■ SLEEPING PRINCE. ■       Wrinting by K様

 昔々ある国に、仲のいい王様とお妃様がいました。
 二人には可愛らしい赤ちゃんがいました。金色の髪、青い瞳、真っ白い肌は雪のよう。微笑む頬は林檎のように真っ赤で、とても愛らしい赤ちゃんでした。
 王様は赤ちゃんがとても幸せな一生を過ごせるようにと、国中の魔法使いを集め、赤ちゃんに祝福をしてくれるようにお願いしました。赤ちゃんのお誕生祝いのパーティに魔法使い達を呼んだのです。パーティはとても盛大なものです。銀色の食器に銀色の蝋燭立て。運ばれるお料理は料理が趣味の王様が自ら作った美味しいご馳走ばかり。国の一番の楽士達が招かれて、お誕生祝いのパーティ会場に楽しい音楽を奏でます。
 そして王様に招かれた魔法使い達が、順々に赤ちゃんに祝福の魔法をかけていきます。
 一人目の魔法使いは、赤ちゃんが可愛らしく成長するように。
 二人目の魔法使いは、赤ちゃんがとても幸せに過ごせるように。
 三人目の魔法使いは、赤ちゃんが健やかに育つように。
 四人目の魔法使いは、赤ちゃんが賢く育つように。
 五人目の魔法使いは、赤ちゃんの眉毛がくるりと巻くように。
 その国では眉毛の巻いた赤ちゃんは幸福の象徴だと信じられていたからです。
 王様とお妃様はとても喜びました。魔法使いがかけた祝福の魔法は、すぐにそのようになったからです。赤ちゃんは生まれた時から可愛らしかったのに、それに輪をかけるように可愛らしく、幸せで健康的な笑みを浮かべます。そこはかとなく天才の片鱗も窺えます。そして何より、赤ちゃんの右の眉毛はくるりとものの見事に巻いたのでした。
 これでこの国も安泰と、王様もお妃様も嬉しく思いながらそっと顔を見合わせた時でした。
 パーティ会場に突然、一陣の風が舞い込んだのです。
 楽士達は楽器を奏でる手を止め、王様の美味しい料理を運んでいた召使達は思わずお皿を落としてしまいます。テーブルにかかった真っ白いテーブルクロスは捲れ上がり、蝋燭の火が移って大騒ぎです。魔法使い達が消火活動に勤しんでいたときでした。王様とお妃様の前に、黒いマントを羽織った一人の魔法使いが立っていたのです。
 魔法使いは、悪いことばかりをしていたので、赤ちゃんの誕生祝いのパーティに呼ばれなかった魔法使いでした。
 名前はギン。
 とても根暗で陰湿で何かと言うと自分の中の殻に引き篭もっていじけている魔法使いでした。今日も今日とて寝不足なのか凶悪な目の下には、大きなクマが浮いています。悪い魔法使いギンは、黒いフードの下でヘアバンドを直しながら、王様とお妃様に挨拶をしました。
「ごきげんよう、王様」
 王様は悪い魔法使いに直接話しかけられて、不機嫌です。
「何の用だ。俺はテメェなんか呼んじゃいねぇ。さっさと帰りやがれ」
 王様の身分に似合わない粗野な言葉使いが、悪い魔法使いの怒りの火に油を注いだのは、消火活動に勤しんでいた魔法使い達にも一目瞭然でした。
 悪い魔法使いは、一人だけパーティに呼ばれなかった事を、持ち前の根暗さで拗ねていじけていたのです。けれど悪い魔法使いは、生まれたばかりの赤ちゃんにそこはかとない恩があったので、せめてもの恩返しにと祝福をするつもりでやってきたのでした。パーティはとても羨ましいけれど、赤ちゃんのためになるのなら、と悪い魔法使いは身を引くつもりでいました。悪い魔法使いは、生まれたばかりの赤ちゃんに惚れていたのです。
 けれど悪い魔法使いは、王様に無下にされ、怒りに燃えました。
