶし、他の連中には「狛犬」で済まされた。 つまり、つるぎは《雪走》であると同時につるぎで《青いの》で、かたなは《鬼徹》であると同時にかたなで《赤いの》なのだ。 ところが両脇を守られる筈のその主がいなくなって、二匹は仰天した。 確かにあれは奔放で、ふらりと何処かへ消えてしまうことが多かったがこれほど長い時間、二匹を残して留守にすることはなかったので、烈火の如くかたなは怒り、流水の如くつるぎは沈んだ。 赫犬と藍犬は疾風となって空を駆け、黒い犬の若長を訪ねた。しかし、そこにも主の姿はない。 赤い炎と青い雪は旋風となって天を往き、鷹の目の長を訊ねた。しかし、そこにも主の姿はない。 紅い猫は姿がないし、稲荷も白虎も無言の様子。 あるじを喪った二対はくぅんと淋しげに泣いていた。 いやいや、あんな放蕩癖の耐えないあるじだがやはり心配ではないか。二対は少し体を縮めた。 (シベリアンハスキーとペルシアンシープドッグ!) もっと小さいほうがいいかな。二対は顔を見合わせ、体を震わせる。 (…ウエルシュコーギーとブル・テリア!) 二匹の小型犬はこちらをふりむき、元気な声で「わん!」と鳴いた。 ◆ ◆ ◆ 「んぎゃ〜!! か、かか、かわいい―――ッ!」 「ぬぁああっ!」 ゾロがサンジに押しつぶされたと気づいたときにはもう遅くて、でろんでろんに酔っ払ったような顔でサンジは必死にゾロの腹に頬擦りしていた。先日、商店街の衣料店で均一セールがあったのだが、1450円のサンジの愛(?)はゾロの腹に燦然と…けっこうなお姿を自己主張している。 咄嗟にそれを見たとき、誰がつけるんだよこんなもん! とサンジは思ったらしい。 そしてその直後に、その色合い、風味が物凄くゾロの髪の毛に似ていることに気づいて仰天したらしい。 股引やフンドシを買ってきたほうがよかったか、と真顔で言われ、「ももひき」と「ふんどし」の意味がわからなかったゾロはまあいいやとその緑色のハラマキ…そう、ハラマキというのだ。それを無言で身に付けた。もういいやって半分投げやりになっていたのかもしれない。(しかしその後、ゾロが外す気配を見せずにいるものだから、なんだかんだでその防寒具は見事に彼の腹に馴染んでしまった) まあ、彼が普段なら絶対手の出すはずもないもの(しかもハラマキ)を買ってきてしまったのは、恐らくビビと、デートの約束を取り付けることが出来たからだろうとゾロは推測する。 鼻血とよだれを両方噴き出しそうなヤバイ顔で帰ってきたときは、あーあと思ったのだ。 そういえば忘れかけていたが、ゾロの主人は何を隠そう女好き。隠すわけでもなく女好き。 最早病的とも言える動物好きと女好きが天秤ゆらゆらする彼は、シャンメリー(シャンパンではない。近所のオバチャンに貰ったシャンメリー、一本198円)とそのハラマキを抱えて帰ってきた。そして、ビビちゃんとデートだとまくしたて、おれしあわせ過ぎて鼻血出しそう…というから、ゾロは親切にもとんとんと首筋を叩いてやった。俗説ではこうして鼻血を止めるらしいのだが、これじゃあ余計噴き出すんじゃないか、という疑問はしまっておくことにする。 無理矢理アルコール分一パーセント未満という寂しい「しゅわしゅわ」を飲まされ、奇抜なカラーリングの防寒具を押しつけられ、いかにビビが素晴らしいレディであるかをこんこんと語られたゾロは、 (なんか) む、となる。むっ、ではない。微妙なラインで、む、となる。 (―――はァ) まあ、大学は楽しそうだし、別にほうっておいてもいいか―――。 「コーギーとブルテリアが…」 「はぁあ?」 まだ半分夢心地の様子で「ちょう可愛かった…」と小さく呟く男は、寝ぼけ眼を数度瞬かせた。ゾロと違ってサンジは滅法アルコールに弱い。大好きな女の子とのデートの約束をとりつけて、有頂天になって呑みすぎて、ばったり倒れ、すこーんと意識を失って寝入ったかと思えばこの大騒ぎ―――ゾロは大きく息を吐いた。 