+ The rest is silence +


 棺桶ン中まで、持ってくしかねェか。
 そのときは、そう、思った。



 それを恋と呼ぶには幼稚で難解で不明瞭で。
 割り切り過ぎていたから。







 (だから、あとは沈黙するだけ。)







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 もうすぐ三十になるって頃合だった。そのくらい生きれば、まあ、いろんな人間にも出会うし、それなりの経験も、知識も得る。
 海賊という職業は彼にとって天職だった。そして、海賊団の船長という立場も、彼にとっては何にも勝ることだった―――赤髪のシャンクスと呼ばれる、男にとっては。

 小さな村だった。ほんの少しばかりの休息と、食料等の補充のためだけに寄った筈の小さな村に、シャンクスの興味を引くには充分な光が輝いていたのは…誤算だったのだが。
「よし、じゃあおれは一足先に探検…じゃねえ、偵察に行ってくるからな!」
 意気揚揚と飛び出したシャンクスに、仲間達は歯を剥き出しにしてその背に怒鳴った。
「素直に探検って言えよなあ、お頭!」
「なんかいいもんあったら報告してくれよォ!」
 まったくウチのキャプテンときたら、とにかく楽しいことが大好きで困るとクルーは苦笑する。
 まず一番に、どんな小さな村や島でも、ひとつの場所にじっとしてるのがどうにも苦手なようで、脱兎の如く飛び出して行きかねないのだ。ここぞというときは…あれでも誰より不敵に、鷹揚にしていられるのだから、反動のようにポンっと弾けるようで面白い。
 まあ、あれも、彼なりの自己調整なのだろう。ああやって色んな物事に対してまるで子どもみたいに目を輝かせるから、クルーも楽しめるし、ここぞというときちゃんと押さえられるようにしておかなければならない。
 呆れかえるほど底の知れない男だが、その分落とし穴があって―――少なくとも飽きさせることはないが、海賊団一丸となって、疲れ果てるのはいなめない。
 とにもかくにも、 急ぐ航海でもなし、此処近辺の海をゆっくり探索するもいいと判断したのは船長の決定であり、船員達も逆らうつもりもない。何だかんだでシャンクスはキャプテンなのだ。それは揺るぎ無い事実。揺るぐことのない、現実。

 街道は暢気なものだった。鳥の鳴き声に虫の羽音。畦道があれば蛙の声でも聞けたろう。
 丘に見える風車が印象的だった…船の上から見たときも、あそこに登るぞおれは!と息巻いて、仲間達に
「落ち付いてくれよ、おかしら」
 となだめられていたくらい。
 空気はいいし、ゴキゲンだ。こういう日は草むらにねっ転がって昼寝するのが丁度良い。
「あー。土の匂いだ」
 一番好きなのはやっぱり、どうしても、潮の香りだ。もう身体中に沁み付いているといっても過言ではない。
 でもシャンクスだって陸で生まれた。今までの人生大半海の上で育ったけれど、陸の恩は忘れてはいない。海に魚はいるが、海の水で樹は育たない。そういうことだ。
「空が近ェ」
 ごろんと寝転がった視線のその先、手を伸ばした指の遠くに風車が回り、近くに青い空がある。
(気持ち良いな)
 空気もいい。本当に寝てしまいそうだと、深呼吸したそのときだった。

 ぴょこんと視界に現れた小さな影。黒い目、黒髪、真っ黒だ。
 好奇心旺盛な目と、生意気そうな唇が興味をそそった。だから、男はためらいもなく訊ねたのだ。
「お前、ここの村の子か?」
「そうだ!」
 シャンクスが言った何がおかしかったのか、子どもはにししと笑って機嫌良く頷く。
「お前、見ない顔だな。海から来たのか?」
「おうよ、ついさっき港についたばっかりだ」
 白い歯を剥き出しにして、警戒心もなくあっけらかんと笑う子どもに好感が持てた…誰かに似ている気がしたのは気のせいだったろうか。シャンクスも歯を見せて笑った。
「なんだ、ガキ。お前、船に興味があんのか?」
「ガキじゃねえ!おれはルフィだ。お前の船はデケェのか?」
「俺も『お前』じゃねえ、シャンクスだ。…おお、デカイぜ。自慢の船だ」
 ルフィと名乗った少年がきらきら目を輝かせるものだから、ついついシャンクスも胸を張って答えた。
「デケェ船か…! マキノ―――ッ!マキノ、船ついたって!!
 見に行こう! 見に行こう!」
 途端後ろを振り返ってルフィ少年が怒鳴った。なんだ連れがいたのか、友達かと、草原に立ちあがる。
「ルフィったら、今日は丘の上でピクニックじゃないの? ―――あら」
 穏やかな表情を浮かべて、風の走る緑の海を、彼女はゆっくりあがってきて。
 シャンクスと目が合った。一瞬驚き、次にやんわり、微笑む。
「こんにちは」

