【アイのカタチ】
 


 心なんてカタチがないもの、信用できないわ。
 明確で完全なものが欲しいの。手に入れたいの。
 絶対に安全な場所があったら、絶対に手に入れる。そうしたらもう、目の前で誰かが苦しむところ、息を引き取るところ、見なくて済むでしょう?

 絶対に苦労しない保証があれば、絶対に手に入れる。そうしたらもう、見えないところで誰かが大変な目にあうところ、辛さを隠しているところ、知らずに済むでしょう?

 小さい頃、平和だった頃、心の底から望んだことは誰より大好きなひとと一緒にいることだった。

 けど大人になるにつれて臆病になって。
 自分の気持ちに嘘を吐くことだけ上手くなって。

 逃げるのが得意なわたし。
 逃げることをしないひとたち。
 目をそらして笑うわたし。
 目を逸らさずに泣くひとたち。


 すきよ。そういうの。
 でもキライなの。
 愛したくないの。手を伸ばすのが、怖いの。


 だから、お願い。血だらけで笑わないで。
 ―――笑わないでよ。






 ―――お願い。








+++++++++++++++++++I(ai) no Katachi+++++++++++++++++++





(絶対なんてないわ)
 いつもそうだったもの。
(有り得ないの。だから手にとって、握り締めてもカタチの残る確認をしたいの)
 絶対なんて言わないで。


「ナミ、ナミ」
 ルフィが心配そうに、顔を覗きこんでくる。
「ナミ、大丈夫か?」
「ばかね」
 笑って、わたしはルフィのおでこを指で弾いた。
「あたしは…ほら。肩の刺青を変えたせい。ちょっとした“切り傷”が原因で熱が出ちゃっただけ。
 あんたのほうが、充分重症でしょ! それより、どう?この村は」
「んんっ! いいな!」
 わたしがどんなに頑張っても、かないっこなかった海賊が沈んだ。
 それを倒してくれたのは目の前にいる麦わら帽子の彼なんだけれど、結構怪我とかしているはずなのにけろりとしている。
 村中盛大にお祭り状態で、あっちこっちで歓声が聞こえるのが嬉しかった。
「ナミ、この村はいいぞ! 飯がうまいんだ! 肉もあるんだ!」
 本当に幸せそうに言う、わたしの船長。…わたしの、船長。
「さっき生ハムメロンってのあったぞ! ん? 生メロンハム? メロン生ハム?だったか。
 ま、いいや。とりあえずこれ食え!」
 そうやって移動中も食べられるようにって…あの金髪のコックさんあたりかしら? きっと、そうね…大きなバスケットにどっさり食べ物がつまって、それがロープでくくられてるのをルフィが首から下げている。そのままどかどか足音立てて部屋に入ってきたものだから、入り口につまって戸が取れるところだった。
 その大きなバスケットの中からルフィのとりだしたのは、おにぎり。

 その握り拳より大きなおにぎりを受け取って、わたしは一瞬言葉につまった。

 何を言ったらいいか、わからない。だってまだ…そう。終わったはずなのに、わたしの心の中には。


 まだ―――何とも言えない歪みが、ある。


 ルフィはわたしの船長だ。とんでもなく手間のかかる弟のような、ふしぎな…存在。側にいると、自覚はないんだけれど何処か楽しくなってくる。飽きることがないの、そんな存在を船長に―――航海士としてついていけたら、どれだけ楽しいか。
 ゴーイングメリー号だと、笑えたの。
 もう、わたしは笑えないんだって思ったわ。ベルメールさんが死んだ時、わたしは顔を隠して生きていくんだろうって。
「サンジもウソップも、心配してたぞ」
 横でもぐもぐと食べながらルフィがにっこりする。
「うん。ウソップも来てくれたわ。疑ってすまなかったですって」
 ほらね、笑える。ルフィの横だと、笑えるの。
「コックさん…サンジくんも何度も来てくれたわ。彼面白いわね。
 ―――使えそうで」
「!!!…ナミ!?」
 ふふふと笑ったわたしの顔を、青ざめた表情で覗き込んで来るルフィが愛しく思える。
「ゾロは―――」


