□□□ 野性のウムリス □□□
Wildes Umriβ

 彼は決して振り向かないひとなのだ。
 そう、決めつけた。

**

「おう、なんだ。ビビか」
 薄い毛布を掴んで甲板に上がってきたゾロを見て、ビビは微笑んだ。
「ええ、Mr.ブシドーはこれから見張り番?」
「ああ」
 緑の頭が揺れるのを、ビビは不思議な思いで見つめた。
 ビビの国、アラバスタは人種豊富といっても過言ではない。大きな街には港があり、さまざまな国から訪れる旅人も少なくないのだ。
 もっとも、数年前よりの不穏な空気に永住を決めるような奇特な人間も少なくなった。
 そして、ビビはそんなたくさんの人々に囲まれて暮らしながら、彼のような目に鮮やかな…まるで網膜まで色を塗りかえられてしまいそうな翠に出会ったのは、初めてだったのである。
 元々、オアシスでもない限り砂漠に緑は見当たらない。
 サボテンはあるが少し焼けた感のある緑だ―――そう、彼のような「翠」はない。
(…きれい)
 ぼんやりしているビビを不思議に思ったか、ゾロが顎をしゃくるように促す。
「―――おい?」
「あ、ご、ごめんなさい」
 見惚れていたなんて、とてもじゃないけど言えない。
 悪い人ではない。それほど怖い人でも、なかった。
 ただ…やっぱり触れたら切れてしまいそうな、強さ(こわさ)はあると思う。
「お前は?」
 言葉はひどく簡潔すぎて、一瞬何を問われているのか分らずにほんの少し、首を傾けるとゾロは唇を真一文字にし、ふっと微笑った。
「―――此処でなにしてたんだ、って聞いた」
「あっ」
「…ぷっ」
 やっと分ったビビはポンと手を打てば、横を向いたゾロが吹き出す。
「鈍いんじゃねえか?」
「Mr.ブシドー!」
 確かにビビは、少しおっとりしているかもしれない。お転婆で活動的だったが、ふとした瞬間の大らかさというか…つまり、ニブさには幼い頃からの友人達にもこっそり指摘されたものだった。
「…で?」
 くっくとまだ笑いを噛み殺しながら、ゾロが鋭い視線をあげる。
(まるで、見透かされているような)
 最もゾロの視線が柔らかくなることはほぼ、ない、といっても過言ではないから―――ビビは緊張をといて、ぎこちなく微笑んだ。
「海を、見てたの」


「海ィ?」
 この船には海も見飽きぬというルフィがいるが、ゾロにはそれがさっぱりわからない。
 確かにくるくると表情を変える海は凄まじいだろう。好奇心旺盛な船長が、
「おれぁ海が苦手で大好きだ!」
 とのたまうのも、その悪魔の実の弊害を宿しながら、それでも飽きずに船首の上で海を眺めつづける。
 アラバスタの城からは、砂漠だけでなく海も見渡せたのだろうか。
(毎日見てるものなのにな)
 見飽きるとか、興味をなくすということはないのだろうか。
(俺にはわからねえ心理だ)
 まあ、見たいというのだから見たいのだろう。そう思ってゾロは納得した。
「でも、夜の海もとても、きれい」
 少し和らいだ表情で言うものだから、そうか、とゾロは頷く。
「よかったな」
 本当に。
 …本当に、彼女は、当初憐れなほどガチガチに緊張して、思いつめていたものだった。
 びぃんと音がするほどに張り詰めた弓の弦を思わせる。そこに刃をあてて真横に引けば難無く切れてしまうであろう、そんな糸だ。
 焦り、不安。どれほどの心痛を隠そう、隠そうとしていたのだかそれはゾロにはわからない。
(吐いちまえばいい)
 きっと、楽になれる。ルフィを始めとするこの船の連中ときたら、関わらないでくれと宣言した相手にでさえ首を突っ込むようなところがあるのだ。人情に厚いのだか、単に好奇心旺盛なのかいまいちそのクルーの一人であるはずのゾロも理解していないところがあるほどに。
 それでも、無責任に放り出さないところが好ましいところだ。
 冬島にて船医、トニートニー・チョッパーを仲間にして、彼女の表情も豊かに、やさしくなっていく。
 この船が、ビビにとって良いものであれるのならばそれにこしたことはないのだろう。
「でもさすがに夜は冷える」
 薄手の上着を一枚羽織った程度のビビは、普段通り半そでのゾロでさえ、彼女のほうが寒々しいいと思ってしまうほどで―――手の中にあったそれを無意識に差し出していた。
「ナミの次にお前までぶっ倒れられたら、また大騒ぎになるぞ」
「…そうね、その通りだわ」
 ふふと小さく空気がゆれる音。暗闇の中でもビビが笑ったことがわかって、ゾロはそうっと息を吐いた。
「ん。じゃあな」
「Mr.ブシドー、でもこの毛布!」
「見張り台にもあるだろ」
 使え、と促すとビビの肩が揺れる気配がした。