 王様とお妃様の前に置かれていた、赤ちゃんの眠るバスケットに近付いていくと、そっと白い布を捲り、すやすやと眠っていた赤ちゃんを見下ろします。王様は慌てて立ち上がりましたが、王様を守ろうとする兵士達に囲まれているので、赤ちゃんに近付く事ができませんでした。優秀なコックでありながらも、優秀な兵士である王様の護衛隊の兵士達は、王様の護衛隊であると同時に、赤ちゃんの親衛隊でもありました。だから彼らは悪い魔法使いから赤ちゃんを守ろうと必死に攻撃しますが、悪い魔法使いは、とても強い魔法使いでもあったので、一撃で伸されてしまいます。
 悪い魔法使いは、にやりと陰湿な笑みを浮かべました。
 パーティに集まっていた淑女達が、思わず失神してしまうような陰湿な笑みです。
 悪い魔法使いは赤ちゃんに手を伸ばすと、くるりと巻いた愛らしい眉毛にそっと触れました。そして、魔法をかけたのです。
「赤ちゃんは、二十歳の誕生日までに、銀色の針に刺されて永遠の眠りにつくだろう」
 悪い魔法使いは、にやりと笑いました。
 陰湿な笑みに、すやすやと眠っていた赤ちゃんも泣き出します。大きな声で泣き始めた赤ちゃんに、王様も我慢の限界を超してしまったのです。ふざけんな小童、と大声で怒鳴って立ち上がると、周りを囲んでいた兵士達もろとも、悪い魔法使いを蹴り飛ばしました。王様はかつて、赫足のゼフと呼ばれた程の強い方だったのです。王様に蹴り飛ばされた兵士達は、そりゃないぜオーナー、と叫びながら、パーティ会場の外へと弾き飛ばされていきます。悪い魔法使いも一緒でした。悪い魔法使いは、王様に蹴り飛ばされつつも、赤ちゃんに自分なりの祝福を与えた事に喜びを感じていたので、やはり陰湿な笑みを浮かべていました。
 王様は自分の大事な可愛い赤ちゃんが、悪い魔法使いに汚された事に大変焦っていました。苛々とそこらを歩き回りながら、どうしてくれようあのクソガキ、と悪い魔法使いを罵っていました。王様に蹴り飛ばされた兵士達が、それでもけろりとした顔で帰ってくると、すぐに悪い魔法使いを討伐する為の遠征隊を結成し、派遣しました。遠征隊の隊長はパティと言う王様の右腕です。
 王様は、悪い魔法使いに呪いをかけられた赤ちゃんを前に、悲嘆に暮れていました。このままでは、可愛らしい赤ちゃんが二十歳の誕生日までに死んでしまうと言うことです。見た目に似合わず子煩悩な王様は、それだけは我慢できないと頭を抱えてしまいました。
 その時です。
「冗談じゃなーいわよーう!」
 うっかり王様が、兵士達や悪い魔法使いと共に蹴り飛ばしてしまった魔法使いでした。一番近くで消火活動に勤しんでいたために王様に蹴り飛ばされてしまったのですが、魔法使いはとても心優しいオカマだったので、そんな事は根に持っていません。悪い魔法使いが根暗なら、この心優しい魔法使いは根明だったのです。白鳥マントをぱたぱたと叩きながら、まったくもぅ、と魔法使いは頬を膨らませました。個性的なお化粧をした個性的な顔が、もっと個性的になりました。魔法使いは腰に手を当てながら、まぁったく、と口を尖らせます。
「ひどいじゃないのよぅ、王様ったらん! あちしまで蹴飛ばすなんて、ほんとっ、冗談じゃ、なーいわよーう!」
 魔法使いは王様に文句を言いましたが、王様はそれどころではなかったのです。
 なんとかして赤ちゃんの呪いを解かなければならないと必死でした。
 それを見た魔法使いは、にっこりと慈愛に満ちた微笑を浮かべます。
