俺屍。


神々の系譜


どの世界にも約束事がある。
それは理であり、違えるとまた世界は異なってくる。
例えば神々が住まう世界にもそれが存在するように。





俺の名は黒鉄 右京。土の属性を抱いて生まれた神の一員である。
俺が知る限り天には百以上の神々が住まう。
姿形は人型から異形まで。しかしさほど神々にとって姿というものは問題ではない。
自らが抱くさまざまな力さえしっかりしていれば、俺たちは神として存在し続ける。
ああ、だが、一ついうことがあるとすれば、確かに力ある神になればなるほど容姿端麗になっていくと俺は感じる。中にはやはり例外というものが存在するのだが。
俺の姿は人と似通った、普通の「人間型」であると思う。
人の顔の美醜というのは俺には今ひとつ分かりにくいが、我が同胞である女神殿に言わせれば俺は標準平均は一応、超えているとのこと。
自分で言えば、凛々しい眉やしっかりとした口元は自信がみなぎり、なかなかよいと思うのだが…女神殿の目にかなうには少々俺は力不足らしい。
やれやれ、難しいものだな、特に女心というものは。
俺には永劫、理解できまい。
俺は地上に自分の社を持っている。京という都の国の人間たちが、俺のために建ててくれたものだ。これがあるとないとでは神々の力も違ってくる。
社は、神の、地上の屋敷のようなものだからだ。
喜んだ俺はよく地上に舞い降りては社で静かに昼寝をしていた。
外の大木に寄りかかって眠るというのはなかなかよいものなのだ。
いつものように、俺が木の上で午睡を楽しんでいるときだった。
突然熱風が吹き荒れ、圧迫感を感じて俺は大木から飛び起きた。飛び起きざる得なかった。
俺が退いたすぐあとに、木は炎にまかれ、あっという間に灰と化した。
(人間業ではない!)
俺は驚きとともに怒りを覚え、すぐさま炎が奔ってきた先を見ようと視線を走らせた。
赤い鬼。
美的感覚が鈍いとされる俺ですら醜悪、と感じる姿形。
その時は俺はごく自然に嫌悪感を感じたのだが、後々思えば、俺はあの姿ではなく、奴を取り巻く邪気に吐き気を覚えるほどの拒絶を抱いたのかもしれない。
「貴様!」俺は怒りに満ちた目で奴を睨み付けた。
俺は霊体・・・実体を持つことなく地上に降り立っていたため、奴は俺に気づいたかどうかもわからない。ただ、一瞬目があった。それだけで俺は何かを壊された気がした。
排他的な、堕落した欲望だけを映す瞳はぎらぎらと、それでいて愉快そうに町を破壊し尽くす。俺は声に出さず叫びをあげ、逃げまどう人々を庇うべく跳んだ。
「畜生!」実体を持たずに地上に降りた俺の力は天界の時の何倍も衰えた能力しかもたない。大地に呼びかけ、地割れを防ぎ、壁を作って炎を避けさせるのが精一杯で、情けなさで俺は自分自身に激しい怒りを覚えた。「許せねぇ!」
岩が持ち上がり細かく砕かれつぶてとなって鬼に飛んだ。
「舐めるな!腐っても俺は大地の神!鬼ごときに俺の社を好き勝手にはさせねえ」
右手で印をくみ左手で念を放出する。「行け!」
だがつぶてが鬼に届くことはなかった。奴はすでに奴の力で自身に結界を張っていたのだ。「右京!」
俺の名を呼ぶ?この状況下で?
一瞬、俺は混乱し、声に覚えを感じて振り向いた。
「おまえ、水母の」
「助けて、右京。わたくしの力ではどうしようもならないの!」
淡い半透明の水色の瞳が引き裂かれそうな痛みを宿して俺を見上げてきた。
「地脈が叫んでる…!このままでは水も枯れ、大地も死んでしまうわ」
「なに」水母の女神の言葉に俺の心は大きく揺さぶられた。
すぐそばにはそれを引き起こした元凶がいるのだ。
なのに今の俺にはどうすることもできずしかも俺の兄弟といってもいい地上の大地が、一部死にかけていると聞き、俺は唇をかみしめた。
「―――――っく」
悔しさを喉いっぱいにおさめつつ、俺は拳を固め自制した。
「水母、行くぞ。見過ごすわけにはいかねえ」
「はい!」女神の頭部の編み笠がわずかに揺れ、強く同意する。
後味の悪さを引きつつ、俺は水母を抱えて、跳躍した。
…そして俺は後に知った。
地上を襲ったあの悪鬼の名は朱点童子。
腐敗と欲望を抱く魔性の存在…人の世界に目を付けた悪の申し子は新しい玩具を見つけた子供のように…それにしては残酷に、都を破壊し尽くした。
しこりを抱えた俺は神々の頂たるお方に成敗させてくるよう申し出たが却下された。
この天上世界のことわり。
それは地上世界に大きく関与してはならないと言うこと。
本来ならば俺がしょっちゅう地上に降り立つのも、先の行動のように勝手に力をふるって鬼と戦おうとしたことも範疇を越えている。
されどそれが咎にならなかったのは、人の命がかかっていたことと、社を壊されたという理由があったからこそだった。
俺は納得がいかなかった。
だが大いなる神の御意には逆らえない…。
所詮は中流神族の身分のためか、俺がふがいないせいか。
しばし年月が流れても、俺はそのことを忘れきることはできなかった。

