* 遠い音楽 * |
その砂浜に転がっていた尖ったそれは、まるで拾ってくれとチョッパーに言っているみたいだった。 *** チョッパーとゾロは仲がよい。 一人はおっかない顔をした『魔獣』なんて呼ばれたりもする剣士で、一人は愛くるしい容姿をした、少し臆病な人間トナカイだ。 「最初はどうなることかと思ったけどね?」 ある意味、この船の裏の支配者であるナミならば笑ってそういうだろう。 チョッパーが起きる頃には、もうすでにサンジが起きていて朝御飯の準備をしている。 「よう、チョッパー」 「おはよう、サンジ」 そんな挨拶をした後、まず今日の御飯を訊ねてみる。こうして静かな朝、とくに食事を作っている時のサンジは普段の三倍は寛容であり、作りかけのそれらを味見させてもらえることがある。 「旨いだろ?」 「うん!」 甲板に出るとお日様がてらてら船を見守っており、剽軽な顔をした船首がにっこりしている。 「気持ち良いな…」 独り言は少し照れくさくて、慌ててチョッパーが誰かに聞かれてなかったかと甲板を見渡すと……見張り台から梯子も使わずにぽーんとルフィが着地してきた。「よっ!チョッパー!」 見張りをしていたはずなのに随分と元気そうだ…多分途中で寝てしまったのだろうと、推測する。ナミに怒られるんじゃないかなあと心配してたら案の定、勢い良く航海士が歩いてきてストレートパンチを繰り出す。 「ルフィ―――っ! まぁた進路がズレちゃったじゃないのっ!」 「だってよぉ、つい気持ち良くってウトウトと」 「あんたの場合はウトウトじゃなくて、グースカなのよ!」 目を丸くして口を逆三角にしたまま茫然と見上げるチョッパーを横目に、ナミはルフィの麦藁帽子をちょっと持ち上げて、全開になったおでこ目掛けてデコピンを連打した。 「んぎゃっ!ナミっ!ナミ、いてえ!」 「痛くやってんのよ」 思わずおかしくって、ぷっと吹き出してしまった声が聞こえたのかナミがチョッパーを見てにっこりした。 「あら、おはよう。チョッパー!」 その後、格納庫で徹夜の作業をしていたらしいウソップが血走った目でやってきて、 「今回の発明はこのウソップ様の天才的な判断力によるすンばらしい出来に…!」 「ハイハイ」 仲間達にあしらわれても平然とウソップは、それこそ鼻高々に説明を続ける。 「うし、チョッパー! あのクソ剣士を起こしにいってこい!」 サンジがチョッパーに持たせてくれたのはバニラ・エッセンス。甘酸っぱい匂いが凄くて、チョッパーもくらくらするほどの芳香が、甘いものが苦手なゾロに劇的なほど利くとわかってから、ゾロ起こし係はチョッパーも担当できるようになった。 「お、おう!任せろっ!」 チョッパーはこの船が大好きだ。 明るくて、楽しくて。 その船が新しい島に進路を向ける。それも冒険が待っているのかと思うと、やっぱり嬉しいのだ。 人間の住む島に上陸することは、チョッパーにとってはやはりドキドキしてしまうことで…なにせ、人間に慣れていないのだ。 育て親は二人とも人間だったけれども、角があり、二本足で立つ彼を見て驚きも怖れもしなかったし、それは特殊な例なのだと、わかっていることだったから。 ドラム王国の人々はチョッパーを恐れた。 なぜ、おそれるのかわからない。 人はとても弱い生き物で、自分の見た事のないものに酷く怯えてしまうのだとわかってからも、胸にぽっかり空いた哀しみは切ない音を立てる。 それでも、チョッパーは人間が好きだ。 自分と同じ種類のトナカイでさえ、青い鼻のチョッパーを頑として受け入れようとしなかった分…受け入れてくれた『人間』がいたこの事実は本当に素晴らしいことだと思う。 本当は、怯えて、嫌悪して逃げ出してしまう人間と、 本当は、受け入れて、優しく鼻や頬を舐めてくれるはずのトナカイと。 