ワイルドチェリー(さくらんぼ忍屋SIDE)



「ゾロ、頬袋してくれよ」

 とまあ奇妙な頼み事をゾロがサンジからされるようになったのは、まだGM号にビビが乗っていたころではなかったろうか。

 頬袋というのは、ようは時折ルフィやチョッパーあたりがやる口の中になんでも詰めてリスかハムスターの如く頬を膨らませる、という荒業である。
 飯はゆっくり味わって食え、と口うるさいはずのコックが、何故だかそんなことをねだるようになった。しかも、天敵とも言えるゾロに対してだ。
 元々何を考えているんだか解らないところがあるサンジだ。わかり易い挑発に乗ってしまうゾロもゾロだが、いつも喧嘩の火種を吹っかけてくるのはあのコックなのである。
「…もぐ」
 何を企んでいるのだかわからないので警戒しながらも、もごもごと肉まんを頬張るゾロをじっと見詰める目は真剣そのものだ。
 観察されているみてえで居心地が悪ィな、とゾロは思ったが…実際はその通り、サンジはマリモ観察に夢中だったのである。
 わざと口一杯にアツアツの蒸かしたて肉まんを詰めこんで頬を膨らませるゾロの姿はなんだか間抜けだ。ぷっくりした頬をしげしげと眺めサンジは目を細くする。

 もぐもぐ、ごくん。

 他人に見られる食事をこれほど気にするのは初めてだ。サンジの「頬袋観察」が始まって徐々にゾロはそう思い始めていた。
 食べる行為など特別に思ったことはない。確かに美味いものを食べると「うめェな」と感じるが…独りの放浪期間がそれなりに長かったせいか、生きる為に摂取するという感覚でいた。
 だからこそ無頓着にどんな味の悪いものだろうと口に含んで(まあ腹を下したこともなかったので)初めてバラティエで飯を食ったときは「お?」と思ったのだ。
 一番最初に含んだスープが格別に旨かった。

 ゾロの舌は優秀ではないが、それでも、もう一度あれを味わいたいと思うくらいなのだから相当印象深かったのだろう。
 料理人が仲間になって初めて食べた食事は、ナミの故郷であるココヤシ村を出て少し経ってからのことだった。ココヤシ村では魚人に解放されたことを祝って盛大な祭りが夜を徹して行われ、各家庭の奥様がたが自慢の料理を披露していたこともあって、いまだその時点ではコックの腕がふるわれることはなかったのである。
 実は料理人の調理する食事を口に含んだとき、ゾロは再び「お?」と思った。
 あのスープはこの男が作ったものなのか。
 それほど敏感でない舌だが、確信を持って言える。あれはサンジが作ったものなのだ。
 ―――というわけでメリー号のクルーに、あのいけすかない料理人が加わって食生活は以前より格段に豊かになったのだが、なぜだかあの男はゾロに殊更食ってかかる。
 厄介な野郎だと思いつつ邪険にしたり、あるいは挑発するのがたいそう上手いあれの口車に乗って乱闘することもしばしばだが……まあ悪くはない。
 ゾロは少しずつ、食事をすること、の根底にあるものを料理人からその食事を通じて教えられていったわけではあるが、さすがに食事をするさまをまじまじと見るのは不躾ではないかと思わずにいられない。
 人一倍テーブルマナーに煩いサンジが、なんでまたゾロの食事に…咀嚼から嚥下までをじーっと睨み、しかも頬を膨らませて食う行儀の悪さに固執するのか。
 そんなの、ゾロはサンジじゃないのでわからない。
 無神経大王ゾロは、やっとこサンジにあからさまな視線をぶつけられることで、ようやく(なんだか居心地が悪いぞ)と思うようになった。
 その視線は強く真剣で、でも何処か面白がっているみたいな。
(わかんねえ野郎だ)
 しっくりいかないものを覚えながらゾロは今日も、もぐもぐごくんと繰り返す。


2003/12/28 発行

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