「安心して頂戴! まだ、このあちしが赤ちゃんにかける祝福の魔法を使っていないわよぅ!」
 赤ちゃんにかけられる祝福の魔法は、一人の魔法使いにつきひとつと言う決まりだったので、他の魔法使い達はそれ以上赤ちゃんに魔法を使う事ができなかったのです。ところが、ああ、なんと言うことでしょう。オカマの魔法使いは、赤ちゃんにかける祝福の魔法よりも、王様のお料理に夢中だったので、まだ祝福の魔法を使っていなかったのです。これぞ天の助けでした。王様は魔法使いに赤ちゃんの呪いを解いてくれるようにお願いしました。ところが魔法使いは、口を尖らせ眉を寄せます。
「だけどもねぃ…」
 悲壮にくれたその表情は、王様を嫌な気分にさせました。
「…悪い魔法使いの呪いの力は、あちしの愛に溢れた祝福の魔法よりも、もっと強い力を持っているのよぅ」
 つまり要約すれば、オカマの魔法使いに、悪い魔法使いの呪いを解くことはできないと言うことでした。王様は怒りに狂って魔法使いの首を締め上げますが、魔法使いも必死です。パーティ会場を逃げ惑いながら、ちょっと待ちなさぁいよぅ! と大声を出しました。
「たぁしかにッ! 確かにあちしには呪いは解けないけどッ! だけど他の魔法をかけることならできるのよぅ!」
 役立たずの魔法使いなど殺して鍋にぶち込んで闇鍋にしてやろうと思っていた王様は、その言葉に足を止めます。魔法使いも息を整えながら、赤ちゃんの側に近寄りました。
「だぁからねぃ。あちしが、赤ちゃんに新しい魔法をかければ良いのよぅ!」
 魔法使いの言葉は独特で、少し意味が解りません。
「悪い魔法使いの呪いを、無効にしちゃう魔法をかければ良いのよぅ! それが無理なら、違う方へ捻じ曲げちゃえばいいのねぃ! あちしったら、天才〜ッ!」
 がーっはっはっは、と魔法使いは高らかに笑いますが、王様としてはそんなことはどうでもいい事です。魔法使いの首根っこを掴みながら、さっさと魔法をかけろと脅します。
 魔法使いはそそくさと、祝福の魔法をかけるために赤ちゃんの側に寄りました。
「ええっと。どんな魔法にしようかしらねぃ。ありきたりのじゃ面白くないわよねぃ。うんとドラマティックでロマンティックにしなくちゃ…ああんっ、そうだわ! どこかの王子様とのロマンスなんて、素敵じゃな〜いのよ〜ぅ! そうねそうね、そうしましょう!」
 ぶつぶつと呟くオカマの魔法使いの声は、王様には小さすぎて聞こえていませんでした。
 魔法使いは祝福の魔法をかけるために、両手を頭上に掲げます。そして片足で爪先立つと、くるくると回り始めました。
「赤ちゃんが悪い魔法使いの魔法で、永遠の眠りについちゃっタラバ!」
 縁起でもねぇ、と王様は怒りに燃えますが、護衛隊の兵士達に止められ、魔法使いを蹴り飛ばすことだけはしませんでした。それに気付かない魔法使いはくるくると絶好調に回っています。
「世界一の剣士様の、愛のキッスで目を覚ます事ができますようにッ! これは、冗談じゃな〜いわよ〜う?」
 魔法使いの白鳥マントの背中に描かれていた、オカマ道と言う文字が、ぴかりと神々しく光ります。それは魔法使いの魔法が、ちゃんと赤ちゃんにかかったという証拠でした。
 王様は喜びました。
 お妃様は喜びました。
 悪い魔法使いの呪いが解けることはなかったのですが、それでも一縷の望みがあると解れば気の持ちようが違います。
 王様とお妃様は、魔法使いに感謝しました。


 それから、十九年の月日が流れました。
