★ 大人なパピィとキティな主人。 ★
〜犬がきました プレゼントボックス〜
Presented by RuiRui
★★★Adult puppy and kitty the Master


『だから…おまえは一体どうしたい?』




 サンジはその時「思考が止まる」という事を体感していた。
 まさに「固まって」いたのだ。
(……なんか…ヤバ…イ…気がする…)
 ようやく思考らしきものが形を取り始めたが結果としてそういう言葉にしかならなかった。
 現実を直視したくなかった。
 まるで射貫かれるような真剣な眼差しで見つめられていることとか自分より―――いつのまにか身の丈も厚みも追い越された―――大きな胸板に押し付けられるように抱きしめられていることとか回された腕の強さとか匂いとか体温とか優しさとかそういったものを意外に冷静に感じている自分をも、忘れたかった。
 考えること自体を拒否、したかった。
 だが目の前のコイツはそれを許さなかった。


 どうしてこんな事になったのかわからない。
 さっきまではごく普通だったように思う、が既に思考が混乱していてハッキリ思い出せない。
 確かいつものようにバイトから帰って飯作ってゾロと食って後片付けをして、確かそれからだったろうか。
 なんだかゾロが変な事を言い出したのは。

「お前に触りたいと思う時は全部ヒートなのか?」
 ゾロはいつでも唐突だ。
「―――はい?」
 間の抜けた声が出てしまったけれど他に聞いているヤツもいないし、いたところで誰もサンジを責める事は出来ないだろう。
 うっかり漱いでいた茶碗を取り落としそうになったが、そこはきちんと掴みなおして洗い場の作業を完了させる。
 そうして頭の中で今の問いかけを反芻してみる。
 しかし反芻より先に頭の中をよぎったのは
(ナンダカコノハナシハシナイホウガイイヨウナキガスル…)
 嫌な予感というものほど頭の中を高速で駆け巡るものだ。
 キーワードは「ヒート」
 忘れるはずも無い、ゾロの記念すべき―――発情期―――。
 うっかりマウンティングなぞされかけたのだ、忘れたいが忘れられないのだ悲しい事に。
 それでも飼い主であるサンジはゾロの問いかけを無視したりは出来ない。
 振りかえりながらシンクに身体を預けてとりあえずは内心の動揺をゾロに悟られまいと煙草に火をつけながら目線は反らしたままに問いを返す。
「……なんつった、今?」
「だから、お前に、触りたいとか、キスしたいとか、舐めたいとか、噛みたいとか……」
「うわぁぁぁぁ!!!やめろ!言うな!STOPだ、STOP!!!!」
 いちいち指折り数えて丁寧に言ってくれるゾロのその行為を微笑ましいと思える自分が今はいなかった。
(…じ、地雷か?地雷を踏んだのか俺?!いやこの言葉の使い方で正しいのか?!)
 セルフツッコミを入れる程度に余裕があるのかそれとも逃避なのかそんな事を考えながらも思わず両耳を塞ぎしゃがみ込んでSTOPを叫ぶ。
「違うのか?」
 既に飼い主の奇行には免疫のあるなかなか利口な飼い犬はその叫びを否定ととっていいものかと困惑気味だ。
 耳はふさいでも聞こえるゾロの声にしゃがみこんだまま顔だけをあげる。
「いや…えーっと、それはヒート…としては違ってない…けど」
「けど?」
「一般的に言うヒート、正しくは「発情期」っつーのはシーズンがあって、その期間だけ、そういう…事がしたくなるんだ。お前がいつか「いい匂いがする」って言ってたのはそのサインみたいなもんだな」
「じゃぁ、あの匂いが無いときに触りたくなるのはヒートじゃないんだな?」
「あぁ、発情期じゃないだろ…ってなんでこんな話になったんだ?」
 未だサンジは無意味にも両手を耳に当てたままなので煙草の火が髪に移りはしないだろうかと少し気になりながらもゾロは腕組みしながら答えを返した。
「触りたいから」
「何に?」
「オマエに」
「……………」
 ぱか、と口を開けたまま固まったサンジの煙草がどうしても気になるのでとりあえず歩み寄って指に挟みこんだままのそれを抜き取り背後のシンクの水で鎮火する。
 サンジの意識が正常ならば「台所でんな事すんじゃねぇ!」と蹴りのひとつもくらいそうなものだが今はそういった事もなさそうなのでよしとしよう。
 足元ではまだ口を開けて固まったままのサンジがいる。
 自分はそんなに大変な事を聞いてしまったのだろうかといぶかしみつつもこのままでは埒があかないので両脇に手を入れて立ちあがらせる。
 普段ならば抵抗しまくるだろうに放心状態のサンジはされるままだ。
 そうして目線を合わせ…ようとするがなんだか視点も定まっていないようだ。
(…なんだかなー、コイツは…)
 ぺちぺちと軽く頬を叩いて覚醒を促すとようやく意識が戻ってきたようだ。
「で?」
「…は?…で?って?」
「いいのか?」
「何が?」
 …コイツ会話する気ねぇのか?と元々短気なゾロは要領をえないサンジの会話にぶち切れた。
 両脇に回したままだった手を背中と腰に移し、背を反らせるように抱きしめながら睨み付けるように強引に目線を合わせたまま、これ見よがしにゆっくりと。
ちろ、と上唇を舐め上げた。
「!!!!!!!!」
「こうしていいのかって聞いてんだよ!」
 思いきり目の前で…それはもう話しているゾロの唇がそのまま触れそうなくらいの至近距離でサンジはまた固まった。
正に身体も思考も硬直してしまったのだ。

