ゆく風






風が、通り抜ける。


緑の草を渡って撫でるようにそっと。
一時たりとも揺らぎが止まることのない海とは違って、なんて穏やかな…空気。
ともすれば抱き込まれてしまいそうな。目を閉じてしまいそうな。


やすらぎ。




「船長さん、こんなところに…皆探してましたよ?」
さわり。
シャンクスがぼんやり座っていた丘に、小走りで走ってきた女性の黒髪をなびかせて。
また、柔らかな風が吹いた。
頂上まで辿り着いた彼女は小さく息を弾ませている。
暫く息を整えていたが、胸を押さえながら華奢な顎を上げる。
「『お頭ーッ!早くこねぇと置いてきますぜ!?』って…」
村を離れる出港準備中、頭領が見当たらないことに気が付いて騒ぎ出した陽気な海賊たちを思い出して、マキノは目を伏せて笑う。
「……あいつら」
喉の奥で笑って毒づきながらも、どこかにそれもいいと思う自分がいることをシャンクスは感じた。
船に乗れなかったから、そんな理由でもあれば。おれはここに―――
軽く首を振って、浮かんだ考えを振り払う。
そんなことをしてどうなる、どうせまたすぐに自分は海を、冒険を求めて発つだろう。
「マキノ。ほら、こっからだと村が見渡せる」
指差した先には 掬い取れるくらいの集落がある。
陽光を反射して複雑に光る海に面した、小さな小さな港村。
一年以上ここにいたが、自分たちの海賊船以上に大きな船は見たことがないほどの、いっそ鄙びた。
箱庭のようにのどかで、平穏な場所。
「……おれはこの村が好きだった」
つい長逗留してしまうくらいに。

あんたのいる、ここが。




―――…だった。
過去形なんですね、とマキノはほろ苦く思う。
わかっていた、通り過ぎるヒトだから。
激しさを内に秘めたこの人は、決して一ヶ所に留まることはない。
今が、過去と未来に分かれる、自分が彼にとって過去になる瞬間なのだと。
こんな時が来ることは、出会ったときから何よりもはっきりしていたこと。
わかっていた、それでも。
抑えの効く想いではなかった。


「…さて」
右手一本で体を支えて、シャンクスは器用に立ち上がった。
視線だけは、変わらずに前を強く見据えて。
片腕を失ったハンディなど、この男にはさしたるものではない。
ましてやそれが、大海原を焦がれる心を堰き止めることができるはずもなく。
「そろそろ行かねぇとな」
呟かれたその一言だけで、何よりも強く意識を引き戻された。
居なくなるという、現実だけが迫る。
今までも何度も見送ってきた。一年以上の間、彼が航海に出るたびに見慣れた背中。
でももう、二度と迎えることは…
最後、という考えないようにしていた言葉が脳裏を過ぎる。
「村の皆によろしく。長い間世話になった」
「ええ、伝えておきます」
麦わら帽からこぼれた赤い髪が、風に踊るのが好きだった。
焼き付けておこう、この光景を。
「マキノも…元気で」
「はい」
空になった左袖が、煽られてパタパタと音を立てる。
深く刻んでおこう。時に激しく…時に優しかった、海鳴りのようなこの声を。
「あと…ルフィのこと頼む、あいつは無茶ばっかしやがるから」
「ふふ、そうですね」
当たり障りのない会話を踏んで、足音も立てずに確実に。
さよならが、近づく。




「じゃあマキノ―――」
ゆっくりと振り返りながら、シャンクスは海だけを見ていた視線を束の間彼女の方に向けた。
いつまでたっても欲しいものを追い求める、純粋な子どものような瞳。
自由と引き換えの安定など、重い鎖にしか思わないであろう海の男。
「…今度の航海は長くなりそうだ。行ってくるぜ?」
自信に満ちた顔に、どこか悪戯めいた笑顔を滲ませて。
何度も繰り返した、以前と少しも変わらない出立の言葉をシャンクスは告げる。
「――ッ はい!」
一瞬意味が理解できず、ついで、息が詰まる。
上手く言えるだろうか、言いなれた一言なのに、溢れそうな感情で舌がもつれてしまう。
「はい…いってらっしゃい、船長さん」
だからマキノも返す。
おかえりなさい、いつかそう言うための言葉を。



いってらっしゃい  いってくる
おかえりなさい  ただいま
対の言葉を、かわらず同じヒトに向けるために。
それぞれの言葉を割符にしてもってゆく。



「先に行ってる」
マキノの頬から指先が離れ、向けられた背中越しに軽く掌が翻る。
丘から村への道を辿る黒い後姿が、次第に小さくなってゆく。
不意にそれが霞んだ、優しい風が目元をひやりと撫でた。
泣かないと、決めていた。
旅立ちに涙なんて不吉なものだから。
それでも―――嬉しくて泣くのなら、いいですか?
今だけ。港に着いたら精一杯の笑顔で見送りますから。



戻ってくると約束をしたわけではない。
それでも。
あなたは さよならと言わなかったから。



誰にも見えない未来。
再びこの丘に、赤い風の立つ日。

いつか、を。








■なかば強制的に、江梨さんに「シャンマキ書いてv」とおねだりしたのが始まりでした。
■江梨さんもシャンマキっていいですよね〜とおっしゃってくださったので、シキが無理矢理に江梨ちゃんも書こうよ〜とすすめたのでございます。
■そしたら……ど、どうしよう…!海老で…海老で鯛釣っちゃったヨ!!!(興奮)
■ああ、もう凄く嬉しいです。素敵スギです。江梨ちゃんは本当に綺麗な言葉を素敵に使われるので、メロリンラブなのです。
■シャンマキスキィはぜひぜひ見ていただきたい作品、いかがだったでしょうか!

■江梨ちゃん、本当にありがとうございました!ラーブ!(投げチッス)

■江梨さんのサイト『月齢14.9の月』はこちらをクリック
■魔人学園中心サイト。忍者さん御贔屓です(笑)他にバトロワ・ペルソナなどのイラストも描かれていらっしゃいます。素敵なサイトさんですヨー!

02/01/05

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