泣くな、そして眠るな
don't cry don't sleep

 血反吐を飛ばして、くちびるを拭うとぬるぬるして気持ちが悪い。
 生まれて初めて使った「拳」での暴力は、思いの他ダメージが強く…主にメンタル的に…強く、残って。まるで後遺症のように歪んで、サンジを打ちのめした。
「けっ。」
 気持ち悪さと気だるさで頭がおかしくなりそうだ。


死にたくないと思った
はじめて人を好きになって
死ぬのはいやだな、と思って目をつぶった。
どうか、どうか。
目を開けられますようにと思った。


 ひとを憎悪するのは疲れる。
 だから、サンジは無駄な感情を動かさない。
 ひとをあいするのは難しい。
 だから、サンジは余計な感情で濁していく。
 いま、この拳にあるのはどちらの感情に振り分けられるものだろうか?
 じっと見つめていると指の第二関節あたりだとか、手の甲の筋だとかが攣ってきてピリピリする。しかも妙に親指がぶらぶらするし、料理が出来なくなったらどうしようかなんて今更焦り出したら、足元に転がっていた男がむくりと起き上がってぎょっとする。
「うわ。何だよ、てめえ。気絶してろ」
「無茶苦茶言うな」
 ひとを殴り慣れてもいねえてめえの拳なんざ、目を回す必要もねえ。
 散々な罵倒を言ったゾロは平然と起きあがり、面倒くさそうに肩をごきりと鳴らす。
「てめえも容赦なく顔を殴った。俺の自慢のビューティフェイスを。よっててめえに与えられるものは死だ。黙って転がってろ」
「おまえが世にも面白い事をぬかすからだ」
「面白い!?…面白いィ?!」
 引っくり返った声できっかり二度繰り返せば、ゾロは耳を両手で塞いで「あー」と声を発している。
「いや、聞けよこのアホ!」
 素早く左足でゾロの両手を蹴飛ばすと「いでいで」とか言いながらもゾロが聞く姿勢をとる。
「やっぱり脚のほうがいいな」
 うん、と一人納得してサンジは痙攣しそうになる手をそうっとポケットにつっこんだ。
「おまえ、殴るとき」
「あ?」
「殴るとき、親指を握りこんだだろう」
「―――それがどうした」
「下手な殴り方をすると親指の骨が折れる」
「…あ」
「手ェ出せ」
 見せろと促されて、渋々サンジはポケットから手を出す。
「関節で殴るな。平らなところで殴るんだ」
 青白いサンジの手を眺めて、手首の間接を戻し、不器用な筈の指がおそろしく丁寧な動作で料理人のてのひらを滑る。
「うあッ」
「痛ェか。突き指みてえなもんだ。すぐ治る」
 チョッパーに見てもらえと促した声は、次に片方の…殴ってないほうの手を探り、
「こうだ」
 と拳の作り方を教え込む。
「おれのほうがてめェをボコっちまった。フェアじゃねえから、もう一度だけ殴らせてやる。
 ―――ただ」
 ゾロは冷たく窄めた目を炯々と鈍く輝かせて唸る。
「さっきてめえが言ったことばを訂正しろ。
 …えーと。何つったっか…」
「死にてえ」
「そうそう、それだ」
 ゾロは笑いもせずに真剣にうなずいて、ようし、今度はこれで殴ってみろ、とまるで先生のようにサンジに言うのだった。