 王様は、オカマの魔法使いの助言通り、赤ちゃんが銀色の針に刺されないようにと、国中から銀色の針を処分してしまいました。銀色の針討伐隊の隊長は赤ちゃん親衛隊のカルネです。
 赤ちゃんは、サンジと言う名前を貰い、すくすくと成長しました。
 金色の髪は太陽の光のように神々しく、青い瞳は王様が昔夢見ていたオールブルーの色のようです。白い肌はちっとも日焼けする事なく白いままで、巻いた眉毛も巻いたままです。成長して、煙草を嗜むようになっていましたが、天才的な料理の腕は王様譲りで素晴らしく、いつも城で働く人の舌を楽しませてくれます。絶好調に元気よく成長したサンジは、王様譲りのキック力で、兵士達を次々と伸してしまうほどの腕白ぶりです。
 今日も今日とて、親衛隊のカルネに戦いを挑んでは、ものの一秒で勝利を勝ち取ってご満悦です。けれども物足りなさも感じていました。もうサンジに叶う兵士は、この城にはいなかったのです。王様にはまだ勝てませんが、王様は料理の研究で忙しく、サンジに構っている暇はありません。サンジも料理の研究に勤しんでいましたが、気分転換にすっきり暴れたい気持ちだったのです。
 城の中をうろうろと徘徊しているうちに、サンジは裏庭の古びた井戸の近くに、小さな塔を発見しました。木のドアには鍵がかかっていますが、サンジの蹴りで粉砕してしまいます。何か面白い事があるかもしれないと、わくわくしながらサンジは階段を昇っていきました。小さな塔の螺旋階段は、どこまでもどこまでも続いているように思えました。いい加減飽きてきて、そろそろ帰ろうかな、とサンジが思った時でした。階段の終わりが見えたのです。喜び勇んで階段を駆け上がり、サンジは小さな部屋に飛び込みました。
 そこには、古びた木の糸紡ぎ機があったのです。
「……なんだぁ、こりゃ」
 煙草の煙を吐き出しながら近付いていくと、その糸紡ぎ機には銀色の針が刺さっていました。王様が国中から処分したはずの、銀色の針ですが、灯台下暗し。王様は自分の家である城の糸紡ぎ機の針には気付かなかったのです。糸紡ぎ機は、今は亡きお妃様が昔使っていたものでした。幼い頃にお妃様を亡くしていたサンジは、うっかりそれに興味を持ってしまいました。
「これが、オフクロの糸紡ぎ機かぁ……」
 なんとなく嬉しい気持ちで、そっと手を伸ばします。
 サンジは生まれてこの方一度も銀色の針を見たことがなかったので、銀色の針が危ないものだとは解らなかったのです。
 サンジは、銀色の針に指を伸ばしました。ちくりと指先に痛みを感じます。眉を寄せ、痛ぇ、と呟く暇もありませんでした。サンジの口から煙草が落ち、石の床に転がります。
 そしてサンジは、そのまま眠りに落ちてしまったのでした。
 悪い魔法使いの呪いが、効力を発揮してしまったのです。
 こんこんと眠り続けるサンジを前に、王様はまた怒りに燃えました。悪い魔法使いをギタギタに伸してやりましたが気が治まりません。王様は子煩悩だったのです。
 王様は、オカマの魔法使いがかけた祝福の魔法を思い出しました。
 世界一の剣士がサンジの呪いを解くと言うあれです。
 幸いな事に王様には世界一の剣士の知り合いがいました。鷹の目のミホークと言う男です。急いで連絡を取って城へ招きましたが、ミホークはとても気紛れでした。眠っているサンジの顔を見ると、好みではないと言って、キスをするのを拒みました。ミホークは照れ屋だったのです。王様が頼むのにも耳を貸さず、ミホークはそのまま雲隠れをしてしまいます。王様は焦りました。このままではサンジが、永遠の眠りから目を覚まさなくなってしまいます。
