+ Hevens World +


 あのとき、抜刀する気は充分過ぎるほどあった。
 彼らは言葉という手段を捨て、発砲してきた。つまり、ゾロの認識としては彼らは武器を自分たちに向け、前に立ちはだかった、ということになる。
 だいたいにして、殆どの連中が焦燥を抱えていた。
 まず頼りとなる航海士が倒れた。磁石の狂う海では、ログの指針とまるで肌で捉えるように天候を感じる彼女がいてこそ、一人として海に投げ出されることなく、海王類に食われることもなく順調に船は進んできたのである。
 あるべくしての幸運な旅が崩れかけたとき、不安というよりも焦る気持ちが生まれた。
 ナミは死なない。それが、すべてのクルーの考えであり、絶対的な信念。
 ナミは死なない。死なないし、死なせない。
 ただ、致命的だったのは剽軽な羊の船には、医者がいないことだった。
 大切なレディが倒れたとかなんとか言って、とにかく取り乱したのはサンジだし、ルフィもウソップも本当に大変なことになってしまった、と理解できてからはとんでもなく慌てた。
 仲間の命がかかっているのだ。ドラムという冬島についてからも、彼らは必死だった。相手側がどれほどの警戒を抱いているか、状況など知るよしもなかっただけで、ただ、ビビという少女だけは違う方法を取った。
 常に国を思う極限の選択を強いられてきた彼女にとって―――生命線を繋ぐ交渉術は、ただの心の吐露だったのかもしれない。

 それでも、あの潔いまでの平伏には正直頭が下がる。

 ゾロはそう思い、鯉口にかけた手をポケットの中に突っ込んだ。
 布に包まれた拳は、血管が浮き出るほど強く握り締められている。
「おお」
 ゾロは自分の状態を確認し、少しだけ目を丸くした。
(怒ってんのか?)
 ビビは撃たれたのである。殺傷力の充分強いそれを受けて、それでもなお取り乱さずに凛としている姿は気高く思えた。
 それまでどこかおっとりした、お姫さんだと思っていた。認識を改めなければいけない。
 ゾロはやっと拳を緩めてポケットから両手を突き出し、心配そうにウソップやサンジに支えられる手を断って、にっこり笑うビビのところへと近づいた。
「Mr.ブシドー」
 ビビは、はにかんだように笑う。バロックワークス社員として振る舞っていた時の大胆さを思い出すと多少のギャップも感じるものの、そう、彼女は自分よりも年下の少女なのだとやっとわかって、ゾロはおう、と低く返した。
「ルフィも言ってたが、お前は凄ェな」
 感心した口調で言うゾロに対し、戸惑ったようにビビの大きな瞳が瞬く。
「そんなことないわ。私は私の出来る事をしただけだもの」
 早速連中は一刻も早くナミを医者に見せようとあわただしく準備をはじめていた。仲間たちの様子を横目で見ながらゾロは上着を脱ぐ。
「Mr.ブシドー?」
「ああ、ちょっと待て」
 さすがに防寒具を脱ぐと冷たい風がぴしりと肌を突き刺してくる。指先もかじかむ寒さに、ゾロは故郷の冬を思い出した。
 見事なまでの白銀の世界だ。ルフィもナミを気にしながらも、すっかり世界の白さに心奪われているようで、手足をばたつかせている。
「腕出せ」
 ゾロは自分の左腕に巻いた手ぬぐいを解き、ビビの撃たれた手を掴む。
 突然手をとられたビビは驚いて立ち竦んだ。
(…ああ)
 言葉足らずの自分はどうにもいけない。仲間にも、かつてはくいなにも、よく言われたことだった。
「悪い、だけどこれはちゃんと洗ったぞ?」
「あっ。えっ?」
(―――違ったか?)
 先ほどの毅然とした平伏とは裏腹に、口をぱくぱくさせ、頬が紅潮してきている。
 やや不思議な面持ちでゾロはビビを見やり、さっさと手ぬぐいを腕に巻いてやった。
「医者が見付かったら一緒に見てもらえ。銃の殺傷力を舐めねェほうがいいぞ。傷口がすぐに膿む」
 慌ただしく準備をすすめる仲間たちの間をすり抜けて、ゾロはビビの手を掴んだままキッチンへと入った。
 本来ならば、ここのキッチンをテリトリーとする守護者がいて、勝手なことをすると後頭部に容赦のない蹴りが炸裂するのだが―――まあいいか、とゾロは鷹揚にあたりを見回し、あったあったと瓶を手に取る。
「いいか、応急処置だからな。ちゃんと医者に看てもらえ」
「Mr.ブシドーだって、まともな手当てしてないじゃない!」
 アルコールで傷口を洗い流し、もう一度布を巻きつけられたビビは、唖然としたように言った。
「あ?」
「あ? じゃないわよ、足よ!」
 見るからに痛々しい傷痕を生々しく残す両足の斬り傷は、ゾロ自身がつきたてた刀創だ。
 ゾロは黙って、今は靴で見えない足の傷痕を思いだす。
 確かナミもビビも厭というほどその斬る音、血臭、そして直接に目撃してしまった。あの豪胆にして不敵なナミでさえひどく厭そうな…馬鹿げているとでもいいたげな…顔でいたのだ。
 いくら行動力のあるお姫様でも、その光景は多少―――もしかすると、かなり、衝撃的だったのかもしれない。

 医者の居る島を探す間に、何度もビビの視線を感じた。
 決まってそれは、背中を通って足に辿り付く。好奇心で見ているのかとほうっておいたが、違ったらしい。
 まるで我が事のように、痛みを堪える眼差し。

