■ WATER SKY ■


 「ワッカ。」
 照れくさそうに笑った声。
 「ワッカ…その、俺たち。友達ッスよね?」
 「馬鹿、今更な〜に言ってるんだっつの。」
 照れくささが伝染して、誤魔化すようにヘッドロックを仕掛けたら―――わあわあ言いながら、それすら楽しむように白い歯が笑う。
 「ちょ、ワッカ!ずるいッス!体格差を考えろって!」
 「お前はよぅ。」
 ぐりぐりと頭を撫で付けながらワッカも笑う。
 「その―――なんだ。もうとっくに、俺の家族同然だ。」

 楽しそうに笑っていた深海の青。光加減で表情を変える水の青。
 不意に歪んで、溺れるように光が爆ぜた。
 「ありがとう。」


 涙をこらえる子どもっぽい仕草。
 反面大人びたように呟く声色。


 「ありがとう。」


++++++++++++++++++++++++++++++

 その少年は、決して叶うはずのない絶望すら、淡く痛々しい希望に変えてしまうには充分なほどの力を持っていた。

 ひどく天気の良い日だった。元々南に位置するビサイドは年中常夏のような気候の良い位置に存在する。…シンに破壊さえされなければの話だが。
 火の粉を含んだような砂浜は触れたら火傷しそうなほど熱を持つ。砂と海に付き合い、共に生きるビサイドの人間で素足で歩けないものはいない。最も日中は流石にサンダルぐらいは履くようにする。太陽が一番大地に近づく時、砂浜には陽炎が立ち昇るのだ。
 「いいかお前たち!今度のルカでの試合も間近に迫っている!
 付け焼刃にしかならねェかもしんねえけどよ、ここらで一発シュートの練習と行くぞ!」
 威勢の良いオレンジ色の髪の青年に、メンバーは「おお〜っ。」と返す。
 返すものの、それは数人いるものの青年の声に比べて少々小さい。
 「なんだなんだァ、気合入れて行こうぜい!」
 ワッカが弱気なメンバーを叱咤するように腹式呼吸で笑ったその時だった。
 海の中にふわりふわりと揺れる影を見つけたような気がしたのは。
 「―――んーっ?」
 ワッカが細めの瞳を更に細くして影を確認しようとした時だった。
 「一番、ボッツ!シュート練習行きます!」
 ボッツのシュート蹴り上げた…(やや心もとないシュートであった)…それは、やや弧を描きながら丁度揺らいだ海にぱしゃんと落ちた。

 水面が揺れた。明らかにそれは生き物の動き。
 大丈夫かと怒鳴ったワッカの声に反応して、 ぱしゃんと跳ねあがったけぶるような黄金色、褐色、目に鮮やかな黄色。

 ワッカという青年にとって、それは眩し過ぎる色だった。

 ―――本当のことを言ってしまえば、弟が…チャップが帰ってきたのだ、と。そう、ワッカに錯覚させるには充分過ぎたのだ。
 水に反射した太陽光が、きらきら跳ねるように、少年の瞳の中で光が弾いて何度も何度もぶつかりあって、それはさながら青い炎。
 髪の色、目の色、肌の色。そっくり取りかえれば、ほら、驚くほど弟にそっくりじゃあないか。

 兄さん、と呼ぶ声。ルールーと些細なことからぶつかったら、明るく穏やかに笑って仲介するのが彼の役目だった。

 「ひとーっ!」
 少年は弟に比べたら元気過ぎるほど快活だった。降ってきたボール。大丈夫かと怒鳴ったワッカの声に瞬時に反応して全力でボールを蹴り返してきた。
 水の中から飛びあがった、おとぎ話の人魚のように水飛沫が弾け飛んだ。