(夢みたい)
 ぼんやりしながらビビはうつむいた。
(―――信じられる?あの、Mr.ブシドーが)
 わたしに毛布を貸してくれたのよ。
 どうしよう、ちゃんと、お礼が言えなかった。

 ゾロは、無愛想だし気も利きそうなタイプではない。ナミなど「いざというときしか役に立たないんだから!」と豪語する。
(いざというとき、凄いからいいのだと思うんだけど…)
 そう控えめに申し出たビビに、ナミは云ったものだ。
「バカね、いつも役に立たなきゃ意味がないのよ!」
 それでも、もし、普段気が利かなくて愛想もなくて役に立たなくて寝てばかりで…でも、でも、こんな風に不意に手を差し出されたらどうだろう、とビビは思うのだ。
(ナミさんだって、思うわ。きっと)
 おそばせながらの早鐘を、とくんとくんと手のひらで聞きながら、
「…不思議なひと…」
 嬉しくて頬が緩む。
 サンジのようにきめ細やかな優しさも嬉しくなる。大切にされるのには慣れているから…というのも変だけれども、それでも自然と嬉しくなってしまうし「ありがとう」と素直に言える。
 ゾロは逆に不親切だ。でも、だから、こんなに心に残ってしまうのだろうか。
 胸の奥がずきずきする。目と、鼻の奥がツンとした気がしてビビは慌てて上を向いた。
 冬島の気候を引きずってか、とても綺麗な…綺麗な、星空で。
「大丈夫。わたしは泣かないわ」
 少し切ないけれど、大丈夫なのだ。



 小人数で動かす船はいざというときの判断力・機動力がものを言う。
 つまりは自分の仕事をきちんと把握して、それ以上の仕事が出来なければいけないということだ。
 ルフィ達がグランドラインに入った丁度、最初の頃にビビはミス・ウェンズデーとして彼らとであったのだけれど―――最初の彼らときたら完全にこの偉大なる航路をナメていて、気まぐれに変わる天候に翻弄されて絶叫していたが、今では手馴れたもので、嵐の次に雹が降っても、氷山にぶつかりかけても、閑々照りが起こっても、それなりにうまく持ちまわって船は動く。
(でも―――)
 激しいスコールが甲板を打ち付けたというのに、剣士は砂袋を枕に思い切り寝ている。
 そのうち怒れるナミ&サンジのダブルキックを食らったゾロが「なんだ?なんだ?」と寝ぼけた様子で置きあがり、仕事を言いつけられて渋々身を起こす。
「…凄い…」
 闘いの時は誰が言わずとも覚醒し、すぐに臨戦態勢に入る彼を目撃したことは少ないけれど。
「いいな」
 羨ましく思うのは、彼は…彼が楽しめる、生きている時間しか「起きていない」ことだ。
 人生の大半を眠ることで無駄にするのではない。自分が目覚め、自分が信じ、自分が笑い、自分が認める時間だけ生きている。
 大きなロープをまとめておくように命ぜられたゾロは、「何で俺が…」と言わんばかりに仏頂面で、しかし面倒くさそうにその引き締まった腕を伸ばす。
 不器用そうに見える大きな指は案外に器用で、ぐるぐると円を描くようにしてロープをまとめていく。しかし元々一人でやるには不便な作業で、眉間の皺が深くなっていくのを見かねてビビは彼のもとに急いだ。
「Mr.ブシドー!手伝うわ!」
「おお」
 少し嬉しそうに顔を上げるものだから、
(…やだ…)
 可愛いと、思ってしまった。絶対絶対、口が裂けても言ってはいけない。
 こんな見るからに強面の彼が「可愛く」思えてしまうなんて…ナミに言ったら笑うだろうけれど、本人に言ったら飽きれ、あるいはまた渋面に戻ってしまうかもしれないから。
 ロープの片側を持って、彼が巻いていくのを見つめるだけの簡単な手伝いを、それでもゾロは助かると素直に感謝しているようで、
「お前、いいやつだな」
 感心したように頷く。
「少しはこの船の連中にそういう礼儀を叩き込んでくれ」
「マナーならサンジさんのほうが詳しいと思うけれど?」
「あァ? ありゃ女専用だろうが」
「ふふふっ」
「まあ、いいか」
 俺ァ別段、奴の世話になる必要はねえからな、なんて。
 それを信頼と指摘することも、ゾロの機嫌を損ねることになるだろうか。

