◎彼女の鉄拳◎

 最近、門前で手をついて叩頭して、雨の日も風の日も、頼みこんでやっとこ入りを許された言わば"新人"かつ"下っ端"の俺の仕事っていったら、もっぱら掃除だの、兄貴方のメシの調達だの、雑用とかわんねェんじゃねえかって、はっきり言って面白くねえ。
 だか、やっぱり血の気の多いだけの青二才と小ばかにされるのはたまんねえし、役立たずのごくつぶしだと思われるのも腹が立つ。
 だが、俺を見込んでお拾いなすってくださった「おやっさん」は気風の良い、本当に気持ちよい御仁で俺は生まれてはじめて、自然に頭が下がる、ってのを体験した。

 おやっさんには、たった一人の孫娘…つまりは、後継のお嬢がいらっしゃる。
 このお嬢もまた、おやっさん似の豪快で気風の良い女性で、チンピラ風情が門を叩こうなんざ十年早いと受け入れを許されなかった頃、あんぱん咥えて門前で頑張ってた俺をひょいと眺めて、
「良く持つねえ!」
 と笑って、びっくりして硬直しちまった俺に缶コーヒーを投げてくれた。
 お嬢は…お嬢さん、と呼んだら大口あけて笑われた。「うちじゃあ、あたしを"さん"で呼ぶやつなんざいないよ!」って言われたもんだから、お嬢と呼ばせていただいてる…そのお嬢は、なんと三代目の後継でいらっしゃるのに現役の教師をしてるらしい。
 俺は面食らって、本当に生意気ながら聞いた。お嬢はなんでまた先公なんかにって。
 そうしたらお嬢はニィと笑って、そりゃもう不遜なお顔で言いなさった。
「おめェらみてえな馬鹿作り出さないために決まってんだろ?」
 全くだ!
 お嬢みてえな先公…いやいや、教師がいたら、俺みてえなのはできなかっただろう。

 俺はお嬢が怒鳴り散らしてっとこか、機嫌良く大口開けて笑ってらっしゃるところにか見たことがねえ。―――見たことが無かった。

 その若ェのは、何故だか兄貴たちに「慎の字」と呼ばれて一目おかれていなすって、
「お邪魔シマス」
 なんて涼しい顔して門をくぐろうとし、俺が怒鳴っておんだそうと息巻いたところ、
「やめねェか、馬鹿! 慎の字はお嬢の客だ」
 止めたのはテツの兄貴で―――このひとも男前で喧嘩も啖呵も滅法強ェ。だが、兄貴曰く「お嬢にはかなわねえ」と謙遜をおっしゃる―――兄貴の言うことじゃ仕方ねえと、もっぱら下っ端の俺は言うことを聞くしかなかったんだけどよ。