 いや、正確には目だけが、追っていた。
 ゾロの叫びも聞こえていたし内容もとりあえずは何と言っているのかも分かってはいたのだが。
 目が、ゾロの口元から離れなかった。
(…舐めた……)
 初めてでは、ない。
 先だっての発情期の時などは思いきり口腔内を探られて喰われてしまうのではと思うほどだった。
 だが、今のは…。
 酷くゆっくりとサンジの唇を舐め上げたそれは今までサンジの経験にはないものだった。
 濡れた、熱い舌が徐々にサンジの上唇を這い、濡らし、圧しつけるようにして、去った。
 時間にすれば瞬きの間だったかもしれない。
 が、たったそれだけの事なのに。
 なのに。
 サンジは身の内から危険信号を感じていた。
(アレハダメダ……)
 なにがどう、と言うのではない。ただ、危険だと感じた。
(アレハ…アレハオレヲ……)
「おい!」
 強く揺さぶられ眩暈とともに意識がブレた。
「…あ?…あぁ」
 今、何を考えていた?
 なんだか重要な事だった様な、けれど考えてはいけない事だったような気もするが。
「いいんだな?」
「あ?」
「……もうオマエは考えるな」
 ふぅ、と嘆息して素早くゾロは今一度サンジの唇に己のそれを重ね合わせた。
 熱い。
 ゾロの熱い唇がサンジの薄い唇の上を確かめるようにして少しずつ動き出す。
 背から外した手で強引に顎を持ち上げほんの少し開いた隙間から舌を差し入れる。
 柔らかな内側を辿るように、少しずつ、ゆっくりと進み始める。
(…ちょっと…待て!なんで…一体?)
 ちろちろと、まるでサンジの方から口を開いてくるのを待つかのような口付けだった。
 ぞわり、と刺激されて恐怖のような違うような訳のわからないものがサンジの背を走る。
 驚愕と今更の羞恥でどっと音をたてんばかりに一気に体温があがったのがわかる。
 こめかみのあたりがどくどくと煩く熱い。
 差し入れた舌は唇の内側ほんの少しを辿っていただけだったのだがそれはサンジにとって随分長い時間だった。
 ようやくそれが離れたと思った時にはなんだか足がふらついたくらいだ。
 だがしかし
「ゾロ!STAY!」
 腹の底から大声でサンジはゾロに命令した。
「…あ?!」
「待て!だ。ちょっとここに座りなさい!」
 かなり力がいったのは事実だが無理やりゾロを押しのけ足の力の抜けるのにまかせて、どかっとその場に胡座をかいてサンジは自分の前を指した。
「す・わ・れ・っつってんだよ!」
 いや、座ってるのはオマエの目だろう、とツッコミを入れたくなったがサンジが正気を取り戻したようなので
「…おう」
 と、ゾロもそれにならって床に座る。