 ティーダという少年は、どうしても、チャップを思い起こさせる。

 兄であるワッカを追いかけるように、ブリッツを始めた弟。
 出会った途端その類稀なブリッツの才能を華麗に見せてのけた、海から来た少年。

 それでも、逃げ腰だったワッカが改めて向き合えば、ティーダはティーダという人間でしかなかった。驚いたことにグアドサラム…異界で懐かしい弟の顔を見てみればどこにもティーダに似ていないのだ。
 あれほどまでに似ていると思った顔立ちも、目も、笑い方も…確かに似通いはしても、そっくりそのままということはない。
 (ルーが…言った通りだったな。)
 代わりはいないのだ、と強くたしなめるように…あるいは、自分に言い聞かせるように?
 あの黒で内側を覆い隠した幼馴染さえ、恐らくはティーダを見て冷静ではいられなかっただろう。ワッカはチャップの兄だった。そして、彼女は弟の恋人だったのだから。
 「ワッカ、子ども扱いすんなって!」
 最初は心配で心配で―――水が封じこまれ、中で気泡を弾く剣…チャップの形見だったものだ…もっとも弟は一度も使うことはなかったけれど―――それをあたえても剣を振りまわすというより振りまわされる感が強くて冷や冷やした。最もセンスがないわけではない。キマリが試す様にティーダに挑んだ際も、槍という武器がどんなものかあの大きな眼差しをいっぱい見開いて、タイミングを掴んでいる様子は確かに悪くなかった。
 すばしこい身のこなしで相手をかく乱する術。明るく力強い声で「頑張るッスよ!」と仲間達に声をかけたり、「俺が相手だ!」と啖呵を切って敵の意識をひきつけたり。
 「お前…元気だなあ。」
 疲れを知らないような素早い動きに、ワッカが思わず言えば、
 「やっぱこれ、若さの勝利ッスね〜。」
 「おい、それルーの前で言うなよ。聞かれたら突然サンダーが降ってくるかも…」
 ぱっしゃん。
 突然の水音と、一度途切れた視界にティーダとワッカが茫然とすれば、
 「頭を冷やしてあげたのよ?」
 ぬいぐるみを抱きかかえ冷ややかに微笑むルールーに二人して背筋を震わせる。
 (お…)
 (おっかねえ〜!)
 ウォータの呪文で濡れたお互いを指差して笑いあい、滅多なこと言うもんじゃあないやと犬の様に身体をぶんぶんふるわせて水をはじきあった。
 「うひゃあ、ルールーって怖いッスね。」
 「壁に耳あり、ぬいぐるみに目あり、だ。警戒は怠るなよ、ティーダ。」
 「なんスかそれ。」
 真面目を取り繕ったティーダの顔だが、目だけが楽しそうに笑っている。いかにも、わくわくしていますといった様子にワッカもえへんと堰払いする。
 「あのよぉ。俺がルーのいないとこでちぃと文句言っただけで―――いや、そこには誰もいなくってルーのぬいぐるみだけあったんだ。
 ところが次の日、なんでかそれがバレてエライ目にあった。俺の二の舞は踏むんじゃねえぞ!」
 「ワッカ…わかった、仇は取るッス!」
 「取らんでいい!返り討ちにあっちまう!」
 「ワッカ…」
 「ティーダ!」
 「男は辛いッスねえ〜!」
 「ティーダッ!」
 ふざけて抱きついてきたティーダの身体が、妙に華奢に感じた。
 (おいおい…男の癖に細いなあ。ちゃんと食ってたのか、こいつ。)
 なんてぼんやり思った瞬間。

 「遊んでないで、早く来るッ。」
 雷が落ちて慌てて離れた。

 「怒られちゃったッスね。」
 悪びれないようにこっそり言ったティーダに、引きつったような笑顔を返すのがせいいっぱいで。

 男同士でこんな、妙な気分になるのも不思議で…変にどきまきしつつも、
 …楽しかった。




 「あの子。」
 「うん?」
 ルールーの呟きにワッカが身をよじったのは船の上でのことだった。
 ビサイドからシンとの接触を経て、ポルト・キーリカ。そして寺院。
 「…いつのまにか…馴染んじゃったわね。」
 「短期間でな。…あいつは…多分、ムードメーカーの才能があるんだぜ、きっと。」
 ルカへの船旅の中でまた、少しずつティーダという存在のカタチが認められていく。
 シンの毒気の後遺症は強いものの、くるくる変わるティーダの百面相にユウナも楽しそうにしている。
 妹分が嬉しそうに、楽しそうに笑えば、兄や姉であるワッカもルールーも自然とほっとする。
 本当に心から笑えたことはなかった―――それでも、笑顔につられて頬が和む気がする。


