● お日さまつれて ●

 チョッパーは少し怒っていた。
 つい先ほどまでは怒ったふりで、本当は恥ずかしくて嬉しくて照れくさくて、
「うれしくなんかねーよ! バカヤローがっ!」
 と、ぱぱん、すぃ〜っとやっていたのだけれど、今は違うのだ。

 今現在、ゴーイングメリー号は秋島から冬島をかけてを航海中。
 秋の涼しげな空気から一転して、足もとのつま先から芯まで冷えるような―――底冷えするような温度に変わる。
 チョッパーにとっては平気で、むしろ当たり前の世界なのだがそうもいかない連中がいる。
 ルフィはもはや論外として、ウソップやナミは少しばかり寒さが苦手だとか。
 ゾロも論外だ。なんたって、チョッパーに合う前のドラムで、寒中水泳をやったらしい。カルーが飽きれたようにチョッパーに話してくれたものだ。
 さて、残るはサンジとロビンだが、
「どっちかっていうと、おれァ寒さより暑さのが苦手だな」
 という返答と、
「どうかしら。色んな処に行ったから特別苦手ということもないし、平気ということもないわ」
 という返答。
 つまり、チョッパーは、平気じゃないと応えたウソップとナミ、それに面白がったルフィを加えた三人に交互で湯たんぽがわりに抱っこされる。
 寒い寒いと言いながら懐にチョッパーを招き、あったかい!とすりすりされるのは…厭ではない。こういうコミュニケーションは、チョッパーがドクターと慕うヒルルクが相手くらいなもので(勿論ドクトリーヌは別だ、彼女はスキンシップを好むより早くに注射器や包丁や蹴りのアグレッシブな応答がくる)…とにかく、最初は戸惑った。
 撫でられたり、握手したり、抱っこされたり、ああ、ゾロはときたま肩車をしてくれる。そういうのもとにかくチョッパーにとっては新鮮で、楽しくて、うふふと笑みが零れてしまうほどだ。
 ナミに抱っこされているチョッパーを見て、底知れぬ笑顔を見せ、包丁を閃かせる料理人に怯えたりもしたが、サンジはチョッパーに「ときどき、特に寒い日に」抱っこさせるという約束をかわしたことで、二人は合意した。
 船医として頼られるのも嬉しいが、
「チョッパーしか出来ない、誰かにしてあげること」
 それが出来ることが嬉しい。だから喜んでウソップの腕の中に収まっていたり、ナミに頬擦りされてもくすぐったいのを堪えていたのだけど、ついに雹が降るほど冷えこんだ夜に事件は起こった。