 確かにシャンクスは一見すると海賊に見えないかもしれない。底抜けに明るいし、剽軽だ。笑うと人懐こいと良く言われる。何処にいても目立つ赤髪の上に、麦藁帽子なんかかぶっているからますますおどけてみえるくらいだ。ただ…隠し切れない瞳の色の深さや、左目に走った三本の傷痕を見れば堅気の人間ではないと察することができるだろう。
 それなのに、緑がかった黒髪の彼女の表情に、怯えや警戒はなかった。
 全く動じる様子も見せない女性と子ども、両方に笑顔を向けられて、感心してしまう。
「こんにちは、お嬢さん」
 姉弟だろうか。やんちゃな弟に、清楚な姉さん。ふぅん、なかなかこれはよい休息になりそうだ。
「良い天気ですね」
 にこやかに笑いかければ、警戒する人間は少ない。特にシャンクスは自分の持つ『雰囲気』というものを熟知していた。だからそうやって切り出せばなかなかスムーズにコトが運んだはず…だったのだ。しかし、
「おれしってる!」
 唐突に子どもが叫ぶ。「天気からはじまる話は、『なんぱのてぐち』だって、エースが言ってた!」
 ―――ナンパの手口!?
(なんつーこと言うんだ!)
 こんな清純そうなお嬢さんに警戒されるのは忍びない。ましてそういう意味で声をかけたわけじゃあないのだ。
「シャンクス、だめだぞ! マキノはおれとデートしてんだ」
 ふんぞり返ったルフィに、言葉が見つからずに口をぱくぱくさせて―――麦藁帽子を傾けることで、シャンクスは降参を示した。
「はー。参った! 違うぞ、ルフィ。お前のその大事な彼女にナンパのつもりで声かけたんじゃあない。……ところで、お嬢さんは本当にこのガキの(ここでルフィが「ガキじゃねえ!」とシャンクスの足を蹴った)…こほん。ルフィの彼女なんですか」
 勿体無い。心底そう思って、半分冗談めいた顔で問う。
 …すると彼女は――難色を示すわけでもなく、微笑んだ。
「そうかもしれません。ルフィがそう言ってくれるのなら」
 ふふっと柔らかく緩んだ目元が可愛らしかった。
 彼女の左手に右手をちゃっかり滑りこませていたルフィ少年は、なんだか気に入らなさそうに不機嫌にしている。態度があからさま過ぎるのだ…ぷっくりと膨らんだ大きな頬が証明してくれる。
 黒い眼がシャンクスと、手を繋いだ彼女とを交互に見て―――ふてくされて呟く。
「ちがう。マキノはおれの面倒見てくれてんだ。彼女じゃない」
 不本意そうだ。でも嘘がつけないらしい。面倒を見てくれている…ってことは、一応自分の立場もちゃあんと把握しているらしい。

 途端に笑いがこみ上げた。何だか無性にその子どもが気に入ってしまった…今の仲間たちと巡り合ったときのような昂揚感に似ている。参った、相当俺はこいつを気に入ってしまったらしい。
「お前、面白いガキだな」
 笑うと口が大きいのがよくわかる。顔半分を埋め尽すような笑顔をニィィっと向けてくる子どもに視線を合わせるようにしゃがんで。
「特別に俺の自慢の船を見せてやるよ。一緒に、ええと―――」
 ルフィが嬉しそうに眼を輝かせたのを確認してから、彼女を見上げる。

 本当はわかってた。なんせルフィが何度も連呼したのだ、そんなに覚えが悪いわけじゃあない。
 ただ―――不思議なことに、彼女の口から聞きたいと思ったのだ。
 彼女の、名前を。

 シャンクスの意図がわかったのかどうかはわからない。透明な笑顔で、彼女はゆっくり瞬きする。
「マキノです。―――船長さん?」
 船でやってきた。俺の船と言った。そこから彼女は連想したのだろうか。
(…そう、だよな)
 そう。海賊の頭でも『船長さん』だ。その自然な響きが心地よくて、シャンクスは口元が緩むのをおさえられそうになかった。
「シャンクスだ。マキノさんもよかったら、俺の船に遊びに来てくれないか」

「よろしくお願いします」


 瞼を閉じても残る、ふしぎな笑顔。


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 些細な。
 出会いなんて、本当に些細なもので。
 

 そんなもんだと、思っていた。
 少なくともシャンクスにとっては、多々ある出会いの中のほんの、一粒。
 名前を名乗った、よろしくと笑い合った。だけれどすぐ別れがきてしまう。

 一つのところに留まれないのは、海賊の性だと思っている。
 陸の上に足をつけると、落ち付くのは人間の性。けれどそこに、ふと、海賊の息吹が加われば途端に疼き出す―――海へ対する渇望。
 駆られてやまないのだ。脈動し続けるのだ。

(すぐに、サヨナラか)

 何故か、
 残念だと、そう、思った。




 眼を、
 奪われてしまったのがいけない。
 興味を―――
 抱いてしまったのが、いけない。

 

 それでも、出会ったことを後悔するのは辛いし、厭だ。
 出会わなければ最高の友人を得ることはなかった。
 そして、その横で微笑んでいるそのひとの笑顔も、声も、立ち振る舞いも、なにもかもを知ることなんてなかった。
 認めないように、唇をつぐんで自分の気持ちから目をそらした。素知らぬふりをすれば、何事もなく、平坦に、けれど穏やかに時間が流れていくものだと―――思えばよかった。