 ナミやサンジがいくら思い切り踏みつけても、ルフィやウソップにじゃれつかれても、チョッパーに懇々と怪我について注意されても、いくら不機嫌そうな顔をしたって―――
(許してるんでしょう?)
 だから、眉間に皺を寄せて、仏頂面を作って―――呑気に寝ているのでしょう?

「おし、終わった。助かった、ありがとう」
 素直にお礼を言うことが、どんなに難しいことか、ゾロは知っているのでしょうか。
「どういたしまして!」
 お礼を言わなければいけないのは、ビビのほうだろうに。

 剣士を見るたび、獣のテリトリーを思い出す。
 それは彼の間合いであり、彼の絶対世界。
 命の環。

「Mr.ブシドー!」
 思わず頬を綻ばせて、ロープを片手に格納庫へ向かおうとするゾロを呼び止めた。
「ちょっと、ちょっとまって」
 突然狂うグランドラインの天候で、一人雨に酷く濡れながらも寝ていたせいだ…確かに先ほどの荒れ模様が嘘のように、今は澄み切った空が広がっているものの、ゾロのシャツはぐっしょりと濡れて、髪の毛など朝露に濡れた青葉のように輝いている。
「…はい、これで拭いて。…気づかなくってごめんなさい」
「あ? ああ…」
 ビビが手渡したハンカチで取り敢えず雫の落ちる頬を拭い、顔をしかめる。
 比較的濡れていなかった背中を眺めていたから、ついつい気づくのが遅れてしまったビビだが、ゾロ当人も何故ハンカチを渡されたのか一瞬、わからなかったらしい。
 やっと、納得したように頷き、
「そうか。雨が降ったのか」
「気づいてなかったの!?」
「別に起きる必要性を感じなかった」
 そうなのだ。ゾロは極寒の地で寒中水泳などやってのける、常人とは違う人間だった!
 ビビが吹き出すと、少しむっとしたよう眉を寄せる。
「ご、ごめんなさい」
 それでも笑ってしまうビビをへの字に結んだ唇のまま、ゾロはしばし沈黙し、
「まあ、別にいいか」
 ロープを置いて、そのままシャツを脱ごうとするものだから驚いて、
「きゃっ」
「あ?」
「Mr.ブシドー…」
「…あー。そうかそうか、悪ィ」
 もしかしたら、ビビはサンジのように、ゾロに「レディ」として認識されていないのかもしれない。
(……なんだか、それはそれで―――悔しい、かも)
 女の子の前で平然と着替えるのは、ルフィなども一緒だけれど、それでも…いや、少し違う。
 別に着替えるのはかまわない。気を使ってもらうほうが、何だか緊張してしまう。
(…わたし、認めて欲しいのかしら?)
「ンもう、いいわ! シャツ、洗ってあげる。貸して!」
 不意に考えてしまった自分の思いを隠す様にして、ビビは手を出した。
「ん? おお」