「何言ってんのよ、ウソップ!」
 素っ頓狂な声をあげたのはナミだ。
 以前ドクトリーヌから貰ったコートの下には何枚ものセーターと長袖を着こんでいることをチョッパーは知っている。ロビンに「あら、航海士さん。少し着膨れしているわね」とサラリと言われて凍りついていたものの、すぐに復活して寒いんだからしょうがないと開き直っているのを、チョッパーは聞いてしまったのだ。
「あんた男でしょ!」
「そういう差別すんな!! お前は事実この船で最強だろうが!」
「馬鹿ね、私はか弱いのよ…ほら、見て! このトリハダ!」
「俺のほうが凄いわっ!」
 ぎゃあぎゃあ喚く二人の間でちょこんとしていたのがチョッパーで、外は雹が甲板を叩く音が続いている。
 ロビンは穏やかな微笑を…もしかしたら苦笑を…浮かべながら、サンジがいそいそと出したブランデー入りのコーヒーを飲んでいる。サンジはナミにオレンジ・ペコを、ウソップにココアを、チョッパーにホットミルクを出してやろうと準備をしているが、なかなかタイミングが掴めないようだ。
 ルフィは甲板に作ったばかりの雪だるさんリターンズを雹に壊されてはかなわないと、真剣になって雪だるさんを壊さんとする雹を片っ端から掴んで、サンジに貰ったシロップにつけてかき氷みたいに食い尽くしているはずである。
 ウソップが発明した手放しOK万能傘を持って、ゾロは見張り台。
(ゾロ、寒くないかなあ?)
 ルフィもこの寒い中、暴れて体温が上昇しているとはいえ、冷えたものをかっ込んでいるのだ、一気に体内が冷やされて体を壊すことが懸念される―――が、病気を心配すること自体が間違っているようなものなので、チョッパーは頬杖ついて、小さな丸窓の外を眺めた。
「とにかく、今日の夜はチョッパーは俺と寝るんだ! …なっ、チョッパー?」
 仲の良いウソップに笑顔を向けられて、とっさにチョッパーは、
「う、うん!」
「―――ちょっと、勝手に決めないでよ! 今夜は絶対冷えこむって…ねえ、ロビンそう思うでしょ?」
「航海士さんの見たて通りね。
 今夜が一番冷えるんじゃないかしら、この雹が終わればきっと、星空が痛いくらい綺麗よ」
 星が間近であんまり鮮明だと、其の分大気が研ぎ澄まされている証拠だ。キッチンは別としても、船に浮かぶ小さな世界である船の中でやすやす火を焚くわけにはいかない。
 そのせいでウソップとナミは、自分がどれだけか弱く寒さに弱いかを熱弁しあっているのだ。
 当初ナミに味方して「長っ鼻! レディにトナカイ湯たんぽ譲らねェとはどういう了見だ!」と息巻いていたのだが、ウソップもそうとう寒いらしく、ハナミズずるずるしながら必死になって抗議するため、苦笑し、沈黙することにしたらしい。
「ねえ、チョッパー? わたしと…一緒に寝るわよね」
「な、ナミ! 顔が怖いぞ!」
「―――なんか言った?」
 ますますゆらりと影を濃くするナミに怯えてチョッパーはなんでもない!と首を振る。

 チョッパーとしてはどちらでもいいのだ。ナミと寝るとサンジがまた何かいいたげにこめかみをピクピクさせるけど、
「明日はトナカイ鍋だな」
 とかはまだ言われないし、ウソップに抱っこされて眠ってもかまわないとも思う。

(でも)
 チョッパーはまた外を見た。ほら、小雪まじりになってきている。
 雪が熔けたら肌について、いっそう寒くなるだろう。ルフィはそのうち飽きて戻ってくるとしても、今日の見張りはゾロだ。
 たまにゾロはチョッパーを御風呂にいっしょにつれて入ってくれるし、肩車もしてくれる。寝てばかりいて、船医の言うことを聞かない悪いやつ…だけど、やっぱり、いいやつだ。
「おれ、今日はゾロんとこ行くよ」
「ええ!」
「なんでだ、チョッパー!」
「だって、見張りが一番寒いんだぞ。今だって雹が降ってるんだ」
 真剣な眼差しでチョッパーは言ったのに、こともあろうかウソップとナミは口論していたのも忘れたように顔を見合わせ、げらげら笑ったのだ。
「大丈夫よ、大丈夫! あの男が寒さなんか感じるもんですか!」
「そうだぞ、あいつはなんてったって魔獣だしな! 平気に決まってる」

