恋煩い


 「一条さん、あの。」
 「悪いが緊急の呼び出しが掛かった。行ってくる。」
 苦節数ヶ月。
 泣いて、すがって、甘えて、拝み倒して、やっと手に入れたこの恋なのに、恋人であるはずの一条はつれない。
 (確かに、ちょっと情けなかったけどさ。)
 今日だって、気合入れてやってきたのに!
 お泊りセットも完璧。一条さんの家の冷蔵庫はアイスコーヒーとマヨネーズくらいしかないから(どうやって暮らしてるのかと思った)ちゃあんと馴染みの商店街によって、魚屋のおじさんに、
 「よう、雄ちゃん。今日の夕飯に刺身なんてどうだい?ほっけも良いのがあるよ!」
 なんて言われて、新妻みたいとウキウキしたり。
 マイ・エプロンも持参して、マイ・調味料セットまで一緒に持ってきたのに。
 「ちぇっ。今日こそは押し倒しちゃおうと思ってたのに。」
 「何がだ。」
 こつん、と後ろから頭を叩かれて、あでッ!と叫ぶ雄介に、きっちり身支度を整えた一条が、夕方だというのに出勤準備完了のお姿で佇んでいる。
 俺、告白したの忘れてる?
 ねえ、一条さん。俺好きって言ったんだよ!
 あなたのこと、好きだっていったのに。
 「だって!夜、帰って来れるか分らないじゃないですか。」
 本当はわかってる。
 お仕事なんだ、仕方ない。
 しかも一条さんは市民の安全を守る警察官。お休みなんて殆ど無くて、有能なひと だから職場の信頼も厚くて、呼び出されては事件に向かう。
 それが、雄介と一条が出会ったきっかけでもあるのだけど―――未確認生命体なんてのまで出現して、ただでさえハードな日々がスーパーハードになっている。
 だけど、疲労の色ひとつ見せない…多分上手く隠してる、そういう人だ…一条は、雄介の心のやきもきなんか全然知らないで平然とスーツに、きりっとした刑事の姿になるのだ。
 そうして、彼の本質がくっきりと現れる仕事の姿にときめいて、ドキドキして、自分のそんな自己満足とか、我侭とかにがっかりする。
 駄目だなあ、と思う。
 どうしてこんなに我慢がきかないんだろ。困らせたくないのだ、でも一緒にいたい。
 「折角来てくれたのに、悪いと思っている。」
 頭を下げられてウワワ!と心の中で叫ぶ。
 「いえ、そんな!一条さんに頭下げて貰うなんて…ごめんなさい、俺。」
 「分かってくれたか。」
 少し一条の目が笑っている。
 騙された!確信犯だ―――!
 雄介が再度心の悲鳴をあげている間に、一条はさっさと玄関に向かってしまい、
 「…と、いうわけだ。部屋は好きに使っていいが、帰るときは鍵を閉めて郵便受けに入れておくのを、忘れるなよ。」
 「一条さん、俺に鍵くださいってば!」
 頬をふくらます雄介に、一条は淡々と言った。
 「断る。お前に渡すと、悪巧みに使われそうだ。」
 一条さんは、つれないどころか、冷たい!


 五代雄介が告白してきたのは、つい最近のことじゃない。
 はっきり言って出会った当初にまで遡る。
 それはそれは強烈に、一条に対して存在を存分にアピールした…不思議な感性の持ち主。
 人の顔や癖、雰囲気などを記憶するのは刑事としての性だが、五代雄介の場合意識して覚えるまでもなく自分から一条の中に飛び込んできた、そんな印象だった。
 「刑事さん、刑事さん。」
 事件に首を突っ込みたがり、自分を見かけては嬉しそうにニコニコする。

 彼の友人の、沢渡桜子に半ば気の毒そうに言われた。
 「一条さん、五代クンに懐かれちゃいましたね。」
 彼の主治医となった、椿秀一に面白そうに言われた。
 「お前、五代に懐かれてるんだな。見てて愉快なほどだぞ。」
 科警研の頭脳の榎田ひかりに興味深そうに言われた。
 「あら、一条くん。何だかすっかり懐かれてるのねえ!」