 王様は、国中にお布れを出しました。
 要は、サンジが好みではないミホークが、世界一の剣士ではなくなってしまえば良かったのです。鷹の目のミホークを討ち取った者には、宝とサンジをセットでプレゼントすると宣言しました。多くのサンジ狙いの若者が、ミホークに戦いを挑みますが、相手にもなりません。
 一年たち、二年たちました。
 それでもミホークはまだ、サンジが好みではなく、そして厄介な事に世界一の剣士でした。
 王様の憔悴っぷりを見るに見かねたオカマの魔法使いが、城全部を眠りにつかせる事にしました。サンジが目覚めるまで、城そのものを眠らせてしまえと思ったのです。王様もそれには賛成でした。初めて王様と魔法使いの気が合いました。王様は目覚めたサンジを一人ぼっちにはさせたくなかったのです。
 魔法使いは、城を眠らせます。
 悪者から城を守るために、茨で城を包みました。城を守るために、とても強い竜なども召還してみました。城を守るために、トラップもたくさん仕掛けてみました。偏にそれは、サンジと王様のためだったのです。
 城が眠りにおちてから、十年たち、二十年たちました。
 ミホークはまだ、サンジが好みではありません。そして、世界一の剣士です。
 三十年がたち、四十年がたちました。
 ミホークはまだ、サンジを好きにはなりません。
 そして、世界一の剣士でした。
 そしてとうとう、百年がたちました。
 眠れる城は、眠れる森と呼ばれました。
 世界中からサンジの呪いを解こうとする人たちが集まりましたが、世界一の剣士ではなかったので、茨を断ち切ることも、竜を倒すこともできませんでした。
 ミホークはまだ、世界一の剣士だったのです。
 ところが、とうとうミホークを倒す若者が現れました。
 名前はゾロ。
 近隣の国の王子様で、眠れる森のお話は小さい頃からよく聞かされていたのです。サンジの美しさや料理の腕の話は、たくさん聞いて知っていました。ゾロはお嫁にするのならサンジがいいと思っていたので、幼い頃からたくさん剣の訓練をし、十九歳を目前に控えた今では海賊狩りのゾロと異名を取るほどの剣豪です。
 ミホークもゾロには目をかけていました。
 彼らはとうとう対峙し、そしてゾロが世界一の剣士になったのです。
 ゾロは、すぐに眠れる森へ向かいました。
 茨を断ち切り、死闘の末、竜も倒しました。
 茨や竜の攻撃で、たくさん怪我をしてしまいましたが、ゾロは早くサンジを目覚めさせたかったのです。
 急いで塔を駆け上がり、ゾロはサンジを見つけました。
 百年前に眠りに落ちてから、サンジはずっと眠り続けています。
 金色の髪は相変わらず美しいのですが、青い目はまだ見られません。白い頬にも赤味はありませんでした。
 ゾロはサンジの髪をそっと撫でました。
 一目見てから、噂に違わぬ美人だと胸をときめかせていました。
 そしてゾロは、サンジの唇に、そっと触れるだけのキスをしました。
 息を飲みながらゾロがサンジを見守っていると、サンジの長い睫がかすかに震えます。ゆっくりと瞼が開き、海のように青い瞳が、ぼんやりと宙を見つめていました。ゾロは、サンジの名を呼びかけます。サンジはゆらりと視線を動かして、ゾロを見つめました。そしてにっこりと微笑みます。
「テメェが俺を助けてくれやがったのか」
 白い頬は、出会ったばかりのゾロに惚れた証拠のように、赤く染まっています。身を起こすサンジを手伝いながら、ああ、とゾロは仏頂面のままで頷きました。近隣の国の王子様は、あまり喜怒哀楽が得意ではなかったのです。