数年、経過した。
太照の君からそのことが神々中に命じられたとき、俺は一瞬、かのお方はどうなされたのかと思ってしまった。最高の神たるお方をそのように思うとは、俺も不届きものかもしれないが、とにかく内容が尋常ではなかった。
いわく、人の子と交われ、と。
神が人と交わったことはないとはいわない。
過去にそんなこともあったが、大いなる神がそれを許しつつ、またそれを命令とするということが度肝を抜いたのだ。
所詮神と人とでは力もその存在も違いすぎる。できることならば互いに関わることなくそれぞれの道を進む…これが約束事であったはずだ。
太照の君は玲瓏とした美しい声でおっしゃられた。
人界を荒らす朱点なる赤鬼を倒すべく立ち上がった勇者の夫婦がいたこと。
俺はそれを聞いて一気にすべての感覚がとぎすまされる気分だった。
隣にいた水母の女神もそうだったらしく、はっとしたように顔を上げ、息をのむ。
記憶に新しい悪鬼のこと…俺は先刻起こった出来事のようにありありと思い返すことができた。
…だが、と話は続いた。その夫婦はくしくも敗れ、その幼い子には二つの呪いをかけられてしまったということ。
復讐を畏れた卑怯な鬼は殺さぬ代わりに、種絶、子孫を残すことができなくなる呪いと、短命、その名の通り寿命が通常の何倍も短く、急速に成長し、死んでいくといった呪いをかけたという。…くどいようだが、天界が人界に干渉することは許されてはいない。微妙なその感覚を壊しかねないからだ。
神は直接的に手を出すことができないが、その呪われた哀れな子に力を貸し、打倒朱点童子を目指すことはできる。子を残すことができないものなれど、神々と交わることはできる。強い神と交わり、子孫を作り、力を蓄え、再び朱点に挑むというのだ。
正直言って、その時点で俺の興味は消えかけていた。
朱点に恨みはあれども、人に手を貸すというのはなんとなくしょうにあわない、というか俺は別に関係なかろう、と思ったのだ。
やがて少し経ち、俺がすっかりその話と自分は関係がない…と思いこんでいた頃。
「右京、右京!」
「なんだよ、そうぞうしい」
俺は半目を開けてそいつを睨み付けた。
寝ていたわけではないが、力を蓄えるため瞑想をしていた。その時の乱入者に少々いらだちを覚えたのも無理はないと思う。
半獣の神は焦ったようにまくしたてて言った。
「黒鉄の右京、聞いて!黒曜斎殿が、かの静寂の君が人との交わりをお受けなされた!」
突然飛び込んできた情報に俺は目をむいた。
「あの影彦が?」
訝しい顔で俺が問うと、そいつは大きく頭を振ってうなずいた。
「初めての…お方だったんだ。
黒曜斎様が、ご命令とはいえすぐお受けになるなんて僕、ちょっと吃驚して」
「へえ」俺は言う言葉を無くして、そういって切った。
「あの…陰気な影がねえ」
「黒曜斎様は陰気じゃないよ〜!落ち着いたお方なんだ。容姿も整っていらっしゃるし。一体どんなお子が生まれるんだろう。楽しみだね」
無邪気な半獣神に俺は苦笑を返すしかなかった。
「おい、まて。ということは…」俺はあわてて身を起こした。
「人間の方は…女か?」
「そうだよ。僕水母のくらら様の水鏡で覗かせていただいたけど、結構美人だったなぁ。勇者の母君もお美しいかただったと聞くから、あたりまえかもしれないけれど」
「水母の…くららと見たのか」
全く、驚くことばかりだった。寡黙で常に冷静沈着、余計なことに意識を向けない全く俺とは正反対の気質を持つといえる黒曜斎影彦…こいつも土の神であるため、俺と縁が遠いわけではない…が、まさかあっさり人間と、それも一番はじめに契るとは。
少々拍子抜けした気分だ。俺よりあいつのほうが今回のことには興味をもっていなさそうだったのに。
興味本位では絶対にあるまい。義務感か、命じられたからか、使命感か…。
なんにしろ、俺には驚きに代わりはなかった。
…朱点に挑む勇者の子が女だということにも驚いた。
「ふうん」なんとなく、俺の口からそんな言葉が漏れた。
他意はない。つもりだが、実際、自分でもわけがわからなかった。
友人の行動に面食らっていたせいかもしれない。