 自分のことのように痛みを感じ、それを飲み下そうと必死になる感覚というのは、ゾロにはわからない。
 己の痛みは己自身のもので、耐えるだとか、そういうものすべて自分の両手で持つものだと理解しているからだ。
「Mr.ブシドーも、ちゃんと、診てもらってね」
 大きな双眸が本当に痛そうに歪んでいるのが見える。
(ビビにとっては―――)
 仲間の痛みは、家族の痛みは、国の痛みはすべて共有するものなのだ。
 それは当たり前なくらいに、自然なことなのだろう。
 治りかけてるから平気だ、といおうとして、ゾロは少し考え、
「刀の傷は銃創より治りが早い。それにこれは俺自身が斬り付けたものだ。綺麗にくっつく」
 言葉を選ぶという作業は、嫌いではないが面倒だ。これでいてなかなか難しい。
 繊細で多感な彼女は、真実を見通す眼差しをしている。
 …もしかしたら、もう一言必要かもしれないと思い、ゾロは慌てて続けた。
「それに鍛えてあるから、平気だ。それよりお前のほうをちゃんとしろ」
「私は」
「掠めただけかもしれねえが」
 ゾロはビビを見ながら言う。
「診てもらわねェとアホコックが狂うぞ―――あー。それに」
 難しいことを言うわけでもないのに、ゾロは手間取った。

 多分、ビビのあの姿が毅然としていて、物凄かったからだ。
 命を賭けて闘うに相応しいと思った。
 一緒に闘うのに相応しいと思った。

「俺が気になるからだ。わかったな?」
 真面目にいったつもりなのだが、ビビの反応は遅かった。
 ビビの目の色は何かに似ている。
 あんまりに反応がなく、ただ、その深い色合いだけが徐々に鮮烈になっていく。
(あ)
 あれだ。
 眠っているときの、覚醒に近づく感じ。
 深海から水面へ浮上する、あの感覚。
 色に喩えるのは難しい。それはどちらかというと、六感や本能で捉える形にならないカタチ。

 ビビという世界。

「ビビ?」
「―――は…いっ」
 こくんと勢い良く彼女がうなずくと、目に鮮やかなブルーの髪が上下する。
 ゾロは笑った。笑いながら片手で頭を撫でると、困ったように、ビビははにかむ。
 はにかみながら笑う。
「よし」
 じゃあ、とゾロは喉の奥で笑うようにして、言葉を放つ。
「俺はおまえの鳥と船番でもしてる。頼んだぞ」
「―――はい!」
 痛みを共有する強い眼差しも嫌いじゃないが、こうしてあどけなく微笑うのもいいとなんとなしにゾロは思い、もう一度だけビビの頭をぽんぽんと撫でた。


***


「ねえ、カルー?」
 此処でMr.ブシドーと船番をお願いね、と抱きしめたビビに、カルー隊長は勢い良く「クエー!」と返事をする。
「これ、誰に手当てしてもらったと思う?」
 自分の左腕を指差すと、カルーは心配そうに小首を傾げ、次に不思議そうな顔になる。
 本当に表情豊かな友達だ。多分、その布に見覚えがあって、くんくんと匂いを嗅いで確信したらしく、カルーは「???」いっぱいの顔になってビビを笑わせた。
「そうなの! びっくりしちゃった!」
 そして、なんだかとても嬉しくて。ナミが、国がと思いつめていた心が少し穏やかになる。
 優しくなれる。
「ねえ、カルー。お願い。あのひとが無茶しないように、ちゃんと見張ってて頂戴」
「クエッ!」
 わかったよ、とでもいうように、大きく頷く親友をもう一度抱きしめて、ビビは笑った。
「本当に、Mr.ブシドーはずるいわ」
 ただでさえ圧倒される空気。信念を貫く壮絶な雰囲気。
 Mr.ブシドー、
 ゾロという世界。

 ビビは笑って、カルーに大きく手を振って甲板を勢い良く降りた。
 いつも、ゾロが左腕に巻いてある黒いそれが、今はビビの左腕にある。
 それが何だか不思議におかしくて、気負いせずにこのまま前へ進めそうな気がした。


 そうしてビビは、小さな船医が仲間になったとき、こっそりお願いするのだ。
「トニー君、お願い。Mr.ブシドーは本当に無茶をするひとなの!」
 くりくりしたまん丸の両目をぱちぱちさせて、チョッパーもこっくり頷いた。
「わかった、まかせろ。ぞ、ゾロってやつはちょっと…ちょっとだけ怖いけど。
 おれは医者だから、ちゃんと言ってやるぞ!」
「クエー!」
 カルーも全くだ、という風に鳴く。

 あなたがいる世界。
 それがわたしの幸福な世界。

 あなたが生きる、わたしのいる世界!

 このまま、前へ!


■表Novelは、ちょっと…ウソです…かなり久しぶりです。ご、ご、ごごめんなさ。
■今回はMYゾロラヴァフレンズであり、ゾロビビ推奨のうつふし様より、素敵なネタを投じられたことから始まりました。
■曰く、「ドラム王国の時ビビちゃん撃たれたあとに、左腕に黒い布を巻いているんです」
■ま、ままままままさかそれって!(どかーん)←妄想大爆発の音。

■というわけでこの元ネタは誼ちゃんなのです。す、すす素敵だ〜♪
■この作品はIllustとNovelで一つの合作になっています。
■ヨシミさんVerのIllustは
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■イラストのビビカルチョともとも意識的に連結。(そして最近「世界」というのに拘っていたせいか抜けてないところもありつつ)

02/10/01


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