★ 無邪気な瞳の汚し方 ★ |
つい昨日、この船の食料はとうとう底をつきた。 原因は突発的に発生する局地ごくつぶしによる弊害である。 倉庫を漁って、台所のありとあらゆる場所をひっくり返して出てきた、ほんの少しの材料を見て、サンジは静かに自分の額に手を当てて、どこかに祈るような遠い眼差しをしていた。 穏やかな、眼差しをしていた。 *** 朝起きたら腕の筋肉がなかった。 いや、ないというより…まるで筋肉が付き始めたばかりの柔らかな子供の腕に、似ている。 しかも何だか知らないが肩から指先までの距離が短いのである。 ズボンが弛んで足先が埋もれていた。 ゴムでも切れたかとか一瞬眠い頭で考えて、いやいや自分のズボンはボタンだったと気づく。ではボタンが弾けたのか。ウエストが緩く何かを履いている感覚が遠かったために、その可能性は高いと思ったが、しかしボタンもしっかりとまったままでどうやらずるりと脱げたわけではない様子。 「んあ」 緩慢な動きで腰に手をやる。いつもきちんとおさまっているはずの緑色のアレの感触が心もとない。緩くたわんでいるそれは腕を突っ込んでもゆるゆるで、はて、とゾロは首を傾げた。 鈍い男と仲間達に笑われる、それでも腕っ節の立つ剣士はよっと立ちあがり、ぼろんと腹巻きが落下するのを見てようやく何か変だと感づいた。 左腕に巻きつけてある黒手ぬぐいもずり落ちて何とか肘にとどまった。ぴっちりとした感のあるはずのシャツがだぼだぼだった。 「…んー?」 とりあえず仕方がないので…歩き辛いのでズボンの裾をなんべんもめくった。けれどすぐに揺るんで落ちてしまうから、諦めてずるずると引きずり歩く。腹巻きも仕方がないのでまたぐようにして取って手に持ち、三本の刀を探して持ち上げると何だか妙に重い気がした。 「さて、どうすっかな」 此処までくれば異常さに動揺してもいいはずなのに、それでもゾロは、ゾロだった。 ぽてぽてずるずると歩いていって、まず最初に遭遇した人間にとりあえず自分に起こった現状について考えてもらおうと、なかば呑気に歩きを進める。 (出来ればチョッパーか…ビビか、ウソップあたりだな) まともで、見返りを要求しないやつらがいい。ナミはその真逆と断言できるし、ルフィだと話にならないし、遭えばぶつかるコックなどは問題外だ。むしろ逆にややこしいことになりそうで、怖い。 ところが、ゾロの希望はもろくも崩れ去り煙草に火をつけながら歩いてきたのは見覚えのある黒スーツで、 「おい、クソ野郎、メシ…」 「歩き煙草はするな」 せいぜい同じくらいの背丈だった筈のクソコックを見上げなくてはならないことに、やや不機嫌さを感じながらゾロは言う。 「ああ? うるせ……はい?」 「だから、歩き煙草はすんなっつってんだろ」 やや高めのゾロの声に、サンジは一瞬自分の視界の…それも下のほうに…よぎったものを認識して、動きを止めた。「―――俺は今幻覚を見たような」 「現実逃避してんじゃねえ、クソコック」 ぽかりと殴り付けてやりたかったが腕が頭に届かない。仕方がないのでウラァと胸倉を軽くドツいて、半眼で見上げる。 「こっち見ろ、アホ。こっち、こっち」 サンジは随分と縮んだゾロを見下ろし、咥えたばかりの煙草をぽろんと落として、またゾロに怒られた。 *** 『縮んだァ!!!?』 「そう、みたいですね」 こっくりと頷くサンジの横で、ゾロがよいしょよいしょと裾をまくっている。半そでが五分袖ぐらいにまで見えるし、ブーツはぶかぶか、ズボンも弛んでいる。 チョッパーが手伝って一緒にまくっているのだが、生地が生地なのかうまくまくることができない。