半年が経って俺に話が飛び込んできたとき、まさか、と俺は顔をしかめた。
「本気で、俺なのか」
「そうでございます、黒鉄ノ右京様」
使いの言葉に俺は渋面を隠しきれなかった。
「まさか、俺などに話が舞い込んでくるとは思わなかった。
他にふさわしい神々は山ほどいように」
「地上の君は、御方を、とのご希望です」
あっさりと返されて、俺はうなった。
俺を、か。一体誰だろう。影彦と契った娘の子か、孫か。それとも…。
好奇心、というものが俺の中で生まれた。
「よし、行こう」

導かれて俺は対面した。
実体で、俺は地上と天上の境目の空間に降り立ち、静かに顔を上げた。
眩しい白装束の、黒髪の少女が立っている。
眼鏡をかけた娘がなにやら熱心に黒髪のほうに話しかけるのをぼんやり見つつ、俺は夢見心地でいた。
(俺の血が人間に混ざる)
俺の血が、朱点を倒す一部となる…。
「あ、黒鉄の右京様でいらっしゃいますねっ」
眼鏡の娘が元気に、されど神妙に訪ねてくるのに、それに先ず、面食らった。
まさか…昼子様…?
すると、少女は目配せするように一瞬、視線を向けてくる。
…暗黙の了解とやらが必要なようだな。
俺はしっかり頷いた。
「ああ。使命通り参上つかまつった」
「ご足労でございます。ええと、右京様こちらが我が当主様の…」
黒髪の少女が振り返る。
思わぬほど強い瞳にぶつかって、俺はほんの一瞬、たじろいだ。
(なん、だ)
半獣がうるさく言っていた意味がようやくわかった。
なるほど、美しい。
神々の美しさには及ばない。なれど生き生きとした表情や意志の強い両眼、どこか不敵な笑みが生きている美しさを感じさせるのだ。
微笑みが深まり、俺を見つめた。
「お初にお目にかかります、黒鉄の右京様」
放つ声は涼やかだ。淀みのないしゃべり方は聞く耳に心地よい。
「ああ」声が掠れた。一体、俺はどうしたというのだ。
「右京様の力を貸していただきたく、お願い申し上げます」
深々と頭を下げされ、俺はその一挙一動に食い入るように見入った。
当主、といった。つまり、この娘が影彦と交わったのか。
「承知」思わぬほど強い応えを返したにも関わらず、彼女はにっこりした。
どこかあどけなさを感じる微笑みだった。
だけど、強さに溢れていた。
俺に定めがあるとすれば、朱点に遭遇したときから…あるいは、俺が神として誕生したときから、決まっていたのかもしれないと思う。
遠回しな言い方になった。畜生、認めてやる。
そうだ、俺はあの娘に心惹かれた。尋常でないほど、つまり、あれだ。
「俺はそういうのはよく、わからないんだ」
神々というものは一般的には慈しみ守りはすれど、恋はしないものだから。
あの娘にまた逢いたいと強く思った。
俺とあの娘の架け橋といえば、俺の子である息子だけだ。
俺は恋という初めての感情に戸惑い、溺れていたのかもしれない。
失念していた…わざと考えるのを避けていたともいえる。
彼女の寿命が長くないことを。