 そして、
 胸に走る、強い、傷痕を見てしまう。

「どうして…」
「…?」
「Mr.ブシドーは、とても、強いのに」
「どうして負けた証拠があるのか―――か」
「Mr.ブシ…」
「これは俺の負けた証だ。間違いじゃねえ、気にするな」
 ゾロは薄く笑い、自分の肩口からわき腹にかけて、おおきく斜め斬りされたそれをとんと指で突く。
「闘って、負けた。屈辱と、誓いと、誇りの証だが、恥とは思ってねえ。
 背中についたわけじゃあねえからな」
 背中の傷。それは、自分の逃げを意味すると剣士は朗々と語る。その低い声色は確かにビビを、ビビの鼓膜だけでなく、心まで容赦なく打ち付ける荒々しく厳格な誓い。
「…そう、なの」
 一国の王女の、命をかけた筈の誓いすらまるで値打ちがないもののような、畏れと辱めを覚えるような―――厳格な誓い。
(嘘だわ)
 価値?そんなもの必要がない。
 自分を恥じる必要こそ、感じる意味があるのだろうか?
「天気がいいから、絞って着ておけばそのうち乾くだろ」
 渡しかけたシャツをその腕が取り戻そうと伸びた瞬間、ビビは思わずシャツを掴む力を込めてしまう。不思議そうな剣士の顔を見つけて、思わず頬を赤らめた。
「ご、ごめんなさ…」
「謝るな」
 ぺち、とおでこを叩かれたとき、一瞬何が起こったかわからなかった。
「謝るな。お前に謝罪されると、こっちが悪いような気分になる」

 そんなことを言うひとだとは思わなかった。

「お前は悪くない。だから、謝るな」
 不意に伸びた大きな手のひらは、いつも、力強く刀を握る手のひら。
 何もかも掌握できてしまいそうな、そんな手のひら。
 ルフィやチョッパーをがしがし撫でるとき羨ましく思った手のひらは、今、その少年達を撫でるより幾分優しげにビビの青い髪をぽんぽんと跳ねる。
(どうしよう…)
 震えは突然起こり得る。
(―――どうしよう…)
 やっぱり。…確信が心の中でぱちんと弾けた途端、ビビは、自分の心が頷いた事を知る。



 好きなのだ。
 多分、どういうわけか、物凄く。



「―――どう、しよう…」

 アラバスタは近い。







 ウソップがスケッチブックと色鉛筆をつめた革のケースを両手に甲板をうろうろしているのをビビは見つけて、
「どうしたの、ウソップさん!」
 声をかけると陽気で、剽軽な狙撃手はにこっと笑って、さも大げさな口調でいうのだ。
「ああ、ビビ! いやな、今日はちょっと俺のアーティストとしての才能を遺憾なく発揮させんがために、俺の感性に相応しい素材を探索していたわけなんだがまあぶっちゃけ鳥だろうが虫だろうがそこで大口開けて寝てる魔獣だろうが素晴らしい創作として作り出せる俺の才能…」
「絵を、描くの?」
「ん!簡単にゆうと、そうだ!」
 えへんと胸を張ったウソップの最後の言葉が気になって、日陰で転がるようにして寝ている剣士にちらりと視線を走らせる。
「ね、ウソップさん。…Mr.ブシドーを描いてみてくれないかしら?」
「眠れる魔獣をか…!」
 むむむ、と鉛筆で距離感をはかるように、ゾロに伸ばして、ウソップは頷く。
「それも面白いかもしれないな!」
 意気揚揚と座ってスケッチブックを広げるアーティストな彼の横で、ビビも座って、それを見守ることにする。
 ウソップの凄いところは、躊躇いもなくキャンパスと決めたその紙の上に、殆ど修正もなく線を走らせていくことだろうか。
 暫く見ていると、ウソップが被写体であるはずのゾロに視線を走らせなくなったから、邪魔かな…と思いつつも聞いてみる。
「ねえ、ウソップさん。…見ないで、平気なの?」
「ああ、俺はイラストを描くときは殆ど記憶に頼ってるんだ」
 にっこり笑ったウソップは、それでもペンを持つ手を走らせたまま言い続ける。
「何か発明するときも大抵そうだなあ。頭の中で設計図を作って、それを手で作って行くっつーか…」
「凄いわ…!」
「いや!それほどでもあるけどよ!!」
 照れたようにまくしたてたウソップの横顔を微笑んで見つめたビビは、その先にいる剣士にもう一度、視線をうつす。
「…三年、か…」
「ウン?」
 独り言のつもりが、ウソップにはしっかり聞こえていたらしい。
「あ、あのね、ウソップさん」
 本当は照れくさいのだけれど、思い切って聞いてみる。
「二十歳の女性と、十四歳の女の子。もし好きになるとしたらどっちのほうがいい?」
「と、唐突だな!」
 目を白黒させたウソップ―――まったく、唐突だと自分でもわかっている。
 ビビが思わずごめんなさい、と顔をうつむかせて頬を染めると、十七歳…ひとつ年上の少年は、ウーンと唸って、
「やっぱ年上かな!」
 恋をするなら大人の女もいいよな〜と、ウソップが笑うのが聞こえた。
「…そう、よね…」
 ゾロは十九で、ビビは十六。相手はビビを小娘くらいにしか思っていないのではないだろうか。
(だから…平気で力を貸してくれるの?)
 相手が子供だから、危なっかしいから、優しくしてくれるのかもしれない。
 だから、手を伸ばして、あのあたたかな手のひらでビビを優しくなでてくれたのかもしれない。
「でもよ、ビビ」
 スケッチに集中しているように見えたウソップは、ぽつりと呟く。
「す、好きになったら…年上も年下もねえんじゃねえかな〜なーんて!キャプテンウソップは思うぞ!!」
 誤魔化すように口笛を吹き始める、ウソップの特徴的な鼻の先っちょが―――僅かに赤い。
「―――ありがとう、ウソップさん」

