★ 犬がきました。 ★



「すっげえ、可愛い!」
 サンジはウインドウにへばりつくようにしてそれらを眺めた。
 産まれて間もないウエルシュ・コーギーの子犬たちが、まるで
「わたしを(レディ限定とみなす)選んで?」
「いっしょにあそぼ?」
 とでも言わんばかりに可愛く小首を傾げるのに、サンジは内心絶叫し、必死になって噛み殺した。
「ああ〜ッ! なんて可愛らしいリトルレディたち…!
 あ? オスもいんのか? まあ、可愛いからな! 許すっ………! っていうかおれ金ねえ…んだけど、な。はは」
 一人暮らしを初めて四年。大学に通い学費と食費を稼ぐためにバイトに明け暮れるサンジにとって、その可愛らしい子犬たちのお値段の法外なことといったら顎が外れるほどだった。
「レディにはお金がかかるんだなあ…愛がタメされる瞬間…う、ううっ」

 サンジは女の子が好きだ。
 無茶苦茶好きだ。
 だから自分はホモには絶対ならないだろうな〜とか本気で考える。

 しかし生身の女の子と…下手をすると同じ…いや、それ以上にサンジは犬が好きだ。
 猫も好きだ。
 つまりは、動物が大好きなのである。

 子供の頃から常に傍らには動物がいた気がする。いや、気のせいではない、確かにサンジの周囲にはかなりの確率で小動物がいたのだ。例えば、小学校の頃から中学までの義務教育9年間、飼育係を希望する奇特なガキだったし、自分が可愛がって育てた金魚や蝶々や昆虫や、ニワトリやうさぎなどが死ぬ度涙も枯れんばかりに大号泣して、顔をぐちょぐちょにしながら墓を作ったものである。
 実家がレストランなんかじゃなかったら、獣医かペットショップのオーナーになっていただろう、それぐらい思い入れはが強い。今でさえ―――普通の大学に通うことを、実家に渋られているくらいなのだ。我慢に我慢を無理矢理重ねているようなものである。
 老舗のレストラン、つまりは衛生面にこと気を配る世界で「牛や馬やアヒルを飼って、犬猫と一緒に暮らしたいです」なんて言おうものなら即、カワイコちゃんたちはレストランのディナープレートの上に鎮座することになる…勿論、犬猫は別だけれども!
 キャッツ&ドッグスと共に育ち、乗馬も勿論、牛の乳絞りだって真剣に学んでしまった。
 しかし、サンジが愛してやまないカワイコちゃんたちは今、実家にみんないて。

 一人暮らし中のサンジは面倒を見切れないであろう現実のため、泣く泣くペットを諦めている。

(でも、やっぱ駄目だ)
 実家は遠いというほどではないが、電車で2時間ばかりかかる。
 往復四時間かけて彼らに…あとついでに育て親でもある祖父に逢いに行くには、時間がなさ過ぎるというのがやはり、現状なのだ。往復四時間は正直、勤労苦学生には貴重な時間である。しかし、
(潤いが欲しい…!)
 激動の毎日の合間を縫っての合コンは確かに少し、サンジを癒してくれる。素敵なレディ、馨しき香水、花の綻ぶその笑顔―――
 しかし、何者にも変え難いその感触、鳴き声、つぶらな瞳。
(ああっ! マリエンヌ、フランソワーヌ、ロクサーヌ、ルシエンヌ! 元気にしてるかーい!?)
 実家の愛猫、愛犬、愛鳥、愛亀を思い切なさが急激に増し、心拍数が上昇した。
「ヤバイ」
 もうこれは発作みたいなものだ。
 外でアホのように吼え猛る野犬に、突進してかいぐりかいぐりしたくなるほどの禁断症状。
 噛まれてもいいさ! 好きなだけがぶがぶするがいい!
 その内心の雄叫びを必死の思いでおさえなければ、きっとサンジは頭のねじが一本ぷっつんイってしまったヤバ〜イひとに映る。そう、人様からしてみれば不審者以外の何者でもないくらい、この愛は止められないのだ!
「―――飼おう」
 面倒は見る。なにがなんでも見る。食費を削ってでも、睡眠時間を削ってでも、同居人(同居犬?)が欲しいのだ。
『お前は寂しがりだから、一人暮らしは向いてねえぜ、チビナス』
「うっせえ!ジジイ!」
 過去の祖父の言葉に歯を剥いて、サンジは思い切って鼻息荒くペットショップの戸を押した。


