【あの時、あの櫻は綺麗だった】


 まんまるい月がぽっかり空洞のように夜空に浮かんでいるのを、月と同じくらいに綺麗な円を描いた二つの目は見つめていた。
「ドクター。」
 嬉しくて、楽しくて、初めてのことばかりで凄く戸惑ったんだけど、と、チョッパーは思う。
「ドクター、俺、海賊になったんだよ。」
 海賊という存在は憧れだった。勿論、一番尊敬する職業といったらヒルルクやドクトリーヌのような医者なのだけど―――そう考えて、あれ、と思う。海賊って職業かな?ルフィは海賊だ。でもって船長だ。船長も職業、海賊も職業?
(???)
 船尾の一番はしっこに座って、お月様仰いで考える。
 あのどんちゃん騒ぎが嘘のように今は静かだ。でもそれもいやな静かさではない。
 淋しいのでも、切ないのでもない。心地よい静けさなのだ―――波音しかしない。海の真ん中で。

「寝れねえのか?」
 不意にかかった声に吃驚して、硬直したまま滑り落ちそうに―――あわや海へまっさかさまのチョッパーを掴んだのは無骨な手で。
「おい、急に落ちるな!」
「ご、ごご、ゴメン!」
 舌を噛みそうになりながらチョッパーが大声出すと、その随分と低い声の主も安堵したように息を吐く。
「お前も金づちなんだろ。頼むから落ちてくれるな。…ああ、いきなり声をかけちまった俺も悪かったか。」
 悪かった、とゾロがいう。

 ロロノア・ゾロ。世間にうといチョッパーは知らなかったけれど、何だか有名らしい。
 なにせあのルフィが一番最初に仲間にしたやつで…やっぱり俺とおんなじように「うるせえ!」って勧誘されたのかな、と思う。
 思うのだけど、聞くことができない。

 ゾロは空気が怖いのだ。雰囲気じゃあない。何と言うか、圧倒される。そう、凄く強い気配でそこに佇んでいるから印象が強い。
 腰には三本も刀を差しているし、引き締まった身体は背も高くて、「通常の」状態のチョッパーはうんと首をあげて見上げなければならない。

 ルフィは言わずもがなだけれど、ナミは一番最初にチョッパーに仲間にならない?と声をかけてくれた。喋るトナカイを見ても全然怯えない、ドクターと、ドクトリーヌ以外の人間だった。ウソップはとってもいいやつだ。いろんなことをチョッパーに教えてくれる。ビビはトニー君って親愛をこめて、そう呼んでくれる。トニー君だって!少し照れくさい。サンジはトナカイの料理法は…なんていってチョッパーを震えあがらせるけれど、内緒な、っていって御飯の味見をさせてくれた。ルフィには絶対にナイショだ、って。

 この青々とした緑髪の剣士とはあまり話す機会がなかった。もっとも仲間になって数日にも満たないから、しょうがないのかもしれないけれど…目についたときはいつも寝ている。甲板に船尾に男部屋。それをルフィが勢い良く飛び付いて起こしてやっと目が覚めるか、はたまた荒々しい勢いで近づいたサンジの容赦のない蹴りを受けて乱闘の幕が開くか。
 最初は凄くハラハラして、仲間なんだから止めなきゃ!って思った。けどルフィは笑ってるし、ナミは呆れて「チョッパー、危ないから近寄っちゃ駄目よ。いつものことなんだから。」ってさっさと行ってしまった。
 喧嘩したりする時とかを見てたから、何だか怖いと思ってしまったのかもしれない。確かに物騒な得物を三本使って挑む姿は迫力があって、なんだかしり込みしてしまいそうになるのだ。