 十六の娘が、憧れで三つ年上の彼に焦がれるのではなく、
 ビビが―――ゾロを、好きなのだ。


 ウソップは「眠りし獣」とタイトルをつけたゾロの姿を見事に描きあげた後、機嫌良くビビの肖像も描いてくれた。
 王宮にあったような、凛としたすまし顔の彼女の絵とは違う。
 大口を開けて笑って、礼儀作法の先生に「一国の王女ともあろうかたが!」と怒られてしまいそうなそんな笑顔。それもこれもウソップが面白おかしい話をするからだ。
「アーティストとしてはモデルを楽しませるのも仕事のうちだ!」と剽軽に笑う彼は、それもビビが出会う前のゾロの話を―――こんなことがあった、あんなことをした、たくさんの話を…恐らくは多少誇張しながら大げさに…話し聞かせてくれた。
 だから、ビビは、にっこりした。
 Tシャツにショートパンツ。明け透けで、飾り気のない有りのままの自分をウソップに描いてもらった。

 ウソップに貰った絵を眺めて、思わず顔を綻ばせていると、むくりと起き上がった「眠りし獣」はごしごしと目をこすって、佇むビビを見上げる。
「ン? 朝か?」
「…夕方よ、Mr.ブシドー!」
 大きな欠伸と共に目覚めた剣士は、ビビの持っている紙切れを見て不思議そうにする。
「あァ? なんだそりゃ。地図か?」
「違うわ。気になる?」
 思わずイタズラっぽく笑いかけると、ゾロは少し首を傾げる。
「―――気になる?」
 二度も聞いてしまったのは、ゾロの答えを聞きたかったからだ。
 しばし考えていた剣士はゆっくりと立ちあがり、ビビの目を真っ直ぐ見つめて、

「お前が常に、俺の視界の中にいる。気にならないほうが嘘だろうが」

 それは。
 思いもかけぬ返答であったのかもしれない。
 ビビは、自分の持つ紙きれが何であるか、気になるかと問いかけたはずなのに。
 どこか的外れな―――そのくせビビの本心を思い切り揺さぶった言の葉は、まだ、じんじんと痺れのように残っている。

「お、こりゃウソップの絵か。巧いもんだ」
 ひょいと覗きこんできた顔が余りに近くにあるものだから、呼吸さえすることを忘れた。
「こういうのがいい」
 笑って、剣士は横顔を向けた。
「お前は俺と違って、眉間に皺を寄せた仏頂面より、肩の力を抜いてたほうがいい」

 彼の横顔がぼやけていく。
 それが落ちる夕陽のせいなのか、それともビビの目がおかしいのかはわからない。
 深紅とオレンジを綯い交ぜにした命の火が彼の横顔を燃やしていく。