 最初に目に入ったのは印象的な、目。

 琥珀だった。
 物凄い綺麗な…外見はあどけないのに、目だけ孤高という感じの。

 あ、と息を飲んで、サンジは今まで出会ってきたどの犬とも違う風貌にピンときた。
「あの、この子……狼犬ですか?」
「ああ、そうなんですよ。良くおわかりで!」
 違う小型犬のブラッシングをしていた店主は嬉しそうに顔を上げて、うんうんうなずく。
「森林狼とアラスカン・マラミュートの血を引くハイブリッドです。生後3ヶ月半…というところでしょうか」
「へえ! う、うわぁ…っ」
 なるほど、あどけない顔をしているわりに身体つきがしっかりしている。まだ毛がしっかり揃っていないのか、羽毛のようなふわふわが首周りに目立ち、いずれはピンと立つであろう耳もまだ少しくたんとしている。
 可愛い。
 ものすごく、可愛いッ。
 勿論、子犬や仔猫ほど一番愛らしい時期はないだろう。けれど、先ほど見たペンブローク・ウエルシュ・コーギーの可愛らしさが吹き飛ぶ程度には、この小さな狼のインパクトは絶大だった。
「96%狼の、雄の子供です。元々片親のマラミュートにはやはり、同じく狼の血が入っているので、ほぼ狼と言ってもかまわない血統でしょう。それに……とてもいい顔つきをした子でしょう?」
 しかしそのあとすぐに少し困ったような顔をして、店主は苦笑する。
「生後40日ほどで引き取られていったんですが…やむを得ぬ事情があって、新しい引き取り手を探しているんです」
「…どういう?」
 サンジがあまりに真剣な顔をして聞くからだろうか、人の良さそうな店主はため息をついて、
「狼としての本能で、仲間と上に立つものの認識をする大事な時期に―――この子は要らないと手ひどく、突き放されてしまって。人間不信気味なんですよ」
 ぽかん、としてサンジは子犬をまじまじ見つめた。そういえば、知らない人間が入ってきて落ち付きなく黒い目をきょろきょろさせる小型犬や、訪問者に慣れているらしい小さな動物たちの騒ぎ方と異なり、彼はサンジに見向きもしない。

 子犬は孤高の目をしている。
 飴色は艶やかだというのに、まるで何も写していない。

 そっと手を伸ばしても、なんの反応も見せずに―――そして。
「な、んだ…。 ―――これ…?」

 腹に、大きな傷痕。

 ずがんと、頭を殴られたようなショックを覚えサンジは微かに唇を震わせ、慄いた。
 金持ちの道楽野郎だ、そうに決まってるとかなんとか決めつけた。決め付けずにはいられない。
 こんな美しい目をした、あどけない野生の血を引く子犬(正しくは子狼犬を)要らないと突き放したなんて、身勝手にも程がある。
 しかも、こんな傷痕までつけさせられて―――!
 幸い店主がどうにも親切そうだから、此処で新しい引き取り手を探していたに違いない―――だが、確かに目を引く存在とはいえ、人々が認識する『子犬』より少々育ってしまっている。まだ確かにあどけない。
 しかも人間不信のおまけつきとあれば、引き取り手は少ないだろう―――。
 例えば一度山に捨てられた血統付きの犬が、野犬になった際ひとを襲うこともある。人間だって傷つけられたら、その心に負った深手は癒すことは容易ではない。分かり切ったことだ、彼らにも感情がある。嬉しいときに嬉しさを、悲しいときに悲しさを分かち合える、だからこそ人間の最大のパートナーとなり得る存在だというのに。
 人間を敵と見なしている動物を調教する、その覚悟がなければ。噛まれても、反抗されても、しっかりと躾をし、今までのぶんを遥かに補う愛情を注ぐ覚悟がなければ…無理だ。サンジは忙しい。犬というのは猫や鳥ともまた違う、散歩に運動、スキンシップは必須なのだ―――しかし、それでも。
「飼います、俺」
 だから、サンジは言ってしまったのだ。
「―――ください。俺が、飼いますから!!」