 懐かれてる、とは何だ。
 ―――とまあ、最初は憮然としたものだ。
 確かにしつこいほどにつきまとってくる男だが、厭な印象を与えるやつではない。
 それにそんな言い方は五代に対して失礼だ、とまで真面目な一条は思い…思った。
 今は、それが否定できなくなっている。
 懐かれた、そう、多分そうなのだろう。犬が人間を慕うように、いつでもどこでもついてくる五代雄介を、強く拒絶せず、むしろ受け入れてしまったのがいけなかったのか。
 「一条さん、一条さん。」
 惚れた、と言い出したのは名前を呼ぶようになってすぐだった。
 「一条さんに惚れました。好きになっちゃっても、いいですか?」
 常に彼は、太陽のように光輝を放ち、押し黙り、内心戸惑う一条に押して、押して、おしまくった。
 (…結局、折れたのは俺だったな。)
 苦笑がこぼれる。
 わかった、わかった。俺もお前が嫌いじゃない。
 そう応えてやった時の、五代雄介のあの嬉しそうな顔といったら。
 こちらまで嬉しくなるではないか。そう、余計な事まで口走るところだった。
 嫌いじゃない、むしろ好きだと。何だか可愛いと、そこまで思ってしまったなんて。
 出かける時は複雑な顔をしていた。
 今までだったら――彼の告白を、受け入れる前だったら――行ってらっしゃいと笑顔で行っただろう。
 一条に関してだけ、少し執着心を見せる五代でも、本質はとても他人思いで気遣う性格だ。
 進歩なのかもしれない、と思う。
 それは一条の進歩であり、五代の進歩だ。
 一条は他人に壁を置いていた。五代は他人を気遣い、自分の主張を二の次にしていた。
 「……杉田さん、すみませんが。」
 声をかけながら思うことは、出かけに見た五代雄介の膨れっ面だった。


 「出来た!五代雄介特製、ポレポレシチュ〜♪」
 一人で拍手しても、ノってくれる相手もいなければ寂しさが募る。
 「…一条さんのバカ。」
 こんな独り言聞かれたら絶対に容赦なく拳が降ってきて、頭をポカリとやられるだろう。
 大好きだけを言ってたときは、振り向いて欲しいその一心だけで…贅沢なことなんだけど、あの時のほうが淋しかったけれど、哀しくはならなかった。
 想うという行為だけで、こんなに心が温かくなる。
 想いたい、想われたい。護りたい、護られたい。一番大好きな、一条さん。
 「真面目なひとなんだ。」
 そこがすごく大好きで、歯がゆいところでもある。
 「有無を言わさず押し倒して既成事実作っちゃえば良かったかな〜。」
 いくら唇を尖らせても、「アヒルのようだぞ。」と涼しげな目で笑う相手はいない。
 切ない、哀しい。どうして俺、一条さんちで一人で待ってるのかな。
 みのりや、今は亡き母と暮らしていた頃は「俺がしっかりしなくっちゃ。」「護ってあげなきゃ。」「大事にしよう。」「笑顔でいよう。」「笑顔に、しよう。」…そんな思いばかりで駆け足で頑張ってきた。何でも一人で出来たし、手を貸すのが当たり前で、手を貸されるということに、あっ、と思った。そうか、他の人も助けてくれるんだ。
 それも当たり前のことだった!
 そうして、多分、一条さんも同じことを思ったんだろうな、って。
 だって、どうしてお前が?って顔をしてた。
 何故、お前は俺を助けるんだ。民間人なんだぞ、怪我でもしたら。巻きこまれたら。厳しい眼差しの裏に不器用な優しさを隠してて、それに触れたときあったかくて嬉しくなった。
 (このひと、俺に似てるかも。)
 全く正反対のような性格で、眉間に皺を寄せて難しい顔をしている刑事さん。
 自立という名目で、一人で乗りきることに慣れてしまったこと。
 決して、一人じゃないこと。
 雄介自身も一瞬忘れかけた。クウガという古代の戦士に変身したとき、護らなきゃ!の一心だけで、誰かが助けてくれる事を忘れかけてた。
 大事なことだ。とっても。
 一条に認めてもらえた時の嬉しさを忘れられない。
 お前は必要だ、俺にとっても、みんなにとっても必要なんだ、と肯定されたみたいでうれしくてうれしくて顔が綻んだ。…殺伐としかねない闘いに身を投じるようになっても、心の中にぬくもりがあるのは―――常にクールな顔をしながら、雄介に負けないほどの熱さを秘めた一条が、温度をわけてくれるから。
 「…うーん。やっぱり、大好きです!」
 一条さんが大好き。
 苦しくなったり、慌てたり、悔しくなったり…こんなに感情が左右されるのは全部一条のせいだ。でも、それが一条で良かった。
 大好きなのが一条さんでよかった。
 「よし!
 …こうなったらシチューに一服持って、多分疲れて帰ってくる一条さんに食べさせて寝室に…」

