+ Sentimental Smile +


 泣き付かれて眠ってしまった少年の肩を優しく抱いて、マキノは微笑んだ。
『別れるのって辛いな。』
 そういって唇を噛み締めた子ども。
『でも、シャンクスの前ではもう泣かないんだ。シャンクスにしつれいだろ。』
 それでも、マキノの前では泣いちゃいそうだ。どうしよう。

『そうね。』
 マキノは微笑んだ。
『わたしの前では、泣いちゃいなさい。』 
 この子の母親代わりになって、どのくらいだろう。
 まだ小さい少年が固めた決意を、揺るがすことはできない。
 甘さや優しさで包んでも、この子は―――ルフィは喜ばない。
 だから、マキノは続けて言った。
『でもね、あんまり泣いてると泣きグセがついちゃうかもしれないわね。』

『大丈夫だ。』
 クシャミと、しゃっくりとを繰り返して、唇をへの字に結んだ少年は真っ直ぐ言った。
『おれ、泣かない。本当に泣きたいときは泣くかもしれないけど、でも泣かない。』




 そっと膝に縋り付くようにして眠ってしまった少年の頬を優しくなでて、マキノは小さく、唇をふるわせた。
 こぼれ落ちるメロディ。真っ直ぐな目をした少年に、きっと最後の子守唄。
「いつか、あなたも、船長さんのように旅立ってしまうのね。」
 それは確信。
 シャンクスも、腕の傷跡が治りきらないうちに出航してしまうのだろう。
 赤髪の男は腕を一本失ったというのに、からからと元気に笑っていた。それよりもルフィのことを心配して、重傷者だというのに何度も何度もマキノの家で休むルフィの様子を覗きにきては、
「アンタのほうが重症なんだから、おとなしく寝てねぇと船室にふんじばって閉じ込めるからな!」
 と息巻いてやってきた仲間に引きずられて帰っていくのだ。

「マキノさん、すまん。」
「マキノさん、ルフィのやつはどうだい?」
「マキノさん。悪いんだけど…」
「…マキノさん。」

 この一年で、すっかり耳に馴染んでしまった男の声は、マキノのように弱く、柔らかく、ルフィを慰めはしまい。お前は、お前のやりたいように。そこに俺と同じ道が重なるのなら―――追いついて見せろと、したたかに笑う。
 豪快に、貪欲に。海の男は時に、信念のためなら何も惜しまない傲慢さを見せる。
 ルフィもきっと、彼のようになる―――。



「ァ痛ーっ!」
 真夜中に響きわたった声は、マキノを驚かせたが、ルフィを起こすことはできなかった。一度眠ってしまうと朝になるまでは起きないのだ、ルフィは。
 片足でピョンコピョンコと跳ねている、見覚えのあるシルエット。頭には麦藁帽子。
 どうやらそろそろと店の中に足を踏み入れたはいいものの、照明の落ちた店内だ。酒樽に足をしたたかぶつけたに違いない。
「大丈夫ですか、船長さん!」
「マキノさん…。ああ、すいません。」
 不法侵入と樽を蹴飛ばして騒ぎたてたことに。
 神妙な面持ちで頭を下げる船長さんにマキノは笑って答えた。
「いいえ。ルフィが気になられたんでしょう?」
 今温かい飲み物でもお作りしますから。
 そういってカウンターに立ったマキノに、照れたようにシャンクスが笑う。
「いや、あまりルフィのことは気にしちゃいません。こんくらいのガキってのは…いや、ガキだからこそ、逞しいもんですから。今回のことなんか呑みこんで、自分の力にでもしちゃいますよ。」
 だははと軽く笑ってシャンクスは腰掛けた。奥の長椅子で寝息を立てるルフィを見る目は……優しい。
 優しく力強い眼差しが、ルフィを導いていくのが切なかった。
 シャンクスはこの村を出て行く。ルフィも、いつの日か旅立って行く。
 彼らの笑い声が途絶えたこの店を想像するだけで、胸が苦しくなる―――。
「マキノさんは、大丈夫?」
 明るい笑顔がおどけて聞いてくるのに、はっとして見つめ返せば驚くほど静かな眼差しにぶつかった。
「…船長さん。」
「ルフィのことで随分心配しただろうから。……大丈夫?」


 沈黙の後、マキノは微笑むことで、肯定した。
 今声を出せばふるえてしまうかもしれない。そう、随分心配しました。泣くのをこらえるルフィを。やんちゃで鉄砲玉のような子どもを。そして、その子どもを全力で守り通そうとした―――大人の、彼を。
「心配しました。」
 せめて、笑顔はふるえないように。
「とても、心配しました…」
 やさしく、微笑んでいるように。


 ルフィの年の離れた友人は、目を細めて、どこかまぶしそうな顔をしてニィっと笑った。
「そう。ご心配おかけしました。」
 ぺこんとも一度頭を下げて、シャンクスは笑みを崩さずに立ち上がる。
「夜も遅いし、休むの邪魔しちゃウチの連中にしこたま怒られる。マキノさんはウチの連中のマドンナなんだ。」
「まあ。」
 くすくす微笑ったマキノに、
「いやいや、ホントに。
 マキノさんの笑顔は、男を強くする。これ、ホントに。」
「船長さん、そんな。」
「世辞なんか言えるほど器用だったら―――なんとか、してます。」
 まじまじとどこか冗談のような顔で、けれど本気で、彼は言う。
「なんとかできるもんなら、してます。

 ―――でも、やっぱり俺は俺の夢を裏切れねェんだよなァ。」

 ッカー。辛いぜ。




 御馳走でしたと明るい声を残して、赤髪の男が立ちあがる。
「飲み物と―――それから、綺麗な歌をありがとう。」
「…! 聴いていたんですか?」
「すいません。盗むのは得意で。」
なにせ海賊ですから、とまじまじ言われれば、唇がほころぶ。
「…また、どうぞ。」
 マキノは笑って見送った。笑顔でいなければいけない。せめて、彼が戸口を出て通りを歩き出すまで。
 男を強くする、といった笑顔で、見送らなければいけない。


「…なんとか、なったら―――。」
 例えば東の海を拠点に、グランドラインを制覇できたら?
 …ありえない。
 フーシャ村に何度も帰ってくることができたら?
 …ありえない―――。



「いってらっしゃい。
―――お元気で。」

 ルフィの小さな身体を夢いっぱいにうめつくして、
 マキノの静かな心に微かな波を立てて。


「―――お元気で。」



 彼は、海賊なのだから。






■ヤバ。シャン×マキって切なくねえ?とか突然思っちゃったのが発作。
■書いてみたらかなりツボで悶え苦しんでみたり。ウワー。ウワー。
■初めてかつ最後のシャンクス×マキノSSになりそうですが…。
■アホのようにONE PIECEばっかSS書いてます。ドウシヨウ!(笑 一時的だけど。一時的だけど。
■熱に浮かされる。そのまんまの状態が一番デッドヒートするらしいです。風邪引きながら書くと、センチメンタルになる結果。

2001/12/22

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