自覚した瞬間、終わっているだなどと、人界の悲恋話に匹敵しそうだ。
俺は自嘲した。俺はまがりなりにも神である。神が本気になって人間を愛するなど、そこまで太照の、太照天昼子様はお許し下さらなかった。あくまで助力を与えるのみ。
頭ではわかっていたつもりだった。なのに俺の魂が素直に言うことを聞いてくれない。
我が儘な子供のように。
…だから自嘲がこぼれる。
「右京…?」
案じる声に俺は顔を上げた。心配そうな顔にぶつかり、俺はぎこちなくも微笑んで見せた。「応。どうした茶々」
半獣神はにこりとして、それから目を伏せた。
「右京、元気がないから」
「心配させたか。すまんな、茶々丸。俺は、情けないな」
宇佐の茶々丸はばつの悪そうな顔で上目遣いに、手を伸ばし俺はあいつの頭を撫でていた。普段、子供扱いを嫌う茶々も、俺の気分がいつになく暗いことを悟ってか、何を言うわけでもなく黙ってうなだれている。「ごめん、右京」
「何故謝る?」
「僕…以前、僕が黒曜斎様の事を話したことが、右京を焚き付けてしまったのではないかなって、思って」
「焚き付ける?何をだ」
「右京、面倒くさがっていたじゃない。人間との…こと。ふらりといなくなりそうな雰囲気だったから、僕、つい右京と親しい黒曜斎様のことを持ち出して」
もごもごと言葉を濁す、茶々を唖然と見つめ、俺は苦笑した。
「俺があらゆる立場に置いて好敵手ともいえる影の奴に対抗すべく無理して命令を受けた…だからふてて落ち込んでる、とでも言いたいのか?
くくく、面白いことを考えるな、宇佐の君は」
「う、きょう?」
突然笑い出した俺を見て、茶々丸はきょとんとする。
子供のような半獣神を好ましい思いで見つめ、俺は否定の頭をふった。
「違う。影の奴は関係ない。お前もだ、風の茶々丸。俺自身の、小さな問題だ」
語尾は苦り切った様子で言ってしまった。茶々は不信に思わないだろうか。
と、突然空から声が降ってきた。
「まあ、右京。そんな様子で小さな問題と言い切れるの?
それは見栄の張りすぎというやつだわ」
尊大な女の声に、俺は振り向きもせず悪態をつくようにして言い放った。
「来て早々煩い奴だな。突然の来訪は俺に文句をつけるためか、木曽の春菜?」
真っ白な獣の毛皮を帽子にした女神が、まあ、と柳眉を寄せる様が見ずにも知れて、俺は虫を払うような仕草で手を振った。
「からかいならば他の神にしてやってくれ。俺は忙しい」
「何をもって忙しいなどと言えるのかしらね。天の仕事に手も付けていないくせに」
何故、この女は俺のことがわかるのだろう。
監視でも送り込んでいるのかと思うほど勘が鋭い同属性の女神は、俺の前にわざわざ回り込んですましたように腰に手をあてがえた。
「わたし、これでも貴方を心配しているのよ。見えないかも知れないけれど」
「なら、その高飛車な態度をどうにかしろ」
「は、春菜様!右京も、そんな言い方しなくても」
険悪になっていく雰囲気に茶々丸が悲鳴を上げた。
仕方があるまい。
「用があるなら早く頼む」
その時、唐突に春菜は困ったような顔をした。
今までの態度が豹変する、といおうか。躊躇うような痛々しい表情で、だが冷静に彼女は言葉を紡ぐ。「右京…落ち着いて聞いてね」
「何だというんだ。お前がそんな顔をするとは思ってもみなかったぞ」
わざと、俺はからかうように言ったが、春菜の顔から陰は拭えなかった。
「右京」
「ああ」
「勇者の娘が…地上の初代当主が、
亡くなりました」
真っ白になる。
「そうか」
なのに俺の声は変わらず、微動だにせず俺は続けた。
「あれから一年経ったからな。短命の呪術をかけられた身では、精一杯生きた方だろう。…早く、子孫が朱点を倒せる日が来るといいな」
春菜は何とも言い難い瞳で俺を見つめてくる。
春菜の表情が見ることができない位置にいる茶々は明るく言った。
「本当に。折角黒曜斎様や右京が力をお貸ししたんだもの。
きっと、近いうちに必ず当主殿の意志を継ぐ者が朱点を倒すよ」
「ああ…そうだな」
静かにさざめく波のように、俺の心は穏やかだった。
惚けたようにぽっかりと、どこかが空洞になると同時に、不気味なくらいの穏やかさが俺を包む。「必ず、血を継ぐ者が、あの悪鬼を倒すだろうよ」
春菜は笑った。痛みをこらえるような笑い方で、そっと囁いた。
「馬鹿ねえ…黒鉄」
馬鹿ねえ。
もう一度春菜は小さくつぶやいた。