「クソありがとうよ」
 微笑むサンジを、ゾロはしっかりと抱きしめました。
 サンジが目覚めた事によって、王様も、城も、パティもカルネも召使達も目覚めました。茨はすべて消え去り、ゾロが倒したはずの竜の姿も消えていました。
 ゾロに抱きかかえられながら塔を降りてきたサンジを見て、王様は喜びます。
 そして約束どおり、王様はゾロに宝物とサンジを与える事を約束したのですが、ゾロは宝物には興味がありません。辞退するゾロに、サンジはふられたのかとショックを受けましたが、ゾロが目の前に膝まずいたのを見て、目を丸くしました。
「どうか、俺と結婚してください」
 サンジの手を取り、キスをしながらゾロはお願いしました。
 王様としては目覚めたサンジと長く一緒に暮らしたいと言う気持ちもありましたが、百年と言う長い時間で王様も成長しました。ようやく子離れができたのです。
 サンジがゾロと一緒に彼の国で幸せになりたいと言うと、王様は快く了承しました。
 そしてサンジは、ゾロに連れられ、目覚めたばかりの城を飛び出して行ったのです。
 彼らはゾロの国で結婚式をあげ、そして国中の民に祝福されながら、幸せで、良い国を作る王様とお妃様になりました。






「おしまい」
 パタンとナミが大きく古ぼけた本を閉じると、ラウンジのベンチに腰を下ろし、ホットチョコレートのカップを両手で持っていたチョッパーが、目を丸くしながら、ほぅ、と溜息を吐いた。
「…いいお話だなぁ」
「眠れる森の美女と言うのよ」
 グラスに注がれたレモン水を口に運びながらナミが言うと、冷や汗を流していたウソップが、俺が知ってる話と随分違う…、と小さな声で呟いた。だがナミは聞こえなかったふりで、にっこりと微笑みチョッパーに言う。
「明日は美女と野獣って話を聞かせてあげるわ」
「うわ、ほんとっ?」
 パッと顔を輝かせるチョッパーに、ええ本当よ、とナミは頷く。
 つい先ほど出港したばかりの島で、彼女はしこたま古い装丁の立派な童話集を買い込んでいたのだ。チョッパーが童話を知らないと言うので、読んであげるのだと聞かされていたサンジは、ああナミさん、なんて心優しい人なんだ、とうっとりしていたのだが、ラウンジでお茶を片手に語られる話を聞いているうちに、段々と笑顔をなくしていく。酒を片手に、一応話を聞いていたゾロも終盤で顔色を変えていた。最初のうちは、げらげらと腹を抱えて笑っていたのだ。
「オイこらナミ」
 眉を寄せながらドスの効いた声を漏らすゾロに、あらなぁに、と隣に腰を下ろしているナミが首を傾げる。
「脚色してんじゃねぇよ」
「あら、だって普通に話したんじゃ、チョッパーには理解しにくいでしょ。身近にいる人をモデルにした方がいいかと思って」
「だったら普通の奴をモデルにしろ! なんで眠れる森の美女が、エロコックなんだっ!」
「そうですよっ、ナミさん! 美女って言えばやっぱりナミさんか、ロビンちゃんか…」
「……そうね。それでもいいけど…」
 ナミは肩を竦め、眉毛の巻いたサンジを見る。
「あたしが眠れる森の美女だったら、あたしがゾロにキスされちゃう事になっちゃうじゃない」
「なっ」
 サンジが顔を真っ青にした。
「なんでですかッ!」
「…なんで…って、だって世界一の剣士だし」
「それは俺でいいじゃないですかっ!」
「だってサンジ君、剣士じゃないじゃない」
「どうしてそこだけリアリティを求めんだ」
