犬さまに感謝をこめて(笑)

★ 9.75 ★

〜ばすろまん。〜


 いいからさっさと風呂いってこい。ちゃんと頭も耳の後ろも横着しないで洗うんだぞ。
 ぼでぃそーぷとかいうのは臭いからいやだ。しゃんぷーとかいうのはもっと香料が使われてて鼻が馬鹿になりそうになる。自慢の嗅覚をふさがれては本能としていやなのだと、どうして人間はわからないのか。
 人間モードになったゾロでさえ耳や鼻などの感覚はどうにも人より鋭いらしい。今のところゾロの飼い主である、ご主人様のサンジはこれでも気遣ってはいてくれているらしく無香料や刺激物の少ないものを選んでくれてはいるが、所詮特売の鬼なのである。唐突に「甘くやさしいフローラルの馨り」だの「情熱的な南国ココナッツの馨り」だの買ってきて、しかも使うように強要するのだ。
 ルフィやナミから「ゾロうまそうな匂いすんなあ!」だの「あら、あんた変わったシャンプー使ってるのね。…彼女の?」とか意味深な言葉を受けて返す言葉を失う羽目になるのだから全くたまったものではない。
 臭くてたまらねえ、慣れない匂いが身体にしみついてると落ち付かねえと我慢できなくなって訴えて、やっとこ石鹸の馨りシャンプーにペンででかでかと「犬用」と書かれ、それがゾロのものだと落ち付いたばかりなのだ。
 しかし風呂あがりの一杯がたまらなく旨いことをゾロは知っている。焼いたししゃもはそのままかぶり付いてもうまいが、マヨネーズと七味をつけてみるのもいい。味噌汁は野菜たっぷりのけんちん汁で、煮物は烏賊と里芋の旨煮だ。醤油であっさり味付けしたのがゾロは好きで、いつも丼飯を何倍もおかわりしてはサンジをしようがねえなと笑わせている。
 今日のメニューを鼻で嗅ぎわけた犬人間もといゾロは、うん、と満足げに頷いてバスタオル片手に風呂場を覗きこむ。
 最近変わったことといえば犬の姿のゾロをサンジが洗いたがらなくなったことだろうか。
 基本的にシャンプーが嫌いなゾロを洗うのは気持ち良いらしく、本当に嬉々として腕まくりして「ほ〜ら、ゾロぉ? おれがキレイキレイしてやるからなぁ〜♪」と愉悦に満ちた顔で壁際まで追い詰める…トラウマになったらどうしてくれる!…しかしゾロが風呂場で「発情」してから暫くサンジは大人しかった。
「おめえ、人間の姿だとちゃんと背中まで洗えるし、犬ンときよか負担が少ねェだろ?」
 そういってさっさと風呂場にゾロだけぶちこむのだ。まあゾロとしては異論はないが、あれほど楽しそうだったお風呂タイムを諦めるとは…そういえば追い詰めたとき、本気で泣きそうな顔をしていたっけ。下唇が戦慄いて、睫毛が何度も上下して、同じくらい息を飲む喉もこくりと上下して。可哀想なことをしたのかもしれない。舐めた皮膚が悪寒からか、緊張して鳥肌をたてていた。まるで犬のときのゾロのように、小刻みになる早い呼吸。鼻から出る甘えるような吐息。
 まるで弱いものを無理矢理虐めているような気がして、我にかえってぽかんとしたのだ。
 良い匂いがする。良い匂い。くるくる脳味噌を柔らかく侵蝕していくそれは確かにサンジから放たれる芳香で、喉から唸り声が出るのをこらえるのがものすごく大変だった。
 すごくすごくビックリした。周りから感じる匂いなんて忘れてしまうくらい、強烈で吸い寄せられそうになった。
(嗅ぎ慣れてるはずの匂いなんだけどな)
 サンジの体臭なんて、100m離れてたって嗅ぎ分けられる。あの歩き方も、後姿も、声も、気配も、ゾロは間違えるはずもないという自信があった。
 さて過ぎたことをう〜んと考え過ぎたらご主人様のようにパニックになるだろう。サンジは時折ぼ〜っと意識を飛ばしては己の思考にはまっていく悪いくせがある。散歩中なんかに思考の海に飛びこまれたら更に危険だ。ゾロはあっちこっちにフラフラ歩いていきそうになるサンジのズボンの裾を慌てて噛んで道路に飛び出かねない男を歩道に引っ張るのだ。
(―――俺がしっかりしねえと)
 このどこか抜けたところのあるサンジは、何かとゾロの面倒を良くみてやっているような口ぶりで感謝を促すが、とんでもない! 面倒を見ているのはゾロも同じなのである。寝不足でバイトや学校に行きたがらないサンジの頬や耳を一生懸命舐めて起こしてやり、容赦のない抱擁にじっと耐えてやりすごし、ゾ〜ロ、ゾ〜ロと甘えてくるサンジにお手におすわり、伏せ、尻尾ふりふりダンス、鼻にちゅ♪ほっぺにちゅ♪口にちゅっちゅ♪ …アホ丸だしな調子外れの歌は内容を仔犬ロロノアに強要してきて、渋々鼻に、頬に、口にちゅーをしてやる…なんという付き合いのよさであろうか。
 これほどまでに忠義ぶかく、また献身的な飼い犬がいていいのだろうか?

