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ラブコックのラブ記録 |
「やってられっかクソがー!!」 がしゃがしゃがたん、と盛大な派手な音がゴーイングメリー号の厨房に響き渡った。 「なんで、なんで、なんで俺が……!」 続いて、勢いのよいダンダンダンという音が蔓延する。包丁の音だろうか。 この船の厨房で働く者と言えば一人しかいない。人呼んでラブコック。無類の女性好き。フェミニストといえば聞こえは良いが、その実単なる節操なし。それでも本人いつでも本気。オールブルーを求める料理人。キック達人足技鉄人。 我らがサンジその人である。 そのコックが、これほどまでに不機嫌であることは珍しい。男限定ではあるが喧嘩っぱやい性格、それでも基本的には心優しいのだから。 「クソッ、クソッ、クソじゃ足りねえドクソッ!!」 その彼が怒りをぶつけている矛先は……目の前の、肉。 哀れ、昨夜彼自身が停泊している街から仕入れてきた肉は今や完全に八つ当たりの道具である。 必要以上に切り刻んでいる気もしないではないがそこは天下の料理人。最後には何とかするだろう。 問題は、そこではないのだ。 問題は……彼の怒りの矛先ではなく、元凶。対象であるのだから。 「あんの、クソマリモッ!!毒盛ってやろうかコンチクショー!!!」 元凶イコール、クソマリモ。 緑の髪の毛からそう名づけられたであろう、剣豪ロロノア・ゾロなのだ。 事の始まりは一時間前に及ぶ。 いつもの如く騒がしい昼食が始まり、騒がしく食事が営まれ、ナミのみに出されたサンジ特製デザートの争奪戦が行われ……そして、すべてが終了した時。 ナミがある事に気がついた。 「あら?一人……足りなくない?」 ひのふのみ、と指差し確認をしてもやはり足りない。 首を傾げたナミは、おもむろに細い右手を勢いをつけて挙げた。 「ルフィッ!!」 「おうっ」 「ウソップ!!」 「お、おうっ!?」 「サンジッ!!」 「は〜い!」 「ゾロッ!!」 『…………』 「ゾロッ!!」 『…………』 ……………………。 沈黙が落ちた。 ぐるりと船員を見渡し、ナミがひとつため息をついた。 「ゾロが足りないわ」 「落っこどしたっけか?」 きっぱりと告げたナミに間髪いれずルフィが笑いながらそんなことを問う。いーやそれはねェ人だしよ、とウソップが右手を顔の前で振るがルフィはさっぱり見ていなかった。 「おかしいわねー。ご飯の時には起きてくるはずなんだけど」 気づけば寝ている剣豪ゾロ。 それでも飯時になるとそれを察して起きてくるから不思議というか食い意地が張っているというか。 「ちょっと、見てくるわね」 ナミが立ち上がり、男部屋の方へと歩いていくのを全員で何となく眺めた。ほどなくして戻ってきたナミが、真顔でサンジに向き直る。 「サンジくん」 「はいっ、ナミさん!何でも仰ってください!!」 びしいっと直立不動になり敬礼までしたサンジに、ナミがにっこりと微笑んだ。 「ゾロ、風邪引いたみたいだから、看病お願いね?」 「はっ…………はい?」 問い返してもナミは素知らぬ振りでさっさと姿を消してしまう。 そんなつれないナミさんも好きだぁ〜と叫びたいところではあるが、如何せん少し事情が違う。 「……あいつが、風邪ェ?」 世界一似合わない病名もあったもんだと、悪態をついた。 ナミの命令とあれば仕方ない。 意気消沈しながら男部屋へ病人食の代表、粥を持って向かう。これでも誠意をこめて作ったのだ。誉めてくれてもいいと思う、とサンジはひとりごちた。 扉が開く音がやけに耳に響く。柄にもなく緊張してしまうのは鬼の霍乱とも言うべき事態が目前に迫っているからなのか。 「おう、なんだてめェ風邪引いたんだっ……」 その緊張を払拭するためにわざと飄々と言ってのけようとして……サンジは凍りついた。 ゾロが寝ている。 「ってそれはいつものことじゃねェか」 一人で当たり前の事に驚きツッコミを入れる。はっきり言って馬鹿だった。 ゾロは、汚い男部屋の真ん中にでかい身体で寝転んでいた。大の字になってはいるが布団がきちんとかけられている。多少赤くなった頬が熱があることを如実に表していて、これは本当に風邪を引いたのかと、少しだけサンジは慌てた。 「おい、マリモッ!てめェのせいで一人ボケ一人ツッコミしちまったじゃねェか恥ずかしい!!」 ほとんど言いがかりである。 