◎ LovEnjoy? ◎


「ロロノア、餌だぞっ」
 首根っこ掴まえられて絞め技をかけられつつ不気味なほどの満面の笑みに起こされる経験など、あんまりしたいものじゃあないんだけどなあと酸素の欠乏した脳みそでゾロは思った。
(このまま意識を手放したら楽かもしれねえ)
 けれど、悲しいかなそこまでは自分のプライドが赦してくれそうもなくて、
「…餌って何だよ」
「あ、そうか。悪ィ、悪ィ」
 ぽんぽんと頭を撫でられてうろんげにやつを睨む。
 俗にヤンキー座りと総称されるそれをしつつ、下から上目遣いに見られてもメンチを切られているようにしか見えない、正直な所。
「べっつにいいじゃねえかよ〜」
 ぷうとほっぺを膨らませて(キモイとゾロは思った)唇を尖らせて(幻覚が見えるとゾロは思った)照れくさそうに前髪をいじりながら(いますぐこいつを海に投げ飛ばしたいとゾロは思った)…凶悪な『魅力』をメリメリっと軋むような音と共に振りまいている―――サンジは。
 ふとしたきっかけでゾロに恋して…恋(なんと恐ろしい響きだ!)…恋してしまったらしいサンジは、こうして所構わずアホのようにじゃれついてくる。
 しかも勘違いも甚だしい―――いっそ哀れみを覚えるまでの誤解。
「ゾロは俺が大好きなんだよな!?」
(ていうか言ってねえよ、そんなこと!)

 なんて可哀想な奴なのだろう、とは思う。憐憫を覚える程度にはこいつは気の毒なやつなのだ…と思えるまでに至った。
 この心境にいたるまでの経過は、あるいは悟ったといえるのかもしれない。
 否定すると肯定するまで問答無用のマシンガントークが鼓膜と脳みそをきつく混乱させるまで畳みかけられるように放たれ、思いきり揺さぶられる。
「俺に起こされたいあまりに寝たフリすんのもカワイイけど面倒だからさっさと起きろっ!」
 笑顔で首を絞められて、やっぱりこのまま意識を失えたらと思うのだ。
(だけど意識を失ったら好き放題にされるような気がする)

 ゾロは思う。多分、この目の前でニコニコしてるアホなコックの思考は、一生涯理解することは出来ないのだろうと。
 サンジの思考はまるで複雑奇怪な迷路だ。ゾロには想像もつかない妄想を膨らませて悦っているに違いないし、それを垣間見ただけで戦慄を覚えるのだ―――もし、なにかの偶然で奴の脳内を覗くようなことがあったら卒倒してしまいそうな気がする。ていうか、見たくない。
 サンジの認識では―――サンジ自身はゾロに想われ(頭痛)愛され(痙攣)大事に大事にされてる掌中の珠のようなものであり、そんなサンジは自分にメロメロ(呼吸困難)なゾロを淡く可愛らしい恋心(心不全)で見守っているというワケ。ちなみにここらへん、まだ序の口である。