「おい?大丈夫か?」
 海に落ちかけたショックで固まってしまった…と、そう判断したのだろうか。ぺちぺちと頬を叩かれて、わ!、とチョッパーはまた引っくり返りそうになる。
「だ、大丈夫だ!俺は平気!」
 支えてくれる腕はなんだか優しい。そう、サンジと喧嘩してる時の怖さとか、近寄りがたさがないのだ。
 そうして、やっと思い当たる。世間のことには本当にうといのだけれど―――医療関係の以外だと少し乏しい語呂から、やっと思い当たる。
(清冽―――)
 空気が、綺麗なのだ。怖いくらい、綺麗。それは血みどろで恐ろしい感も与えるのだけれど、なぜか穢れを感じさせない空気。
 あたふたしながらまた黙りこんでしまったチョッパーをどう思ったか、ゾロは
「そうか。落ちるなよ。」
 そういって笑った。僅かに歯を見せて、そのままくるりと身を翻そうとする。
「あ、あの。ぞ、ゾロ!」
「あ?」
 どきどきしながら名前を呼んだのだけれど、ちっともチョッパーの動揺を理解していないらしい剣士は不思議そうな目で振り返る。
「た、助けてくれてありがとう。」
 チョッパーだってありがとうぐらいちゃんと言えるのだ。嬉しい時に、嬉しいっていうことは…慣れてなくて。どうにも照れくさくっていえないんだけど。
「おう。無事でよかったな。」
 ぽんぽん、と帽子を軽く叩かれて、なんだか懐かしい気持ちがわきおこる。
 ヒルルクを思い出した。といっても、目の前の凄みのある剣士と育て親は似ても似付かないのだけれど。

「しかし、お前の故郷の櫻は見事だったな。」
 なんだかそのままおやすみなさいをするのは勿体無い気がした。初めてまともに喋ったこの剣士をもう少しよく知りたかったのだ。
 そうして言おう、言おうとおろおろしてたら―――ゾロはそのまま歩いていってしまったものだから、酷くがっかりした。どうしても人と喋る時緊張してしまうのは癖づいてしまって、なかなか直らないのだけれど…でも、早く何か言えたらよかったのに、と惜しい思いを抱いてしまう。
 そうしていたらまた足音がした。顔を上げると片手にマグカップ、片手に酒瓶という奇妙な姿でゾロが立っていた。ほら、と差し出された淡いピンクのマグには、温かな湯気が立ち昇っていて。
 マグにはミルクが入っていた。サンジが起きていて作ってくれたのかな。それともゾロが厨房に立って、温めて淹れてくれたのだろうか?
 そう考えるとちょっとおかしくって、チョッパーが「エッエッエ」と小さく笑うと分ったようにゾロがしかめっ面をした。
「ゾロはサクラを知ってるのか?」
「ああ。俺の故郷にもあった。」
 本物のサクラを知ってるんだ。
 それが何だかとてもすごいことのように思えて、期待に満ちた眼差しでチョッパーはゾロを見上げる。
「ほ、本物のサクラか!どんなふうなんだ?やっぱり、すごくきれいか?」
 つっかえつっかえの質問攻めに、ゾロは小さく笑った。
「俺の住んでた村には四季があったからな。春になると太い幹の樹に静かに蕾がつく。ある日見事な薄紅の花を咲かせる。だけどな―――。」
 ドラムの櫻も見事だった。あんな見事な大木は見たことがない。
「あの時、あの櫻は綺麗だった。」
 言われて、チョッパーは言葉に詰まった。

 ドクター。ドクターの言っていたことは、ほんとうに、ほんとうだったね。
 櫻は奇跡を起こすのだ。ドクターの研究は間違いなく、成功していた。
 お世辞をいうような人間ではない…もうチョッパーはわかっていたから、ゾロの言った言葉が静かに胸に響いた。
 あの櫻は綺麗だった。本物であるとか、偽物であるとか、そういうことではないのだろう。

「…よかったあ。」
 本当に嬉しそうにトナカイは呟いて、それからこてんと転がってしまった。
「おい。」
 軽く揺さぶってみる。
「―――チョッパー?」
 ゾロは自分の膝に沈んだ小さな仲間を見て、はは、と微笑た。
 安心したのだろう。仲間になってすぐ騒いでいたし、張り詰めていたものが解けたのだろうか。
「…ああ。俺も眠くなってきた。」


 そうしてごろんと寝転がる。寝付きの良さは仲間一だ。すぐさま二つ目の寝息が起こる。

 チョッパーは気持ち良い船の揺れが揺り籠のように感じた。海は恐ろしい。けれど美しい。とても怖いものととても素敵なものがある―――慣れない船旅で緊張しっぱなしだったけれど、船長は「ししし」って笑ってるから、大丈夫なんだと思う。それと、怖いと思っていたその手が何度か優しく、ぽんぽんってチョッパーを撫でてくれていたものだからすっかり安心してしまった。
 ゾロはゾロで、なんだか暖かい毛玉のもこもこが、腹巻きの位置でおとなしくなってしまったものだから、その温かさを心地よく感じていた。
 良い湯たんぽだ、とゾロが思ったかどうかはわからない。感想を抱く前にあっという間に剣士は寝付いてしまったからだ。
 綺麗な月の光の下で、仲良く櫻の夢を見た―――。