ちゅんちゅんと雀の会話を片耳で聞きながら、朝の匂いを肺一杯に吸い込む。 わざわざ問いかけてやる必要もない、サンジがこうして夢の中に脳味噌の半分を置いているときはこんな夢を見た、あんなことがあったと勝手に語り出す。ゾロはそれを大人しくお座りして(あるいは寝転んでじっとして)聞いてやれば良いのだ。 低血圧のご主人様は、ふにゃふにゃした顔で、 「クソ可愛い子犬が二匹おれに向かって走ってくるんだ…さいしょは、ハスキーとシープドッグだったのに、転がるように走ってるうちにいつのまにかブルテリアとコーギーになっちまって、いやどれもちょうかわいい」 (完全に寝ぼけてるな) 夢に見たとはいえ、愛犬であるはずのゾロを前に他のわんこにうつつを抜かすとはなかなかいい度胸である。 …とは限らない。なぜなら、 「でもおれのゾロがいちばんっ、かわいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」 ―――とまあこういうわけである。 ゾロはこのパターンを拾われて以来何度も何度も何度も何度もそりゃあ何度も、数え切れないくらい繰り返されてきたのですっかり「はあ、そうですか」と尻尾を振ってやることくらいしか出来ない。 うっとりとした仕種で、どこそこんちのなんとかちゃんが、とか、今日買ってきた雑誌の19頁目のペルシアンちゃんが、とか、マシンガンのようにけたたましく語り尽くしたのち、ゾロが犬の姿ならばぴとーっと耳を伏せてもうどうにでもして、と投げやりになっているのにも気付かずに、 「やっぱりおれのゾロが世界でいっち、ばん! かわいいいいいいいいいい!!」 がばあっと抱き着いてくるのにもそろそろ慣れた。前は唐突に襲いかかってくるものだからひどくびっくりして、うわ! と思わず飛び退いてしまったこともある子犬ではあるが、今はお不動さんもびっくりの堂々たる貫禄で、飼い主の奇行を受けとめてやる寛容っぷりである。 「早く起きろ」 厄介な犬フェチは寝起きも悪い。人間のゾロと犬のロロノアは同じだけど、わんこの可愛さはわんこの可愛さなんだって主張する。だっこもチュウもイチャイチャするのだって全部わんこ相手じゃないと御不満らしい。なのにも関わらず―――こうして寝ぼけて飛び付いてキッスの雨を降らしてくるご主人様の首根っこを掴みあげ、仏頂面で呟くと、 「みぎぇええええええええええ!」 奇声をあげて飛びのくサンジである。まったく忙しいったらない。いきなり人間の姿になるなあ! と弱々しい声で文句をたれられて、ハイハイとゾロは子犬の姿に戻るのだ。 さて本日、2月2日はビビの誕生日なんだそうだ。 人間にとって誕生日という行事はとても大事なイベントらしく、とくに女の子の誕生日ほど重要なものはない、とサンジは語る。おお、愛しのひと、生まれてきてくださってありがとう。恋よ、僕は感謝する! …というわけだ。 ビビという少女には数回会ったことがある…おっとりとした気立てのよい彼女は、サンジの友人にしては珍しく人が出来ていた。…というのも、他の連中が非常に個性溢れ過ぎているからだろうか、大食漢で何をするにも生き生きと目を輝かせるルフィ、知性と行動力は飛びっきりで、酒豪でもある策略家のナミ、口と鼻から先に生まれたかのような、手先の器用でひとの良いウソップ。それに、ルフィの実兄でゾロやサンジを気に入ってるらしい、これまた放浪家で一つの場所に長くいたためしのない男、エース。 そこに最近加わったビビ、そして逢ったことはないがコーザという彼女の幼馴染をくわえれば、何かと賑やかな話題が耳に入ってくるというもので、 「Mr.ブシドーですね!」 とはしゃいだ声をあげたビビのことも、まあまあ気に入っているゾロである。テレビというふしぎ箱はやかましくて、サンジの家に来た当初はぺたりと耳を伏せていたゾロも、そのうち八丁堀だの始末人だのを耳にすると片耳を立てるようになった。