【生きる為に死ねよ。】 | ||
「げ〜え」 先ほどから続くのは、何とも厭な響きのうめき声ときたもんだ。 ゾロは一つ欠伸をして、面倒くさそうに瞬いて、もう一度寝ようとした。 「クソマリモ。おれが苦しんでンのに、てめえは暢気にフテ寝か!」 全くもって、やつあたりも良い所だと思う。 蹴り上げてくる奴の靴は結構硬く、更にそれを履いている足ときたら凶器そのものだ。ずしん、と骨に直接響くというのに―――サンジという男は手加減を知らない。 だから、ゾロはやや前のめりになった、蹴られたままのその姿勢で再び眠ろうとする。 「うげえ。気持ち悪ィ」 散々だった。 とにかく、散々だったとしか言い様がない。 こうして二人きりになるのは―――随分久しぶりのことだった。 船上で度々喧嘩になったのはカウントされない。周りには関心のないわりに野次る仲間がいた。 随分前のことのようにも思えるが、生憎と剣士の頭にはきちんと記憶されないことが多い。 本当に必要だと思わないものはすっ飛ばしてしまう傾向が、剣士にはある。あるが、何も覚えていないわけじゃあない。 (いつだっけ) ぼんやり頭を振って考える。そう、気を抜くとすぐに視界がぼやけてしまうのだ。 (海の―――) 海の匂いがした気がする。 「………ヤベェ」 心底大変そうな声に、のそりと身体を起こし声のほうを向けば、サンジが悲愴な顔で呟く。 「…煙草吸ったらもっと気持ち悪くなった…」 「アホか、てめえ!」 容赦なくロロノア・ゾロは罵る。 「てめェの肺にナニが入れられたと思ってんだ!!それにケムリいれるバカがどこにいんだ!」 「ここだよ!悪かったな、クソ剣士!!」 売り言葉に買い言葉、ただでさえ男相手には短気なサンジもすぐに応戦してくる。 「てめェこそなんだよ、眠ィ眠ィとぐーだぐだ横になりやがってコンチクショウめ! 眼ェ擦ってガキみてえによぉ! ………洗うとか、なんとかしたらどうだ。思い付きもしねえのかアホ」 「うるせェ」 「眼ェ見えてんのか」 トーンの落ちた声に、ゾロもふんぞり返るのをやめて、真一文字に結んでいた唇をやっと開く。 「―――半分」 「眼ェ見えねーで、刀振れんのかよ」 「視界が狭まってるだけだ。それに眼が見える、見えないは関係ねェ。 てめェも動けんのか、クソコック」 「痺れは取れた。喉がムカムカしやがるが、そいつはまぁしゃーねーだろ。吸っちまったもんは、しょうがねえ」 しばし、二人とも無言でいた。 あの脳天気で、強引で、好奇心のカタマリのような船長についてきて―――そう何十年も経ったわけじゃあない。 けれど今、恐ろしいことに、一番信頼してるのは他でもない、その船長や、仲間たちなのだ。 更に恐ろしいことに―――あるいはおかしなことに、ゾロもサンジも互いを信頼している。 真面目に考えれば思わず寒気が走るか、痒くなるか、気持ち悪くなるかのいずれかだが、とにかくコイツの強さだけはまあ、信頼できる。その程度には思っている。 新しい島についた。さすがに船長もその仲間達もそれなりに顔と、名前が売れた。ルフィの懸賞金は信じられない額にはね上がり、海賊にも賞金稼ぎにも海軍にも、その首を狙われる楽しい日々が続いている。めでたく先日、『船医』にまで賞金がついた次第だ。 島には名の通った海賊がいた。奇襲によって何人かが負傷し、甲板には大きな穴が空いた。うまい具合に他の連中が海に逃げ出していれば、器用な狙撃手あたりが文句言いながら修復作業にとりかかっているだろう。 あーあ、とサンジが溜息をつく。 逃げ遅れたウソップを庇った。代わりにヘンな煙幕を吸っちまった。よりによって助けたのが長っぱなかよ〜なんて文句を言いつつ、噎せかえって涙がこぼれそうになった。助けるんじゃなかったとかブツブツぼやきつつ、ナミさんならよかったと嘆きつつ、彼の肺には毒が残った。 やれやれ、とゾロが眼をつぶる。 一度お前たちは船で海に出ろ、と提案したのは、ゾロだ。骨を折ったらしいナミを背負って(この時サンジはウソップを船に放りこんでた。バレたら何を言われるかわかったもんじゃない)この島はおれが片付けておく、なんて言った。闘いの最中に顔面にぶつけられた液体の正体に薄々感づいてはいたが、黙っていた。彼の視力は衰えて行った。 結局「てめぇ一人カッコつけさせるワケにはいかねぇな!」と笑って残ったのがサンジ。 つい先ほど、海賊まみれだった島中が静かになった。 あとはデカいのを――海賊頭を、残すだけだ。 「…なんか、久々だな」 ヘンな堰をして、咽喉を掻き毟っていた男が掠れた声で囁く。 「ああ?」 焦点の合わなくなった視界を悟られぬよう、ゾロは瞼を閉じたまま促す。 「てめェと二人きりという絶望のシチュエーションがだ、ロロノア」 演技過剰な役者のように、サンジは大仰に言ってのける。 「どんくらい前だったかは忘れたが、悪魔の実の…嵐を起こす奴が来た時だ。 てめェとおれだけ海に投げ出されて、船が迎えにくるまで情けなくプカプカ浮いてただろう」 海の匂いがした。 当たり前だ。ずっと嗅いでた匂い。 ただその時の海域は通常よりずっと、塩の濃度が高かったのだ。愛刀が悪くなってしまうことが心配で(仲間の心配はしなかった。するはずもなかった。死んでも死なないような連中だからだ)、全身塩もみにされた気分を味わった。 