 「わーっはっはっはっはっはっはっ!」
 複式呼吸で笑うというより怒鳴っていた少年が、崩れ落ちるように腹を押さえ、目元を拭う。
 「あはははっ。あはははははははっ。」
 次の瞬間、魂の底から笑っている少年がいた。
 本当に心から笑える人間の表情を、ワッカは生まれてはじめて見た。
 (なんでだ?)
 どうしてそんな笑顔になれるんだろう。
 ワッカだって笑える。でもその根本は―――弟と二人、突然孤児になった際、本能的に弟が縋れるのは自分だけなのだと思ったからだ。笑顔でいれば、弟だって安心する。まだチャップは舌足らずで「にいちゃ。」と言うことしかできなかった。
 笑顔でいれば、辛いことも吹き飛ばせる気がした。

 後ろのほうで伝説のガードの…ティーダも連れて行くといったアーロンが、やれやれと低く呟くのが聞こえた。
 ティーダとアーロンは知り合いという話。どういう知り合いだったかはしらないが――不遜な戦士の溜息には呆れより強い何かが含まれている。
 強い笑顔。ユウナが笑っている。釣られて自分もおかしな表情になりそうで、
 「どうかしたのかぁ?!」と不思議そうに首を傾げてみせるしかなかった。
 
 それは酷く羨ましくて―――酷く当たり前のことのように想う。ティーダの笑顔は、この世界の人間が持つべくして忘れてしまった、当たり前の笑顔なのだろう。
 特別ではない。それでも、彼にしか出来ない。
 「パワー全開で行くッスよ!!」
 戦闘の時でさえ、瞳の輝きは衰えない。

 「お前もなかなかやるようになってたじゃねえか。…頼りにしてるぜ、エース!」
 「まかせろって!」
 ぱぁんと勢い良く叩き合った手の温もりを、いとおしいと思った。

 いつのまにか、弟でも、友人でも、仲間でもない―――あてはまりっこない、枠外に感情が飛び出していることに旅の終盤になってぼんやり気づいた。
 いや、指摘されてのことで、自分だけだったらいつまでたっても―――そう、たとえ千年経ってたところで鈍感さが改善されるとは思えない。
 「あんた、チャップを見るより優しい目をしてる。」
 指摘したのは勿論、鋭い洞察力と観察眼を抱く、偉大なる黒い魔女。
 「………嘘だろ。」
 赤面したワッカに、
 「………あんた。鈍いにもほどがあるわよ!」
 …怒鳴られてしまった。
 (―――嘘だろ?)
 漠然とした感情に、みっともなくうろたえながらそれでも脳裏に浮かぶのは、眩しいくらいの笑顔。

++++++++++++++++++++++++++++++

 「ワッカ、ブリッツの練習しないッスか?」
 ゆっくり出来る時間が少しずつ少しずつ梳られるにつれ、あえてそういった時間が恋しくなった。
 アーロンやルールーに見つかるとうるさく言われそうだから、こっそり囁く。
 「おっ。いいな。いっちょやるか!」
 細かいことは気にしないと豪語するように、ざっくばらんなワッカは笑って頷いてくれる。
 そうやってあったかく笑えるワッカが大好きだ。臆面もなくティーダはそう思う。
 『大好き』にもいろんな種類があるんだろうけど、とにかく好きだなあって思う。
 「お前のシュートはすげえなあ。」
 惜しみない感嘆を、羨望も嫉妬もなく素直に告げるワッカ。
 「へへへ、あんがとっ!」
 親父を通して見る目でも、なんでもない。『ティーダ』って選手のスゴさを認めてくれる目が嬉しくて嬉しくて、大好きだと思う。