 ああ。


「寝てるぞ。血がたんなくって!」
「………うん」
 サンジ君からちょっと、聞いた。でれでれしながら何かとわたしの世話を買って出てくれた彼が…不意に神妙な顔をして、バラティエで起こったことを少し話してくれた。
「ばかね…」
「んっ?」
 うつむいたわたしに、ルフィが真面目に言う。
「ナミ、ばかじゃないぞ!」
「…ルフィ」
「ばかじゃないんだぞ!」

 彼はわたしが誰に対してその言葉を使ったのか、多分わかってない。
 でも、それでも
 なにか、見えないものを肌で感じる気がしてわたしは首を横に振った。

 見えないものなんて、信じていいの?



「うん。ばかじゃ、ないわ」








 信じていいの?















「こんばんは、剣豪さん」
 ドクターの診療室で寝ているはずのゾロが見当たらなかったから、散歩がてら歩いてた。
 大好きなココヤシ村。けど、同じくらい辛い場所。
 守りたかった、抱き締めたかった。
 思い出に縋りたくて、それすら自分の首をしめた―――場所。

 海岸で寝転んで盛大に鼾をかいていた剣士の頭を叩いて、無理矢理起こす。
「…んあ」
 寝ぼけた目。重そうな瞼。どうしてかしら、ゾロは油断するとすぐ寝ちゃうのよ。
 起きてる時といったら、闘ってるとき、トレーニングのとき、御飯を食べるときくらい。
「…………ナミか。朝か?」
 くあ、なんて欠伸をして。
「あのねえ。こんなに暗いのにどうして朝なのよ」
「―――夜明け前とかじゃねえのか」
「違うわよ!」
 心配したところで仕方ないんだろうけど。
 シャツの隙間からちらちら見える白い包帯が気になって気になって、わたしは目をそらしながら横に座ろうとして…。
「ゾロ、大変よ!」
「なんだ?」
「このまま座ったら、あたしのスカート、砂で汚れっちゃうじゃない!!」

 何が大変なんだよ!といわんばかりのゾロの顔ときたら!
 つんとすました顔で見つめ返せば、ひどく不本意そうにシャツを脱いで、砂の上に投げる。
「…ほら」
「乱暴ねえ。もうちょっと丁寧にエスコートできないの?」
「それはあのコックに言え」
 憮然とした表情。全く冗談じゃないといわんばかりの口調。
 余計剥き出しになった上半身を面倒くさそうによじった際、後ろの背中だけくっきり見えるのが不思議だった。
 だって、本当に背中には傷一つないんだもの。

 ねえ、背中の傷は剣士の恥だって、啖呵を切ったって。…本当?
 笑って、静かに斬られたって―――本当?


 どうしてそんなことできるの。
 どうして、笑うこと、できるの。

 ルフィもそうよ。サンジくんだって、ウソップだってそうなの。
 敵わないかもしれない相手の前だって、思い思いのスタイルを貫き通す。

 それが信念なの?
 それが、あなたの自己主張なの?




「…どうしてかしら」
 みじめだわ。特に、こいつの前だと。
「―――あんたの前だと、顔が強張る」
 ルフィの前だと何でだか楽しくて、笑えるの。
 でもね、ゾロ。
 あんたの前だと嘘の笑顔が作れない。せいぜい気取ってみせるんだけど、ダメ。
 うまくいかないのよ。
 笑えなくなる。
「なに構えてんだよ」
 はーあ、と溜息ついて、寝転がっていたゾロがまたも面倒くさそうに身体を持ち上げる。
「おい、ナミ。おまえ、仲間なんだろ?
 なんで仲間の前でそうかまえる必要があんだ。肩の力抜くだけでいい。
 第一愛想笑いされたところでおれは何も感じない」
 だったら、無表情のままでいい―――。