早々にキレたらしいゾロが安全靴みたいなゴツいブーツをぺいぺいと脱ぎ、このズボンも斬っちまうしかねえのかなあ、なんて呑気なことを言い出した時点で、大きなツッコミが入った。 「っていうか!! なんで、あんた、縮んでんのよ!?」 「知らねえよ」 ナミの叫びに、憮然とした様子でチビゾロは答える。 「起きたらこうなってたんだ」 「そしてなんであんたはそんなにエラそうにしてんのよ!」 「エラそうにしてねえ」 真顔でのたもうた未来の大剣豪に対し、好意的な反応を示したのはルフィで、 「すっげー! すっげえなあ、すっげえ〜!」 なにがすっげえ、なんだかは良くわからないが、確かにゾロは(一応)普通の…能力者ではない人間であるはずなのに、縮んでしまったのであるからとりあえずは、凄いのだろう。 「ゾロのガキの頃ってこんな感じだったんだなあ」 「てめえはそのまんまだったんだろうな」 「うはは! ちっちゃくても生意気だあ〜!」 何故だか喜んでウヒョウヒョ暴れ始めたルフィを拳でドツいて、ナミは落ち付きましょうと低い声で言う。ウソップもチョッパーも明るい…明る過ぎる船長に感化されて一緒に騒ごうとしていたので、慌てて席に戻ってきちんと座る。―――航海士の鉄拳は怖いのである。 「どうしちゃったのかしら…? だって、今までそんなことなかったわよねえ」 「み、Mr.ブシドー?」 復活したルフィに『おれを兄ちゃんと思ってもいいぞ!』と言われてゴム人間をしこたま殴っていた少年ロロノアは、おずおずと声をかけたビビに向き直り、なんだと首を傾げる。 成長した、まさに魔獣というべきゾロがやれば怖いからやめろ、な仕草だが、まだ幼い感を宿す彼がやると何処かかわいらしさがあって、自然にビビは微笑んだ。 「どこか具合が悪いとか、痛いとかありませんか? もし、何か原因があるとしたら違和感があるのじゃないかと思って…」 機転の利くビビに「さっすがビビちゃ〜ん」とサンジがメロり、ウソップが深く頷く。 「もしかして変なもんでも食ったんじゃねえ? 拾い食いとか」 「アホか。拾い食いなんてするわけ…」 「変なもんだァ!? 俺が出すものは栄養面もきっちり計算して作られた完璧なメニューだぞ! 腐ったもんでも食えるようにする俺のこの腕を疑うような発言をしたてめえはキノコパレード決定だァ!!」 こと食料・食べ物のことに関して敏感過ぎるほど敏感なサンジが異常反応を示してウソップの喉元を締め上げ、ウソップに悲鳴をあげさせる。 しかも、つい先日の食料荒しにウソップも参加していたのだ。サンジの反応は雷の一撃と怯えてひぃと身を縮めてしまう。 出鼻を挫かれたゾロは肩をすくめ、ナミは笑顔で、 「サンジくん、やめなさい」 「ハイ、レディのおっしゃる通りに」 (…アホらしい) 何だかゾロはムカムカした。サンジという男は本当にアホだが…食事のこととなると真剣になるのは欠点の多いコックの中でゾロも認めている利点である。 (―――うん? なんで、俺ァアイツのことなんか気にしてるんだ?) はて、と首を傾げてまあいいかとあっさり自己完結させる。 「別に痛くも痒くもねえ」 先ほどのビビの問いに応えると、外傷がないか一応調べていたチョッパーが不思議そうに首を傾げる。 「ゾロ、困ってないのか?」 「いや。困ってるぞ」 『あ、困ってたんだ』 「おまえらな」 意外とばかりに、しかも声を揃えて言われれば、さしものゾロも顔をしかめる。 「困ってるに決まってるだろ―――こんな」 すうと息を吸って、ゾロは重々しく言った。 