 台所の床に大の男が2人して座っているのも傍から見れば奇妙なものだが当人達はいたって真剣、大真面目だ。
 サンジはここで引いたらとんでもない事になりそうな気がしていたので殊更に重々しい顔つきでゾロに向かった。
「今のは何だ?」
 まだ自分の顔が赤いだろう事を誤魔化すように不機嫌な声を出す。
「…正気づいたと思ったらいきなり偉そうだよな」
 ゾロはさっきのサンジの放心したようなあの目が、少しばかり気がかりだったので実は内心でホッとしてた。
 行動を奪うには都合がよかったがそれより気合の入っているサンジの方がよほどいい。
「何だって聞いてんだ!」
「言っていいのか?」
「聞こうじゃねぇか」
 片肘を膝につけてサンジは斜め下から睨みあげる。
 ずい、とゾロも対抗するようにふんぞり返って切り替えしてきた。
「さっき聞いてなかったのはオマエだろう」
 ぎくりと顔をこわばらせたがここで詰ってはいられない。
「てめぇの話が要領を得なかったからだろ。…一体なんだってんだよ。
発情期でもねぇのにサカってんじゃねぇ!」
「…だからそれは俺が聞いてたんだろうがよ。きっちり伺いも立てた。
オメェは駄目だとは言わなかった。なのになんで怒る?」
「…うっ…それは…」
 正論である。
 正論ではあるのだがしかしここで頷いてしまっては非常にマズイ。
「撫でたり抱きついたり添い寝せがんだりしてくるのはいつもはそっちの方だよな。
なのになんで俺がやると怒る?」
 またしても正論である。
 いつもは口数少ねぇくせになんでこんな時ばっかり弁がたつんだコノヤローは!
「…俺は口ん中に舌入れたりはしねぇぞ」
 ようよう反論をのぼらせるもゾロはあっさり斬り捨てた。
「あぁ。だからそれも舐めていいのかって聞いた、以下同文」
 …小さかった可愛らしい俺のわんこがいつの間にこんな言葉を覚えたんだろう。
 小犬の姿はあんなにも純真無垢(に見える)なのに…。
 やはり教育がマズかったんだろうか。
 遠い目になりながらそんな今更な事を脳裏に浮かべながらそれでもサンジは頑張った。
「ありゃあスキンシップってもんじゃねぇだろ」
「…どっちがスキンシップで違う方はなんだ?」
 スキンシップって触る事だよな?と真面目に首を傾げるゾロになんと説明すればいいのか、思わず想像したら世を儚んでしまいそうになった。
「あぁ!」
 ぽんと手を打ってゾロが表情を明るくした。
「舌で舐めたら違う。って事か?」
「――――っ!…う、そ…そう…かな…?」
「じゃあ舐めるのは何て言うんだ?」
 あぁもう何て事聞きやがる!俺はコイツに性教育までしなきゃなんないのか?!
ペッテ…あぁあれってペットに舐められるようだからそんな名前なのか?いや違うそうじゃなくって!!!
「うわぁぁぁぁ!聞くな!頼むから聞くな!!!!」
 頭を抱えてじたばたと暴れ出したサンジを
「…だからなんで聞いちゃいけねぇんだよ。言えっつったり聞くなっつったり。しかもかなり挙動不審だぞオマエ」
 自分でもそんな自覚はあるがだからってどう説明していいのかもわからない。
「…説明がしにくいんだよ。聞いてくれるな、頼むから……」
 しょんぼりと項垂れてしまったサンジを見ながら自分はそんなにこの飼い主を困らせてしまったのかとゾロは少し申し訳無くなった。
 両手を床について首と身体を伸ばし、ふんふんとサンジの金色の髪の匂いを嗅いで頬を摺り寄せた。
 先日のヒートの時の匂いとは違う。あれはどうしようもなく身の内を熱くさせ思考を奪うようなものだったけれど、サンジのこれは安心できる匂い、とでも言うのだろうか。うっとりといつまでも嗅いでいたくなる。
「…ゾロ?」
 いきなりまた自分に圧し掛かってきたのかと身構えたが先ほどのようなある種の性的なものではなく、穏やかな優しい行動だとわかる。
「悪かった、なんだかわからねぇが困らせちまったんだな?」
「あー…オマエが悪い訳じゃねぇんだ。こっちこそすまねぇ」
 上手く言えなくてよ、とやっと見せたサンジの笑顔を気配で感じ取り、見逃してしまった事を少し残念に思いながらもゾロはそのまますりすりと頬を寄せ続けた。
(あー……こうされるのは好きなんだよな、俺)
 先ほどまでの混乱がまるで嘘のように強張りが解け力が抜ける。
 確かに摺り寄ってくるゾロは自分が愛してやまない小さくてふかふかした暖かい、つぶらな瞳の小犬の姿ではないけれど。麗しきレディ達の持つ抱きしめたくなるようなしなやかな柔らかさも、甘やかな華やかさもなかったけれど。
 でかくて暑苦しい、普段なら蹴り倒しても良心の痛まないゴツイだのムサイだのといった形容の似合うゾロ、なのに。
 頬に感じる暖かさは子犬の時と同じだった。
 優しい気遣いはレディ達が垣間見せるものと同じだった。
(なーんか、気分いい……)
 なんだか自然と顔が緩んできてしまう。
 それでも顔は伏せたままだったがくすくすと笑いながら、すりっと自分からもゾロに頬擦りしてしまった。
 その反応にゾロもつられてくすりと笑いを漏らしたらしい。