「おまえ、人間不信なんだってな」
 深夜こっそりとアパートに連れて帰って、声を潜めながらサンジは子犬に話しかける。
「………」
「おい、覚悟してろよ。絶対俺が、人間好きにしてやるぜ」
「………」
 金色の目が不思議そうに見上げてくるのを見て、サンジはにやりと笑った。
「ていうか、おまえは俺を好きになるぜ?」
 俺ァ女の子と動物には滅法モテるんだよとか、自慢げに言うと子犬がくあ、とあくびをした。
「あっ、てめえ、無視すんな!《ゾロ》!!」
 今度こそ、ぱちくりと、子犬はサンジを見上げたまま停止している。
「《ゾロ》。……てめえの名前だ」
 まるで、なぜ?と聞くようにじいっと見上げてくるものだから、サンジは微笑んだ。
「なんとなくだ!」
(そうか、なんとなくか)
 子犬はわかったように「ヴォウ」と吼えた。

 そして、寂しがり屋でアニマルフェチの青年の家に、狼の血を引く犬がきたのである。



 ゾロは寝つきがいい。
 初夏の日和、冷房のないアパートで暮らしていて、しかも半分以上はアラスカで暮らす狼の血を引いているはずなのにちっともへばった様子がない。
 シャツとハーフパンツでウチワを仰ぎ、
「なんだこの陽気は…おかしいだろ絶対」
 と、ぜいはあ言っているサンジの姿は敬愛するレディたちには決して見せられないものだ。
「ゾロ、なんでてめえは平気なんだ〜?」
 分厚そうな毛並みをしているくせに、子犬は台所の冷たい床に腹をつけたまま静かに寝ている。
 サンジの声は届いているんだろう、時折反応するように片耳だけがぴくり、ぴくりと反応するから―――ずりずりとサンジはゾロのところまで這いずって、えい、と尻尾を軽く踏んだ。
「コラ。答えろ、寝太郎」
 うるさいな、と言わんばかりにゾロが目を開ける。暗いところで、ほんのり明かりが差し込む台所だとゾロの目は本当にきらきら輝いているようで、サンジはまじまじそれを眺めた。
「まあ、おまえは吼えないし、うるさくしない分管理人に見つからなくってすむんだけどな?」
 安アパートの借り住まいだ。勿論ペットは禁止である―――仕方がないから、夜中にこっそり散歩に連れ出して、昼間は留守番。途中で授業を抜け出して様子見に来て…という生活を繰り返している。
 疲労は確かにある。だけれども、この新しい、無愛想な同居人がいると思うとサンジの顔は自然に綻ぶのだ。
 残念ながらやはり店主が言った通り、懐く素振りは見せない。
 子供らしい甘える仕草も、活動的な様子も控えめな気がする。オモチャを与えてみても不思議そうに鼻先で転がし、爪を立てて、それで終わってしまうことが多い―――前途は多難かもしれないが、不思議とサンジは(嫌われてない)という確信があったのだ。
「暑いなあ」
「………」
 ゾロが微かに尻尾を振る。
「―――っ!! おまえ、カワイイッ!」
 思わず抱き付いたら、暑苦しいと言わんばかりに肉球を頬に押しつけられた。


 ◇◇◇


「サンジ君、犬飼ったんですって?」
 可愛らしい口元に見惚れていたサンジは、ナミの言葉にええっ!と相好を崩して頷いた。
「そうなんです、ナミさん!」
「へえー! どんな犬なんだ?」
「黙ってろ、長っ鼻。俺はナミさんとお話してるんだ」
「ひ、酷い…! 相変わらず女以外にはなんつー物言いだよ」
 ウソップが顔をしかめ、隣で一心不乱にうどんを掻き込んでいたルフィが頬をまるでハムスターのように膨らませた。「ひふってはんは?!」
「ぎゃあ、てめえ汚ェンだよ!」
 サンジが慌ててハンカチを投げると「わういわうい!」と反省の色なくルフィが笑う。