「服が合わないと」 *** 能天気でアホ、プラス、無頓着のバカの烙印を押されたゾロは、ルフィに換えのハーフパンツを貸してもらい、それをはいている。 何事も楽しみ生きるルフィのはしゃぎようは、ゾロの落ち付きぶりと正反対で、かつ比例していて、 「ゾロがおれよりちっちぇ〜!」 何が面白いのか、腹巻きをつけられなくて不て腐れた面持ちを隠さないゾロのかわりに腹巻きをしている船長である。「おまえな、あとでちゃんと返せよ」 「うっしっし! 気が向いたらな!」 「あんたそんなダサいもん良くつける気になるわよね」 「今だけだ!」 「おまえ、本当に返せよ」 「気が向いたら!」 『どっちだよ!』 チビゾロとナミのツッコミを受けて、ウヒャヒャとゴムが飛び跳ねる。 元気も盛りの少年時代、凄味を増すと人を射殺さんばかりに凶悪になる双眸も、幼いとやや剣が取れて何処かあどけない。 むっつりと真一文字に結んだ唇も、身体がすっかり若返ってしまったせいだろうか、いつもの無表情に比べて各段に表情豊かで、それを見たナミとビビは密かに微笑う。 すっかり子供の体型に、当初(一応)困惑していたらしいゾロも、すっかり十年近く前の感覚に馴染んでしまったらしい。恐るべき順応性を褒めればいいのか、飽きれたらいいのか。 当面の小剣士殿にとっての最大の難関は―――服は解決したので…足は裸足で―――いっとう大事にしているらしい白い刀を噛めなくなったことだろうか。 「顎の鍛錬が足りてねえんだな」 しみじみ納得したゾロに、容赦なくツッコミを入れたのはウソップだった。 「ってか! 普通の人間は! ましてや子供なんだから刀咥えて振り回せるはずねえだろっ!」 何とも常識的な意見であった。 原因が分らない…とにかくは今のところ…分らないため、対処の使用がない。 チョッパーは何度も、丁寧にゾロを調べていた。頭を打っていないか、何か変なものを摂取していないか、ひづめで手のひらをひっくり返されてくすぐったくって笑うと、チョッパーは驚いて、 「ゾロは笑うといい顔になる。もっと笑えばいいと思うぞ?」 純粋な愛くるしい眼差しで見上げられて、目を白黒させていたゾロにチョッパーは照れたように笑った。 「エッエッエ! きっと、ゾロの視線が近いからかな。顔が、よく見えるんだ」 子供になったゾロより、やっぱり小さい船医は…勿論、いざというときは誰より大きな体格になることも出来るのだけど…照れたようにもじもじする。 (そうか) 背丈が近ければ近い分、表情が真っ直ぐ視界に入ってくるのだ。 例えばギリギリ一センチの差があるだけの相手の表情も。 (―――ふぅん) 祈るように顔を伏せた敬虔な眼差しすら、ゾロの視界に、綺麗に、クリア過ぎるほどに突き刺さってくる。 「早く原因を見付けような」 「…そうだな」 敵襲がないうちに。 最もこの船の連中が簡単にくたばるような連中でないことぐらい、ゾロは百も承知している。 ただ…今は、航海中で、しかも。 (ビビの一件もある、と) 悠長にしていられないところに、思ってもみないトラブルだ。 さぞかし仲間達は顔を顰めると思ったが、意外と面白そうにしているあたりが一筋縄ではいかない―――しみじみ、思う。しかもビビまで、おろおろと心配そうにしていたかと思えばゾロの、 「服が合わないと困る」 という発言に噴き出していた。涙まで浮かべていた。 道化役は向いていない…性に合わない、そう思うのは今も同じだが、息抜き程度の「トラブル」であってくれればそれにこしたことはない。 ただ、何故か意識の片隅に引っかかるのはクソコック―――サンジの存在である。 