■ ONE FOR ALL. ■             Writing by K 様
 

 居酒屋六つ分合わせたくらい賑やかな夕食を終えるなり、せかせかと皿を洗い戸棚に片付け始めたサンジを見て、あら、とナミが長い睫を瞬かせた。いつもは食後の紅茶だの、デザートの盛り合わせだのが出てきて、それの薀蓄を傾けるのに一生懸命な男が、ナミさん、ロビンちゃん、はいこれどうぞ、召し上がって! と忙しげに言うと、シンクに向かい始めたのだ。明日の仕込をするには早い時間で、そしてコンロには、食事の最中もずっと弱火にかけられている寸銅鍋がある。ルフィなどは、あれは飯じゃないのか、と騒がしく言ってそわそわしていたのだが、サンジにあれに指一本でも触れやがったら金輪際テメェに食わせる飯は消えてなくなると思え、と脅されてからは、ちらちらと横目で窺うだけに止めている。
「…なぁに。せわしないわね」
 まだクルー全員が揃って和気藹々と今日の夕食のどこそこが美味しかったなどと話している最中に、ぴゅっと食堂を飛び出していったサンジが、帰ってきた時には両手一杯に野菜を抱えているのを見て、ナミは眉を潜めた。迷惑そうな声は隠しもせず棘を含んでいる。レディファーストの理念に基づきデザートは飛び切りのものを、それも飛び切りに綺麗な飾り付けを施したものを出してくれる男の、サービス不足に不満を抱いているらしい。ナミの皿も、ロビンの皿も、のっているのはシュークリームふたつ限りで、そしてそれらは男連中と同様に何の飾りつけも施されていなかった。
「あっ、お気になさらずっ」
 シンクの上に野菜を積み上げ、超人的なスピードで皮を剥いていく男が、にっこりと笑って振り返る。けれどその笑顔には忙しく働いている証拠のように汗が浮いていた。ナミは口を尖らせる。
「気にしないわよ。でも、あんたがそうやって、デザートの最中から働き始めると、こっちは落ち着かないのよ」
「あっ、お気になさらずっ」
 サンジの背中に向けての言葉は、爽やかに笑うサンジの笑顔に跳ね返された。話を全然聞いていない男に、ナミがカチンと頭にきて怒鳴りつけようと口を開く。それよりも先に、ロビンがひっそりと静かな声を漏らす。
「忙しいのなら、お手伝いしましょうか」
 皿の上のシュークリームは綺麗になくなってしまっている。カスタードにバニラビーンズがたっぷり入っていてとても美味しかった。あと二つは軽くいけるわね、とチョッパーと話していたのを彼女は無理に切り上げたのだ。おれ、あと七つは食えるぞ、と頬を真っ赤にして言うチョッパーに、俺は七十個はいける、とルフィが頬にカスタードクリームをつけながら言う。胃袋までもがゴムの船長には、特大のシュークリームが用意されていたと言うのにだ。じゃあおれ百個食える、と張り合う船医は、ルフィの特大シュークリームが羨ましかったのだ。
 微笑むロビンを振り返り、サンジは頬を上気させながら笑顔を振り撒いた。
「お気遣いなくっ!」
「あらそう。でもどうしたの、急に。いつもは明日の仕込みだって、もっとゆっくりでしょう?」
「ごっそさん」
 ぼそりと呟いたのは、一口でシュークリーム一個を平らげた飲兵衛剣士だ。甘さを口の中から追い出すように、用意されていた緑茶を飲み干し席を立つ。隣に座っているナミが、残ってるわよ、と皿の上のシュークリームを指差す。甘い物が苦手な飲兵衛には、甘さ控えめのカスタードシュークリームと言えどもさすがに二つは厳しかったらしい。ゾロはちらりとそれを見ると、やるよ、と顎をしゃくる。それを見たチョッパーが、ずるいっ、と席を立てば、俺も欲しいっ、とルフィが駄々を捏ねる。ああもう、とナミは額を抑え、あんた持っていきなさい、とゾロの手にそれを握らせた。
「喧嘩になるのよ。全部ちゃんと食べちゃいなさい」
「…ああ」
 仏頂面を更に顰め、ぽいと口の中にシュークリームを放り込んだゾロに、チョッパーとルフィの悲鳴が重なる。煩いハーモニーを拳ひとつで黙らせたナミは、ゾロが部屋を出て行くのを見送り、その背中に、ああ、と気付いた。
「そっか……忘れてたわ」