 それで、とうとう、チョッパーは、

「ナミもウソップもひどいぞ!」
 頬を紅潮させて、毛を逆立てて懸命に言った。
「ゾロだって、きっと寒いんだ! そういう言い方するのっておれ、いやだ!」

 サンジがこっそり渡してくれたホットミルクを手に持ったまま、怒って甲板に飛び出してしまったのである。


***


 冗談だって、わかっているのに。
 チョッパーは急に明るいとこから暗い海の世界に出て、心底落ちこんだ。
 ウソップもナミも本気で喧嘩しているわけじゃない。多分、ゾロのことをすげなくいうのも、ひっくり返せば信頼なのだ―――と思う。多分、だけれども。
「人間ってややこしい…」
 確かに、好きってストレートに言うのは照れくさい。チョッパーだってついつい心とは裏はらなことを言ってしまうのだから。
 溜息ついて、暖かなホットミルクのマグを両手で持って溜息つくと、食った食った〜!と満足げなルフィがスプーンをくわえ、見事に空になったシロップの瓶を片手に階段をあがってくる。
「お、チョッパー! どしたっ?」
 にこにこするルフィは、暗い世界が一気に明るくなるような、不思議な感じがする。

 チョッパーはそういえば、彼にあったとき
(どこかで嗅いだ匂いがするやつだな)
 そう思った。
 多分あれは、草と、土と、風と、日溜りの匂い。

「ううん」
 なんでもない。大丈夫。
 そうチョッパーが笑うと、そうか! って言ってルフィもにこにこする。
「おれ」
「うん?」
 ルフィは必ず、チョッパーの目をまっすぐ見る。
 そういえば、この船の連中の殆どはまっすぐ物を見るのを躊躇わない。
 強い眼差しにぶつかって、たじろぐ事がない。
「おれ、ゾロのところ行ってくる。…あの、ルフィ。ナミとウソップに、怒鳴って悪かったって、伝えてくれるか?」
 おずおず頼むと、ルフィは目をぱちくりさせてにっこり笑って、
「やだ!」
「えっ!」
「謝りたきゃ、自分で言え!」
 俺は知らねェ!と堂々言われて、そういえばルフィはこういうやつだったと気づいてチョッパーも笑った。
「わかった、自分で言う」
「おう」
「随分食べたみたいだけど、だいじょうぶ? おなかを冷やして壊さないようにね」
「平気だ。まだ入る」
「そういう問題じゃないんだぞ!」
「大丈夫だ」