不思議なことにゾロが辺りを見回せば、必ずといっていいほど視界に入ってくるのだ。 (―――偶然、か? …気のし過ぎだろ) そう思っては見たのだが。 「うわ、アホ! なにしてやがるッ!」 「何って…」 見張り台によじ登ろうとすれば半分までいったところで怒鳴り声に邪魔される。 「見張りしようと思ったんだよ。 なんだ、なんかようか?」 とひょいとそのまま飛び降りれば、 「怪我したらどうするんだ、アホ!!」 鼓膜が破れるかと思うほどに怒鳴られて、逆にぽかんとした。 「…は? なに、言ってるんだ? てめえ、大丈夫か?」 俺が怪我なんかするはずねえだろ、当たり前のことを当たり前のように言った。ゾロにとってはその程度のことだったのにも関わらず、サンジは一瞬目を丸くして(まるで反抗期を迎えた子供を前にした母親のように!) 「あ、そうだった」 呟くのだ。 「間違えた」 (なにが、間違えただあ!?) しかもこれが一度や二度で済めばいい。 こっそりと倉庫を…酒瓶の並んだ棚にそろっと手を伸ばして、届かなくて舌打ちしていると後ろから白い手がにゅうと伸びて簡単に瓶を取ってしまった。 「あんま呑むなよ、身体に毒だ」 ごく当たり前の口調でサンジはさらりと言って、ほんの少ししか入っていない瓶を差し出されたりとか。 口をぱくぱくさせているゾロの頭をぐしゃぐしゃ撫で、 「悪かったな」 後は愕然とするゾロ少年だけが残った。 *** 自覚はあるのに、サンジを支配する感覚の曖昧さといったら、味のはっきりしないスープみたいだ。 それを必要な時は美味しいと啜ることが出来ても、逆に安定を求める時は遠慮したい味。 大変なことをしてしまった自覚はある。 (子供じゃねえんだから) 子供にしか見えなくても。 「マズ…」 「何が不味いの?」 からかうような声色に、サンジは慌てて振りかえり笑顔を取り繕う。 「ナミさん!」 「料理を失敗した…ワケ、じゃないわよね? サンジ君にしては珍し過ぎる失態だもの」 「勿論です。レディにお出しする料理はすべて慎重に、かつ満足していただけるように作りますともっ!」 「そのだらしない笑顔で言われると、いまいち信憑性が薄くなるんだけど」 うっすら、サンジの恋してやまないオレンジの髪の美女は唇を綻ばせる。 「コックさんだもんね」 「ハイ。料理に関してはウソはつけません」 にへらと笑ったサンジを見据えて、 「じゃあ、何がマズイわけ?」 「抜け目のないナミさんも素敵だ〜!」 「そんな言葉で誤魔化すつもり、サンジくん」 「まさか、僕は貴女の思いのまま、恋の奴隷と思し召し下さい―――!」 「サンジくんって」 ナミは飽きれて椅子から立ちあがる。 「変なとこ、頑固よね。あいつらそっくり」 「…あいつら?」 「そうね、例えば」 まるであくどいことを考えた猫のように、にんまりナミの目が笑う。 「―――ゾロとか」 (ああ、容赦ないカウンターパンチを繰り出してくるナミさんも素敵だ〜!) たとえその攻撃がサンジの舌を凍りつかせても、この恋は永遠と、馬鹿なことを考えられる。 スープの味を感じなくなる舌は、お役御免。しばし、料理人臨時休業。 休憩が必要である。 (なんだかね) 図体がでかいはずの子供達…ルフィをはじめとするやつらがカルーの背中に乗っている姿が見える。チョッパーが歓声を上げてはしゃぎ、ウソップが実験がどうたらこうたらいいながらカルガモの尾羽を抜き取ろうとして、ビビに怒鳴られて。 ルフィが大声で何かを叫んでる。ウソップがそれに乗る。