二人がそれぞれの住まう宮に帰った頃、暫くして黒曜斎影彦が訪れた。
「よう、影」俺が手を挙げると、影彦は黙って頷いた。
「久しぶりじゃねえか。…相変わらず暗い奴だな。なんか、しゃべれよ」
影彦との仲は古くから続いている。
俺の言葉遣いはいつも以上にくだけたものになっていた。
「そなたもあの娘と契ったと聞いた」
切り出し方はそんな風だった。
ああ、と俺はうなずき座敷をすすめたが、影彦はいや、と首を振り静かに俺の横に立った。同属性内でも陰と陽のような対の二人だとよく囁かれたものだ。
俺の考えを読みとったらしく、影彦はうっすら分かりにくく、笑った。
「当初、候補は四名いた。火、水、地、風の四属性の候補をまず選び、そこの誰かと最初に契る…その後、地上の者が他の神々を選択できる意志を持つ。そのようなことだった。わたしは先の候補の地の一人に選ばれた。実際に契るとは深く考えなかったな」
「四人の中で一人、だろ?
お前が選ばれるかもしれねえし、他の奴が選ばれたかも知れねえ」
「…わたしは娘とまみえた。彼女を見た」
唐突な話し方だ。
全く、影彦はいつになく饒舌かと思えば、わけのわからない話し方をしてくる。
「目があった。…契ってもいいと思った」
「……」義務感の固まりが自分の気持ちとして思いをさらけ出すのは滅多にないことだったため、俺は言葉を失い、影彦を見つめた。
「娘がわたしに微笑みかけた。彼女はわたしを選んでくれた。
わたしは、彼女が微笑んでくれなければ、わたし自身で言っていたことだろう。
『わたしでよければお力をお貸しいたす』」
途端、あの少女の面影が脳裏に思い浮かんだ。
忘れることの出来ない印象的な瞳。姿…すべて。
「そなたの心は凪ぐ波のよう。されど嵐を抱えている……あの娘に対する思いで自らを焦がし、裂いて、それでも屈することはない」
一旦、区切って、奴は静かに笑った。
「わたしはそなたが羨ましい、右京。あの娘を素直に好きだと言えるそなたの心が」
「影彦」
「わたしも…あの娘を忘れることはないだろう。
短い邂逅。触れるか否かの刹那の時であったとしても」
身を翻した影彦の着物の裾が風に揺れた。
長い黒髪が肩で風に舞う。
「ああ。俺も忘れない」
遠ざかって行く影彦の姿を見つめながら、俺は誰にいうわけでもなく呟いていた。
「忘れねえよ」
あの苛烈なまでに激しく燃え上がり散っていった凄絶な炎を。
鬼と戦った美しい娘のことを。
俺は忘れはしない。


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atogaki⇒ 初めての俺屍小説ということでイロイロ間違っています(笑)設定とか設定とか設定とか(エンドレス)…とりあえず神様の顔をばらばら見てくうちに最初のヒットだったのが右京ちゃんだった、と。(笑) とりあえず黒髪でワイルドな彼が好きです。ラヴ。




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