正義だなんだを振りかざすことには興味はないが、あの独特の間合い、張り詰めた空気などは非常に興味がある。さて、良く聞けばビビも時代劇が好きらしい。その点非常に好感が持てるというわけだ。 しかしサンジは時代劇よりドラマ派である。ゾロが「あの、《かたな》とか言うやつが欲しい」と云うと、 「銃刀法違反だ、アホ」 とそっけなく返された。非常に残念でならない。 しかし、ゾロの一応のご主人様であるサンジは、ビビの好みを理解していない。ビビは義理人情だの、あの侘びと寂びの世界が好きなのである。その点ははっきり言ってゾロのほうが彼女と話が弾むであろうことは明白だが、 「ビッビちゃんとデェト♪ デェ〜ット、デェト♪」 浮かれすぎてひよこ頭からぽわぽわお花が咲き出しそうなくらいあやういサンジを見ていると何を言い出しても無駄な気がする。寝坊しかけたくせに(普段はゾロのほうが随分寝坊するのだが、それはそれ、なのだ)人間のオスがメスを誘うのはオスとしての度量を問われるというか、とにかく重要なことらしい。 「ゾロ、悪いが今晩おれは帰ってこれるかどうかわからねえ」 微かに照れながらも気取ってそんな風に振り向くサンジを見て、ふぅん、とゾロは頷いた。水玉模様の明るいシャツを睨んで真剣にコーディネイトしている様はいつも犬猫を前に発狂寸前になっているフェチの顔ではなかった。 (…む) また何だか、む、という気分になった。 くるくる表情が変わっていくのはサンジの特権のようなものだし、豊かな表情は見ていてけっこう面白いのだ。多彩な彼のファニー・フェイスを友人たちも気に入ってるし、近所のわんにゃんこだって、サンジを怖がっているわけじゃないのだ。 ゾロは動物の言葉がわかるので、可愛い小動物を見つけては突進していくサンジの勇姿を何度も見送っては、その度吼えられたり逃げられたりしてしょんぼり戻ってくる飼い主は…確かに自業自得ではある。 だいだい鬼気迫る、という表現に相応しい物凄い形相で走りだし、突然現れた金色のおにーさんにびっくりして固まってしまっているパピヨンがかつていたが、その小型犬の前にこれまた唐突にしゃがみこみ、哀願するように、 「おれと友達にならない!?」 さすがに普通の人間だけでなく、犬猫だって驚くだろう。 「ごめん、突然、でもきみの尻尾のふりふり具合があんまりに可愛くてああああ可愛い目もちっちゃな鼻も超魅力的だぜ、っていうかきみは女の子だね遠目から見てもすぐに解ったよレディ、まだ六ヶ月くらいかな? 可愛いなああ!」 なんで解るんだ、と犬なゾロでさえわからんようなことを瞬時に見分ける姿―――マニアきわまれり、といった具合だろうか。 ともだちになって? 仲良くなって? 「おれのこと、すきになって!」 びっくりした、とパピヨンは目許をうるりとさせて言った。緊張して涙が溜まったらしい。すまねえな、うちのが…とまるで奥さんの暴挙を謝る旦那さんのようなことをゾロが言えば、ううん、と小さなパピヨンはふるふる首を振るのだ。 サンジは面白いんだそうだ。 動き、とか、まくしたてられる言葉の嵐は確かにびっくりするけれども、熱っぽくやさしく、なによりいとしいものを見るかのような目は好ましいものである。無条件に、なんの躊躇もなく、惜しみなく注がれる愛情は動物のそれに近しい。 面白いおにいちゃんね! とパピヨンがにこにこするものだから、ゾロは確かに面白いな、と頷いた。 あんなふうに、サンジに、真っ直ぐに「おれのことを好きになって!」と頼まれれば、へそ曲がりさんでないかぎりは何だか折れてしまいそうになるのだ。ほだされる、に近いかもしれない。豆腐屋のミックス犬も、家のひと以外にはすぐ吼えるきらいがあったのだが、サンジが豆腐を買いにいくたび熱心に話しかけてちょっとずつ距離を縮めよう、縮めよう、と小さな努力を重ねていくうちに「あんたにゃ負けたよ…」と尻尾を振りながら手を舐めていたのをゾロは知っている。 