けれどやっぱり、笑ってチョッパーを受け入れ、同じ視線で見てくれる人間は本当に少ないものだから、獣の姿になって、あるいはぬいぐるみのふりをしないといけない。二本足で立って、しかも喋ったりすると怖がられてしまうから。 船は順調に航路を辿り、港につき、各自一旦解散して。 「チョッパー、ごめん。ちょっとだけ、待っててくれる?」 荷物係にチョッパーを連れ出したナミは、そう言って街のほうへと戻っていった。 買い忘れがあったらしい。 (なんだろう。蝋燭かな、羽根ペンかな。ああ、インクがなくなったのかもしれない) 人がいない砂浜で、思い切って二本足の姿になって砂を踏む。 ひづめの間にきらきらした砂が入って、消えて、入って。 そうして、波に押されるようにして流れてきた貝殻を手にとった。 「うわあ、きれいだ!」 大きな角笛のような貝殻は中に少しの塩水と砂を含んでいて、それを綺麗に落とすと中がつやつやとして見える。 もしかしたら。 もしかしたら、何か聞こえるかもしれない。 深海の音だろうか、それとも知らない南国の歌か、魚の声かも! だからそうっと耳を当ててみたその時。 「チョッパー?」 不意に声をかけられて、チョッパーは慌てて振り向いた。 「丁度良かった。お前、ここで何してるんだ?」 そう言いながら歩いてきたのはゾロだ。 ゾロは気配がない。いや、多分、無意識で押し殺しているのだろうと思う。 剣士としては相当な技量を持つゾロだから、鼻の利くはずのチョッパーでも気づけないことがある。けれど、それを恥ずかしいとは思わない。ゾロは凄いんだなあと、思ってしまうからだ。 「ナミを待ってたんだ」 「へえ」 ゾロがくあ、と大きく欠伸をすると、真っ暗な空洞のような、大きな喉や奥歯まで綺麗に見えるから、チョッパーはそれが楽しくて仕方ない。なにせ大型の獣が口を開けたかのような迫力があるし、虫歯一つなく綺麗に並ぶ歯が可愛いのだ。 (可愛いなんていったら、ゾロは驚いて変な顔をするだろうから、言わないんだけど) 「ゾロはどうしたの?」 そうやってチョッパーがゾロを見上げると、少し都合が悪そうにしかめっ面をしてゾロは、 「あー。…その、まあ、な」 船の場所がわかんねえ。 別段チョッパーなら、言ってもいいと思ったのだろうか? 少しだけ鼻の頭が赤いゾロを見て、チョッパーはにっこりした。 「じゃあ、おれと一緒に帰ろうな!」 砂のついたひづめを大きな手のひらに滑りこませると、ゾロは一瞬目を見張り、その次に穏やかに笑った。 「そうだな」 ナミを待っている間に、夕陽が落ちて行く水平線をふたりで呑気に眺めたりする。 さすがに日が落ちてくると急に空気がつめたくなって、海に足をつけているとぴりぴりしてくるから、慌てて砂を蹴って波がやってこないところまで移動すると、眠たげにうつらうつらしていたゾロがチョッパーをひょいと掴んで、腹の上に置く。 「え!なに、なんだ?」 「ちょっと寒いから?」 んん、あったけえと満足そうに抱えられて、チョッパーはちょっと照れくさい。 抱っこされるのはほんというと、キライじゃないのだ。だって、相手の心臓の音が一番近くに聞こえるし、回される腕は優しい。 ゾロの心音は凄いのだ。 寝てるときも、起きてるときもちゃんときちんとしたリズムを刻んでいて、それがまるで音楽のように続いていく。 とくん、とくん、と。 耳に触れてくる音を聞いていると、なんだか眠くなってくる。 たとえば、今のように穏やかに凪いださざなみとか、 こうした心音に安心して眠くなってしまうのは一定音だからだ。同じ単調な、それでいて優しいリズムを聞くと生き物は眠る習性がある。 (もしかして、ゾロがすぐに寝ちゃうのは) 自分の心臓の音を聞いているからかもしれないなんて、思って少し笑う。 