 ユウナは可愛い。頑張ってる姿を見て思わずぎゅうって抱き締めたくなる。立ち向う姿は華奢な彼女を凛々しく見せた。
 ルールーは、ちょっと怖いけど、その怖さが経験からくる慎重さ――護りたいという優しさからきてることを知ってから、怒られることすらちょっと嬉しかった。
 キマリ。最初挑んできたときは何だコイツって思った。滅多に喋らない無口なロンゾ族が口を聞いてくれた時は、認められたことがただ嬉しかった。
 アーロンは、十年間見守り続けてくれた…父親代わりにも似たひと。実の父親より随分厳しくて「人を頼るな」ってつっぱねられたけど今ならわかる。
 リュックは一番最初に出会った(アーロンを除けば)スピラの人間だった。明るくくるくる変わる表情。一緒にユウナを助けたくて二人でウンウン唸って考えた。
 好き、なのだ。大好きなのだ。旅をしたのは短かったかもしれないけれど、まるで家族のようにお互いを思い合う。大切で掛け替えのない存在。

 何もわからなくて地団駄踏むしかなかった最初に比べて、少しは自分も大人になったのかな…と思わずティーダは微笑んだ。
 心が優しくなるのは、温かな感情で満たされているからだ。

 飛空挺から降りたナギ平原のど真ん中で、チョコボといっしょに寝っ転がる。
 無防備な姿に魔物が近づいてきてもいいはずだが、一人前に身のついた戦闘術の気配を察してかプリン一匹現れない。
 横でチョコボが草を食んでいる音がくしゃくしゃ響き、ティーダはよいしょと身体を起こした。
 そのままくちばしの下を優しく叩いてやると、チョコボが嬉しそうに羽根をばたつかせる。お日様の下で草が丁度いい具合に香って、小振りの葉っぱを取って唇に当てた。
 (いい音がする。)
 指笛はティーダの十八番だったけれど、草笛はユウナが教えてくれたものだった。
 「ユウナ、よく知ってるッスねえ。」
 「ビサイドは山に囲まれてたから…良く、遊んだんだ。でも、これはワッカさんに教わったものなんだよ。」
 にこにこと教えてくれたユウナと一緒に草笛の練習をしていれば、
 「な〜にやってんだ、お二人さんッ!」
 妙にニヤニヤしながらワッカがユウナとティーダを交互に見るものだから、ユウナは顔を真っ赤にしてしまい、ティーダはあらぬ誤解に頬を膨らませた。
 「おぉ、草笛じゃねえか。」
 さしていいムード…といったわけでもないらしい二人にこっそり苦笑して、懐かしい遊びにワッカが目を細める。
 「どれ。俺が手本を見せてやろう!」
 大きなごつごつした指で、繊細な葉っぱを器用に操りながら吹くワッカを、思わずまじまじと見つめた。
 次々新しい音を出す指と、唇を交互に見て、思わず見惚れている自分にやっと気が付いて…ティーダは慌てて顔を伏せる。これじゃあ、きっとさっきのユウナのように、自分の頬も真っ赤だ。
 「わあ、すごいすごい!」
 「だっろ〜?」
 ユウナのはしゃぎように得意げに顎を逸らして、がはは、と豪快に笑うワッカが直視できない。
 「どうよ、俺様の腕前は?」
 顔をのぞきこまれて、慌ててウンウン頷いた。
 (ひゃあ〜 不意打ちッスよ〜)
 照れくささが照れくささを呼んで、三人で赤らんだ顔で大声出して笑った。


 その後、やっとその時ワッカが吹いてくれた音が祈り子の唄だったなあ、と思い出したのは、その日野営をして、寝る直前で、そもそものワッカの寝顔を横で見ながらのことで。
 つらいことばっかりの旅じゃあ、なかったはずだ。
 楽しいことだってあったはずだ。

 不安でいっぱいだったキモチも、マシになってきた気がする。
 ユウナを失ってしまうんじゃないかって。
 親父を殺さなきゃいけないんだって。
 ワッカも、ルールーも、俺がチャップに似てるからかまってくれたんじゃないかって。
 後ろ向きに考えるのは、子どもの時に得意になってしまったことだったけど、明るく笑うことで乗り切れるものなら―――ずうっと笑顔でいたいと思う。