 振動が伝わるのがまた笑いを誘う。
「…なーにやってんだかな、俺達。台所でよ」
「座れって言ったのおめぇだろうが。ま、ご機嫌直ったらしいな?」
 どちらが保護者かわからないような物言いだが今は気にするまい。
 確かに随分と機嫌が良いらしい、我ながら。
 目の前にあるのは小犬の姿ではありえない太い首とたくましい肩と背中。
 首に両手を回してぎゅうっと抱きしめるとやっぱり暖かい。
「ん?」
 音だけでゾロが疑問を投げかけるとサンジはシンク側の壁に預けていた体重をそのままゾロの方に移動させた。
「尻が冷える。座布団のあるとこまで運べ。苦しゅうない」
 尻が冷えるのと苦しくないの関係が今ひとつ掴めないながらも運べと言われたのでとりあえず運ぼう。実はゾロだって床の間についていた手と膝が少々冷たく痛かったし。
「運べばいいんだな?よし!」
 サンジの膝裏に両腕を回して抱き上げた。担ぎ上げても良かったのだが首に回された腕はなんとなくまだそのままにしておきたかったので。
「おおっ、高い高い!いやー、お姫様だっこが来るんじゃないかと一瞬冷えたぜ」
 いわゆる子供抱きされてサンジはそれこそ子供のようにはしゃいだ。
 とても友人やレディ達には見せられない姿だが(特にルフィに見られたら最後、絶対自分もしてもらうと言って聞かないだろう)目線が普段からはありえない程の高さにあるので物珍しい。
「居間に行くからな。鴨居にぶつかるなよ」
 ゆっくり移動するゾロのつむじなんて本人には見れないものを見てなんだかまたおかしさがこみ上げてくる。
「おー、天井にも手が届くわ。意外に板薄いなー」
「…落とすぞオマエ…」
 それでも数歩歩けば居間には着く。
「着いたぞ、降ろすからな」
「おう」
 テーブルの前にある座布団を確認してゾロがゆっくりと膝を曲げる。
 そのまま足が畳に着くのだろうと身構えていたら膝を持ち上げ背中に手を回され傾けられてばふんと座布団の上に座らされてしまった。
「さ、さんきゅ」
 運べと言ったのは自分だがまさか座った姿勢のままで降ろされるとは思わなかった。
 いや、しかしこの体勢は…。
(…さ、さっきの今でこれはちょっとヤバイんじゃ…?)
 何しろお姫様抱っこからベッドへカモ―ンな体勢である、傍から見れば。
 しかも自分が誘っているようではないか!?
 自分がゾロの首を抱いているものだから前かがみのままゾロだって身動きが取れようもない。
「…おい」
「な、なんだっ?!」
 声が裏返ったのにはサンジ自身もちょっと吃驚した。
 動揺してんな、俺!と心の中で激を飛ばす。
「手、離さねぇと動けねぇんだが」
「あ、わりっ!」
 慌てて手を離すと足を抱えられたままだったのでバランスが崩れて後ろに倒れ掛かった。
「おいっ!」
「お、うわわっ!?」
 ごちん、と鈍い音が響いた。
 状況を説明しよう。
 後ろに倒れ掛かったサンジを助けようと背中を抱き起こそうとしたゾロ。
 倒れそうにはなったものの自慢の腹筋で起きあがろうとしたサンジ。
 結果としてふたりとも弾みがついたまま思い切り額同士をぶつけ合った。
「…い…っつ〜、こんの石頭!」
「ってぇ。オメェこそ起きあがるくらいならぐらつくんじゃねぇ!」
 ギン!とにらみ合ってはいるもののお互い顔が近過ぎるので思わずちょっと引いた。
 サンジに至っては結局脱力してあお向けのまま後ろにばたんと倒れてしまった。
「あーもう、なんだかなぁ。瘤になったらどうすんだよ。クソ、色男が台無しじゃねぇか」
「その硬い頭ならできねぇよ、そんなもん」
ゾロはふぅ、と息をついて転がったままのサンジに顔を寄せてぺろりと額を舐めた。
「うひゃっ!?」
 びくっと身体を強張らせるがさほどの意味も無かったらしい。患部を舐めているだけ、のようなのだが。
「て、てめぇ!犬の姿のときなら大感激レッツカモンだが、人間の姿ですんじゃねぇっつの!」
「人間だって痛いところは舐めたりするだろう」
「いや、だからあの犬の姿なら歓迎なんですけど…う…わっ…」
 こちらが文句を言っている間もぺろぺろと額を舐められているので物凄く恥ずかしいしくすぐったいのだ。
「だーからSTOP!舐めるの禁止!くすぐったいだろーが!」
「せっかく舐めてやってんだろ。ほら、痛くなくなっただろう」
 ふ、と顔を離されて「そういえば」と額に意識をやっても痛みはもう無かった。
「あ、そーらしいぞ」
「よし」
 なんだ人外の力でもあんのか?と聞こうとおもったらぽすんと腹の上に緑の頭が落ちてきた。
「うぉ!なんだ!?」
「ちょっと休憩」
「…人の腹の上で休憩すんじゃねぇよ」
 殴ってやろうかと思ったがひょっとして治してくれて疲れたのかも、と思い握った
拳は収めておいた。
 額が少しひんやりするのが面映い。
 意識のし過ぎかもしれないと思いつつも、この体勢もなぁ…とか考えているとゾロがいきなりくつくつと笑い始めた。
「んだよ?」
「いや、このポーズっていっつも俺が犬の時やられてるのと逆だなと思って」