 翌朝、一番早起きのサンジは欠伸をしながら甲板に出た。
 見張り番だったルフィが見張り台ですっかり寝こけているのを見つけて「オラァ!クソゴムッ!見張りの意味ねーだろうが!」と威勢良く一喝する。
「うーあー?飯かー?」
「ヨダレたらしてんじゃねえ。…おい、ところでチョッパー見なかったか? 寝床にいなかったんだが…」
 甲板を見渡してみたがあの可愛らしいトナカイの姿はどこにも見えない。…ああ、そういえば。どうでもいいことだが―――ホントについでに、あの剣士の姿も見ていない。
(まあ、あのクソ剣士のことはどーだっていいんだけどよ。)
 今度の新入りは随分と素直で極端に緊張して…反応が楽しくて…いやいや、面白がってしまうのだけれど…だから姿が見えないのがちょっと気にかかる。寝ぼけたルフィに夜食と間違われて噛み付かれて、どこかで泣いてんじゃねえか―――とか、だ。なんだかんだいってコックさんだって優しいワケだ。
「チョッパーか? んー。…ああ!!!」
 デカい声!! サンジが顔をしかめるのも見ないでゴム船長はそれを目撃した後、びよーんと伸びてまた叫ぶ。
「ああ!!いいなあ、いいなあ!チョッパーもゾロもすげえ仲いいぞ!」
 非常に羨ましそうに地団駄踏む船長の言葉に眉を寄せつつも、サンジが船尾に向かえば―――まったく、なんというか、奇妙というか愛らしいというか―――の構図が目に飛び込んできた。
「おはよう、サンジ君。……あら、可愛いじゃない?」
「ナミさ〜ん!」とサンジの目がハート型になるのを綺麗に無視したナミが、いまだに眠り続けるゾロとチョッパーを見て、ふふふっと笑う。

 強面のゾロのことをチョッパーはすっかり怖がっていると思ったのだけれど―――。
 愛想のない剣士はどうやら子どもや動物には好かれるらしい。多分、だけれども。

「うんうん、可愛いわ!ビビにも教えてあげなきゃ!」
 一人嬉しそうに戻っていったナミに「この構図のどこが可愛いと!?でもそんなナミさんも好きだ〜!」とサンジが叫ぶ。
「いいなあ!いいなあ!」
 うきうきしながらルフィが笑う。
「俺の仲間はみんな仲がいい!んん、それよし!」


 チョッパーは目覚めてきっと吃驚するに違いない。
 なんせゾロの腹の上で寝てしまっていたのだし、ルフィがヘンな顔して「いいな!」って言い続けてるのだ。ナミとビビは可愛いを連呼しているし、ウソップはウソップでその光景に目を剥いてホラ話しを吹き込むのだ。「な、なんてこった!チョッパー!そ、その魔獣の腹巻きには恐ろしい逸話があってだな、腹巻きを枕にして寝たやつは三日三晩オニギリの夢にうなされるハメに―――!」
 最後はコックがこうシメる。
「ナッミさ〜ん!ビビちゅわ〜ん!朝御飯が出来ましたよ〜!
 オラァ!野郎ども!飯だ!!」

 チョッパーは、みんなの仲間になったのだ。





■これは誰がなんといおうとゾロとチョッパーの仲良し話です(笑)
■船長がうらやましがって、コックさんが呆れるくらい仲良し話しなんです!!
■これを機会にチョッパくんはどんどん怖いゾロさんに懐いていきます。
■どんくらいかってゆうと、砂漠でダウンしてるところを優しいゾロさんが引っ張ってくれるくらい仲良しに―――(単にゾロ、鍛錬のためじゃない?とかいう言葉はさておき)
■ゾロとチョッパのコンビが大好きなんです…メロリンラ〜ブ(照)というわけでゾロ&チョッパー同盟協賛してます。お好きな方是非是非ご参加くださいv

2001/11/23

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