「あら、だって全部が全部作り事じゃ、チョッパーだって混乱しちゃうわ」
「だったら改造すんじゃねぇよッ!」
 机を乱暴に叩いたゾロに、やぁねぇ、とナミが笑う。
「王子様ったら、お妃様を取られそうでやっかんでるの?」
「…やっかんでねぇ」
 苛々と貧乏強請りをしているゾロをナミがからかっていると、なぁなぁ、とチョッパーの手が笑いながらそのやり取りを見ていたロビンの服の裾を引いた。
「ん?」
 なぁに、と微笑み首を傾げるロビンを、なぁ、とチョッパーは真ん丸の目で見上げる。
「サンジとゾロは、じゃあ、眠れる森の美女と、王子様の生まれ変わりなのか?」
 ほら見ろ信じちまったじゃねぇか、とゾロが溜息を吐きながら言うと、ロビンはにっこりと微笑んで、小さな船医のピンク色の帽子を撫でる。
「そうよ」
「オイ!」
「ロビンちゃんッ!」
 そうなのかすげぇなお前ら、と目を輝かせるルフィを蹴り飛ばし、冗談じゃねぇ、と叫ぶサンジの顔は真っ赤だ。嫌がっている素振りをしながらも満更ではないのがうかがい知れる。ロビンは益々笑みを深くした。
「二人はそのうち結婚するの」
「ロビンッ! テメェふざけた事吹き込むなッ!」
「そうなのかぁ」
「信じちまったじゃねぇかよッ! オイッ!」
 立ち上がって怒鳴るゾロを、まぁまぁいいじゃない、とナミが宥めている。ウソップは両耳に蓋をして、聞こえないふりを装っていた。
「そして可愛らしい赤ちゃんが生まれるのよ」
「え、ほんとに! 赤ちゃん生まれるの!」
 パッと顔を輝かせるチョッパーが、サンジを見た。なんで俺を見るんだよぉ、とサンジが泣き顔で身を引くと、サンジ赤ちゃん産むのっ、とチョッパーが身を乗り出す。えっとえっと、と逃げ出す体勢のサンジを身ながら溜息を吐き、ゾロが呟く。
「…できるわけねぇだろ」
 ぼそりと呟いた小さな独り言を、ロビンは聞きつけていた。
「あら…」
 魔女たるナミよりも魔女であるロビンに、ゾロがぴしりと固まる。
「……できるでしょう?」
 続けられる言葉は予想できて、できることならその口を塞いでやりたかったが、聊か距離が遠かった。
「だって、あなた達ちゃんとやってるんだから…」
「やってるって何をッ!」
 ナミががたんと立ち上がり頬を押さえる。
 ロビンは済ました顔で、あら内緒だったの、と不思議そうにゾロとサンジを見比べた。
 ゾロは頭を抱えテーブルに埋没し、サンジはそのせいでナミはおろかチョッパーやウソップやルフィの視線を浴びてしまって、真っ赤な顔でしどろもどろしている。シンクに張り付き、冷や汗を流して、ああ、とか、うう、とか得体の知れない声を漏らしているが、答えは顔が物語っていた。
「うっそーッ!」
 ナミがキャアと悲鳴を上げて笑顔を浮かべる。
「サンジ、赤ちゃんできたのッ!」
 チョッパーが目を丸くして、顔中を顔にして笑っている。
「…できるわけ、ねぇよな…?」
 恐る恐る、自分の常識を一応信じながらウソップが問いかければ、「できるさ!」とルフィが笑いながらそれを跳ね除ける。
「で…」
 サンジが、拳を握り締めた。
「できるわけねぇだろうがッ!」
 自分の怒鳴り声に勇気付けられるように、サンジは一歩テーブルに近付く。
「ああできるわけねぇッ! それに第一、なんで俺が、こんなクソ腹巻の赤ん坊なんか産まなくちゃなんねぇんだよッ! 冗談じゃねぇッ!」
「……んだと」
 ゆらりとゾロが顔を上げる。悪鬼のような顔に、ウソップがひぃと悲鳴を上げた。
「冗談じゃねぇとはどう言う意味だ」