彼は死ぬのを赦さない。
自分は殺して、殺して、命を奪いとっていくのに。
彼は死ぬのを赦さない。
だから彼を見てはいけない。
殺されてしまうから。


 いや、ホントに死にたいわけじゃなかったんだけど、とはサンジの言い訳で。
 そんなことを吐けば怒るだろうなあとかからかい半分で言ったのだ、というのもまた言い訳で。
 …大激怒の末ぶん殴られたときは、頭のネジが一本も二本も三本もいやこれ以上は困るというほどぶっ飛んでしまったらしく、反撃に出たサンジは明らかに故障していた。
 なんで拳を固めてしまったのか。
 そのぎゅうと握り潰した手のひらに何を神妙に隠したのか。
 腫れた頬を濡れタオルで冷やしながらぼんやりしていると、ひょこひょこピンクの帽子がゆれるのが見えてサンジはチョッパーを手招いた。
「サンジ」
 一瞬嬉しそうな顔をして近寄ってこようとしたトナカイが、突然立ち止まってしまったのを見てサンジは首を傾げる。
「どうした、チョッパー。こいよ、だっこしてやっから」
「だっこはうれしいんだけど…」
 もじもじしたように、しかしチョッパーはきっぱりと言った。
「ごめん。今のサンジには近寄れない」
「―――あ?」
「サンジ、鏡見てご覧」
 たっ、と走り去ってしまった可愛いひづめの足音を茫然と見送って、なんだってんだよクソ!可愛いトナカイめ!と毒づきながらラウンジに行くと、テーブルについてなにやら熱心に作業しているウソップと出くわす。
「よう、ウソップ!」
 なーにしてんだ?と首を傾げるとウソップは大げさ過ぎると思うリアクションを強化して、思い切りのけぞった。
「さ、さ、ささサンジィ!」
「なんだコラ。その態度は。あぁん?」
「や、ややや!なん、なんでもねえっ!」
 慌ててテーブルの上のゴミだか発明だかわからない中途半端な素材をかき集めて袋におしこめ、ウソップは疾風の如く駆け抜けて…つまりは逃げていく。
「……。クソ、鼻め!」
 チョッパーにフラれ、ウソップに怯えられ。
 クソ剣士を殴った後にはロクなことがねえとぶつくさいいながらシンクに近づき、食器を浸した水に顔を近づけたら、ぼたりと何かがおちた。
「あぁ?」


彼はひとを抱く時乱暴でも、優しくもない抱き方をする。
抱くというのはセクシャルな意味も含めてであり、また単なるハグ、抱擁、肩を抱く、などの意味も含まれ、
つまりは、
ルフィをぎゅうとするゾロは理由など必要なく、腕を伸ばすのだろう。
メリーさんと呼んで可愛がっていた、ゴーイングメリー号の船首がボキリと折られ、剽軽な顔に亀裂が走ってしまったとき、ルフィは声もなく黙ってそれを見つめていた。
「メリーさんは仲間だ」
だから傷付いたことが悲しい。
臆面もなく言う彼を抱きしめたゾロの、その光景を見てしまい、
サンジは吐き気を堪えることができなかった。

泣きもせずに淡々と哀しむ船長と、
まるで幼児を慰めるように腕を回す剣士を。


「泣くな、俺」
 ゾロの腕は誰のものだろう。
「泣くな、泣くな、泣くな、俺」
 べちべち頬を叩く。目許を思いきり抓る。眉間の皺を指で伸ばす。こめかみをぐりぐりする。
「いてえ」
 それでも、あとからあとから零れる液体は止まらず、しかも連鎖反応でハナミズまで垂れてきてサンジは途方に暮れた。
「うえーん、もう死にてえなんて言いませんからー」
「おお、言わねえのか」
「―――お、…」
「見るからにアホ加減があがったツラだな」
 ゾロは面白そうにサンジを上から下まできちんと眺めて、
「お前は面白いやつなのになあ」
 彼の伸ばした腕がはじめて自分を抱いた。


言わないとはいったけれど、
それでも、ごめんなさい
また思う
また思う 弱いから
俺ってば虚勢の男だから
でも謝らない
訂正しない
言わないだけ
言わないだけ


「ようし、ゾロ。記念にセックスしとこう!な!」
「いや、いらねえし」
 真顔で胸を押されて、サンジは思いきり顔を崩して剣呑な目をむける。
「おれがてめーにできることっつったら料理とケツの提供ぐらいなのに」
「ううーん?」
「ううーん?じゃねえよ!」
「いてッ! 叩くな。つーかなんで首傾げるとこまで真似すんだ」
「かわいかろ」
「キモイかも」
「どぅわー!」
「頭突きはやめろ!」