「てめェはアホだから、片腕怪我してるしよォ」 「………人のこと言えないだろうが」 (思い出した) けど淡々とした口調で、ゾロが返す。 「てめえこそ、熱出してぶっ倒れたろうが」 「俺が『病人』になったのはあれが最初で最後だ!!」 うがあとサンジは吼えた。ゾロは眼をつぶったままだ。このままやつの眼が潰れるのもあれだが、今は見えなくてよかったとサンジは思う。ムキになっている自分が馬鹿馬鹿しく思えたところで、気づいたのだ。この記憶障害男が…ロロノア・ゾロにとっては他愛のなさすぎる過去であろうことを記憶として覚えていたことに、驚いたせいもある。 肺が痒い。中で融かされつつあったら厭だ。病人リターンズだけは勘弁したいところだ…怪我ならばともかく、あの時、熱で倒れてしまう時まで、サンジは風邪ひとつ引いたことなんてなかったのだから。 平然とした風のロロノアではあるが、さすがに失明させるわけにはいかない。…させたくない。 ゾロが眼を開けた。一瞬ギラっと光ったように見えて、サンジは眉をヘンな風に動かす。 「蹴り入れながら吐くのだけは、やめろよ」 怒りを煽るようなことをわざと言う。サンジが歯を剥いて威嚇してくるのが分った…ゾロは笑いそうになるのをこらえて立ちあがる。夜明けには我等が乗る船が戻ってくるだろう。彼らを迎えに。 それまでには片をつけておく。眼が見えなくなることより、それが一番だった。 「ふん。てめえもなんにもないとこで刀振り回さないようにな!コケたら笑ってやるぜ」 しわがれた声で何ともフテブテシイお返事。 サンジが肺に吸い込んだそれをものともしていない様子がありありとわかった。手のひらに伝わるように、ゆっくり、熱が浸透するように。 がむしゃらで、決して上手くない生き方をしていると思う。もう少し頭を使えばせいぜい軽い怪我で済むかもしれないが生憎その上手い世渡りとやらは性にあいそうもない。 「…お前は…餓死は俺がさせねえからな。でも、魚に食われることも、海で溺れ死ぬこともねぇんだろーよ」 かつて、サンジが、ゾロにむかって放った言葉だ。 「―――だから、てめえが死ぬ時は剣を振るいながらなんだろ。病死だの、大往生だの、てめえに似合わねェことはすんな。せいぜい―――」 そんときも、ふてぶてしい顔をしてた。 「闘って死ねよ。」 そう―――言った。 「闘って死ねるんなら、いいだろうが」 愛刀を抜けばキィンと小さな金属音が耳についた。続いてサンジが鼻を鳴らす音が聞こえた。 「アホか、テメェ。こんなトコでくたばんのか、情けねーなあ、大剣豪!」 声を出すのでさえ精一杯で、ぜいぜい言いながら肩を震わせているくせに、コックには焦りがない。 「簡単におっ死んじまうのがテメェの人生か?」 ああ、情けねェ。そんなアホの横にいるのがおれだなんてもっと情けねェ。 容赦のないサンジの言葉を、ゾロが唸って牽制する。 「んな簡単には、死なねェ。眼が潰れても他の感覚がまだ、俺を剣士でいさせる。死なせねぇ」 がるると牙を剥いたその先に人影を見て、サンジは火をつけずに咥えていた煙草をポケットに落とした。 「死ぬために生きてンじゃねえからな」 和道一文字をゾロが咥える。 サンジが笑って後を次いだ。 「生きる為に死ぬのか!」 言い得て妙な言葉がツボに入ったらしい。げらげら笑っては噎せてゲエゲエ言っているサンジを飽きれて眺め、ゾロも笑った。 死んでもしなない。眼が潰れても、骨が折れても、肺に病を抱えても、血が吹き出しても、それが死に直結していても。 何処か身体が死んで行く。そのたび何度も生きかえる。なにかが、どこかが死ぬ。 生きる為に? ゴーイングメリー号が港に再びついたとき、決着はついていた。 ついていたがルフィ御自慢の仲間はものすごいことになっていた。 コックはゲエゲエ言いながら地面にのた打ち回っていたし、ゾロはごしごし眼を掻き毟っていた。 だが恐ろしいことに二人ともゲラゲラ笑いながら、それを続けていたのだ。 「チョッパー呼んで。重症患者が二人もいるわ」 冷静に対処したのは航海士で。 うまい具合に治療が済んだ二人には、腹痛という珍しい後遺症が残った。 |
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■わけわかんない曖昧な日本語が好きでよく活用してしまうのですが…。 ■読んでいる方にとっては全く親切でないと思います。凄く。うわあ。 ■というわけで、【闘って死ねよ。】の続編?にあたるらしいです。 ■実はこの真ん中の話しがあるのですが、はしょりました。(すな) ■闘って〜で嵐を起こした悪魔の実の能力者にリベンヂする二人がいたのですが、 ■はしょりました!!(ハツラツ) ■なんとなく、不意に、唐突に襲ってくる創作意欲なので滅裂です。申しわけない…。 ■しつこいですが、この二人はノンケですヨ!!ZSでもリバでもなく。 ■そういうのは裏にあります(笑)限りなくノーマルに近いそれが………。 ■忘れてたけど視力に関するアレはシャンマキで使ってた…素で忘れてた…すいません。 02/01/10 |
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