何事かとチョッパーがふこふこのカルーの羽根の上で飛び起きて、驚いたカルーが羽根をじたばたさせて。 それ見て、あの緑頭のクソマリモ…子供マリモが笑ってる。 (…なんでしょね) あんなに無邪気に笑う剣豪の顔を、いまだかつて見たやつはいるんでしょうか。 (いたんでしょうね) 実際にやつは、ああも素直に笑えるのだ。子供の姿だからだろうか、ずっと表情豊かで顔色がころころ変わる。ルフィに頭をがしがしとやられてうるさそうに撥ね退けながらも、くすぐったいという顔を隠さない。 進路を見ていたナミがホースを持って彼らに近づく。咄嗟に身構えることが出来たのは何人いたことか。容赦なく海水を叩き付けられてどっと歓声があがる。 (あー。あー。無邪気ですこと) 不て腐れて靴を脱いで放り投げて煙草をふかしていると、声がかかる。 「なあ」 (うるせーうるせー) 「なあ、おい」 (何だってんだよ、御機嫌取ったって無駄―――) じっと覗きこまれると腹まで見透かされそうな目が、自分を見上げていた。 「さっきから呼んでるんだから、返事ぐらいしやがれ」 笑ってないのに、どこか笑ってるような無邪気な瞳が見上げてきてる。 「なんだよクソ…―――ゾロ」 「クソはいらねえ」 何だかおかしそうに片頬をくしゃっとさせたゾロが、 「ヒマそうなサンジも呼んできてやれって」 ゾロが、 ゾロが、 (クソうざい) 声が。 (―――なんで呼ぶんだ) 幼い声が。 「ゾロ」 笑顔でサンジはゾロを手招いた。 「靴とってくんない?」 「はあ?」 ふしぎそうな顔でゾロがサンジの足元と、遠くに落ちている皮靴二つを見つめ溜息を投じる。 「あのな、足、大事なんだろ」 子供の喋り方で、子供の生意気さで、子供らしくない諭すような響きで。 「…わけわかんねえ野郎だ」 ぶつぶつ言いながらしゃがんで、靴を拾う少年に近づいてサンジは手すりに手をかけた。 「履かせろ」 「―――あのなあ!」 「いいじゃねえか」 くっくと笑うサンジをゾロの目が無気味だ、と物語っている。 それはそうだ。サンジ自身もそれを肯定する。 「―――ホントに…」 *** 「世話の焼ける」 その言葉が随分と波紋を呼んでしまったらしいとしったのは、サンジに首根っこ掴まれてキッチンに放り投げられ、文句たれようと顔をあげた瞬間、デコにキスされて、絶句している間に頭を撫でられて、にっこりされて、とうとうこの金髪コックの頭はワイてしまったのだろうかかわいそうに、と思う間もなく、頬を噛まれ、ぎゃあと飛びのく間もなく唇を奪われた―――時。 「てめえはムカつく」 笑顔で言われて、ゾロはもう一度やられないようにと自分の口を必死に手のひらで隠して…響きの硬さに顔をしかめた。 「ふぁんふぁって?」 「…ぷっ。もうしねえよ!」 爆笑されて、ゾロが渋々手のひらを外し、もう一度問う。 「―――何だってんだ?」 「縮んだ子供は大人しくしてりゃいいのに」 「は? 頭マジで壊れたか?」 思わず身の危険も顧みず…いいのだ、こいつはもうしないって「約束」したのだから…そう自分に言い聞かせて、真っ直ぐにゾロは相手を睨み付けた。 「しっかりしろ、クソコック。食料がなくなったから、飽和状態なのかよ」 「―――そうかもな」 ごくつぶしにより食糧難。サンジは仕方がないので、生では食えなかったであろう粉系でパンを練った。それも最後の食事だ。香辛料のちょっと入っているだけでもありがたいスープを飲める幸せを、あいつらも味わえばいい。 それなのにあんなに楽しそうに―――しかもゾロなんか、ガキになっちゃったくせに。 