 風呂場に足を踏み入れると見慣れないものが置いてあった。すでに破ったあとのあるパッケージの中から、丸い石鹸のようなものがころんと見える。色で判断…運勢…なんたら、と書いてあったが、さすがに物覚えの良い仔犬でもまだまだ小学生レベルの漢字しか読めない。
「…はい、違うか。いり、にゅ、にゅう、にゅうよくざい。ああ、入浴剤か」
 かつて湯舟が真っ白に染まっていて、まさか牛乳まるごとこん中であっためてるのかと驚いたことがある。
「今日はミルク風呂なんだ!」
 とウキウキしながら言ったサンジの首筋に顔を突っ込んで、
「ああ、通りで乳臭ェ匂いがすんなあと思った」
 思いきり、延髄斬りを叩きこまれたけれども。
 入浴剤には馨りや色を楽しんだり、また疲労回復の薬品が入っていたりするらしい。これが剥かれているということは、つまりいれろ、ということだろうか。
「―――ふ〜ん」
 とりあえず、身体はきちんと洗い、耳の後ろも忘れずに洗った。柔らかいふわふわしたスポンジでは気持ちがわるくって、タイルを洗うための亀のこタワシでがしがし洗っていたら、ナイロン製のボディウォッシュをあのナミにつぐ守銭奴(というより筆頭の貧乏人)のサンジが買うのを躊躇わなかったくらいゾロは頓着がない。むしろたんに、人間世界のルールや常識の基本が、いまだにわかっていないだけなのだが。
 奇しくもナイロンボディウォッシュはゾロのものとなり、それできちんと足の裏まで洗った。不思議なことに人間の姿でも犬の姿でも、どちらか一方で風呂に入って綺麗になれば、どちらも清潔な姿を保てる。こうしてふこふこの長毛などないくっきりとした筋肉を洗えば、犬モードだとツヤツヤとサロン帰りのお犬様のように魅惑の毛並みになっているのだから便利なものだ。そして生まれたての赤ん坊みたいにふこふこで手触りのよさそうな毛並みをみるたび、サンジは鼻血を噴いて卒倒しかねないほど興奮するので、お風呂あがりは出来る限り人間モードで過ごすように心がけている。
 さてその魅惑の毛並みになるであろう部分をしっかり洗い流して、湯船に足を突っ込んで…ああ、入浴剤。と思い当たる。別段サンジが入るときにいれればいいのだろう。ゾロにとっては微かな匂いも刺激的なのだ…が、わざわざ一度開封してあるところから暗に「使え」といわれているようなものだろう。
 仕方なくてのひらに乗るサイズの球体を掴んで、ぽちゃり、と湯船に落としそのまま半身を湯船にうずめた。じゅわじゅわっと音を立てて入浴剤が溶けていく。ゾロの好みに相応しく、少し高めに設定してあるお湯は丁度良い湯加減で、ん〜と目を瞑って堪能していると何かがゾロの膝の裏にかつんとあたった。
「…んおッ?」
 予想外の出来事にゾロは驚いて目を丸くし、慌ててじゃばじゃばと音を立てて湯船の中を探索する―――と。
「―――なんだ、こりゃあ!」
 ちいさな、あひる。多分これは「あひる」であってるはず。
 黄色い小さな豆サイズのあひるは悠々、ゾロのてのひらで泳いでいる。どっからこんなあひるが生まれたのだろう。というか今までどこに隠れていたのだ。サンジの悪戯だろうか―――今にもグワグワ鳴き出しそうな豆あひるをじっと見つめて、水面にそうっと浮かべる。あひるは颯爽と青色に染まった湯の上を泳いで行った。
 入浴剤をいれたら、あひるが生まれるのか。それとも、まさかあの球体にはあひるが一羽一羽閉じ込められているのか?
 おそるべし、入浴剤。
 あまりの衝撃にゾロはしばし茫然とし、慌てて風呂場を出て台所に立つサンジを見て言う。
「おい! 入浴剤にはあひるが閉じ込められてんのか!」
「…あァ? あれ可愛いだろ…って、ててててて、てめえ! ま、前ぐらい隠せ! つーかなんか着ろよ!」
 堂々と仁王立ちしながらあひるがどうたらと騒ぐ全裸の男にサンジは叫び、
「ど、どうしよ…ジジイ以外のはじめて見た…」
「おい、答えろ! 入浴剤はあひるを産むのか?」
「違ェよ! あれはあひるのオモチャが入ってる単なる入浴剤…つーか前隠せって! 堂々とすんな!」
「? 犬ンときと同じだろ? 犬じゃ全裸はあたりま―――」
「ヒィィッ! 露出狂! ていうか隠せよ! 恥じらいを持て…! でけェんだよクソ!!!!」
 ゾロ以上に仰天したらしい飼い主は悲鳴にも似た声をあげ、持っていたおたまをぶん投げた。

 たんにバスロマンの楽しみ方をしらなくてビックリしただけなのに、なぜだか怒ったサンジに、狼犬ゾロは楽しみにしていた晩御飯のおかずを一品減らされてしまったので、ある。

★久々の「犬」がきました。とある御大からいただいたvv入浴剤、ネタにしやした!押忍!
★…明け方に書くもんじゃねえや…。
03/07/04
▽・ェ・▽

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