アニマルフリークなサンジは小犬のゾロをしょっちゅう後ろから拉致してはひっくり返し「ゾロ〜、うにゃぁ気持ちいー!わんこの匂いだ〜vv」とお腹のふこふこ毛に顔をうずめて匂いを嗅ぎまくりメロリントリップしまくっているのである。
 そりゃあもうなんだかヤバイ系の薬でもこうは即効性はあるまいと思われる程である。
「う…やなヤツだな、根にもってんのか?しかし、そうか。こういうもんか?」
 腹の上で笑うのはくすぐったいからやめてくんないかな、と思っていたが自分を省みてそんな文句の言える立場ではないような気がしてきた。
 実際される立場になってみるとなんだか情けないような居たたまれないような気分になるのだ。
「そんなもんじゃすまねぇよ。犬だぜ?手も足も上向きで背中はぐらつくのに乗っかかって来やがるから背中いてぇし腹ぁぐりぐりされるしで…」
「…わかった、悪かった。これからは少し控え…控え…うぅぅ〜〜っ、たくねぇぇ!」
「や、そう言うとは思ったけどよ」
 苦笑しながらもゾロは口で言うほど怒ってはいないらしい。
 確かに手足も宙ぶらりんで不安定な中、体重はかけられるし(それでも負担にならないように気をつかってくれているらしいのだが)腹毛の上で呼吸されるのはくすぐったいし妙にあったかいしで困るのだが。
 サンジが幸福そうなのだ、この上なく。
 そんな笑顔を見ていると、仕様がないか、と。
 これくらい我慢してやろう、と。
 思ってしまうのだった。
 (甘やかしてるよなぁ)
 サンジがこれを知ったら「ゾロ〜んvなんっって優しいんだオマエは!愛されてるって実感しちゃうぜ。オレだって愛してるからなぁぁぁ!」とハートを飛ばしながらハグだのちゅーだのしてくるだろうから(小犬の姿の時限定で)言わないでおくけれど。
 ぽすん、とサンジの腹に顔を伏せてみるとやっぱりあの「サンジの匂い」がする。
 ふんふんと匂いを嗅いでいたら
(…これは俺もコイツの事は言えねぇって事なのか?)と少々のショックと同時に気持ちの理解もほんの少しだけ出来たような気がする。
 暖かな体温と柔らかな感触、うっとりするような匂いに包まれたらそれは誰でも幸福になれるに違いない。
 自分がそんな匂いを発していると考えるのはちょっとアレなものがあるけれど。
「ゾーロー、重いー。どーけー」
 ぽふぽふと頭を叩かれてふと正気に返る。
 結構長い時間こうしていたのか?と時計を見たらそうでもない。
(単に飽きたんだな、コイツ)
「オマエはいつも3分じゃすまないクセに」
「レディならともかくヤローを腹に乗せる趣味はねぇの」
 ニヤリと笑いながら「さっさとどけろ」とゾロにでこぴんをかましてくる。
 完璧に自分を棚上げした態度にムカっときたのも事実だがゾロはそのとき脳裏をよぎったイタズラっ気に珍しくも唆された。
「うりゃっ!」
「どぅわ―――っ!」
 世界がいきなりぐるりと反転した。ついでに体勢も反転していた。
 ぴた、と動きが止まったと思ったらニヤリと笑ったゾロの顔があった。
「これならイイんだろ?」
 動きが止まった。
(…って心臓まで止まるかと思ったよ、俺ぁよ!)
 体勢が反転しただけ、と言えば言えるだろう。さっきまでのゾロと同じように 相手の上に転がってる…と言え…るのかこれは!
「だからって俺はヤローの上に乗っかる趣味もねぇんだよっ!」
 しかもまた体勢がマズかった。さっきまでは半身サンジの方が上に居たものだから逆転してしまうと
(…あぁぁぁぁ…なんでヤローの腹の上に座ってなきゃなんねーんだ!しかも跨ってるし、俺!)
 そういやさっきコイツ何気に俺の足の間に身体入れてたからな、とか考えているとゾロにまた身体を引かれて腹の上にべふっと寝かされた。
「これならいいのか?ったく注文の多い」
「ひとっつも注文なんかしてねっつの!!」
「人の腹の上で文句垂れてんじゃねぇ」
 寝かされたというよりも転ばされたに近い。正に顔がゾロの腹の上だ。
 うわ、コイツ腹筋硬ェわ、ともそもそ言っていたサンジだがなんだかもうゾロの体温を感じてしまうと条件反射なのか既に腹に顔をうずめてすりすりしている。
「…おめぇはよ……」
 半ばうんざりしつつゾロが呟いたが既にトリップし始めたサンジは聞いちゃいなかった。
「うあ〜〜…っ…気っ持ちいいわ…ふこふこしないのがちょっと難点だが匂いってのはゾロもロロも変わんねぇのな、しかも広いし!…ふにゃぁ〜…あったけぇ…vv」
 どうしようもねぇな、コイツは……と今更自分の行動を悔やんでも遅かった。
 まるで溶けるんじゃないかと思われるほどの勢いでぐんにゃりとサンジが弛緩していく。そしていつもなら煩いくらいに「気持ちいい」だの「可愛い」だの連呼する口数が妙に少なくなっていった。
…もしかしてこれは……。
「おい」
「………」
「おい?」
「……ぐー…っ……」
「……そうきたか」
 自分はとっとと飽きやがったくせに。
 まぁさっきから自分の発言のせいか怒ったり怒鳴ったりうろたえたりと忙しかったから疲れさせてしまったのかも知れないとごそごそと頭の下で手を組みながらゾロはぼんやりとサンジを見やった。