 「なんの悪巧みだ。」

 全くもって間が悪いとはこのことである。
 感覚は鋭敏な筈の雄介が気付かないほどに―――気配なく近寄るなんてタダの刑事じゃない。
 「一条さん!」
 「折角美味そうな夕食だが、妙なものを入れられたんじゃあ味見もできないな。」
 「うわ!入れてません!まだ!」
 両手を上げてホールドアップした犯人に、刑事は眉を寄せる。
 「次にやったら叩き出す。」
 「やりません、やりませんッ!今度は正攻法でいくことにします。」
 正攻法=直に、押し倒し…の意だとは気付かない一条が、そんな雄介を見てため息をつく。
 「わかったならいいが。」
 「でも、一条さん早かったですねえ?」
 上着を受けとって楽しげにハンガーにかける雄介の、何が楽しいのだか一条にはわからない。自分で出来る事なのだが……そうして、雄介が、一条のためにやりたいのだ、と気づいて小さく納得する。
 そう、自分も同じコトを考えて帰って来たのだから。
 「ああ。早めにあがらせて貰えるよう頼んだ。」
 「えッ。」まん丸に目を見開く雄介に、一条が憮然とする。
 「…なにか、悪いか。」
 心臓の音が早い。不機嫌そうに顔をそらしてしまったけれど、一条さんってば、それって。
 「俺のためですか!?」
 嬉々として言うな、と
 「…。」
 「一条さん、俺のためですか!」
 「お前がふくれるからだ。気になるだろう。」
 みるみる笑顔になる雄介の百面相に、思わず吹き出した一条に、
 「だいっすきですッ!」
 がばあと抱き付けば、
 「ッ!五代!重い、離れろ!」
 容赦のない一条パンチが繰り出される。

 「ダメです。放しません!だって好きになっちゃったんですもん!」
 頬を真っ赤にして、両目をきらきらさせて、何てことを言うんだ五代雄介!
 「き…君は…あのな、五代。」
 「一条さんは俺が好きになってもいい?って聞いたら、不承不承だったかもしれないけど、頷いてくれたでしょ?
 俺の、一条さんを好きなキモチは止められないし、一条さんが止めることだって出来ないんです。
 言わなきゃ伝わらないです。だって、ただでさえ俺の好きな人は鈍感なんだもん!」
 黒い瞳に拗ねられて、思わず何も言えなくなってしまう刑事である。
 「だから一条さんがそっぽ向いたって、目をつぶったって、知らないふりしたって言うしかないんです。
 俺のほうを向いてもらうには、俺から好きって言わなきゃ!」
 
 大好きって言わなきゃ、相手を捕まえることなんて出来ないでしょ?

 そういって当たり前のようにニコニコ出来る五代雄介という存在が、一条にとっては不思議でならない。笑顔の強さというものがどれだけ凄いか、改めて思い知らされた気がして、やれやれと溜息をついた。
 もともと…本当は「好きです!」と言われた時点で陥落していたのかも。もしかしたらそれ以前に「やるね、刑事さん!」と笑顔でサムズアップされた時から五代雄介という青年は、一条薫の中で別格なのだ。
 「大好き」の魔法に麻痺させられて、四苦八苦している。
 でも―――それは全然、イヤな感じではないのだ。

 微笑ましいほどいじらしくて、あったかい。

 「―――五代。」
 「はい、何ですか?」
 今、犬の尻尾と耳が跳ねあがった気がしたが…幻覚だろうか。
 「…仕方がないな。」
 ふと、微笑んだ一条の表情にぽかんとした雄介に、
 「なら俺も、君に言わなければな。」
 好きで、好きで、大好きで、たまらなく好きで、
 相手の反応に一喜一憂して、地団駄踏んで、それでも振り向いて欲しくて。

 好きと言わなければ、相手は捕まらないんだろう?

 「…好きになってもいいぞ、と俺は言った。」
 思わず鍋掴みを落とした雄介の手を取って、銀色のキラキラを握らせる。
 リボンだってキーホルダーだってつけてない、実にシンプルな一条らしい贈り物に、雄介が金魚のようにぱっくんぱっくん口を開閉する。
 「俺も―――好きになってもいいんだろう?」

 ギャーだのワーだのわめきながら飛びかかってきた雄介に、身の危険を感じた一条が咄嗟の背負い投げをしてしまったのはご愛嬌。

 「一条さん大好きです!!もうスゴい好きです!ウルトラ好きです!」
 「わかったから離れろ!五代―――ッ!」

 それからしばらくは熱烈な告白のみが続き、一条が夕飯にありつけたのは数時間過ぎてのことだった。


 大好きだったら、大好きって言わなきゃ!



 
■2001/10/19 UP みきの様ご進呈
■510HITキリリク、『15でラブラブ』クリアできたかはなはだ疑問の残るSSです(笑)
■ウチの雄介君はどーも一条さんが好きで好きでたまらないらしいので、
■一条さんは押されぎみです。ヤバいです。押し倒されちゃうよ!刑事さん!!
■結局惚れまくってるのが五代君なのでまだ一条さんの身の安全は(…)保証されていたりするわけです。いやよかったよかった。
■ところで五代君、ウルトラ好きってなんですか!あなた仮面ライダーでショ!(ビシィ)
■そんなわけで、久々のイチゴSSでした。

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