 サンジがこの大学に入ってつるむようになった…というより一方的に懐かれたルフィという男には、勿体無いほどの彼女―――恐らくは―――がいる。
 それがナミというサンジの女神、キャンパス・クィーンの彼女である。
 ウソップはサンジの元もとの友人で、大学で再会してまたこうして顔を付き合せている腐れ縁。
 他にルフィの兄のエースやら、面子は多種多様だが、毎日のように逢っているのはこの四人だといえるかもしれない。いつのまにかつるむようになった、なかなか面白い連中というわけだ。
 女好き、という印象が先だってか(サンジもそれを否定することなく限りない愛をすべてのレディに注ぐため)大学内での、とくに同性からの印象はよいほうではない。特に彼は校内ではクールで付き合いが悪いふうな態度を取るきらいがある―――金髪碧眼という天然ものの容姿も付け加えて、なかなか誤解されがちなサンジをフォローしてくれるのもこの三人の友人達だった。
 男相手には愛想一つ振りまかない顔が綻んで、サンジは思わずゼスチャを付け加えてナミに微笑む。
「なかなか懐きませんよ。狼みたいな奴で」
「へえー! 素敵! 名前は?」
「ゾロ」
「カッコイイわね」
 ナミが微笑むから、サンジもだらしなく相好を崩す。
「いやもう、無愛想で困ってるんですけどね!」
 本気で根気強く付き合った甲斐はある―――大学に行っている間以外はバイトに明け暮れるような生活だが、ひとつバイトを削ってまでゾロの様子を見に帰り、餌をやり、頭をなで、そっとあたりをうかがって散歩につれだし―――最近は尻尾を振ってくれるようになったし、餌をやると頬を舐めてくれるようにもなった。
 ゾロがいてくれて本当に嬉しいのだが…ナミを前にしてどうにも浮ついてしまう。
(ナミさん、マジでルフィと付き合ってるのかなあ…)
 姉弟のようなものだ、とナミの口から以前一度だけ聞いたことがある。
 もともと親戚付き合いの腐れ縁で、昔から面倒見てるのよなんて、コケティッシュな笑顔で笑ってくれた。その笑顔にノックアウトされて、サンジは今もなおずるずると、曖昧な恋心を引きずっている。
「じゃあ、ナミさんさえ宜しければ今日見にいらっしゃいます!? おれ、バイトないし…!」
 思い余って誘ってみるとナミは嬉しそうに頬を赤らめたが、ふと、うどんの残り汁をすすっていたルフィが顔をあげ、
「あ。だめだ、サンジ! 今日、ナミおれんちくるんだ!」
「ごぶっ!!」
 ウソップがコーヒーを吐かなければ、多分サンジが吹いていたと思う。
「ナミにメシ作ってもらうんだ!」
「ちょっと、ルフィ!」
(ああ、ナミさん!?)
 どうしてだかナミは頬を赤らめてルフィを上目遣いに睨んでいる。(そんな仕草もキュートだ!)
 けれど。
 なんだか、思いきり。

 ―――地雷を踏んづけてしまった気分。

「あー…そ、そうですか…残念です、ナミさん」
 無念です、ナミさん。
 傷心を押し殺してサンジはむりやり微笑んだ。
 ウソップの動揺したような、憐れんだ眼差しを黙殺した。


 ◇◇◇


(ブルーだ)
 あんな天然野郎のくせに(しかも私服で麦藁帽子を平然とかぶるような奴に)あんな素敵なレディを「おれのもの」宣言されるとは。
(超ブルーだ)
 だけど、涙が出ちゃう。
(―――男の子だっつの)
 でも、出るもんは出そうでずずっと鼻をすすりながらとぼとぼ家路についた。