「…本心から、なんて」
 思わず握り締めた指先に砂が絡む。
「どうやって笑えばいいのよ」
「…お前の」
 その鋭い視線が突き刺すのは、わたしの肩。
「―――信念のままに。心に従え」
「心なんてカタチがないもの、信用できないわ!」
 迷いのない言葉が嫌い。
「もっと…もっと!明確で完全なものが欲しいの。手に入れたいの。
 絶対に安全な場所があったら、絶対に手に入れる。そうしたらもう、目の前で誰かが苦しむところ、息を引き取るところ、見なくて済むでしょう?!」
 なんで笑えるの!
「絶対に苦労しない保証があれば、絶対に手に入れる…ッ!そうしたらもう、見えないところで誰かが大変な目にあうところ、辛さを隠しているところ、知らずに済むでしょ…ッ!」
 なんで笑ったの、ベルメールさん!!
 どうしてあのとき笑ったの?
 ベルメールさんの笑顔、すきだよ。
 すきなのに―――辛いよ。

「どうしてみんな…血だらけのくせに!傷だらけのくせにッ!
 ―――死にそうなときでさえ、そんなに―――笑えるの?」

 カタチを見せて、欲しい。

「安心が欲しいか?」
 ゾロは、淡々という。
「悪いがおれはそれをお前にやれねえ。確実だとか、完全だとか、おまえは本当にあると思うか」
 …笑えないよ…。
「あると思うんだったら、なんで探さない」
「―――探してたわ。ずっと」
「目をそらしてたら探し物は見つからないな。他人にそれを要求したらなおさら、無理だろ」

 欲しがって…ばかり、いたから?
 だからベルメールさんの笑顔の意味がぼやけてたのかしら。
 愛情だったじゃない。
 決して、哀情じゃなかったじゃない。

 真っ直ぐな一本の、線を引ける人間がそこに―――いた。

「ゾロに説教されるなんて、不覚」
 そりゃ悪かったなあ、とがるると牙を剥く。大きな、負傷の獣。

 いやあね。
 ―――大好きよ。でも、キライなの。

「…あたしは」
 海図を描くのがすきなの。みかんも大好き。お金もやっぱりすきよ。買物だってすき。
「―――線を、描く、ひとになる」
 わたしも笑って死ねるかしら。
 ああ、楽しかったって。満足して、死ねるかしら。
 勿論若くして死ぬなんて厭よ! 絶対。
 そういうときは、守ってくれるわよね。

 無理矢理でも、役不足でも、ふてぶてしくても、
 わたしの騎士にならなきゃだめなのよ。
 ―――わたしを仲間だというのなら。

「…思い出を」
 ベルメールさんを。
「ココヤシ村を守らなきゃって」



 傷だらけのくせに、したり顔で緑頭の剣士は言った。

「闘うのもいいだろう。でも守ってばかりじゃいい加減飽きたろ。
 守られてみるのも、いいんじゃねえか」

 それがあなたの「I」のカタチ。
 それがあなたの「アイ」のカタチ。



「じゃあ、守ってね。絶対ね」




 信じるからね。
 裏切ったら承知しないんだから。
 だから―――。





 魔女もいいけど、
 お姫様になってみるのもいいかと思った。



(―――海賊のお姫様だけど)






+++++++++++++++++++I(ai) no Katachi+++++++++++++++++++
■ゾロナミで〜ッス!(がぽーん)
■完全にゾロナミ。サンジも絡んでこないゾロナミ。でも前半を書いてるときは「ルナミじゃん…」と茫然と呟く羽目に。やっぱり、そのう。ルナミすきで(照)
■マジメにゾロナミは初めてだったので丁度良く。
■途中でルナミのままいっちゃおうかと悩みつつ。
■あ。ちなみにこれ、ココヤシ村バトル後です。
■本物のお姫様と医者が仲間になるのはあとで(笑)

■あー。はじめて書いたからドキドキしちゃった!
■ここまで読んで下さってありがとうございました。m(__)m

02/01/16


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