【音もなく甘き支配】



 例えば―――。
 隣にいる彼を思うと、胸の奥がぎゅうぎゅう押されたみたいに、痛くなる。
 けれどそれは今まで味わったどの痛みとも違う。

「……」
 月光だけが頬を叩いた。眩しそうに目を細めるほど、強い光ではない。
 自分の肩を枕に静かな寝息を立てる御神薙の呼吸を聞くたび、泣きたくなる衝動が、暁人のなかを何度も往復した。

 それは。
 存在のはっきりしなかった自分の前に現れた、鮮やかな幻。
 この地面に足をつけ、人の体を持ちながら魂だけ、地上から切り離された用に…どこか空虚さをぬぐえないまま生きてきた暁人にとって、自分よりよほど色彩の鮮やかな存在だった。寒気を覚えるほど冷たい双眸。もの言わぬ薄い唇。現実とはかけ離れた容貌―――立ち、振る舞い。
 音も、匂いも感じない。けれど圧倒的な存在感を放つ幻が、ふわりと暁人の前に立ちはだかり…その強弱のない硬質的な声は問うてきた。

『お前―――“贄”か』

(思えば、きみには何度も殺すって言われた気がする)
 冷たくおそろしい言葉を聞かされて、喉の奥が、りんと悲鳴をあげた。
 とてもおそろしい。けれど同じくらい切ない。
(静かな目が、それでも気になった。……きみはいつも、なにも言わない。唇を動かさないまま、手を差し伸べてくれて―――傷付いて)
 美しい雄鹿が静かに呼吸を休めて、眠るように。
 彼の青みがかった銀の睫毛は少しもふるえないまま、ただ規則的に呼吸を繰り返している。

 孤独の痛みは、暁人に常に纏わりついてきた重石や、枷のようなものだった。
 常に服に、皮膚に、直接ついてはなれない…まるで岸のない海に身を浸らせているように。ずっと、足元は冷えたまま。陸に上がれないまま…溺れることもできないまま。
 たくさん痛みを味わってきた。味わいすぎて感覚が壊れてしまった。
 けれど、壊れたはずの心が慕わしげに、訴える。

 痛い…。
 けれど、厭な痛みではなく。

(御神薙…みかなぎ―――)

 きみの名前を呼ぶたび、泣きそうになる自分がいた―――。




 暁人のその声が聞こえたはずもないのに。
 御神薙の睫毛がやっと、ふるえた。
 …視線が訊ねてくる。「どうした?」と。


 そうだ。彼は、いつも。
 その眼差し一つで語り尽くせない思いを、暁人に与えてくれていた。
「…だいじょうぶ」
 せめてきみにとって、この儚い休息が少しでも心穏やかなものでありますように。


 二人で、自由になれますように。


 この心の痛みは、
 いとしい、甘い痛み。










■妹ゆきが、某ボーイズ系ゲーム『セラフィムスパイラル』にハマり、御神薙同盟を発足いたしました。
■かくいうワタクシもモノの見事に御神薙にメロってしまい、足を一本踏み入れることに。ミカちゃん同盟にも所属してしまったので、記念に一本ぐらいSSかいとくか、と慌てて書きました。もんのすっご短文ですが(苦笑)
■それでは妹よ、同盟頑張るのですぞ。だっはっはっはっは。(意味のない笑いだ)

02/01/24

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