 なぜ…とか、どうして、とか聞いてはいけない。聞くこと事態が無駄な行為だ。
 サンジの中ではそれが『正しい関係』として処理済みであり、修正は目下不可能に近い。
 思い込んだら一直線、という凄まじい習性にゾロは血涙流して夕陽に向かって叫びたくなるのだ。
「何で俺なんだ―――!?」
 サンジなら笑って言うだろう。それこそ愚問なのだ、と。
「だって、おれはゾロが好きなんだもん★」
 本人が可愛いと思っているらしい仕草でウインクと愛嬌までたっぷりつけて、ゾロにカウンターパンチを食らわすのだ。
(どうにかしねえと)
 はっきり言う。これは死活問題だ。生死を賭けた決闘のようなものだ。
 気を抜けば口車に乗せられていつのまにかサンジの誤解を増やしている羽目になる。
 最近では適当に流して聞いていれば、サンジの御機嫌は持続するらしい―――つまり、必要以上に絡まれなくてすむ、ということを学習したゾロが、
「おい、酒くれ」
「あァ!? この飲んだくれ野郎が! 一本だけだぞ」
「ああ。悪ィ」
 いちいち攻撃的に喧嘩を売ってくる奴に(ちなみに愛情表現だとサンジはふんぞり返る)…つまり、買わなければいいのだ。相手をしなければそれでいい。
 こっちが短気に短気をぶつけるから取っ組み合いに発展するのだし、しかもフツウの喧嘩ならまだしも
「この暴力亭主!」
 だとか
「愛のキックでてめえの性根を治療してやるぜ!ダーリン!……ナースの恰好でもしたろか?」
 だとか
「いっやああ〜!犯される―――ぅっ!」
 だとか
(根も葉もないことを叫びやがるからな…)
 ゾロ的には、フィジカル面よりメンタル面のダメージが強すぎて、はっきり言って戦う気力も失せるというわけ。
 結果ぼこぼこにされて、しかも精神的にも疲弊されてサンジだけ満足する。
(これじゃああのアホの天下じゃねえか!)
 さて、交わし方を覚えたのはゾロにとってなかなかの進歩といえよう。
「何だよ、素直だなあ」
 一本だけでいいと頷くと、途端にサンジは御機嫌宜しく相好を崩す。
「ああ。じゃ、貰ってく」
「あ? ちょっとまてまて! 酒だけでいいのか?」
「は?」
 ここでサンジは飛びきり可愛く(※本人曰くである)ニッコリして、小首を傾げて、頬に手を当てて訊いてくるのだ。
「ここは『お前も欲しいぜ、サンジ』とか言っちゃわない」
「いや、言わないし」
 ふるふると首を振って去ろうとするとまた暴れ出す。
「てめえ! 俺を玩ぶだけ玩んで自分だけ満たされるつもりか!!」
(なんでだよ…)
 早くもおされ気味になりつつ、ゾロは
「そんなことはねえよ」
 仕方がないので椅子に座る。
「じゃあ、お前の作ったつまみが欲しい」
「…俺じゃなく?」
「つまみ」
「ちぇ!」
 アヒルのように口を尖らせながらも、ゾロが留まったことに満足したらしい。
「何だかんだ言いながらてめえは俺に頼りまくりだもんな〜?」
「ハイハイ」
「照れ隠しのあまり素直になれねえてめえの不器用さは、俺が一番よ〜っく理解してるから安心しろ!」
「ハイハイ」
「今はなけなしの理性で押さえつけてるてめえの欲望だが、料理する俺の後ろ姿に悩殺されちゃって『サンジ…!俺はお前が欲しい!』とか言いながら押し倒すんじゃねえぞっ!してもいいけど!!」
「ハイハ…あっ」
「え!?するのっ!?」
 聞き流し、に注意しなければならない点は、こういった時だ。
(しまった)
 と思えど後の祭。
「イヤーン! ロロノアにおっそわっれる〜う!」
 素っ頓狂な声をあげてゾロを硬直させたのち、サンジは微かに目許を潤ませて(早業だった!)口元に指をやり、上目遣いでゾロを見上げ、
「や、優しくして…?」

「〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」

 あまりの気持ち悪さに甲板に向かって全力ダッシュしてしまう羽目になった。




 最近のゾロの健康状態は良好だが、
 精神状態は限界である。
 恐ろしいことに、至福の時っていうか何も考えないで済む時間…睡眠中に…よりによって奴の姿とけたたましいラブコールがフィードバックするのである。これは怖い。
「夢にまで出てくんじゃねえよ!」
 とか言いながらゾロが必死になって投げ飛ばすのに、そう、あの不死身の男はどんなにべちんごちんと床に投げ倒されても、まるで(遊んでもらってる+かまってもらってる)=愛溢れるスキンシップ、としか認識しない都合の良い頭の持ち主で、
「俺のことを思う余りの結果だろ?」
 なんて笑顔で大げさに両手をこう、仰ぐわけだ。
「恋しいあなたに会いたくて〜♪ 夢の中まで超見参!! なんちて!」
 どうしよう、救いようのないアホだ。
 こういうのを多分悪夢というのだ。
 実際もがくように飛び起き、丁度通りがかったウソップがゾロの形相を見て悲鳴をあげて走り去ったこともある。
 毎度毎度サンジの気配に怯えて狭い船の上を逃走するゾロの姿を見てナミが飽きれて薄く微笑み、チョッパーが涙目でぎゅっと両手を組む。
 脳天気なのはゴムな船長と元凶ぐらいなもので、ゾロは溜息をつくしかないのだ。
「いや、ていうか何とかしねえと」
 サンジに熱烈なアタックをかまされるようになってからゾロは自分の胃の位置をはじめて知った気がする。
 それまではどんなに食っても飲んでも平然としていた胃が、もう勘弁してくれ!と痛みという結果でもって悲鳴を上げたのだ。外部損傷は慣れているが、内部破壊はなかなかどうして初めての経験に近い。
 ゾロは生を受けて十九年目にして初めて、人はストレスによって苦痛を受けると知ったわけだ。
「なんか対策を考えねえと」
 本来ゾロは良く言えばおおらかで、悪く言えば無頓着なのだ。
 大抵の問題もそんなに大事でなければ騒ぐ必要性を感じないし、別にいいじゃねえかで済ませてしまう。
 しかしサンジという存在は、はっきり言って無視していればいいレヴェルでは済まない。
「食い殺される」
 冗談じゃないんだってばってくらい本気である。
 殺気を感じてとっさに目を開けたらこっそり一発ちゅーでもかましたろ!の心意気でというか恐ろしい形相で迫り来るサンジの顎をぶっ飛ばすのもこりごりだし、ハンモックで寝ようと薄い毛布をめくったら「よう!」とかすでに先客がいて毛布をかけなおしてダッシュで逃げるのももう充分だと思う。
 甲板に座っていると、ロロノアセンサー(ナミ命名)の内蔵されているラブコックがふらふらとキッチンから顔を出し、ゾロはその視線を受けてぎくりと肩をふるわせた。
「よっ!ロロ!」
 うきうきした足取りでやってこないでほしい。しかもなんで微妙に足の間違ってるスキップなのだろうか? 彼は本気なのだろうか? …いや、愚問である。
 奴はいつでも本気全開だ。
 くるりと身を翻したゾロの首根っこに齧り付いて、
「いやてめえ、無視してんじゃねえよっ!」
 嬉しそうにじゃれついてくるのである。
「ってめえな! いい加減ふざけんのはやめろ! ていうか俺で遊ぶな!」
 ていと背負い投げすると猫のように着地したサンジはにやりと笑い、
「何を言うかロロノア!」
 誇らしげに何故か胸を張って、彼は高らかに宣言する。
「おれは立派な乙女になっててめえをオトすと心に誓った男だ! 男に二言はねえ!」
 お願いですからやめろ、と言いたくなる。しかももうこの発言時点で矛盾しているのがわからないのだろうか、このアホは!
(男は乙女にゃなれねえだろ)
 男らしい宣言をする乙女…すなわち、この時点で大半を失敗していると、なぜこのアホ眉毛は気づかないのだろうか?
「まりも! 実はな! すっげえものを見せてやろうと思ってよ!」
「何だよ」
 下手に邪険にすると鳩尾に踵がめりこみ、肩にハイキックが飛んでくる。
 だから渋々ゾロが聞き返すと、
「いいからちょっと来い! ちょっと来い!」

 キッチンで何かやっていたかと思えば…と、
 イヤな予感が立ちこめる。
 こういう予感は外れないものだ。いっそ外れてくれれば心の平穏は保たれるというのに、ここ最近不穏以外のものがないというのが残念過ぎる。
 ナミとビビのはしゃいだような声が聞こえる。キッチンに通じるドアの前に立たされて、
「俺がいいぞって言ったら入ってくるんだぞ? 覗いたりばっくれたりしたらぶっ殺すからな!?」
 笑顔で脅迫してくる。
 こいつは本気で俺が好きなのか?
 ゾロがそう思っても仕方ないだろう。この場合!
 わたわたと一人キッチンに戻っていったサンジは、数分も立たないうちに「いいぞ!入れ!」と浮かれ声で命じてくる。ここで退散したらきっと飲酒禁止もしくは襲われる。
「一体なんだって………っ!?」

 目に入ってきた光景にゾロの心臓は思い切り殴り飛ばされたような衝撃を受けた。

 尖ってる。
 と、
 言えばいいのか。

 そう、それはツンと尖った山が二つ。虎の模様だろうか。
「どうだ! すっげ可愛くねえ!? ていうかクソ似合うだろ〜!」
 嬉々としてサンジははしゃぎ、後ろでどうやらそれを制作していたらしいナミとビビが、テーブルに突っ伏するように倒れている。恐らく笑っているのだろう。

「どうだ!! このネコミミ!!」

 可愛らしさ倍増じゃねえ!?とかぶっこかれ、ゾロは自分の神経が破綻していく音を聞いた。

「ちなみにこれ。お揃いの尻尾」

 ケツから垂れ下がる長いそれを掴んでぶんぶん振りまわし、サンジは小首をかしげてみせる。
「可愛い?」

「そうか…狩り時か…」
 ちゃきりと愛刀を鳴らして鯉口を斬れば、ナミが爆笑しながら手を振る。
「やだー! ゾロったら、ちゃんと可愛いって言ってあげなさいよ!」
「てめえがこういうこと吹き込むからただでさえ憐れなこいつがアホになるんじゃねえか!!」
「なあなあ、可愛い? 可愛いだろ? むしろ可愛いよな?」
「やめろ! へばりつくな!」
 ぷっつん切れかけた神経を繋ぎとめるだけで精一杯だというのに、
「そうか…小道具が足らないのか!」