 慎の字はお嬢の教え子さんなんだそうだ。涼しい顔した、これまた今時のツラ…いやいや、顔のお坊ちゃんで、それなりに喧嘩なんかで鳴らしてるだろうなァと思った。

 だけどなあ、俺は初めて、その慎の字のお陰で、お嬢の別の顔を見ちまった。

「だから言ってるだろ? 俺はウソいってねえし」
「ウソも冗談もあるか、アホ! て、ていうか落ち付け! 落ち付け沢田!」
「ヤンクミ、お前のほうが焦ってるって」
「そ、そうだな。あたしのほうが焦ってるよな…って違〜う!」
 お嬢が表情豊かで起伏の激しい方だってのは、ここ数ヶ月でよぉく理解されていただいたが、顔色を青くしたり、赤くしたりとお忙しそうで思わず植え込みにそうっと身を隠した。いや、もともと掃除してた俺が先にいたんだが―――これじゃあ出るに出れねえじゃねえか!
「沢田ァ、お前…ちゃんと大学受験して、将来決めるってあたしに言ったじゃねえか」
 軽く頭を押さえてそう、ため息つくお嬢に、若ェのにとんと表情がねえクールな慎の字は、涼しげな目許を少しだけ、きつくしぼって、お嬢を見なすった。
 ちょ、ちょいとまってくれよ。
 完全に野次馬状態の俺だが、パニクってるお嬢以上にパニクっちまった!
 お嬢、なんで気づかねえかなあ? 新入りの俺が気づいて、お嬢が気づかないなんて…どうかしてるよ、鈍すぎるだろ。
 慎の字の目ェ、ありゃあ、なんつうか。―――まんま、惚れてる女を見る目だろうが。
「あの大学だと、遠いんだよな」
「はっ?」
「いまの、一人暮らししてるトコから、遠いんだよ」
「―――いや…引っ越せばいいじゃねえか? あ、今んとこ気にいってんのか?」
 お嬢、違うって!
 俺は心の中で思いきり叫んじまったよ。ああ、慎の字に同情しちまいそうだ。
「だから―――越すと、此処にも来れなくなる」
「あー。そうだなあ。お前、うちのテツとかミノルと仲いいもんな。おじいちゃんの将棋にも付き合ってくれてんだろ? 若いのにいい勝負をするっておじいちゃんも沢田のこと、凄い褒めてたし」
「そうだな」
「何だ…沢田、おまえ、寂しいのかっ!?」
 鬼の首でもとったかのように、嬉々としておっしゃるお嬢の顔ときたら、俺がこういっちゃあなんねえのもわかってる…わかってるんだけど、ガキ大将のすっげえ無邪気な顔まんまで、俺は吹き出すを必死に堪えた。
「―――ホンット…鈍すぎじゃねえの…」
 ぽつりと呟く慎の字に、俺は思わず同意するように頷いた。

 やがて、慎の字が顔をあげるのを、お嬢はぽかんと、俺は思わず息を飲んで見守っちまった。

「寂しい。久美子に逢えないからな。―――こんだけストレートに言ってもわかんないほど、お前頭悪くねえだろ?」

「…え? ……はっ?」
 お嬢の顔はものすごい真っ赤になっちまって、俺まで釣られそうになる。
「いや、寂しいって…。ていうかおま、おまえ、呼び捨てすんなよ!呼び捨て!」
「いいじゃん。どうせ卒業したら、教師と生徒の『立場』なんて関係なくなるんだし」
「さ―――わだァ?」
「んな素っ頓狂な声だすなよ。ほんと、女らしくねえよな」
 うわあ、慎の字危ない橋良く渡れるよ!
 うちの不文律っつったら「お嬢の地雷は踏まない」…つまり逆鱗ってことだけど、お嬢は地雷がありまくりでいらっしゃる。俺も何度か間違えて踏んで、しこたま殴られてる。しかも痛ェじゃすまねえんだ。
 慎の字が病院送りにならねえよう、止めに入ろうかと思ったがそれもどうやら俺の徒労だったらしい。
 文句を言おうと大きく息を吸ったお嬢の肩にごく自然に、手を置いて、
「―――つーかそんな女に惚れた俺もどうかしてるよな」

 それから…えーっと。やめだ。デバガメはやっぱ、ほれ、良くねえだろ。
 そっぽ向いてしらん顔しながらとっとと退散した俺の後ろのほうから、すげえでっかい張り手の音が響いた。つまりは―――まあ…そういう、こと、なんだろうよ。
 絶縁されっかと思った慎の字はその後も、飄々とした顔で遊びにいらっしゃっては、お嬢に怒鳴られ、おやっさんに呵々と笑われて過ごしていらっしゃる。
 いやあ、俺は思ったね。
 ―――よかった、お嬢に惚れねえで。

 馬をも昏倒させるって噂のお嬢の鉄拳を受けてまで、堂々告れる男には、おれはまだまだっつーことだ。

 ちなみに、最近俺は三下からやあっと弟分が出来る身分になったが、
 お嬢、山口久美子さんと、
 慎の字、沢田慎さんの御関係はまあまあ、良好なようである。

■ごくせんTVドラマ終わっちゃったけどさ。
■だって慎久美気になるよう!みたいな。
■終わっちゃったけどさ。

■次点はテツ×久美子なんだけどさ。

■いらないかもだけど、なんだかシンクミフィーバーな妹、ゆきに捧ぐ。風邪(?)治せよ〜!!
02/07/05

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