 コイツはまるで猫だ。
 真っ黒の体毛で目の青い猫。あぁでもひよこ頭じゃねぇから片目が金色だったらぴったりかもしれない。
 でかい犬のしっぽに手のひらサイズの黒猫がしがみついてにゃーにゃーじゃれついてるイメージだ。
 もしくは犬面の鼻先にぶらん、とぶら下がったままぺしぺしと猫ぱんちでもかましているような。
 自分に危害が加えられるとは思ってもいない、恐れ知らず、というより安心なのだろうか。
 甘えたがりの寂しがりの構われたがり。気まぐれで傲慢で弱みを見せることを嫌うけれど相手をして欲しくて欲しくてしょうがない。
 決して普段は弱いとか小さいとか思いつきもしないのにどうしてこんなに子猫のイメージなんだろう。
 同じ猫でも成猫なら?…と思ったらそれは少しも当てはまらないような気がした。
 黒猫特有のしたたかさとか狡猾さがコイツからは連想出来ない。
 腹の上で丸まって眠っている幸せそうな黒い子猫。
(…まんまじゃねぇか)
 うっかりツボにハマった連想にくつくつと笑っていると腹の上のでかい猫が少し身じろぎした。
(…っと、起きちまうか?)
 そんな心配をよそに飼い主はまた幸せそうにすやすやと寝息を立てて寝入ってしまった。
 少々重いが悪くない。
(あぁ。悪くねぇな…)
 こんな時間が続くといい。珍しくもそんな考えがつらつらと浮かんでくる。
 が、それと同時に予感もする。