 「…〜♪」
 小さな葉っぱの音楽が、風に流れて散り散りになった。
 音が、音にならない。なんの音楽でも唄でもないただの曖昧なメロディは整理しきれない心の中そのままのような気がする。
 (上手く言えないんだけどさ。)
 楽しかったこと。辛かったこと。いっぱいいっぱい思い出が、眩暈のように覆い被さって、優しく揺さぶる。
 スピラは生まれ変わるのだ。生まれ変わらなきゃいけない。新しく、おぎゃあと産声をあげて、延々繰り返されてきた古い呪いを昇華する。

 その為に、決着を。

 「な〜にやってんだ?」
 いつものように声をかけられて、ティーダは慌てて瞬きした。
 「ワッカ!」
 「日向ぼっこかァ? ……天気、いいしなぁ。」
 にかっと笑って、ティーダの横にごろんとする。
 泣きそうになってました、なんて言ったら、ワッカはどうするだろう。
 な、泣くなよ〜!ってあたふたして、おろおろして、戸惑ったように、それでもきっとその手を伸ばして頭をぐしゃぐしゃに撫でてくれるだろう。
 新しいスピラではきっと召喚士も、理不尽な死を遂げることはない。ガードだって、犠牲になって新しい恐怖に生まれ変わる必要だってない。討伐隊も命がけで人々を護らなくてすむんだろう。必要に迫られて早めに結婚したり、死んだ家族が魔物になってまた嘆くこともないのだ。
 きっと、ユウナの像はロンゾが…キマリ達が作るんだろうな。それをユウナが照れくさそうに眺めるんだ。ルールーだって、リュックだって一緒だろう。
 偉大なる召喚士様と崇められるのではなく、身近な一個の人間として、ユウナは人々に呼びかける。
 ルールーはあの重苦しくて荘厳な、黒のドレスを脱ぐんだろうか。自分に架した誓いと共に。
 アルベド族と人間は和解するだろうか。シド族長や他のみんなが渋っても、リュックが率先して、生き生きと交流し出すに違いない。だってあのアニキにも共通語を覚えろ〜!って迫ってた。以外と、早めに結婚宣言をしていた彼女なんか、人間と結婚してしまうかも。

 アーロンは…異界でシンから解放された親父と再会できるかな。
 きっと隣でユウナの親父さんもにこにこしながら待っている。…母さんだって一緒にいるかもしれないね。ユウナの母さんや、リュックの母さん。キマリの、ルールーの、ワッカの家族。チャップにキーリカの人達。グアドから召喚士を護ったアルベド族。誇り高いロンゾの一族。

 ワッカはガードをやめたら、またブリッツの選手に復帰するんだろうか。
 出来ることなら、してほしい。ワッカのセンスだって、ティーダも驚くぐらい凄いと思う。
 なにせブリッツボールを自分の武器にしてしまうほど、手足のようにあやつってしまうんだから。
 ―――ティーダだって、負けないほどブリッツが、ブリッツボールが大好きだ。だから、きっともう二度とボールを蹴ることのできない自分の分まで―――。


 俺は

 どこ、いっちゃうんだろ。


 異界…かな。
 スピラに戻ってこれるのかな。
 それとも、ザナルカンドと、祈り子たちと一緒に消えちゃうのかな。
 水の中のアワのように、ぱちんと弾けて飛んで消えて。


 「どうした…っ?」
 慌てふためいているワッカの様子に、なにがッスか?と首を傾げ、
 「アホ!お前――――――気づいて、ねえのか。」
 指で頬骨あたりに触れられて、そこだけ異常に熱が集中した。
 「泣いてるじゃあねえか。………あ、ああ。そうか。」
 これから挑むのはシン。ティーダが父親を倒さなければならない悲しみで泣いているのだと誤解したワッカが、申しわけなさそうに唇を噛む。
 「悪ィ………一人にしたほうがいいか?」
 チャップを殺したのは俺の親父なのに、ワッカはどこまでも優しい。
 それがなぜか哀しくて、哀しくて、ティーダはぶんぶん首を横に振る。
 「…一緒に、帰るか?」
 どこに帰れるってんだよって、本当は叫びたかった。
 できることなら、ホントに帰りたいよ。
 最初はザナルカンドに帰りたかった。でも自分の居場所をスピラで認められて、スピラだっていつのまにか好きになってた。ユウナが、スピラのことが好きだというそれには負けてしまうかもしれないけれど。
 みんなの―――ワッカのいる世界が大好きになった。
 帰って来たいよ。