 うふふ、とサンジが笑うとゾロは気持ち悪そうに肩をすくめた。
 そうして奇妙な言葉を吐いた。
「てめえが俺に惚れたら抱いてやるよ」
(なんのこっちゃ)


なんでもない、ことでした。



「だ、だから…しとこって ゆ ゆっ…」
「わかったわかった」
 路地裏で蹲ってるサンジを見つめて、負ぶさって走るゾロの耳元でなんとか縺れる舌を使うと、ゾロはあやすように、しかしかなり適当に相槌を打つ。
「はじ、はじ…」
「はじ?は?」
 ごぼ、と嘔吐すると、あーあーと声をあげながらゾロがサンジを地面に下ろす。
「ようし、吐け!」
「おォー」
 気合と共に思いきり良く吐き出すと、吐瀉物が跳ねかえって頬についた。
「ようし、吐くぞ!」
 突然快活になったサンジに、ゾロが器用に片眉をあげる。
「吐いただろ?」
「違う。初めての男はてめえがよかったわぁん!」
「―――は」
 飽きれたゾロはサンジの内股を軽く蹴り、
「いやあ〜!そこはやめてえ!」
 よじれるサンジをドツいた。
「背中が割れてンだから暴れるな!」
「お。なんでだ?」
「刀傷だろ。気絶なんかするからだボケ」
「つーか泣きてえ」
「いや、泣くな」
「じゃあ眠りてえ」
「眠るな」

 血まみれのサンジを揺さぶって、返り血というか、サンジの血で真っ赤になったゾロがまっすぐ見つめてくる。
「泣くな、そして眠るな」
 ゾロはサンジのてのひらを舐める。
「泣くな、眠るな。愛してやるから」
 お前は面白い馬鹿だ。ちょっと愛しいぞ。そうやって髪の毛をぐしゃぐしゃにしてくる腕を思いきり掴んで、サンジは、
「―――どうしよう。」
「なにが?」
「てめえが好きだ」
「…へえ」
「てめえが好きだ」
「ああ」
「どうしよう―――」
「どうするんだ」

「死にたくねえ」

 ふむ、と頷いてゾロはもう一度サンジを抱きかかえた。
「よし、じゃあ死ぬなよ」
「おれいい子だから、努力はする」
「良い心がけだ」
「…したいんだけど…も、意識ぶっ飛びそう」
「眠るなっつったろボケ。我慢しろ。いい子だろうが!」
「眠るなっつーか死ぬなっつーか…」
「馬鹿だな。だから俺ァ殴ったんだ」
 大事そうにサンジを抱えながらゾロは走る。
「言葉は自分に返って来るんだぞ」


 全くその通りだ。
 サンジは薄く笑って、揺れて歪んで消えていく光景をぼんやり硝子玉のような目に写して飲み込んで行った。
 帰ったら麗しの航海士を抱きしめよう。大好きですって手の甲にキスまでしちゃおう。
 そして少しは妬けばいいんだ、この鈍感まりもめ。そう思ってゾロの頬をやさしく愛撫した。殴った手で慰撫した。そして逆にゾロが傷付かないでいられることを望んだ。
(こいつが死ぬとこ見ないのが救いなのかなあ)
 ぼんやりしながら意識を保って、保って、ふつりと消える瞬間サンジは願った、


死にたくないと思った
はじめて人を好きになって
死ぬのはいやだな、と思って目をつぶった。
どうか、どうか。
目を開けられますようにと思った。


 目を開けられますように、と祈った。
 だって次は愛のあるハグができる。

■は、はじめてのR指定…!(どきどき)といっても対したことないですごめんなさい。(淡々)
■エロいSS、微妙な関係。この作品は777HITキリバンリクエスト作品です。kuratoさん、ご、ごめ、ごめんなさい。こんな変なSSになってしまいました。ウヒィィ。もうこうなったら素潜りするしか。(なんでやねん)
■珍しく両思いくさいことになっててもう本人もビックリしてアワアワです。
■リクエスト内容と違ってたらごめんなさい…(ぷるぷる)
■なれないことはするもんじゃないッス。(すごすご)

02/06/19

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