 メシを作る気力もない―――が、ゾロは腹を空かしているだろうと思って、総菜屋でから揚げを買って。
 もうこうなったら、どんなに子犬がいやがろうと慰めてもらおう。小さいときから悲しいことがあったとき、大好きな愛猫や愛犬の頭や背中をそうっと撫でさせてもらうと元気が出た。
 いっぱいハグして、腹毛なんかに頭をうずめてぐりぐりっとすると気持ちよさとあったかさに頭がぽうっとなるくらい―――れっつ・あにまるせらぴー。わんこラブ。もう今一番好きで好きでたまらない、サンジの愛犬ゾロ―――彼の心の中まで見透かすような、透明な目で見つめられたら胸キュンってもんである。
「っしゃあ! 絶対、だっこ! だっこしてチューして肉球揉む! やってやらァ!」
 ふんがーと鼻息荒く余計な気合いを入れつつアパートの階段をあがろうと一歩踏み出すと、妙な物音がしてはっと、慌ててサンジは顔をあげた。
「…なんだ!?」
 短い悲鳴のようなものが聞こえた気がして慌ててかけあがる。
「ど、ど、ど、泥棒―――!」
 隣に住むヨサクが大声をあげていた。
「あ、あっ! コックのアニキ! 大変ですう、大変なんですう!」
「どうしたんだ、ヨサク?」
 隣人の彼も大概貧乏人で(まあ、このアパート自体の家賃が安いのだから自然とどっこいどっこいの貧乏人が集まるのは真理だろう)とにかく、彼と彼の同居人の貧困ぶりは目に余るほどで、以前腹を減らしてぶっ倒れてたヨサクにもやし炒めを作ってやった以来、なぜだか彼からは「コックのアニキ」と呼ばれている。
 八百屋特売ひと袋十円のもやしで無邪気に慕ってくるヨサクも大概義理堅いというか、とにかく根が素直なぶん信頼も置いていた。ヨサクはウソをつかないし、なによりサンジを外見で判断するような連中とは違う。
 その彼が血相を変えてまくしたてる言葉の数々は、サンジの顔色をも変えた。
「今帰ってきたら空き巣にやられちまって…ベランダからアニキの部屋に!!」
「―――ッ!」
 ヨサクもサンジも、貧困っぷりに大差などない。なけなしの財産を漁られるくらいだ、それぐらいなら蹴り倒して警察に突き出して金を奪い返すぐらいで済む。
 ただ、部屋には。
 子犬が。


 ―――ゾロがいるのだ!


「ゾロォッ!」
 慌てて鍵を回し、ドアを開ける。もし犯人が飛び出してきたらを考えて警戒しながらも、身を乗り出してしまっていた。
(まだ子犬なんだ!)
(やっと懐いてくれてきたばっかなんだぞ―――)
(人間不信が戻っちまったら)
「あいつが人間を敵だと認識しちまったら―――ッ!」
 折角コミュニケートし始めていた。
 あの飴色の目はサンジをまっすぐ見詰め、審判を下すように、真摯な瞳でいた。

 変だろう?
 あんなちっこい子犬に認められたいなんて。主人として―――同居人として、
 なにより、友達として。

「ゾ―――ッ!!」
「―――ったく、あいつが居ねえときにトラブル起こされても困るんだよな」
 サンジが慌てて部屋に入ると、明かりもついていない部屋の奥でカーテンがばたばたはためいているのが見えた。
「誰だ、てめえ!」
 空き巣野郎か、とっちめてやる―――と思ったら、男は「よう」と軽く手をあげ、
「お帰り」
「お帰りじゃねえだろ!」
「こいつ、《ふほうしんにゅう》だぞ」
 ずい、と男は手に持っていた…そう何かをつかんでいたそれを―――サンジに向けて突き出した。
「――え?」
「隣ンちから入ってきた。足に噛み付いてやろうかとも思ったんだけど。こいつ、ナイフ持ってたから…」
 無表情で淡々と説明していた男が、やっと、マズった、という顔をした。
「………その。こういう形になって、ぶん殴ったんだけど」


 サンジの認識はこうだ。

 1.ヨサクの部屋に空き巣が入った。
 2.ヨサクに見つかった空き巣は慌ててベランダから隣のサンジの部屋に避難した。
 3.サンジの部屋には子犬がいる。
 4.だが子犬はなぜか見当たらず、なんだかよくわからないこの目の前の男が空き巣を捕まえたらしい。