サンジは人間の女の子も、それはそれは大好きなのだそうだ。 少し犬や猫に対する愛情表現とは種類が違うようだが、それでもサンジがあんな優しい、とびっきりの笑顔で、 「おれのこと、すきになって」 って頼めば、女の子だってコロリといってしまうのではないか。 ビビだって、おっとりとした娘だが、本当にサンジのことを好きになるかもわからない。 「…おーい、クソ犬? ゾーロ、ゾロ」 ぺちぺちと頬を叩かれて、ゾロはちらりと視線だけ上にあげた。 伏せの状態のまま、前肢に顎を乗せてじっとしているゾロが気になったらしい。いそいそ支度をしていたゾロの主人は浮かれ半分の笑顔で子犬の頭をヨシヨシした。 「わう」 サンジの帰りが遅いのなら―――いや、もしかしたら帰ってこないかもお、なんて浮かれているから、折角ならゾロも出かけてこようと思った。説明しようと口を開いて、そういや犬だと言葉が喋れねえな、とはたと気付く。 「うん? なんか言いたいことあんのか」 さすがに動物の表情に敏感な男である。サンジの許可も出たところで、ゾロは二本足で立ち上がった。 「俺も出かけてくる」 「…あ? 何処へ、誰と? 知らないひとにのこのこついてったりすんじゃねえぞ?」 (…ンむ) 今度は、む、に、ン、がついた。しっくりこない感覚にゾロは戸惑いながら、 「お前…ちっとまえにエースと遠出したとき、すげえ怒ったじゃねえか。いいのか、勝手に出歩いて」 「そんなに遠くに行くのか?」 「いや、一日で往復できる距離だけどよ」 重度の犬フェチは、一日犬補給が出来ないだけで酸欠を起こす。出来ることなら学校もバイトもサボってゾロ(犬)とずっと一緒にゴロゴロイチャイチャラブラブしてたい! と大声で言いかねない…言おうとするのを恰好を気にして言えないけれど、ゾロだけにはこっそりどんなに愛犬に夢中かこれでもかと言わんばかりに語り尽くすくらいだ。なのに、なんで! とか、文句を言う前に「知らないひとにのこのこ」―――だって? 何だか、何だか妙に納得いかない。 憮然とした様子にサンジが気づかないのはデートのせいだ。いや、必要以上にゾロにかまわないのはまあいいのだけど…犬も好きだけど女の子もだいすきだぁ! なんていつも熱心にスキスキ言うその同じ声で浮かれてみせて、まるでゾロのことなんかちっとも眼中にない。 「で、どこの誰と行くんだ? ちゃんと連絡先かいとけよ!」 不動の子犬ははじめて、どこか落ち着かなさを感じた。うまく表現できないけれど、これは。 「たしぎと」 なんだか苛々するような。 「…んっ」 うきうきネクタイを締めなおしていた手が一瞬びくっと震え、喉が詰まったような声をサンジが出す。 「―――な、んだよ。お前ェも、レディとデートか! ははは、やるじゃねえか!」 無理矢理明るい声を出したような、渇いた様子にゾロはぐっと歯の噛み合わせを強くした。舌打ちしたり、下唇を噛んだり、そして歯軋りなどの癖はよくねえからやめるように、なんて、エースがサンジに注意していることだ。もしかしたらサンジが主人なものだからうつってしまったのかもしれない。奥歯に力がどうしても入ってしまう。なぜだろう。 「だよなぁ、お前もけっこう大きくなったし、そうだよな。そろそろお嫁さん探したりしても全然問題ない…」 目を合わせないサンジに今度こそ腹が立った。そうだな、とゾロはまるで唸るような声で言って、 「てめえが安心できんなら、ヨメ探しもいいかもな」 ◆ ◆ ◆ |
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◎本編、一年ぶ、り……後編に続く! | |||||||
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