「どう言う意味もこう言う意味もあるかッ! テメェの赤ん坊なんか頼まれたって産みたかねぇって話だッ!」
「んだと、テメェッ! それは俺だから嫌だっつってんのか!」
「ああそうだ!」
「じゃあルフィのガキなら産むってぇのか! やってる最中はあんなに好きだとか愛してるだとか抜かしてやがる癖に!」
「なっ…」
 爆発音さえも聞こえそうなくらい、サンジの顔は急激に真っ赤になった。あら、とロビンが頬に手を走らせれば、ナミが両手で口元を覆っている。
「アホかテメェッ! 何バラしてくれてやがんだーッ!」
 ひらりと舞ったサンジの左足が、ゾロの腹に命中する。ぐは、と蛙が潰れるような声を上げて、ゾロの大きな身体が宙を舞い、そしてラウンジのドアから飛び出していった。蹴り飛ばされたゾロが海に落ちた音が聞こえる頃、ナミがちらりと視線を上げる。
「……そうだったの」
 ロビンがひっそりと微笑を浮かべる。
「気付かなくてごめんなさい」
 サンジがだらだらと赤い顔のまま汗を垂らし、貼り付けた笑みを振り撒いている。
「ななななな何を言ってるんですか、ナミさん! ロビンちゃんッ!」
 チョッパーはわくわくと赤ちゃん生まれたらどっちに似るのかなぁ、と呟き、お前医者だろ、と案外常識はずれな事を普通に信じてしまっている事をウソップに諌められていた。
 ナミは少し考え、そうねぇ、と赤い顔のサンジを見た。
「…少し狭くなってもいいなら、男部屋、二分割するけど?」
「あら…それいいんじゃない? 次の島で大工さんに頼んであげなさいな。折角の新婚さんなのに、大部屋だなんて可哀相」
「ロビンちゃんまで!」
「あら、遠慮なんてしなくていいのよ。今までだってキッチンや甲板やで大変だったでしょう?」
「なんで知ってんですか!」
「どうせなら、結婚式もあげちゃいなさいよ。次の島で教会でも借りてあげるわ」
 ナミはにこやかに提案する。
「それはいい考えね…」
 微笑むロビンに、いやそれは、とウソップが突っ込んでいるが、ルフィには聞こえていなかった。
「宴だーっ! サンジとゾロの結婚式の宴だーっ!」
「いいわね」
「あら素敵。じゃあお酒とか用意しなくちゃね」
 いそいそと立ち上がるナミが、ルフィ手伝って、と彼を伴い倉庫へ降りていく。チョッパーがロビンを見上げ、いつ産まれるのかなぁ、と首を傾げている。きっともうすぐよ、と微笑み船医を伴ったロビンは、サンジににっこり微笑んだ。
「お幸せに」
 固まり、凍結していたサンジが、その言葉にがしゃんと床に崩れ落ちた。
「ああっ、サンジッ!」
 ウソップが慌てて近寄るが、もはやサンジは修復不能だ。
 いいんだいいんだ俺なんか、と顔を真っ赤にしたまま呟いているコックに、可哀相にとウソップは両手を合わせる。
 女共の暇つぶしのいい餌食だ。
 これからもきっと、サンジはその対象になるだろう。ゾロでなくサンジなのは、彼の方が喜怒哀楽に優れていて、尚且つからかって面白いからだ。
 可哀相に、とまた両手を合わせる。
 明日は美女と野獣だと言う。
 これから暫くは、サンジの受難も続きそうだ。

二つ目も拉致してきました!
◎5番目の魔法使いとボンちゃんと王子なロロノアに心ツッコミを幾度となくいれたい。
◎そんな微笑ましい気持ちになれます。ていうか真剣にお話に聞き入ってるチョッパーが一番愛しいです!

◎サンジさんがかわい過ぎる…ぅぅぅぅ!(悶絶)


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