「あんた、誰だ?近所のひとか?」
 とりあえず常識的なとこから聞こうと思って、しかしサンジは自分が混乱していることに気づいていない。掴まえてくれたんなら一応礼をいっとくべきか?とか思うのだが…第一近所の人間が堂々とサンジの部屋にいるなんておかしいと、思わなかったのだ。これっぽっちも。
「…てか。犬見なかった?」
「あー」
 ぼりぼりと面倒くさそうに頭を掻いて、男は一歩、サンジのほうに足をすすめた。
 でかい。…いや、ガタイがいいのだろう。背はサンジと同じくらい…だが、片手に大の男を引きずって平然としているあたり体力に相当自信があるタイプなのだろうか?
「てか、俺に見覚えねェ?」
(なんだこいつ)
 頭パープーなのか? サンジは本気でそう思った。
 まるで本当にイカレてるんじゃないかというほど、まあ見事な緑の髪。愛想のない顔つき。直線で作られたような顔立ちはまあ、凛々しいといえるかもしれないが―――十中八九、子供に泣き出されるタイプだ。
「このカッコ見せたの初めてだから、わかんねえかもしれねえが」
 困ったように溜息をついて、男はもう一歩。ちょうど、ちゃんと表情がわかるくらいの位置に進んだ。
「目の色は変わってねえと思う」

 琥珀色だ。
 綺麗だな、とか思った―――サンジ自身が。

「…いや、マジ。冗談はやめようぜ」
 頬を引きつらせ、サンジはそれでも―――人間の目ではありえないその色を睨み返した。
「うちの犬は、狼の血を引くけど大人しくてクソカワイイ、もうすぐ生後4ヶ月の子犬なんだよな?」
「まあ、そうだな」
 頷き返す緑髪の男に、サンジは痙攣しかけた。
「―――ゾロ、とか言わねえよな?」
「お前が俺をそう呼んだんじゃねえか」
 平然と返されて、今度こそサンジは卒倒するか、こいつを殴るかだ、とか頭の隅っこのほうで思い描いた。

「コックのアニキ〜!? だ、だ、大丈夫ですか!?」
「サンジさん、平気か!?」
 ヨサクに続いて管理人の―――ギンの声がした。(やっば!)
 青ざめてサンジはうろたえる。
「やべえ、ゾロが見つかったら…」
「大丈夫だ」
 不意に耳元を掠めた声の主…自称『ゾロ』はすたすたと歩き出し、
「ドロボウは掴まえたぜ? ケイサツは?」
「あ、あんた一体…あ、ああ、警察は呼んだ!」
 ヨサクがおっかなびっくりゾロを見つめ、ゾロは何事もなかったかのように荷物のように持った犯人を突き出した。
「うちに被害はねえよ。とりあえず、こいつはあんたが捕まえたことにしといてくれ」
「ええ!」
 ヨサクは酷く驚いた顔をして、
「で、でも、俺が捕まえたんじゃねえし!」
「よう、サンジさんに同居人がいるなんて聞いてないんだが」
 困惑したようにギンが口を挟み、ゾロは鷹揚に頷いた。
「つい先日から一緒に住んでる、ゾロだ。よろしく頼む」
「ゾロのアニキかあ…か、かっこいい…!」ヨサクが顎をがぼんと開け、
「はあ、よろしく」ギンが不思議そうに、それでも律儀に頭を下げる。



「…」
「…」
「あのさ」
「ん?」
 とりあえず、何処を探しても子犬の姿は見当たらなかった。
 『人間』のゾロは「いるわけねえよ」と再三言ったのだが…信じることなど出来はしない。狭い部屋だ、隠れる場所なんてあるはずない…それでも浴室を睨み、雨戸をあけてベランダに身を乗り出し、押し入れから椅子の下までくまなく探した。キッチンの狭い収納戸棚やどう考えても隠れることのできないゴミばこを漁っていたところで、男がくああと欠伸をして、とりあえず捜索は中断された。
「…マジ、てめえ、ゾロなワケ?」
「ああ」
 真っ白なシャツに、ズボン。足は裸足で、眠たげに何度も欠伸をしている。
 ゾロも―――そうだ。背中から下半身にかけてが真っ黒で、中間に白と黒が混じってマーブルで、おなかが綺麗に白くて。だけれどそれがどうしたというんだ。
「…やっぱ信じられねえわ」
 笑って、サンジはこの茶番を終わらせることにした。目の色が同じ飴色だとしても、面構えに何となく、あのふてぶてしい子犬を連想しようにも―――ありえるはずがないだろう!
「俺がペットショップで受け取ったのは―――狼犬の、ゾロなんだ。てめえじゃねえ」
 出口はあっちだと、一つしかないドアを指差してサンジはゾロを…いや、見知らぬ男を睨んだ。
「おれはゾロを探しに行かなきゃなんねえ。さっさと出てけ」
「まあ、信じられねえだろうな、とは思った」
 至極当たり前のように頷き、男はじっとサンジを見つめる。
「な、なんだよ」
「―――信じたつもりになって、聞いて欲しい」
 金色の目が見つめてくると、奇妙に落ち付かなくなる。…瞳孔が有り得ないほど伸縮した動きを見せた気がして、更にサンジは息を飲んだ。断じて、怯んだわけではない! 何故こんな、見知らぬ男に気圧されなければいけないのかと負けじと睨み返すと、男は微かに笑ったようだった。
「俺が狼犬のゾロと本当に同一人物だったとして―――お前は、一緒にこれからも暮らせるか?」
「無理だな」
 吐き捨てるようにサンジは言う。
「てめえはゾロじゃねえからな。例え話もなにもねえ」