その声に目を覚まさせられたのか、ぱちりとゾロの目が開いた。 サンジの身体がぎくりと硬直する。何故ここまで意識しているのか、サンジ自身にももはやわからなかった。 「おう、何だてめェか」 寝起きの低い掠れた声でゾロがぼんやりとサンジを確認した。半分寝ぼけているだろう声音でどうしたんだ、ととぼけてくるこの剣豪に、本気で蹴りを食らわしたくなった。 だが相手は病人。しかも、ナミに任された大役だ。 「……どうしたもこうしたもねェ。お前が風邪引いたみてェだから優しいナミさんが俺に看病を頼んだんだよ。粥作ってきてやったから、食べろ」 「粥?」 ゾロの目線が、サンジの顔から手の中にある器に動いていくのを事細かに観察してしまった。 今なら何センチ移動したかだって言えるくらいに。 だがその器をじっと見つめたゾロの口から飛び出したのは、こんな言葉であった。 「いらねェ、肉よこせ」 ラブコック、爆発。 「ぜ、贅沢を言うんじゃねええええええええええええええええええ!!!!!」 叫んで手当たり次第に物を放り投げ蹴りつけついでにゾロの頭に器をどでんと置いてやる。 「肉だなチクショウ!!病人だからって付け上がるんじゃねえぞコラァッ!クソウッ!」 目の前の男に対して怒りをぶつけられない悔しさから、なんかもう子供みたいな口調で悪口雑言を並べ立てる。一方ゾロは何がそんなに腹が立つのかさっぱりわからないといった風情でサンジの怒りなどどこ吹く風だ。 ほぼ半べそをかきながらサンジは部屋を去った。 ゾロに肉料理をこしらえるために。 この期に及んでそれでも精のつくメニューを、と頭で即座に考えてしまうのが本当に腹立たしかった。 そして、現在に至るのだ。 切り刻まれた肉を前に少し目から鼻水を流してみる。 空しかった。 どうして自分は、あの刀馬鹿のためにこんなに怒って、一生懸命になっているのだろう。 「チクショウ……」 ぼんやりと遠い目をしてサンジは手を動かした。というより、身に着いた習性で止まってくれなかったのだ。 哀しい。 「お待ちどうさんよー……」 ほとんどやけくそで栄養たっぷりのシチューを作ってゾロの元へ持って行く。一服は盛ろうとして人として思い留まった。 今度は、ゾロは文句を言わなかった。 黙ったまま皿を受け取り、あぐらをかいて座り込んだその場で、黙々とスプーンを口に運ぶ。 その横で、何となくサンジも沈黙してその様子を見守った。 室内には静けさが漂う。この二人が揃って、実は初めての事態かもしれなかった。 (……なんだこの間は……) そわそわそわ。サンジが落ち着かなく肩を揺らす。 何だかとてつもなく奇妙な空間であった。 「おい」 その空間を破ったのは、ゾロの一言。 「お、おう、何だ」 ずい、と突き出された皿を受け取りながらサンジが気合を入れてゾロを睨んだ。 それを横目で見たゾロは。 不意に。 片方の唇を持ち上げ、笑った。 「ありがとう」 ――――ラブコックに電撃が走った。 「にょああああああああああああああああ!!!!!!!!?????」 奇声を上げて、コックは逃げた。あらん限りの力を振り絞って、逃げた。脱走した。 動揺したなんてものじゃなかった。 あんなのは、反則じゃないのか!! 心臓をどぎまぎさせたサンジは甲板にてがっくりと膝をついた。 今、俺は。 何を見てしまったのだろう。 そんな疑問をぽつりと胸に抱いて、サンジは震えた。 (こっ……これはもしや、『恋』……!!!) 何か盛大に勘違いしている気がしないでもない。濃い、と間違っているのかもしれない。だがある種舞い上がったサンジにはもうどんな理論も通用しなかった。 「お、俺は……野郎に恋してしまったんだーーアァァァ嗚呼ああぁぁぁぁああああああ!!!」 その日。 サンジの男泣きは夜中まで続いた。 ちなみにその後、コックの献身的な介護で、剣豪の風邪は治ったとか悪化したとかなんとか。 ――――合掌。 |
■恋というのは突然なものさ!!(叫) ■シキの双子の妹、ゆきゆきが書いてくれたゾロサン?SSです! ■ちなみに彼女は普段はルナミ書きです!!(笑) ■はーはっはっは!まんまと罠にかかりやがったァ!!!(邪笑) ■なんてお姉さん、思ってないよ。思ってない。ふふ。 ■この調子でどんどこゾロサンを書いて行って欲しいものです。姉にかわって。 02/02/20 |
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