 これを恋と呼ぶには―――拙過ぎる、から。


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 船長が連れてきた小さな友人―――ルフィはたちまち海賊たちに気に入られた。
「シャンクスって海賊だったのか!」
 この年頃の少年は、みな殆ど海賊に憧れる―――ルフィも例外ではなかったようで…いや、それ以上に溌剌と関心を見せた。大砲に頭を突っ込み(慌てて引っこ抜かれ)マストをぐるぐる回り、何故か船首によじのぼる。ひとつひとつに眼を輝かせて大ハシャギするものだから、海賊たちも自慢げに船の中を案内するのだ。

 しかしそれ以上に、マキノという女性は肝が据わっていた。
 荒くれ者を統率する立場であるシャンクスの正体を知って―――暫くこちらに停泊なさるんですか?なんて飛び切りの笑顔で聞いてくる。どう説明したものか、内心そわそわしていた赤毛の海賊頭はそんな風に言われて、逆に拍子抜けした。(そしてその間抜けな顔をクルー達に笑われたのだ)
「ここの村で酒場はひとつしかないんです。わたしの店なんですけれど」
 宴会の大好きな海賊たちがごくりと息を飲むと同時に、マキノはゆっくり笑った。
「よろしければ皆さん、うちの店に来てくださいね」
 海賊を平気で店に招く。ご贔屓に、なんて言ってみせる。

 店に招かれて騒いでも踊っても暴れても、マキノは平然と微笑んで見せる。
 呆れかえるほどたくさん食事を要求しても、酒樽を何個も空けても、「いい食べっぷりですね。たくさん呑んでくれると気持ちがいいわ」なんて声を弾ませるのだ。

 海賊どものマドンナになるのに、さほど時間は―――要らなかった。


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 沈黙するには度胸と、それなりの勇気がいる。
(これなら百人と闘えって言われたほうが、まだ気がラクだ)
 弱音を吐く感情が情けなくて、シャンクスはため息をつく。

(これを―――)

 恋というには

 …無謀過ぎる。

 ただ、彼女が笑う仕草だけが、ひどく印象的で。
 ちりちりと―――指先に滲んだささやかな痛み。

 かつての強敵たちに笑われちまう。赤髪のシャンクス! お前ともあろうものが。



「…心地、良過ぎる」
 揺り籠のような彼女を、ばきりと握り潰してならぬ。

 ふわりと笑う柔らかさを、砕いてしまってはならぬ。

 彼女の大きな黒い瞳を、思え。



 曇りのないそれに、あえて曇りを落とすのか。



 愛したいなんて

 咽喉が裂けようと



 いつ死んでしまうかもわからない、あきれかえるほど身勝手な自分の人生に、彼女を巻きこむのか。無理矢理に、傲慢に、無遠慮に。






「やれやれ」
 頭を振る。酔いがまだほろ苦く身体に残っているようだ。
「―――こんなに好い月夜だってのになァ」
 心が頑なに眼をつぶり、唇を真一文字に結んでいれば…良いものも素直に楽しめない。


「あんたの中に、おれが、少しでも有るか?」






「…船長さん? どうか、しましたか?」
 店からふらりと姿を消したものだから、心配になったらしい。
 マキノが明るいその店から出てきた。
 世界の光を背にするように、明るい光を纏って微笑う彼女がきれいで、少し眩しく思う。
 そうとう焼きが回った自分に苦笑し、ひらひら片手をふって答えた。
「ああ、マキノさん! あんまり気持ち良く呑んだせいで……ちょっと呑みすぎたらしい」
 真顔でそういうと、おかしそうに笑ってくれる。そう、あんたは笑顔がいい。
「もう、船長さんったら」
 くすくすと笑う、そのリズムがいい。



「棺桶の中まで―――」
「え?」
 うつむいて笑っていた表情が、問いかけるようにまっすぐ、見つめてくるから。

 だから。


「…いいや、なんでも」



(持っていこうと、思ってた)


 出会ってしまった。はじまってしまった。
 視線が合った。―――愛し始めていた。

「…黙ってンのは、ニガテなんだ」







 沈黙は、続かない。
















 
■シャンクスSIDEで出会い編でした。
■タイトルはシェイクスピア。読みもしないくせに引用はするのねシキヲ。
■私的にシャンクスは…本当はサッパリとしていて欲しいんです。
■マキノさんに惹かれたことも認めるし、「惚れてたなあ」なんて平然と笑って欲しい。
■でも、そのシャンクスはそれを過去にする力を持ってる。それが良い事なのかどうかは別として。揺るがない自分を持っている。マキノさんが幸せになってくれてんならいいなあなんて笑える。まるで情が薄いように感じるほど、素直に、あっけらかんとそう思える。
■でもそれだとマキノさんが不幸に!!それはイヤ!!

■というわけで、本当はこのお話は好きになった、でも多分俺は一生いわねえ。みたいなさらりと残酷な話しのつもりが湿り気を覚えました(笑)
■つまり、オチが沈黙は永遠にから沈黙は続かなくなってしまうのでした。

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