 小犬の時間はもうすぐ終わる。

 予感が、するのだ。
 もうすぐ、あとしばらくで自分は成犬になるだろう。
 狼、だろうか。
 天狗、というもの自体がまだ未知の生き物なのだが確実にそれは自分にとって大きく関わってくるのだろう。

 小犬の時間はもうすぐ終わる。

 運命、と言うものがどんなものかは知りはしない。
 だがそれは定められたものではないはずだ。
 自分が命をかけて進む道。そんな風に思う。
 その結果がどうなるかはまだわからないけれど。

 小犬の時間はもうすぐ終わる。

 自分はもうあの熱い痛みを味わった頃の自分ではない。
 されるがままだった自分ではないのだ。
 サンジと出会い、様々な人物と出会い学んだことも多かった。
 わからない事もたくさんあるが、わかった事もたくさんある。

(譲れねぇもの…離せねぇもの…)

 大切なものだけは間違うまい。
 最後に残るものが何かはまだわからない。
 だが、予感がするのだ。
 間違うな、と。

 小犬の時間はもうすぐ終わる。

 しかしそれは今すぐではないだろう。
 もうすぐやってくる何かが動かし始めるのだろう。
 それまでは、待っていよう。
 前兆を、逃さないようにしながら、待っていよう。
 今はまだ。
 暖かなぬくもりと優しい匂いに包まれて。

 ここにある確かな自分を感じながら。
 ゾロは、ゆっくりと瞼を閉じた。

 小犬の時間が、もうすぐ、終わる。




 『…さぁな、わかんねえよ。今はまだ、な』



           FIN
◎当サイトで不定期連載中のフェチかつアホな能天気コメディ「犬がきました。」の設定で、ゾロサンフレンズかつチャットフレンズであられるるいるいさんがな、なんとノベルを書いて下さったのです!ンもうドキドキ!
◎しかも信じられないことに、彼女は小説を書くのがはじめてだそうです。忍屋は顎が外れるかというほどの衝撃と幸福をいただきました。

◎実は裏で「ゾロは体の大きな犬でサンジはそれに特攻していくちまい子ネコ」という設定があったので死ぬほど吃驚したり(笑)
◎相談・ネタバレ・設定説明一切なしでるいるいさんはこれほど素敵な世界を作ってくださいました。るいるいさんアリガチョー! るいさんはサイトはお持ちでないので感想を!と思われた方はこちらまで。(掲示板でもOK!必ずお伝えいたします)シキが責任をもって転送させていただきます。

◎頭の悪いタイトルは不肖忍屋がつけますた。センスないっちゅうねん。

03/02/12
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