サンジの口から恨みがましくこぼれる、ぽつりぽつりとした言葉。 「しっかりするに決まってんだろ」 絶対餓死だけはさせないと、ぎらぎらした眼差しで見据えられて一瞬ゾロは息を止めた。 抜き身のやいばだ。相手は剣士だ。コックという名の、剣を持つ。刀は何処だと本当に考えて、ゾロは笑った。 ぎらぎらと、滾るような擬音の似合う色合いの双眸のはずが、くせのない、一歩突きぬけた、清冽な色をしている。 「てめえが笑うと汚したくなる」 頭をチョップされかけて、やめろと手を払うとか細くもおどろおどろしい声が、ゾロをぴしゃんと打った。 「俺の知らないお前になるな。ビビんだろ」 責任感の重い奴は、息抜きの仕方を知らないと、大変だ。 ゾロは蹲ってゆっくりと息を吐くサンジを残してキッチンを出た。 青空を睨んだ。 アラバスタは近いという。早く、来ればいい。 「もう充分だ」 ゾロは淡々と言葉を練った。 「あいつ以外の笑いの種には成った、変わりにあいつがドヘタなサインを出してきてる」 相当マイっているはずだ。だから。 翌日ゾロはひょっこり「元」に戻った。 何ともないようなので、数日の夢か、それとも空腹がもたらす幻かと仲間達は笑い合った。 「おい」 ビクついた背中の主に笑って―――あえて、笑顔を作って、それが不敵でふてぶてしく、どんなに魔獣と呼ばれる凄味の含んだ笑顔であろうと―――ゾロは出来るだけ穏やかに笑って、言った。 「腹が減って目ェ回しそうだ。水でもいいから入れておきてえ」 「勝手に飲め」 実に冷ややかな対応に腹から笑い出してしまいそうになるのをぐっと堪えて、そうかと頷く。 「おい、クソコック。安心しやがれ」 「あァ? なにがだ」 ちらりと横目でにらみつけられて、ゾロは真顔で言うことにした。 「もうガキに戻ったりしねえよ」 コックは不安を見抜かれて顔中を痙攣させた。 失態、恥、こんな野郎に、 顔中に本心を書きたてるものだから、 「だから、ビビんな」 「ビビってねえよ、ボケ!」 応酬は厳しかった。 余談だが、原因はウソップの実験と、チョッパーの薬品がトラブルで混ざってしまったことでうまれた無色透明の液体をゾロが水と間違って呑んでしまったらしい。 ウソップ曰く、 「チョッパーが捨てたと思った」 チョッパー曰く、 「う、ウソップが処分したと思ってた…」 ぷるぷる涙目を浮かべてごめんなさいする二人を怒るわけにもいかず、まあいいやとゾロは流したはずだったのだが。 二人は何故かサンジに猛烈に怒られる羽目になった。 ないと不安になる、ないと責任をすべて自分の肩に押しこめる。 「世話の焼ける…」 ゾロがそれを口にするとき、妙に優しい瞳の笑顔が残る。 不似合いで不器用で不気味な笑顔の。 瞳だけ。 |
■200打キリバンリクエスト「子ゾロ」です。 ■すいません、かなりリクエスト内容と違うのは充分…充分承知しており…ああーん!(泣) ■BBのようなサンジさん幼児化(ミもフタもないわい)っぽく、ゾロを子どもで、ってことだったのですが…BBと同設定(退行系です)は難しかったので素直にちっちゃくなっていただきました。途中ゾロサンじゃなくってサンゾ…大丈夫!最後は引っくり返ったから!!(そういう問題でもなく) ■遼様、大変お待たせいたしました。結構難産でございました…。 ■余談ですがこのファイル名が「無邪気な〜」と「HONEY」とどっちもついてたのでどっちか分らなくなったのでどっちも使ってみました。 02/07/27 |
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