そう、そうなのだ。 この地面のずうっと、ずうっと下には命の鼓動が続いていて。 海の下にも海底火山があって、どくんどくんと力強いリズムを刻んでいる。 夜になって、静かな場所で、ふうと息を吐いて横になると―――耳には聞こえないその鼓動がきっと頭の中に響き始めて生き物は眠りにつくのだろう。 「…?」 ゾロが少し身じろぎする。 寝ないようにと剣士も頑張っているらしく、チョッパーのひづめをいじくりまわして、手のひらの上で転がしている。二つに分かれたそれで、どうして注射器や薬瓶を扱えるのかが不思議でしょうがないらしく、何だか真剣に触っているものだから、 「ゾロ! くすぐったいよ」 チョッパーは思わず笑ってしまうと、 「いや、面白いよな。お前」 真面目に言われて、ゾロのほうが面白い!なんてチョッパーは頬を崩して笑った。 (気づいてるかな?) ルフィはね、最初チョッパーを見て「化け物だ!」と言ったのだ。 次に「面白い!」と言った。 化け物だから、面白くて好きなんだって! 不思議なことだ。 サンジもウソップも「化け物だ!」と言ったのだ。 けれどサンジは飯にしたら旨そうだとか、今までにない視線でチョッパーを見てにやりと笑い、ウソップはウソップでなんだかんだでチョッパーを笑って迎えてくれた。 ナミとビビはね。最初こそ少し目を見張ったけれど、笑って手を差し出して。 ゾロ! そう、彼だけ全然表情が変わらなかった。 驚きもせず、笑いもせず、ふしぎそうでもなく、 そこに、存在するいのち、という目でチョッパーを認めていたから。 (ビックリした!) 同じラインでものを見て、チョッパーに視線を合わせて言葉をくれる。 (すげえ!) 「ゾロ、凄いな」 「あー?」 もう、きっと眠さを紛らわすこともできなくなったのだろう。 かなり曖昧な返答をされて、チョッパーはぺちぺちとゾロの顎をたたいた。 「こら、起きろ! 寝ちゃうとナミが怒るぞ!」 「んー。そだなー」 駄目だ! 瞼が下がってきている。 「この貝を拾ったんだ」 なんとか起こしておこうと、必死に話題を探して…あっとチョッパーはそれを見せる。 「へえ。綺麗なもんだ」 少し口調がしっかりしたのがわかって、チョッパーはエッエッエと笑う。 「こういう貝に耳を当てたら、何か聞こえるかもしれないと思ったんだけど、聞こえなかったな」 「そりゃあ、残念だ」 「うん、でも…」 もっと懐かしい音楽が、チョッパーを包み込んでいるから、いいやって思う。 とても原始的な、遠い音楽だ。 チョッパーの好きな、ゾロの音。 「…ふわ…」 この音を聞くと、しあわせな気持ちになれるんだ。 欠伸をしたチョッパーを抱えてゾロが寝てしまい、小さな船医もとうとう我慢できなくなって、こてんと頭をゾロの腕にのっけてみる。 そうして、ナミが飽きれて起こしにくるその時まで、 ゾロとチョッパーはその懐かしい音楽を聞いていた。 |
■12124キリバン・ひむら様のリクエストよりゾロ&チョッパーです。 ■可愛いお話にしよう!とだけあったので、なんだかほのぼのでむにゃむにゃになってしまいました(笑)思わず眠たくなるような。 ■人間は一定の連続する振動に弱いというのは本能にあるみたいで。電車のがたんごとんで眠くなるのはそれらしいです。多分。(ウロ記憶) ■やっぱりチョとロロさんが仲良しはいい…好きだー(うっとり) ■ひむら様、大変遅くなって申し訳ありませんでした!こんなへなちょこい小説ですが、つつしんで御進呈させていただきます。リクエストありがとうございました! 02/05/18 |
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