 ぽつりと瞬きをするナミに、あらなぁに、とロビンが声をかける。チョッパーの隣に腰を下ろし、おれだってほしかったのにぃ、と己の手に渡らなかったシュークリームを惜しがっているトナカイの頭を撫でながら目を細めている。年上の女の、大人びた仕草に顔を向けながら、あのね、とナミは笑みを浮かべた。
「明日、誕生日なのよ、ゾロの」
「あら……剣士さんの、誕生日なの」
「そう。そんでもって、サンジ君に誕生日ができた日なの」
「……コックさんに誕生日ができた日? あら…じゃあコックさんも誕生日なの? だけど、確かコックさんの誕生日は…」
「三月だぞ! サンジの誕生日は三月なんだ! でもそれ決めたのはゾロなんだ!」
 満面の笑顔を浮かべているルフィの言葉に、年長の女は首を傾げた。
「…どう言うこと?」
 そう言えば、ロビンが仲間になる前だったよな、とチョッパーが可愛らしい声で呟けば、そうだよなぁ、とウソップが顎を撫でる。大きなテーブルに肘を付きながら、あのな、と新参のロビンに両手を広げて見せた。
「去年な、ゾロの誕生日にな」
「違うぞ、一日過ぎてたぞ」
 ルフィの声を、まぁ大して変わんねぇよ、とウソップは簡単にあしらった。
「サンジに誕生日がないって事が解ってよ。そんでゾロがつけてやったんだよな。名前にもあってるから丁度いいってさ。それが三月二日で、そんでサンジに誕生日ができたのが、丁度一年前の明日なんだよ」
「あら…」
 ロビンは大きな目を瞬く。深い色をした猫のような瞳が、聞こえているはずなのに聞こえないふりをして照れ隠しをしているサンジの背中を見る。びくりと強張ったように見えるのは、気のせいではないだろう。ロビンは目尻に皺を浮かべながら、そう、と微笑む。
「素敵な誕生日なのね」
「そうだぞ!」
 ルフィが立ち上がり腕を振り回した。
「明日はゾロにもサンジにも、特別な日なんだぞ! だから一杯祝うんだ! 宴だ! 飯だ!」
「いや、お前食ったばっかだろ」
 突っ込むウソップに、いや明日の分だ、とルフィは反論する。じゃあ明日は何もなくていいのか、と問えば、それは嫌だ、と顔を顰めて、まるで大きな子供だ。二人のやり取りをおかしそうに見つめているナミが、ふと気付き、シンクの前で忙しく立ち働いているサンジに、ねぇっ、と声をかけた。
「明日は、何を作るの?」
 特別な料理、と付け加えれば、そんなっ、とサンジは赤い顔で振り返った。
「特別な料理なんて別に何も!」
 その割には額に汗をしながら働いている。あらそう、とナミは拍子抜けした顔をして肩の力を抜く。それに代わるように、ロビンが目を細めた。
「明日は、どんなメニューなの? コックさん」
「えっと」
 サンジは鍋の中をかき回していた手を止めて、へらっと笑みを浮かべる。無防備で、邪気のない笑顔を、ロビンは、可愛いわね、と弟を見るような目で見つめているが、サンジは気付かない。
「たいしたもんじゃないですよ」
「へぇ、そうなの」
「ビーフストロガノフにミートパイと、それから野菜と鶏がらで出汁をとっただけのスープ。これがまたうまいんですよ。あっさりしてる割にはコクがあって! も〜三日三晩煮込み続けてるんで、明日の夜にはいいスープができますよ〜。それからほうれん草のパスタとかぼちゃのニョッキ! 昨日一晩かかって裏ごししたかぼちゃを生地に練りこんで、今日一晩寝かして明日茹でるつもりなんです。トマトベースとペペロンチーノベースと二種類作るつもりと、ああっ、クリームベースもいいな。よし、三種類に増やそう。それから…ええっと、後は、アラバスタでテラコッタさんに教えてもらった肉料理各種ですかねー。一週間前から作ったソースに仕込んで、用意はばっちりです! それからパンも焼かなくちゃと思って、今日は昼間、大量に小麦挽いておきました! ひとつじゃ飽きるかと思って、味も色々用意して! 胡桃もたくさん割ったし、それからレーズンも湯で戻すだけじゃ素っ気ないんで、ラムで戻してるんですよ〜。デザートにはうんと冷やしたシャーベットと甘いの苦手なクソ腹巻にも食えるように甘さ控えめのミルフィーユの予定です! ああそれからっ! それからですね、サラダにはハーブ畑で取れたフレッシュハーブの…」