 もし無事にシンを…その根本を叩きのめして勝利しても、
 ワッカと一緒にもう一度帰ってくることはできないんだ。

 「よしよし、泣くな。泣くな。」
 あやすように背を叩かれて、ぐしゃぐしゃ泣いた。
 「ほれ。…帰んぞ、ティーダ。」
 出された左手に右手を乗せて、チョコボを引っ張って歩き出す。



 「どうしよう。」
 迷わないはずだったのに。
 「―――どうしよう。」
 繋いだ手があったかい。もうこの左手の上に、自分の右手を重ねることができないから、涙が止まらなかった。

 「わかった!!」
 ふいに怒鳴られて、涙でぐしょぐしょの顔をあげる。
 「は?…な、なんスか、ワッ。」
 「泳ぐぞ!!」
 元々ブリッツボールの選手は水の申し子だ。泳ぐことが嫌いじゃないから、手を繋がれたままダッシュされて、わわわっとつんのめりかける。
 「―――はっ?…はあ?わ、ワッカ!?」
 「水中じゃあ、涙もハナミズも消える!」
 それが不器用で鈍感なワッカの、精一杯の慰めなんだろう。

 マカラーニャの森の泉に蹴り落とされて、涙もさすがに引っ込んだ。
 「ちょっ…此処ッ!」
 「さすがに祈り子様のおわすマカラーニャ湖は凍結してるし、穴あけられちまって泳ぐどころか、凍死しかねねえしな。近場で水のあるとこっつったら此処ぐらいしか…」
 「……繊細な思い出が台無しッス…」
 「あ〜?なんか言ったかあ?」
 しまった。さりげなくワッカは無神経なのだ。いやいや、ここでユウナと泳いだことはワッカもしらないだろうし、と苦笑して、ティーダは跳ねあがる。
 「な〜んでもないッス!」
 「お、元気になったな?」
 笑ったワッカに、「どうせ俺単純ッス!」と頬を膨らませれば、「んにゃあ、俺も負けないくらい単純だから大丈夫だ!」という、どういった論理かわからない言葉を返され、二人で笑う。
 「まーあ、水を得たサカナっていうように、お前にゃブリッツと水を与えておけば大丈夫っつーことだ!」
 「なんッスか!それッ!」
 両手を組んで水を含ませ、わっかの顔目掛けて水鉄砲を噴射すれば、
 「こんにゃろ!や〜りやがったなあ!」
 おかえしとばかりに両手でばっしゃんと水をかけられる。

 「なあっ!」
 「なんッスか?!」
 ボールを蹴り合いながらワッカが怒鳴る。一旦水中に潜って飛び出したティーダがはしゃぎながらボールを返す。
 「全部終わったらさ、お前、俺んとこ来いよ…!」
 「――――――えっー?」
 思わず間があいたのが不審に思われなかったろうか。
 「だ〜いじょうぶだって、お前一人ぐらい面倒みてやっから。」
 まるではじめて逢った時のように、俺がお前を面倒みてやる!なんて言うワッカ。
 「一緒に世界中を周ろうぜ!飛空挺貸して貰えりゃあ行き来しやすいだろー?
 んで、腕のいいブリッツ選手に声をかけて、ルカのスタジアムをビサイド・オーラカファンで満席にしてやるんだ。どうだ?!」
 「…いいッスね〜ッ!」
 ワッカのいった通りだ。
 水の中では涙もハナミズも消えるんだ。
 俺、消えちゃいそうだったら海の中にでも飛びこもうかな。

 そしたら、泣き顔も、泡になって消えちゃうとこも見られなくってすむだろ?