 ルフィがにーっと笑う。
 まるでお日様に後押しされたみたいに、不思議にあったかな気持ちになれた。
 さあ、小雪もおさまり雹も消えた。暗雲は空からすっかり晴れ、いまは冷え冷えとした星空が闇を逆に食い付くさんばかりにひしめき合って、輝いている。
 いっとうてっぺんにお月様。
 チョッパーは慎重に、マグを片手にそろそろと見張り台に上った。まだ一口も飲んでいないホットミルクはちらちらと暖かな湯気を立てているが、早く持っていかないと外の冷気ですっかり冷えてしまうことだろう。
「ぞ、ゾロ」
「―――おう、チョッパーか」
 ずず、と鼻を啜り、ゾロが微笑った。
「どうした、伝言か何かか」
「ううん。…あの、これ」
 やっぱり寒かったのだ。鼻っ柱が赤くなっている。少しおかしくなってチョッパーがそれを指摘すると、ゾロは鼻のてっぺんを指で弾いて、チョッパーのひづめの差し出すマグを手に取る。
「おお、あったけえ」
「それでもだいぶ冷えちゃった」
「いや、有り難ェよ」
 大きな両手がすっぽりマグを隠すのを見て、チョッパーは今更、サンジに言ってきちんとあったかい―――ゾロ用の、ホットワインだとか、ブランデーだとか、そういうのを貰ってくればよかったと後悔した。チョッパー用のミルクは蜂蜜が溶かしてあって、更に甘くなっている。
「いただきます」
 丁寧に頭をさげたゾロはぐい、と飲んだ。吐き出した息の白さがあっと濃くなる。
「あ、甘くないか? ごめん、おれ」
「甘いの平気だ」
 これには吃驚して、チョッパーは目を丸くする。すると、ややばつの悪そうな顔をして、いいからてめェもこっちこい、と毛布を広げて、丁度腹巻きの真ん中あたりを指差した。
 腹巻きにもぐりこんで、ゾロの腕に抱えられて、更に毛布を抱きこんですっかり暖かくなったのはチョッパーのほうだ。ゾロは人間にしては体温が高い。そういえばルフィも高い。
 子どもの体温だ。ちょっと笑って、チョッパーはゾロの顔を見上げる。
「でも、ゾロ、いっつもおやつの時はなかなかこないし、食べるときも一口でばくって噛んじゃうし、甘いものが苦手なのかと思ったぞ」
「大抵のやつは、そう思うらしい」
 したり、とゾロは頷いた。
「けど俺は結構甘いもんは平気だな。栗羊羹とか好きだ」
「くりようかん?」
「おう」
「好きなのか」
「おう」
「他には?」
「ええと、最中とか…揚げ饅頭とかも嫌いじゃねえな。胡麻団子とか汁粉…とか…」
「このまえ、サンジが作ったカステラは?」
「ああ、旨かったな、あれ」
 チョッパーは嬉しくなった。ゾロが好き嫌いをいうこと、聞くことは極めて稀といえる。
 天下一の大剣豪以外に何に執着しているかと思えば酒と睡眠ぐらいだし、鍛錬は大剣豪への道のりのそれに過ぎない。
 サンジが唸りながら、絶対あのクソまりもの好物を見つけ出してやる、とプライドにかけていたのを小さな船医は知っている。
 そのゾロが好きといったのだ、サンジも吃驚するに違いない。
「サンジに言えば、きっとゾロの好きなのいっぱい作ってくれるぞ!」
「―――別にいい」
「なんでだ?」
「お前は」
 ゾロはそこで言葉をきって、一度チョッパーをまじまじ見た。
「俺を見て、甘いもんは嫌いなんだろうと思っただろ?」
「うん」
「一気に食べてたのは嫌いじゃねえからで、ルフィに取られるかもしれねえからだ」
「そうだったのか…」
「だけど大抵は俺が嫌いだから、さっさと胃に流しこんじまえばいいと思ってる、こう解釈する。多分あのクソコックも、他のやつらもな。
 で、今まで甘いもん嫌いだと思われてた俺がカステラだの葛餅食いてぇというとする」
「うん」
「想像しろ」
 目を瞑って、ゾロはそれしか言わなくなった。

 チョッパーも同じふうに目を瞑って、さっきの顔を見合わせて爆笑した、ウソップとナミを思い出す。

「うーん。きっと笑うぞ。笑う…と思う」
「だろ?」

 別に甘いもんがなきゃ生きていけねえってほどでもねえ、とゾロはそのままチョッパーを抱きこむけれど、チョッパーはうーんと唸った。月が傾きかけている。
 まん丸のそれを眺めていて、お菓子みたいだなあと思った。お饅頭かな、それともお月見団子かもしれない。
「ゾロ、お月様がお団子みたいだ」
「旨そうだな」
 ちらりとゾロは片目を開けた。
 チョッパーはすっかりおかしくなってしまって、安心しろ、と真面目な顔で、ちょっと笑いながらもゾロと見て約束したのだ。

「今度のおやつんときは、おれの分も分けてやるからな。味わって食べるんだぞ」

 空気は綺麗で、肌寒い。
 それでも、明日はきっと晴れ。
 なら、お日さまつれて、お月さましょって、

「おれ、サンジにリクエストするんだ。明日は団子にしてくれって。ゾロ、一緒に食べような?」

 
 ゾロはちょっと目を丸くし、次の瞬間笑った。


■ゾロチョです。同盟へのミツギモノとしてかきかき。この時点でまだ同盟設立者である誼さんは知らない。ぐふふ。
■The 甘党ロロノア。人様のを拝見していたとき、「ゾロは甘いの苦手」と刷りこまれてたせいか、普段書くのはロロノア辛党だったのですが、わたくしシキヲが大の甘党でございますんで、楽しんで書きました(笑)

02/10/25 (NinjyaDay)


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