 身を捩じらせながら延々と料理の説明をし始めたサンジに、ウソップが閉口し、ルフィが涎を垂らしている。明日になったら食えると解って、頭の中はそれ一色だ。チョッパーもすげぇすげぇを連発しているが、ナミとしては、笑顔を引きつらせるばかりだった。そのナミに、ロビンが首を傾げながら視線をくれる。
「ねぇナミちゃん」
「…なぁに」
「たいしたものは作らないって言ってた割には、ものすっごく手間も時間もかかる料理ばかりなのは、私の気のせいかしら?」
 ナミは益々浮かべた微笑みを引きつらせる。
「気のせいよ、きっと」
「ああそうだっ!」
 赤い顔をぱっと輝かせ、サンジが両手を打ち鳴らしている。
「スペシャルドリンクも用意しなくてはっ!」
「……気のせいよ」
 ナミは苦笑を浮かべながら、額に手を宛てる。
「やっぱりクソ腹巻には、とっておきの酒を出してやるかなっ! 米の酒だぜ、米の酒! しかも地酒とくりゃあ、もう文句はねぇだろ。いや待て、料理がイタリアンメインなのに、酒が地酒ってのは変か、やっぱりワインがいいか…けど質のいいワインなんて今ひとつ…ああっ、こんな事なら前に寄った島で一番いいワインを仕入れておけばよかった! ポートワインでも、肉には合うが……ううん、どうしたものかなぁ」
「サンジー! おれはホッとチョコレートがいいー!」
 チョッパーが挙手して宣言しているが、独り言を呟きながらぐるぐるとシンクの前を行ったりきたりしているサンジには聞こえていない。
「いや待て。あのワインにオレンジを少し利かせればいいか。度数もかなりあったし、味もさっぱり決まるはずだ。それならパスタにも合う…ううん。でもなぁ。白いワインと肉は相性がなぁ…シャンパンでも載せられたらいいだが、さすがに船旅にシャンパンはなぁ…やっぱり地酒か。ここはひとつ料理のバランスを崩してもいいから地酒で締めるべきか」
「サンジー! おれはホッとチョコレート!」
「俺はコーヒーでいいよ。ブルーマウンテンなら、このキャプテーンウソップ様も文句はねぇな」
「俺はなんでもいい!」
「ああでも地酒は捨てがたい…」
「…ねぇナミちゃん」
 もう外界の言葉など頭に入っていかないサンジを見ながら、ロビンが微笑んでいた。なぁに、と額に当てた手を下ろしながら、ナミは首を傾げる。ううん、と真剣に呻き始めたサンジを見るロビンの目は、とても優しい。
「…剣士さんは、とってもコックさんに愛されてるのね」
 ナミは少し目を丸くして、だがすぐに微笑んだ。
「そうね」
 頷き、とうとうしゃがみこんでしまったサンジを見る。ああでも地酒は、と呟くサンジの横にちょこちょことチョッパーが寄っていき、おれホットチョコレート、とその身を揺さぶっているが己に一生懸命なコックは気付かない。
 ナミは息を吐く。
「でも、ロビン」
「なにかしら」
「サンジ君だって、ゾロにうんと愛されちゃってんだけどね」
「まぁ」
 決して驚いた風でもないのに、ロビンはそんな風に言葉を口先に乗せる。
「…じゃあ、相思相愛と言う奴かしら」
「ああそうね。それぴったりだわ」
 少し酒を混ぜたコーヒーを持ち上げながら、ナミが目を細める。
 料理に、そしてそれを食べてくれるであろう恋人に一生懸命なコックを見つめながら、微笑を浮かべている。
「楽しみね」
「そうね。楽しみだわ」
 女達は微笑み合いながら、優しいコックの手から作り出される膨大な量の明日のディナーに思いを馳せる。
 寝不足の、けれど清々しい顔で笑みを浮かべながら、コックが渾身の力作をテーブルに並べ、うまいかっ、と無愛想な剣士に詰め寄る様が、二人の女達には容易に想像できた。



◎K様の創作を拝見したとき、あまりの気持ちよさと酩酊感にクラクラしました。
◎なんていうか、ゾロもなんですけど…サンジさんが!(笑)サンジさんの存在がシキヲのツボに直撃なんです。アホで可愛くてかっこいい(褒め言葉か?)あんまりに好みのタイプすぎて惚れそうです。…惚れます!

◎K様のサイト「Route 666」はこちら!

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