 「…ワッカッ!」
 「あ…?…わっ!」
 顔面にボールを叩き付けられて、痛ェ!と悶えるワッカに叫ぶ。
 「ありがと!!俺、ワッカのこと大好きッスよ!!」
 「んあ―――?!」
 鼻っ柱を赤くして、ワッカが目を白黒させる。
 「ワッカ。」
 思いを込めて言ってしまおうか。

 「ワッカ…その、俺たち。友達ッスよね?」
 「馬鹿、今更な〜に言ってるんだっつの。」
 照れくささが伝染して、誤魔化すようにヘッドロックを仕掛けたら―――わあわあ言いながら、それすら楽しむように白い歯が笑う。
 「ちょ、ワッカ!ずるいッス!体格差を考えろって!」
 「お前はよぅ。」
 ぐりぐりと頭を撫で付けながらワッカも笑う。
 「その―――なんだ。もうとっくに、俺の家族同然だ。」

 「…うん。」
 泣きそうだ。でも嬉しくって、今は笑っていようと思う。
 「うん。」
 「…俺もお前のこと好きだぜ。その、すっげえ気に入ってる。大事な仲間だ。」
 「―――うん。」
 「だから…もう泣き虫はやめれ。」
 ためらうように腕の中で引き寄せられ、額にそっと触れた―――唇。


 これが、この世で最後の夜だろうか。

++++++++++++++++++++++++++++++

 「今度生まれてくるときは、スピラがいいなあ…」
 膝小僧を抱えて泣き顔を伏せていたのは小さなころ。
 今は泣き顔さえ、胸を張って俺だもんって言おう。
 「逢いたい。」

 出来ることならずっと、毎日、一生、年をとって寿命で死ぬまで、笑って泣いて怒って、みんなで笑顔でいたかった。
 「ありがとう。」
 泣き虫はやめれって言われたから、せめてすんでのとこまで泣かずにいよう。
 「―――ありがとうッ!」
 嬉しかった、大好きだった。

 「ティ―――ダ―――ッ!!」
 ワッカの怒鳴り声。蒼白、信じられないといった表情で叫んで伸ばしてくる腕に思わず指を伸ばして、みんなにわかんないようにキスをする。
 「ティ…ッ。」
 「大好きだよ。」

 海から来た彼が、
 海に帰るのは当たり前なんだ、と。
 ワッカの指から、水滴が滑り落ちた。

++++++++++++++++++++++++++++++


 水の中に帰る瞬間、ふっとティーダの瞼の裏側に優しい息吹が融けた。
 帰る場所。ちゃんと、ティーダにも存在するのだろう。
 やさしく、やさしく。
 次に目が覚める場所が、また水の中だったら

 あのときみたいに、ビサイドの岸につくといい。
 「お〜い!」
 きっと呼びかけてくれるひとがいる。
 「大丈夫か〜!?」
 
 青、青、蒼、藍―――水色。深いブルー、くもるブルー。闇の色…解けて、はじける。気泡。
 やがて 最後のときに、上手く笑えたかなあとぼんやり思う視界がはっきりとする。
 クリアになった世界にもがいて、頬が綻んだ。
 目の前には水の中の空。手を伸ばせばきっととどく。

 やさしい青がきらきら、弾けた。

++++++++++++++++++++++++++++++
■2001/10/19
■5353HITキリバンリクエスト『ワカティで切ない系』とのことで、こういった作品になりましたが………いっ……いかがだったでしょうか。(だらだら)
■惚れてるワカティでノベルを書くのは…それもシリアスははじめてだったので緊張でいっぱいいっぱいです。切ない系でチッスまで。チッスはむちゃくちゃフレンチですが(爆笑)書いてるウチに妙に切なくなってしまいました…。
■このお話はどのカプでやっても切ないなあ、と。
■タイムリー萌してる作品のキリバンは以外と早めに書けました。他も頑張らな!自分!
■拙い作品ですが、キリバンゲッターのひらのかなた様に進呈させていただきます。ありがとうございました。

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