「そうか」
 ひとつ、頷いて男は立ち上がる。
「お前の感性は、正しいと思う。前の主人もそうだった」
(嘘っぱちだろ)
「お前は馴れ馴れしくて、やかましくて―――面白かった。メシ旨かったし。ありがとう」
(面白かったってなんじゃい)
 すたすたと玄関にためらいもなく歩き出した男に対し、サンジは黙って、振り向かずに去るのを待った。



「―――クソッ!」
 立ち上がり玄関に走る。アパート前の道を歩いて行く緑頭を見つけて、サンジは叫んだ。
「ゾロ!!」
 男が振りかえる。どこか不思議そうな目で首を傾げて、
「なんだ?」

(やっぱゾロだ)

「……てめえ、裸足で出てくのか?」
「クツなんて持ってねえ」
 じゃあな、と言ってまたくるっと身を翻すものだからサンジはもう一度叫ばなければならなかった。
「こら、待て! 行くアテなんて…ッ! ……あー。そうじゃねえ、そうじゃねえ」
「…?」
 そうだ。
 犬のゾロもこうやって不思議そうな顔でサンジを見上げてきたものだった。微かに小首を傾げて、知的な瞳がサンジを確認し、サンジの言葉を待つ仕種、それは。
「つーか、とりあえず戻ってこい」
「いいのか?」
「ハウスっつってんだよ、ハウス!」
「ケージなんかねえくせに」
「うるせえ!いいからとっとと帰ってこいっ!」

 馬鹿犬!と怒鳴るとゾロは笑った。



「おかしいなあ、俺ァ犬を飼ったつもりなんだぜ…?」
 ナミさんにフラレ、しかも帰ってきたら空き巣騒ぎで、カワイイ子犬がむさくるしい男になってました。
「ああ、泣きそう」
 ホントに涙の滲んできたサンジを眺めて、
「おまえ、泣き虫だなあ」
 とか言いながらゾロが顔を近づけて。

「!!」
 サンジの目許を、舐めた。

「なにしやがる! この変態!!」
「な、なに? なにがいけねえんだ?」

 犬のスキンシップを否定されて、ゾロは「???」と首をひねった。
「前に俺が舐めたら喜んだくせに」
 足を思いきり蹴られたゾロは「いでぇ!」と叫んでまた首をひねった。

 どうやらゾロはとんでもない飼い主に引き取られたらしい。


 バイト魔で貧乏学生、女好きかつアニマルフェチ…そんなサンジのうちに、犬がきました。
 半分狼、半分犬の狼犬で、名前はゾロ。飴色の瞳と、キュンと小首を傾げる仕種が可愛らしいまだまだ幼い子犬である。
 産まれてすぐに引き取られたのはいいものの、その主人に捨てられて人間不信になった。
 無愛想な子犬を引きとって、サンジは今その犬のゾロと同居することとなる。

 ―――人間になったりする犬だけど。



■ぱ、パラレルですう(弱)
■サンジさんが猫だったり?人間外パラレルってあるみたいなので、じゃあゾロで(安易)
■犬です。
■ゾロサン?ん?な感じですが、とにかく犬です。
■狼犬については曖昧な面もあるので「違うし!これ!」ていうのは創作上のアレということで許してあげてください…。
■また暇なときに書いてみたいです、犬。(こだわる)

02/05/04 / 2003/03/09 改訂
▽・ェ・▽

Return?

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