 サンジは慌てて椅子にかけてあったエプロン(DOSKOI PANDAとプリントされてある)をつけ、片手にフライパンを持って、

「ネコミミ新妻風!!!」




「…」
 後ずさりするゾロを、にじりよるようにサンジ(猫耳)が追い詰める。
「可愛いだろ?」
「…や、やめろ…」
「可愛いよなあ?」
 悪鬼だ。これは悪鬼に違いない。
 猫耳と尻尾とエプロンとフライパンという恐怖のオプションをつけたサンジは、まさに完全防御の鉄壁…隙がないのである!
「可愛いよなあ?!」

 シュミレートしてみる。
 ここでゾロがまかりまちがって「可愛い」とか心にもないことを口走る→サンジが調子に乗る→しかも此処にはナミとビビがいて、間違いなく証人になるだろう。ゾロはサンジを可愛いと認めた、と→つまりサンジはゾロとラブラブだと思って疑わなくなる(今もだけど)→ということは?

 クルー公認?

(…だ、大剣豪になる前に散るわけにはいかねえ)
 しかも仲間に殺されるなんてエゲつなすぎる!!
 しかし今日こそは負けてはいけない。
 いつも押されっぱなしでは剣士が廃る…いや、男としてどうか!
「―――い」
 必死に声を振り絞り、ゾロはなんとか引き攣る頬を無理矢理動かす。
「い、つもの…てめえのほうがいいんじゃねえか!?」

 んガーン!
 とばかりにサンジがフライパンを足に落とし、今がチャンスとばかりに畳みかけるようにゾロは行言った。
「クソコック、そのてめえのウニな頭でもわかりやすいように言ってやるからよーく考えろ!
 お前は俺がその…ね…猫耳と尻尾つけて首傾げて可愛い!?とか聞いてきやがったら笑顔でうなずけるのか!?オラ、言ってみろ!」
「…っ!」
 怯えたように身を引くサンジに、ゾロはとどめを差した。
「俺が腹巻きの上に割烹着と菜箸持って、猫耳若奥様風とか言ったら…」
「ああああああああ〜ッ!!!!」

 元々女好きのサンジである。
 はっきり言ってゾロのそれはグロい。エゲつない。

 見ればナミとビビまで蒼白になって凍りついている。

「うああああああああ〜!!!」
 喉を掻き毟るようにして全身に鳥肌立てて、サンジは明日に向かってダッシュした。
「いやだああああああ〜〜〜〜ああ〜〜〜ああ〜〜あ〜」


 ぼちゃん。


「―――勝った…!!」
 水音とウソップ&チョッパーの叫びが聞こえたと同時に、ゾロはぐっと拳を握り締めた。
「あのアホを退散させてやった!!」
 初めての快挙である。これで勝負は五分と五分。あとはあのアホを正気に戻らせれば…!
「ていうかゾロ、あ、あんたそんな趣味が!」
「ねえよ!!」
 ふるえるナミの言葉に力一杯怒鳴り返して、ゾロはしばしの平穏の予感に打ち震えた。


 その夕方遠泳から帰還したサンジがカジキマグロ(途中で獲ったらしい)片手にもじもじしながら、
「いやでも、俺ゾロだったら……お、お、お揃いで嬉しいかもー!!」
 とか言われてゾロが卒倒するのは、

 また、別の話である。


Love&Joy?
◎アホは死んでも直らない、という感じで乙女失敗です!いやほう!!(鬼氣)
◎乙女失敗は書いてて楽しいですがぶっちゃけ疲れます。かなり。
◎すべてのパウワ(Power)をサンジィに吸い取られていくような…サンジィやめてえ…もうやめてあげてえ…とかゾロのようにうなされてみたりもします。

◎このお話は裏キリバン150ゲッターうつふし誼様のリクエストより作成しました。
◎リクエスト内容は「サンジを負かすゾロ」とのこと…で…え?…あれ?
◎愛は楽しく!!!
◎誼ちゃん、ごめんなさいいいいい!!(泣きながら逃走)

02/05/17

Return?

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