 それは、まるでゾロ自身が炎を纏っているような輝き。
 命の匂いのする猛き、高き横顔…野性の輪郭。

「ビビ」
 振り向いた。
 もう前を向いたまま、さっさと行ってしまうと思っていた横顔がついとビビのほうを向く。
 促す声に、はっと潤みかけた両目をぎゅっとつぶって、ビビは次に笑顔を作った。
「はい!」

 そのひとは笑顔が、好きなのだそうです。
 澄ましても気取ってもいない、笑顔が好きなのだそうです。





***

「あら、ウソップ。あんたこんな絵描いてたの!」
 ビビがいなくなったGM号の大掃除。
 ナミはその絵を見つけてにやにや笑った。
「やだ〜。もしかしてカヤちゃんに内緒でビビのこと…」
「わー!! ち、違う!!違うぞ、俺はそんなっ!」
「冗談よ〜!」
 大口を開けて笑うナミの声を聞きつけて、箒を持ったり、雑巾を片手になんだなんだとクルーが集まってくる。
「わたしの部屋から、ビビの絵が出てきたの。多分、あの子、忘れていったのね」
 満面の笑顔。ビビの特徴をうまく描いた…まるで本当に息遣いが聞こえてきそうなその肖像を見て、
「うおぉぉ!ビビだ〜!」
 ルフィは喜び、
「うう、ビビちゃぁぁん!」
 サンジが思い出してハンカチを噛み締める。
「すごいな、ビビの笑顔だ」
 チョッパーの言葉に、クルーはちょっと思いを馳せる。
「…やだ。ビビったら…自分の笑顔を、此処に置いていくなんて」

「分けていったんだろ」
 掃除に飽き飽きといった感じの仏頂面でいた筈の剣士が、眉間に皺を寄せて、しかも大あくびをしてそんなことを言う。
「そっか〜! 笑顔をわけていったのか!」
 ルフィは嬉しそうに、にししと笑った。
「置いていったんじゃねえんなら、いいや! きっとビビ笑ってるもんな!」


***

 ウソップが描いてくれたビビの肖像は、あの船に忘れてきてしまったけれど。
「…もう、Mr.ブシドーったら」
 自室で眺めるゾロの表情。
 六千万の数字の並んだ、彼の顔ときたら凶悪面そのもの! まさに魔獣といった感じの写真で見るものを震えあがらせるような剣気に満ちている。
「―――好きなひとの、顔なら…」
 やっぱり、笑った顔がいいのに。

 ウソップの描いたその絵は笑っていないけれど、それでも賞金首の紙より随分穏やかで、無防備といってもいい。安心感で安らいだ眉間には、皺もない。
「ビビ様、恐れ入ります。食料物資の分配についての御相談が」
「今、行きます」
 ビビは立ちあがり、怒れる剣士と、眠れる剣士、両方の顔を見つめ、
「…今度逢う時は、笑顔でね!」
 次は、
 飲み込んだ言葉達を、
 言えなかったこころを、
 あなたがくれた勇気を、
 輝かしき誇りを、
 この恋を、

 ―――笑顔で。


■久々のゾロビビです。ゾロビビはノーマルカップリングではむちゃくちゃ好きな…マジ好きな…二人なのですが、書くとなるとまた勝手が違ってムズカシイです。
■このお話も妙に時間がかかってしまいました…全国のゾロビビストさんは一体どうやって書いてるんだろ。
■しかもワタクシがあんまり…イチャイチャしたのより実る前とかすれ違いとか片思いとかに萌えるひとなので(コルァ)×をつけるのが申し訳ないほどの&っぷり。すいません(弱)

■野性のウムリス、Wildes_umriB。ウムリスは(輪郭)ドイツ語。適当に調べてたので間違ってたら大恥。キャ。

■最近WJ系サイトをオープンされたうつふし誼様へ捧げます。へたれでごめんね。(>_<)
■ゾロビビストさんは是非是非彼女のサイトへ。こっちよりゾロビビ度数は高いです(笑)
■うつふし誼様のサイト
「G85」はこちら。

■関係ないけど上原多香子さんのED曲ゾロビビだよね!?(誰にゆうとる

02/06/12

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